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プロローグ

続くかわかりませんが、今度こそがんばってみようと思います。

 古い記憶を辿る。


 蘇るのは剣の師であり、孤児であった自分を引き取ってくれた養父の言葉。


 父として息子へ。


 剣の師として弟子へ。


 流派の奥義とも言うべき珠玉の言。


 師曰く、この剣は剣術ではなく剣道である。


 剣の術ではなく、剣の道。


 それは人生と等しい。


 その道は楽な道ばかりではない。


 いや、その多くは悪路を切り開くようなものだろう。


 しかし、歩み続ければ跡が残る。


 跡は獣道となり、いずれ軌跡となる。


 その轍こそ人生…… 剣の道である。


 薄皮を重ねるように積まれた経験は万華鏡のように、お前の人生のすべてをその顔に刻むだろう。


 覚えておけ。


 人の人生は人の顔に出る。


 己に恥じぬ道を歩めばその覚悟は顔に表れ、卑しき者はそれ相応に卑しき顔となる。


 もう届かない、懐かしい言葉。


 師の…… 父の言葉を胸に妥協無く生きてきたつもりだ。


 そっと頬を撫でる。


 鼻を瞼を、どことなくなぞっていく。


 眼を開けば鏡に映し出されたのは少年とさえ呼べぬ幼子だった。


 鴉の濡羽とも呼べるほど艶やかな黒髪に、紅玉より透き通った赤い瞳。


 白磁のような壊れそうなほど白い肌に、淡く色づいた桜色の唇。


 どんな彫刻家にも彫れず、どんな画家にも描けぬ天上の芸術がそこにあった。


 しかし、その美しさを譬えるならば魔性。


 光り輝く花の美しさではなく、死の刹那に垣間見る滅びの美しさに見えた。


 その顔を見てため息をひとつ。


 自分の顔に見惚れる趣味は無く、このため息は文字通り嘆息である。


 二十五年。


 それは人の一生からすれば短く、積み重ねるには易くない年月である。


 その歳月は言葉で語れるほど軽くは無い。


 しかし、長い月日をともに歩んだ顔は…… この姿は変わってしまったのだ。


 比べることすら僭越になるほど美しい今の容姿。


 以前の容姿では二十五年の人生で女性にモテた事など一度も無い。


 百人に聞けば九十人までが「貧相」と呼ぶだろう。


 肉まんでもガリガリでもないが、覇気無く精彩に欠け一言で言うなら「地味」らしい。


 そのため女性のウケがあまりよくなく、何度か告白したことがあるが何れも玉砕した。


 そのうちに思春期が終わり、女性よりも友人と遊ぶことや剣道場に通うことのほうが楽しく優先するようになって25歳となった。


 しかし、俺はそれで満足していた。


 師の言葉どおり、自分の人生に一片の恥も無く歩んできたつもりだし、それが刻まれた顔には誇りすらあった。


 それを理解してくれる女性といつか巡り合えると信じた。


 そして、その機会を得ることなく生涯を閉じることとなる。



「この姿を見たら、先生は俺と判ってくれるだろうか?」



 その言葉は実に無意味である。


 ここは死後の世界。


 輪廻の果てにたどり着いた、異世界である。


 もう会えない人を想い、自らに問いかけることは心に空いた穴に風が通るようだった。



「ここにいたのか」



 戸が開き、今目の前にある顔から幼さを取り、精悍さを足したような顔の男が入ってきた。


 その一事で自分と血縁関係があることがわかる。


 彼こそ今生の兄である。


 前世では孤児院に多くの兄弟を持った俺だが、これほどの兄はいなかった。


 文武両道眉目秀麗、男に生まれたならば挑まずにはいられない、完璧を体現するような男。


 そして、この国…… 人間たちには魔界とも呼ばれる魔族の国、ヘポン帝国の王子でもある。


 王子としての権力。


 淫魔すら魅了する容姿。


 魔界最大の魔力の持ち主であり、ヘポン帝国指折りの実力者。


 しかし、弟を耽溺するあまり、周りが見えなくなるという欠点を持つ。


 そんな自慢すべき兄上。


 血は水よりも濃しと言う言葉がある。 


 以前は特に欲しいとは思わなかったが、血のつながった家族というものは養父に匹敵するほど、自分にとって大切なものとなった。


 眼を瞑れば今での澄み渡った朝の道場が浮かぶ。


 剣を振った想いも、師の言葉も捨てることは出来ない。


 だが、この顔になったということは、これもまた俺の道なのだろう。


 ならば、二度と戻れぬ故郷に以前の名を置き、この世界でこの愛すべき家族と生きてみようと思った。


 今生の名を足利義昭という。

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