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第11話 『猿』、単身にて三千の兵に挑める件

 ばーん!


 聞きなれぬ音が響き渡る。

 寄せ手が鳴らした銅鑼(どら)()であった。


「寄せ手の軍使、カイドリーが物申す!」


 騎馬武将が軍勢から進み出て、大音声を張り上げた。

 三千の軍勢は既に城を囲む体制を固めている。


「わしが出ましょう」


 マシューの許しを得て、城側からはドンが城門脇のくぐり戸から表に出た。

 城を包囲する敵前に体を晒している。死を恐れぬ胆力がなければできないことであった。


「セイナッド家家臣、ドンである! これはいずれの軍勢か?」


 対するカイドリーも命がけである。城のあちらこちらから弓で狙いをつけられている。

 おかしな動きをすれば、全身に矢を受けることになるだろう。


「寄せ手はニオブ・ヨーダ様の軍勢。率いるは、ヨーダ家家臣サイバッタ様である! セイナッド軍にあっては直ちに城門を開き、城を明け渡せ!」

「断る!」


 言下にドンは拒絶した。


「あくまでも手向かうと言うならば、里人ことごとく斬り捨てる! それでも逆らうか!」

「里人は兵に非ず。これを斬るは鬼畜の諸行であるぞ!」


 ヨウキの予想通りであった。戦場作法にあるまじき脅しを受けて、ドンは顔を真っ赤にして叫んだ。


「詮なきこと。聞き入れなければ半時に一人、里人の首を斬る! 城に帰って城主マシュー・セイナッドに左様伝えよ! 武器を捨て、城門を開かねば、最後の一人まで里人の屍を門前に晒すとな!」


 カイドリーが手を挙げて合図すると、二人の足軽が里人の女を一人引き出して来た。


「女! 城を明け渡さねばお前の命はない。猶予は半時だ。せいぜい声張り上げて、マシュー・セイナッドに命乞いするが良い!」


 そう言い捨てると、カイドリーは軍勢のもとへ戻って言った。


 里の女は手足を縛られた上、地面に打ち込まれた杭に縄でつながれ、その場に転がされた。逃げたくとも両手は後ろ手に縛られた上で足首につながれており、立ち上がることもままならない。


 ドンはその様を見て唸り声を上げたが、助けに走ることはできない。動けば矢の的になるだけであった。

 歯を食いしばって女から目をそらし、ドンは城内へと戻った。


 ◆◆◆


「里人は(おとり)ですね」


 地面に転がされた女を天守閣から見下ろして、ヨウキはマシューに言った。


「誘いだというのか?」

「はい。白日の下に『猿』を誘き出して、鉄砲の的にするつもりでしょう」


 寄せ手にはゾーカー衆の鉄砲百丁がある。十匁筒をつるべ撃ちにされては、いかにヨウキが率いるセイナッド番衆であっても太刀打ちできまい。


 それがわかっていてもマシューは、里人を見殺しにする道を選べなかった。

 民を見捨てては領主としての責を全うできない。領民は里を捨て、逃散するであろう。


「夜の闇があれば、何とでもなろうものを」

「それを承知で、敵は仕掛けてきております」

「ヨウキ、お前……。鉄砲に軍勢を晒すつもりか?」


 女が縛り付けられた敵陣前には身を隠すものがない。霧に隠れようとも女の位置はわかっているのだ。百丁の銃で弾幕を張られれば、鉛玉を避けることなど不可能であった。


「俺が一人でまいります」

「ヨウキ」

「狙いは女に非ず。敵の大将とマーゴ・ゾーカーの首です」


 女を救いに走れば、ゾーカー衆に狙い撃たれる。あえて無視して大将首を取ろうというのがこちらの策略であった。


「それは……寄せ手も予測しておろう」


 大将サイバッタはかつてウエスキー家家臣としてセイナッドと戦っている。番衆の戦いぶりを知り尽くしていた。


「そこがつけ目でもあります。誰もが『猿』は夜に忍ぶものと思っています。隠形五遁、それほど浅くはありません」

「白昼の不利を覆すというのだな」

「元よりその備えはございます」


 ヨウキの声は自信に満ちていた。


「人質はどうする? 大将を倒しても、人質を盾にされては攻めきれぬぞ?」

「それは後詰めの番衆に任せます。統率を失った軍勢を蹴散らすなど、容易いこと」

「鉄砲百丁、軍勢三千人を十人で蹴散らすと申すか?」


「いいえ。ゾーカー衆百人は俺一人で吹き飛ばして見せます。番衆十名で本体の兵を三百も蹴散らせば敵勢は総崩れとなりましょう。その勢いで城の五百名が討って出れば、三千名の敵といえど持ちこたえられないでしょう」


 ヨウキの迎撃策は五百名の守備側が三千人の攻撃軍に白昼野戦を挑むという、途方もない作戦であった。


「ふ。ふははは。お前の覚悟、しかと受け止めたぞ! 勝てば末代まで語り継がれる勝ち戦となろう。負けた時はそれまでのこと。お前の好きに攻めてみよ!」

「はい。ヨーダ軍に目にもの見せてくれます。セイナッドの猿は昼でも祟ると教えてやりましょう」


 そう言い切ったヨウキの目には強い光があった。


 ◆◆◆


 カーン! カーン! カーン!


 物見櫓から鳴り響く鐘の音にヨーダ軍の目が城へと集まる。


「おっ? 城門が開くぞ」

「敵襲か?」

「慌てるな! こっちには鉄砲がある!」


 城門は半間ほどしか開かず、人間一人を通した後、静かに閉ざされた。

 馬にも乗らぬ人影は、まだらな灰色の服に全身を包んでいた。


「何だ、あいつは? 敵の軍使か?」

「むう? 槍も刀も見えんぞ? 武器も持たずに何とする気だ?」


「あっ! あいつの顔を見ろ!」

「ぬ? 顔が……」

「赤い! 赤いぞ! あれは『猿』だ!」


 敵方が騒ぎ始めた頃、灰色の装束を身にまとったヨウキは静かに走り始めた。滑るようなその動きに、敵方の判断が遅れる。


「あ奴……。突っ込んでくるつもりか? 馬鹿な! 鉄砲隊、前へ!」

「応! 一番隊出ませいっ! 横列膝撃ちの構え!」


 マーゴ・ゾーカーの命令で鉄砲隊が射撃体勢を取った。二十名からなる一番隊が進み出た後から、二番隊から五番隊までが続く。


 敵一人に対して二十名による射撃など過剰にもほどがあるが、マーゴはサイバッタに詳しく聞かされた『猿』の脅威に備えていた。


 一番隊二十名は位置について膝立ちになると、腰の火壺から銃の火縄に火を移した。

 射撃開始を告げんと、マーゴは鉄扇を持った右手を上げようとした。その時――。


 疾走する『猿』の姿がブレて、ぼやけた。


「む? 目が?」


 それは真夏の陽を受けた大地から立ち昇る熱気のような、揺らめく大気。


(火遁、陽炎(かげろう)の術!)


 ぼやけて揺れる灰色の人影は、歪んでは動いて、一カ所に定まらない。


「慌てるな! 所詮目くらましだ! 一番隊、構え筒! 撃てぇっ!」


 二十丁の十匁筒が轟音を立てて、一斉に火を噴いた。その音はすさまじく、ゾーカー衆以外の兵士は耳を抑えてうろたえた。

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