58.「凱旋」と「○○○○・スライム」
なんとか書き上げたこの章、タイトルに「○○○○」。
さて、この「○」に当てはまる文字は何でしょう。
全部で4文字だよ。
正解は──。
本文の一番、最後の行にヒントがあるよ。
日が傾いて、あたりには徐々に闇が忍びよる。
だが、まだ互いの顔が見えるくらいの明るさは残り、見上げれば晴れた空に濃い桃色の薄雲がたなびいている。
そんなたそがれ時に、一行は転移門にたどり着き、ジュリアロスの森を後にした。
転移門前の陣営ではかがり火が焚かれ、今や遅しと出かけたきり戻らない一行を待ちわびていた。
見張りが異変に気づいて知らせを飛ばし、副官や警護の兵士はもちろん、少し遠巻きにして筆頭侍従、侍女らも駆けつけて様子を見守っている。
そうして転移門の奥から、一番最初に姿を表した武官イグノジャーが、そこへ集まっていた者たちを見渡して、声を張りあげる。
「みなの者っ! 今、戻ったっ! オットー王子と姫巫女の両名は、無事であるっ!」
その力強く朗らかな第一声に、陣営から「ワアッ!」と歓声が上がる。
続いてボロボロになった歩兵たちが現れるが、無事だった知り合いを見つけては、駆けよって肩をたたき合う姿があちこちで見られる。
「王子っ! 王子は、ど、ど、どぉしましたっ!」
「姫様っ! ラナメールっ!」
悲鳴のようなカリスノーウとナナクロの声が、必死に兵たちを押しのけて前に出る。
その声を聞きつけた、栗毛の少しポッチャリとした少年が顔を上げ、となりのちんまりとした少女が笑顔になって手を振る。
その背後にはボロボロになったヒューが、しっかりとした足取りで歩いていた。
彼もまた無事に生き残り、王子らと合流できたようだ。
思いがけない戦闘で死傷者が出てしまったが、ふたりは歴史に残る大きな働きをした。
ダグと和解し、森の精霊と友好を深めることができたのだ。
ほこらしく胸を張る次代の王の姿に、駆けよった大人たちは、叱責も忘れて無事を喜び、みな涙にくれている。
ナナクロは両手を広げてラナメールを抱きしめると、その無事に感謝して女神を称える聖句を唱えながら泣いている。
続いて転移門から現れた馬車に、また大きなどよめきが走る。
ホロからはみ出す艶やかな先端が、残照を浴びてニブく輝く。その圧倒的な大きさが人々の目を引きつける。
「邪竜の角」だという声が上がり、また興奮した様子の歓声が上がる。
生還した兵から、邪竜を倒した「英雄オットー」と、その名が声高に叫ばれると、さらなる驚きと興奮で大混乱である。
オットー王子はまだ11歳だ。それが精霊から賜った称号であり、実際にこの目で見たなどと言われても、にわかには信じがたい。
しかし精霊からこの角を授けられたと聞いては、信じないわけにはいかない。みんなオットー王子の話を聞きたがり、大勢の人間たちが取り巻く。
武官イグノジャーが大声を張りあげて人を払うが、武官も浮かれているらしい。そこにいつものような気迫はこもっていない。
武官自身がここへたどり着くまでに、どうやって邪竜を倒したのか、あの邪竜にどうやって乗ったのかと、なんども問いかけてきたのだ。
けれど結局、何度、本当のことを告げても、彼らは納得しない。竜の動きを少し止めただけだというのに、何かもっとスゴイことをやったに違いないと。
さすがに疲れ果てた様子のふたりを見て、「いい加減にしなっ!」と大巫女ザンネが周囲の大人たちに雷を落とした。
だが、大巫女だって本心ではいろいろと聞きたいに違いない。
ふたりはホッとしてお互いに見つめ合う。
その手はしっかりとつながれている。
これから周囲にきちんと説明しなければならない。怒られるかもしれないし、また泣かれるかもしれない。
きっと王都に帰ってからもこのお祭り騒ぎは続き、しばらくの間、ふたりの周囲は騒がしくなるのだろう。
そうして、そのすべてが落ちついたら、ふたりはまた、ここへ帰ってくる。
再びダグに会いに来ると、そう約束をした。
その約束を果たしに、必ずここへ帰ってくる。
オットー王子の表情はやり遂げた達成感に満ち、ラナメールの瞳は未来への希望に染まっている。
この先どんな困難が待ち構えていようと、この手を離さない限り、きっと約束は果たされる──。
お互いの顔を見れば、そう確信できる強い信頼と絆がそこにあった。
「さあ。行くぞ、ラナメール」
「はい。行きましょう。オットー王子」
ふたりは、どちらからともなく歩き出す。
この先に待ち構える、はるかなる道のりの険しさなど知らぬとばかりに、明日に続く風に吹かれて、ふたつの影は迷いのない足取りでしっかりと歩み出すのであった。
人知れぬ木の枝先から、その姿をじっと見送る、ひとつ目玉のスパイアイ。
その高性能カメラが捕らえた映像は、リアルタイムでジュリアロスの森の神殿へと送られる。
精霊竜こと巨大エリュシオンによって、円形テラスは瓦礫に埋もれてしまったが、神殿の内部は思ったより被害が少なかった。
頑健な石造りの建物は崩れることなく、降り積もる石や大木の重量に耐えたのだ。
多少、入り口を掘り返したり、樹木をどけたりする必要はあったが、いくつかの部屋はそのまま使うことができた。
そうして無事だったお茶の間で映画鑑賞……。もとい壁に映し出される映像を眺めていたコマンドーは、「ふう」と安堵のため息をひとつついた。
「……とりあえず、ニンゲンたちは森から立ち去ったみたいだね。
ヤレヤレ、一時はどうなることかと思ったよ」
長い机の端のイスに浅く腰掛け、だらんとした姿勢でのけ反り天井を仰ぐと、背後に立っていたエンドスカルが目に入る。
相変わらずの黒いフード姿だが、そうして下からのぞき込むと、うっすらと虹色に輝く御尊顔が出入り口に向いているのが分かる。
カタカタとカートを揺らしながら部屋に入ってきたのは、赤い蓬髪の医師レッド・ジョーカーだった。
起き上がってよくみると、お茶の用意をして来たらしく、ワゴンの上のポットから湯気が立っている。
「お疲れになったでしょう。まずは一服。どうぞ」
口元にいつものニンマリとした笑みをたたえて、カップに注がれたお茶を置くレッド・ジョーカー。
だが、コマンドーはチョット困惑する。
お茶を飲むにはヘルメットを取らないといけない。だが、宇宙服の着脱は、基本的に気密ルームで行うものである。
当然、地下にある宇宙船にしか気密ルームはなく、そのためヴィヴィアンも未だコマンドーのままだったのだが……。
まあ、今着ている宇宙服は地下迷宮での拾い物だし、宇宙で使うわけでもない。別にここで着脱しても大きな問題にはならないだろう。
……精霊に見つかればうるさくなるが、いずれどこかでバレルだろうし。
「じゃあ、せっかくだし。いただこうか──」
と、ヘルメットに手を掛ける。
そのコマンドーに「待て、我が主」とエリュシオンが通信を入れたが、その手がヘルメットを引き抜く方が早かった。
「はぁ」と息を吐き出すと、新鮮な外の空気を吸い込み、フルフルと左右に首を振る。
灰黒色の長い髪が、結び目から幾筋かほつれて流れる。額に貼り付いたそれを手で掻き上げてのけると、イスに座ったままウーンと伸びをしてみせる。
そうすると、長い耳が際立ってよく見える。
「やっぱ、ちょっと窮屈だよね。ずっと被っててコレにも慣れちゃったけど、こうして自然体でいるのが一番……って?」
ヴィヴィアンはその大きな黒い瞳をパシパシと瞬かせた。目の前には、身をくねらせるような、おかしな動きをする真っ赤な蓬髪の主がいる。
やがて足をもつれさせるように尻餅をつくと、そのまま背を床に着けて仰向けになり、もだえる虫のように四肢をバタつかせている。
「……人が顔を出した途端に、死にそうなフリか? おまえ、どんだけ変態なの?」
フザケているのかと、かなり引き気味の視線でレッド・ジョーカーの醜態を見下ろすが、唐突にその輪郭がヘニャリと崩れていく。
色を失い、形を失い、まるで緩いドロのように衣服ごと溶けていく。
「うわっ! 何だ、コレはっ!」
そうして見ているうちに、床の上に丸く盛りあがってうごめき、赤茶色をした人の内臓のような生き物へと変わっていく。
必死に何かになろうと人体の一部を作り出しているが、失敗したのか再び肉塊に還り、また別の生き物の形を取ろうとして、失敗している。
苦しげに呻きながらもだえる姿に、もはやレッド・ジョーカーの面影はない。誰か別人のようであり、また猫のようであり、犬のようであり、とめどなく何かになろうとして為りえていない。
レッド・ジョーカーの体は作り物の肉体、人造生体であったが、さすがに骨まで溶けた肉塊となっては動けるはずもない。
これは死霊系の何かが取り憑いたか、もしくは始めから人造生体ではなく……。
「……デグリスモアですよ」
戸口から新たに現れた、どこか楽しそうなレッド・ジョーカーの声に、ヴィヴィアンはハッとして、すぐさまちょっとイラッとする。
把握できていない事柄をいきなり突きつけられて、心臓が止まるかと思うほどビックリしたのだ。
「やっぱりこの件にはおまえが噛んでいるんだな。
どうすんだよ、コレ。もっとまともな生き物だったハズなのに、これじゃあ可愛そうだろ。おまえのせいでハラワタ・スライムじゃないか」
「いえ、いえ。私にも多少の責はありますが、まさかここまで溶けるとは予想していませんでした。さすがに私が見込んだデグリスモアですが、これはあなたのせいですよ、姫」
言われてヴィヴィアンは眉をひそめる。
「は? わたしは何もしてないだろう。どうしてわたしのせいになるんだ。
ていうか、なんでデグリスモアがこんな所で、レッド・ジョーカーに代わってお茶なんか出してくるんだ?」
「おや。気づかれていない? 彼はずっとコマンドーに思いを寄せていたのですよ。あなたに近づきたくて、私に成り代わろうとしたのです」
そう言われても、思いを寄せられる場面なんてあったか? と考え込んでいると、エリュシオンからイヤーカフを通して通信が入る。
『コヤツは、最初に宇宙服で森の外へ出たときに、出会ったニンゲンのひとりだ』
角膜ディスプレイにその時の影像まで出され、なかなか精悍な顔つきの知的生命体が映し出される。
「ああ、そういえば……」とヴィヴィアンも思い出す。
なんだかひどく怯えて可愛そうだったから、最後にアメ玉をあげて別れたのだった。
あのアメ玉のせいで懐かれてしまったのだろうか。
「なるほど。あの時の生命体か。そうかデグリスモアだったのか……」
デグリスモアとは、今のところ唯一と言っていい、この惑星の外来種である。
遙か昔に宇宙へと旅立ったエルフが持ち帰った生命体で、宇宙空間でも生存できるほどの強靱な生命力を持っている。
そして異常な環境適応能力があり、摂取分析した生命体に化けるという特質を持つ。
つまり、たどり着いた惑星の生物にまぎれ込んでしまうと、駆除が大変に難しい生命体だった。
当時から相当な熱意を持って研究し尽くされ、やがてその特質はエルフ自身にも取り込まれた。
ヴィヴィアンが水棲仕様で水中活動ができるのも、多少なりともデグリスモアのおかげである。
けれど基本、そのままの生命体としては、とてつもない脅威であり、その管理は徹底されている。
小鬼族よりもいっそう厳しい枷がDNAに組み込まれ、とにかくエルフには絶対服従。エルフに化けようものなら、相応の厳罰が下されるよう遺伝子に仕込まれている。
もしかしたらこのデグリスモアも、エルフであるヴィヴィアンを目にして何か条件に引っかかり、この状態になっているのかもしれない。
「もしかして、わたしがエルフだから、こうなったのか?」
「さすが姫。ご明察の通りです」
「はぁ。分かったよ。とりあえず、できるだけ元に戻して、オウチに帰してあげなさい。デグリスモアだろうと何だろうと、自然に干渉しすぎるのはよくないからね。
そういう意味では、おまえはアウトだよ。レッド・ジョーカー──」
そうして話は終わりとばかりに、ヴィヴィアンはヘルメットを被り直して、席を立つ。
「は? いえ、いえ。これは正当な研究の一環です。この世界の生物を研究するにおいて、この野生のデグリスモアは共感と親和性を伴い、非常に重要な指標となり……」
「だったら聞いてみれば? 本人がいいって言うなら、研究に付き合ってもらえばいいよ。
だけど解剖なんか頼んだら、きっと逃げられちゃうからね。やさしく丁寧に接するんだぞ。それと──」
歩き出したコマンドーに向かって、床からそっと肉色の手(?)が伸びてくる。
ヴィヴィアンは立ち止まると、収納ポケットから出したアメ玉をひとつ、その手に渡して続ける。
「その研究と、キミがやったことへの罰は別だから」
「……と、いわれますと?」
「今回の事件を引き起こしたゴブリンキングは、このデグリスモアだったんだよね? そしてこのデグリスモアの暴走の原因を作ったのは、レッド・ジョーカー。キミの安易な実験の結果だと報告が上がっている。
この責任については明白だから、改めて審議はしない。よって沙汰だけを申し渡そう」
「ちょ、ちょーっとお待ちください、姫。いきなり沙汰だなんて、それはあまりにも唐突ですし、いささか浅慮なのでは……」
「問答無用っ! エリュシオンの報告は完璧だし、精霊たちの証言もある。それにね、先生──」
まっすぐに戸口を見つめながら、ヴィヴィアンは淡々と告げる。
「最初からこうすべきだったんだ。わたしも反省している」
そう言ってポンとその肩を叩くと、その横を通り過ぎる。
「あとのことはヨロシク。わたしは本船でちょっと休憩してくる」
そう告げて立ち去ると、その場に残されたのは「承知」と軽く頭を下げるエンドスカルと、呆然と立ちつくすレッド・ジョーカー。
そして与えられたアメ玉を興味深げに観察し、やがて生成された何かの口でガリガリと咀嚼するハラワタ・スライムだった。
タイトルの「○○○○」に当てはまる文字、分かったかな?
正解は「ハラワタ」。
ここでは内蔵というような意味です。
次回『59.森の復興と新たな試練(仮)』
どうしよう(((;꒪ꈊ꒪;))):
今度こそ、ストックが……。




