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56.木竜殺しの英雄オットー

『ジュリアロスの森の大号令』のことを知ったヴィヴィアン。

女神の名を被りたくなくて、一計を案じます。


はたしてその結果は──。


 コマンドーに呼び出された〈がん〉は、『大号令』に後ろめたいことは何もないと、堂々とその正統性を主張した。

 むしろ女神ジュリアロスの名声を広め、その偉大なる存在を知らしめすことは、当然の(ことわり)だと信じているようだ。


 とくにこの王国の人間たちは、女神ジュリアロスの庇護下にある。よって女神ジュリアロスに仕えるべき種族だという認識があった。

 女神ジュリアロスが目覚めたならこれを祝い、貢ぎ物をもって参上するのは当たり前のことである。

 責められるいわれなど、どこにもないのだと。


『……そうか。だがやる前に、ひとこと相談してくれ。わたし……あー、いや。ジュリアロス様は静かに暮らしたいんだ。目立てば良いこともあるが、同じくらい悪いことも舞い込んでくる。

 そういうのを、いちいち相手取るのは面倒……。というか、大変なんだよ?』


 そう言って周囲の状況を見渡せば、〈がん〉もスンとして表情を失う。


『確かに、いささか軽率であったようですな。しかしまさか、このようなことが起こるとは……』

『まぁ、だれも予想してなかったけどね。今後は、女神様のことは、この森の中だけの話にしてくれ。女神様は目立ってしまうと、悪い奴に狙われてしまうからな』


 その言葉にハッとした様子を見せ、それでもまだ多少は呑み込みがたいようだが、〈がん〉はおとなしく(こうべ)を垂れる。


『まあ、幸いにも? 王国の人間たちは、目覚めたのは邪神だと思っているらしい。森は恐ろしい所だと決めつけたいようだ。だったらまだ、女神の存在を誤魔化す方法があるかもしれない……。

 いや、この土壇場を乗り切る方法を、引き寄せないと……だね』


 コマンドーは目の前の子どもたちを見つめる。

 心優しく勇敢な姫巫女ラナメールと、葛藤を抱えながら、苦難の末にこの地へとたどり着いたオットー王子。

 そしていつも頼もしい味方である、エンドスカルにエリュシオン……と、ついでにレッド・ジョーカー。


 周囲の森の木々はなぎ倒されて美しい景観は損なわれ、さまざまな被害も出ているが、精霊は元気なもので興味深げにこちらの様子を窺っている。


 見下ろせば、ダグの信頼の琥珀色の目がヴィヴィアンを見つめ返し、見上げればそびえ立つ樹木と化した巨大エリュシオンの体と、目の前には切り口も新しい、落とされた竜の首がある。


 ヴィヴィアンは近づいてくる王国軍の気配を感じながら、その場でそっと目を閉じると、こもごもの状況を整理する。

 人間側の事情と、ヴィヴィアン側の事情。それぞれの状況を鑑みて、さらに精霊の心証に配慮しながら、行動を起こさないといけない。

 そのためには……。


「エリュシオン……。女神ジュリアロスは、今もこの森の地下深くで眠っていることにする。代わりに、お前の名は邪神…、いや邪竜として世に広まるかもしれない。許せよ」

「うむ。もとより『暗黒の天魔竜王エリュシオン』は天下に轟く悪名である。世界を混乱の渦に陥れる、恐怖の覇者であるぞ。

 今回は──そこな小僧に気を取られ、エンドスカルに討たれてしまったがな。

 だが邪竜はふたたび復活する。さらにバージョンアップした吾輩の復活予定に変更はない──、であるな?」


 そこは譲れないと主張するエリュシオンに「ふっ」と笑い、コマンドーの顔をしたヴィヴィアンは、まっすぐにオットー王子を見つめる。

 その見えない視線に一瞬たじろぐが、それでもラナメールをさりげなく背後に庇い、堂々と胸を張って立つ。そんな少年に、コマンドーはありのままに告げる。


「オットー王子、君は英雄になれ──」


 告げられたオットー王子は、一瞬、何を言われたか分からない。


 英雄──。というのは、何か偉業を成し遂げた人物を称する言葉だった……はずだ。


「へっ」とまぬけた声をもらす。

 だが、やはりその言葉の意味が分からない。


「だ・か・ら。聞いてる? 君は、邪神……いや、そこに落ちてる暗黒の天魔竜王こと、邪竜エリュシオンを討ち取った、英雄になるんだよ」


 もう一度告げられたオットー王子は、そこでようやく「はあああああぁ?」と盛大に驚きの声を上げる。


 思い返してもオットー王子は、竜の鼻先に乗っけられただけである。それも自分の意志ではなく、見えざる手により勝手に乗せられただけだ。

 英雄と呼ばれるべきは、実際に討伐したドクロ公爵のはずで、オットー王子が英雄と呼ばれるのはおかしい。

 一体何を言い出すのかと怪訝な顔をするオットー王子を置いて、コマンドーは精霊たちに語りかける。


『みんなぁー! 森の総意が生み出した巨大エリュシオンこと精霊竜は、ゴブリンキングを追いつめ、この森を守ってくれた。

 あそこにある精霊竜は精霊の力で生まれ、他にはない偉業を成し遂げた。そうだろう?』


 コマンドーの語りかける言霊は、滔々(とうとう)と森の中に広がっていく。

 集まってくる精霊たちはその言葉に同意し、共感がさらに多くの精霊たちを呼ぶ。


『だが、そのためにエリュシオンの依代(よりしろ)は失われ、美しい森は大いに荒れてしまった。

 元に戻すには時間が掛かり、女神ジュリアロスはきっと嘆かれるだろう。

 ならば我らが精霊竜を称えると共に、行き過ぎた破壊を止めたドクロ公爵とオットー王子に、ここは感謝すべきじゃないか? 特にオットー王子の活躍には目を見張るものがあった。

 そこで、みんなで彼に『英雄』の称号を贈ろうじゃないか!』


 その言葉に精霊たちがざわめく。


『えーゆう……』

『エーユーのショーゴー?』


『彼は人間の子どもにすぎない身で、危険をかえりみず勇敢に討伐の機会(チャンス)を作った。

 オットー王子は、我らがジュリアロスの森を救った『英雄』だ!

『英雄オットー』その栄誉を称えよう! それだけのことを、彼は成し遂げたのだ!』


『えーゆー、オットー……』

『オットー、エーユー!』


 精霊たちは興味深げにオットー王子を取り囲み、中にはその髪や頬に触れてくる者までいる。

 事情が分からないオットー王子とラナメールは、怯えたように周囲を見渡し、その原因らしきコマンドーに目を向ける。


「君のことを『英雄』だと言ったら、ずいぶんと興味をもったみたいだ。悪気はないよ。しつこいようなら払っていいけどね」


 コマンドーは楽しそうに告げる。


「だからっ! な、なぜボクが『英雄』なんだ? ボクは何もしてないぞっ!」

「そんなことはない。巨大エリュシオンの鼻先に乗って、動きを止めてくれただろう。アレがなかったら、ドクロ公爵といえども、ああはうまくやれなかったさ。

 まぁ、君の心情がどうであれ、わたしがそう決めたのだから、もう受け入れるしかないよ。おとなしく受けとりたまえ。精霊たちだって君を『英雄』と認めたようだ」

「そんな勝手なっ!」


 オットー王子は抗議するが、コマンドーは構わず彼の前に立つと、その肩をぽんと叩く。


「……邪竜を討伐した『英雄オットー』の王位継承に、だれも文句は言えないだろう? 王様だってビックリなんじゃないか? ダグの存在なんて消し飛んでしまう」


 耳元でささやかれる言葉に、オットー王子は「あっ」と声をもらす。

 確かに精霊たちから『英雄』として認められたら、オットー王子の地位は盤石となる。ジュリアロスの森を味方につけたも同然だからだ。


 むしろ名声を得すぎたオットー王子を、父王が警戒するんじゃないかと、そちらが心配になってくる。

 きっとビックリするどころの話じゃない。


「ダグのためにも、君、がんばって『英雄』をやってくれたまえよ」


 最後にそう告げて離れたコマンドーに代わり、ラナメールがキラキラした瞳を向けてくる。


「すごいわ、オットー王子。まさかこんなにも精霊たちに慕われるなんて! 苦労してここまで来たけど、それ以上のとんでもない成果だわ! 『英雄』おめでとう!

 勇敢で優しいあなたには、ピッタリの称号だわ!」


 自分のことのように喜んでいるラナメールを見て、オットー王子にもまんざらではない気持ちがわいてくる。

 そんな大役を受けることに、不安がないとは言えない。どう考えても、実を伴っているとは言えないからだ。

 けれどいずれはサンデール王国の王位を継ぐ身だ。ここで称号がひとつ付いたくらいで、怖じ気づいてどうするのか。


 ならば堂々と受けて、これからその名に実力が伴うように、努力していけばいいのだ。


 そう結論づけて、グッと腹に力を入れる。

 腹を決めたからには、やることがある。


 その時、森の奥がザワザワとして人間たちが姿を現していた。

 生き残ったサンデール王国の兵たちと、彼らを率いる武官イグノジャー、そして大巫女ザンネである。


 さらわれた王子と姫巫女を追って、荒れた森を抜けてきたのだが、ようやくたどり着いた場所には、目を見張るほどの大量の光が舞っていた。


 背後には動きを止めた巨大竜(首ナシ)が、背や肩に葉や枝を生やし始めており、傾き始めた日の光を浴びて悠々とそびえ立っている。

 半ば地に埋もれ、長々と横たわっている巨大な木の幹は、青々としたツタが巻き付いているが、よく見ると切り落とされた巨大竜の首のようである。


 その前に立つ、見慣れぬ衣装をまとった三体の人外……。人とは思えぬ霊威を発していて、特に力を持った精霊たちがその周囲に集まっている。


 その彼らに向きあっているふたつの小さな影は、サンデール王国の第一王子オットーと、次代の大巫女と期待される姫巫女ラナメール。

 その周囲にも、彼らを祝福するように数多くのちいさな精霊たちが集まり、辺りは静謐な緊張感に満ちている。


 ここまで進んできた彼らも思わず足を止めて、目の前の光景に見入っていた。

 これ以上進めば、この奇跡のような神聖な光景が、パッと夢のように消えてしまいそうな気がしたのだ。

 誰も何も言わない。兵士らはしわぶきひとつ立てることなく、圧倒的な超自然の光景に目を奪われていた。


 そうして見つめる中、オットー王子が数歩前に出る。

 恐れることなく胸を張って前に出ると、中央に立っている、まるで顔のない人形のような背の高い人外に向かって、堂々と告げる。


「私、オットー・ヴィルナー・サンデールは、巨大竜を討ち取った功績の一端により、貴殿らの申し出た『英雄』の称号を受けよう。

 今から私は精霊に認められし『英雄オットー』であるっ!」


 ──竜を討ち取った功績。


 その言葉に武官イグノジャーの口が、アゴが壊れたかと思うくらいの勢いでパカンと開く。


 ──精霊に認められし『英雄オットー』。


 その隣にいた、いつもは肉にうもれる大巫女ザンネの目が、目玉が飛び出さんばかりの勢いでカッと見開かれる。


 精霊たちは「わあー」と、雰囲気を察してオメデタ・モードに入り、くるくる飛び回ったりキラキラと輝きを増したりして喜んでいる。


「おめでとう! おめでとう、オットー王子! いえ今からは『英雄オットー』ね。

ほんとうに……ほんとうに、おめ、でとっ……」


 感極まったラナメールが泣きだし、オットー王子は慌てて無いハンカチを取り出そうとしてまた空振り、堂々とした態度から一転してワタワタとうろたえている。


「よぉしっ。そうとなったら、お祝いの(うたげ)……と、いきたいところだけど……」


 倒れた木々の向こうで、呆然として固まっている人間たちに目を向ける。


「あちらを片付けないと、だな」


 四十名ほどに数を減らした満身創痍の兵士たちは、強靱な体を持つ異形らと激闘し、飛来物から逃げ惑い、混乱した森の中をここまで進み続け、みな疲労の色が濃い。

 だが、息をひそめてジッとこちらを見る目は、興奮に見開かれている。


「……天の()使(つか)い様だ」


 誰かがつぶやいた言葉に、静かな興奮と歓喜、そして恐れの入り交じった目を、目の前の人外たちに向けるのだった。




『英雄』の称号を受け入れたオットー王子。

オメデタムードにキラキラがマシマシで飛びかっています。

その場面に遭遇し、驚愕しつつも感動する大人たちですが……。


次回『57.戦後処理と夕暮れの悪夢』

王族ふたりは迎えに来た、おとなたちの元へ戻ります。

ダグと再会の約束をし、精霊から英雄の証をもらいます。

そして──。

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