55.答え合わせ
ゴブリンキングの正体を知らないふたり。
なのに森に引き入れたと言われ、困惑します。
しかしよく考えるうちに、気になる人物に思い当たる王子。
共に転移門をくぐった男、バル──。彼は……。
コマンドーは、ふたりがゴブリンキングを森に引き入れたという。
けれどそんなことをした覚えのないラナメールは、眉をひそめる。
「……ゴブリンキング、ですか? あの恐ろしい魔物を、この森に引き入れるなんて。そんなことしていません」
「……ボクたちが引き入れた。……いや、もしかして。でも、まさか……」
考え込むようなオットー王子のつぶやきに、ラナメールは何かあっただろうかと首を傾げる。
「……バルなのか」
そのひとことにラナメールは目を見張る。
そういえば彼らは何かを企んでいた。何か目的があって、こちらを騙すようにして森に入り、ふたりを置いて消えたのだ。
もしバルがゴブリンキングと関係があるのなら、間接的とはいえ、ふたりが引き入れたといえる。
そのことに気づいて青ざめる。
しかし黙ったままでは相手に伝わらない。何の確証もないが、分かっていることだけでも告げた方がいい。
オットー王子はそう思い、意を決して口を開く。
「はじめて森に入ったとき、護衛として連れていたバルという男、あるいはその仲間なら何か知っているかもしれません。
ヤツらは何か企んでいて、護衛だったはずなのに、勝手に動きだしてボクたちを置いて行ってしまった。
──けれど、確かその後、すぐ捕えられたと聞きましたが……」
オットー王子の答えに、「その通りである」と、エリュシオンは思慮深く肯定する。
コマンドーは「ふうん」と思案するようにつぶやく。
「なるほど。レッド・ジョーカーが、一度は回収した27名だね。君たちはアレが何か知らないのかな?」
「……何か、とは?」
不穏な問いかけに戸惑いながら、ふたりはあらためてバルの姿を思い浮かべる。
無骨で粗野だが、理知的で面倒見のいい男だった。野生の獣のような精悍さを持ち、いつも自信と余裕にあふれて見えた。
たとえ周囲からならず者と忌避されようと、彼らには関係なかった。
まるでオオカミのように結束が強く、誇り高いならず者たち。彼らの上に立つバルという男には、確かに人を引きつける魅力があった。
「不死者やなくて『不死身』や──」
ふいにその言葉が、オットー王子の記憶によみがえる。
あの時──。武官イグノジャーがバルに大剣を振り下ろしたとき、実際には何が起こったのか。
もしも目にした、あの時の光景が幻ではなかったとしたら……。
「まぁ、知らないなら、しかたがないか」
その言葉に「はっ」として、現実に引き戻される。
「素行不良の護衛に騙された、ってことにして、ゴブリンキングを引き込んだことは不問としとくよ──」
その言葉に安堵するが、オットー王子の胸の奥はザワザワとざわつく。
バルという男は一体、何者だったのだろうか……。
意味深にほほ笑むレッド・ジョーカー。
フルフェイスの下で、そんなレッド・ジョーカーを見つめるヴィヴィアン。
肩に乗ったスパイアイの瞳がキュルリと収縮し、コマンドーの視線がふたたびふたりに向けられる。
「それよりも……取り急ぎの問題はこっちのようだ。
すぐそこに転移門を越えてきた、サンデール王国の兵士たちが来ている」
顔色のうかがえないコマンドーの声に、オットー王子はゴクリと息を飲む。
「さて。彼らの目的は、何かな? どうして王国はこの森に兵を差し向けたんだろう。君たちの捜索? 森の調査? ダグを取り戻しに来たのかな?
それとも、侵略──?」
「違うっ! 王国は森に攻めたりしない」
反射的に口にしてしまうが、オットー王子は必死だった
「ボクたちを探しに来ただけだ。ゴブリンキングの手先が現れて、戦いになってしまったけど……。でも、この森の恐ろしさはよく分かっている。
けっして侵略に来たわけじゃない」
「なるほど。じゃあ、質問をかえようか。ダグは「女神様に仕えるよう」言われて、転移門を越えてきた。
だけど本当は『人身御供』──。この恐ろしい森に捧げられた生け贄だった。そういうことだよね?
でも、もうずっと長い間、転移門は使われてなかった。女神に仕える者を寄越すことも、人身御供なんてものもなかった。
なぜいきなり森を恐れて、ダグを生け贄なんかにしたんだ?」
「それは……」ふたりは顔を見合わせる。
「ダグを排除したかった。あるいは、いなくなってもいい存在だった。そしてなんだかんだ理由を付けて、森を侵略したかったんじゃないのか?」
排除はそうかもしれないが侵略は違う、とふたりは思う。人身御供にされたダグを追ってふたりは森に入り、さらにそのふたりを追って、兵たちは森に入ったのだ。
しかしさらに時をさかのぼって思い返すと──。
どう説明したものかと思案しながら、ラナメールが口を開く。
「そもそもの始まりは『ジュリアロスの森の大号令』です」
今度はコマンドーが首を傾げる番だった。
「……大号令? なんだ? それは……」
「精霊が『精霊の鐘』を鳴らし、王国に大号令を発したのです。わたしたちはそれを『神が目覚めた。呪いをササゲよ。死者を出せ』と、読み解きました」
「……呪いをササゲよ。死者を出せ? それはまた、ずいぶんと物騒な文言だな」
思い切り首を傾げていぶかしがるコマンドーに、オットー王子が続ける。
「それで王国はこの森に何か悪しきもの……『邪神』が目覚めたのではと警戒しました」
「『邪神』……」
コマンドーのつぶやきに、オットー王子は冷や汗をかきながら、恐る恐る「はい」とうなずく。
「でもわたしにはお祝い事の言霊に思えました。なぜそんな解釈になったのかは分かりません。納得できなくて上に掛け合ったんです。でも、取り合ってもらえなくて……」
「王国は神に仕える使者として、ダグを差し出すことに決めました。
ボクの母は、ダグとダグの母君にずっと嫉妬していて、監視される彼らの立場はとても弱かった。
さらに母の嫉妬だけではなく、ダグは魔力が高すぎたせいで忌み王子とされ、正式な魔力測定もされていない。もしも魔力階位の高さが明らかになり、相当な後ろ盾が付けば、今の王位すら脅かしかねない。そう思ったんでしょう。だから父は……。ダグを使者としたのだと思います……」
「ダグには何の罪もねぇでやんす。幼い我が子を邪神に差し出すたぁ、ロクなもんじゃねぇですな……」
はじめてフードの奥から、静かな低い声がもれ出る。
押さえていても全身からにじみ出るエンドスカルの威圧に、オットー王子はブルリと身を震わせて力なくうなだれる。
ダグは泣くでも怒るでもなく、コマンドーにくっついたまま、黙ってその話を聞いていた。
どんな経緯があろうと、それはすでに過去のことだった。それぞれに言いわけや弁解があったにしろ、ダグの死がのぞまれていたことに変わりはない。
「目覚めた邪神がどんなものかも分からず、王国は転移門に兵を集めて森を警戒しています。ボクたちはその隙をかいくぐって森に忍び込み、ダグを見つけようとしたのです。
でも、聞いていた話と違い、森は思いもしないほど綺麗な場所で、精霊はボクたちに優しかった。エリュシオン殿からいろいろ話を聞いて、目覚めたのは邪神ではなく、女神ジュリアロス様だと確信しました。
大号令の解釈はやはり間違っていたと、話していたところです」
「そうか。だけど、ひとつ訂正させてくれ。
目覚めたのが何者であれ、そんな都合のいい『女神サマ』なんて、どこにもいやしない。
いいか? 勝手に『女神』だと持ち上げるな。期待して神頼みしたって、結局、自分のことは自分でケリをつけなくちゃいけないんだ」
そう言うと、コマンドーはちらりと周囲を見渡して、目についた妖精に話し掛ける。
『なあ。だれか「大号令」って知ってるか? 「神が目覚めた……」てニンゲンたちに言いふらしたヤツ、聞いたことないか?』
耳ざとい風が、さっそく集まって、クスクスと笑って応える。
『女神ジュリアロス様がお目覚めになられたよ!』
『言祝げ、言祝げ!』
『ジュリアロスの森に祝いの祈りを捧げよ。祝いの使者を立てよ!!!』
『きゃははははっ! コトホゲーッ!』
『ジュリアロス様、バンザーイ! コトホゲーッ!』
その言葉を聞いて、フルフェイスの中でヒクヒクと顔を引きつらせるヴィヴィアン。
最初にニンゲンたちに接触したのは、精霊たちのほうだったのだ。
しかしヴィヴィアンはこの世界で、静かにひっそり生きられればよかった。女神なんて名乗るつもりは、まったく、これっぽっちも、ない……。
『だれが、そんなことをしろと言った? なぜ、そうなったんだ』
『森を守るアルセイスだよ~』
『アルセイスがお祝いしようって。みーんなで、お祝いだってっ! ねーっ』
『土が鐘を鳴らして、風が世界中に知らせたの。女神様がお目覚めだよって! ねーっ』
『ねーっ』
精霊たちからは、ひとかけらの悪気も感じられない。
しかしまさか宣伝広告よろしく、そんなことを開けっぴろげに言いふらされていたかと思うと、恥ずかしいやら情けないやら、疲れたように首をうなだれる。
しかもどうやらニンゲンたちは、精霊たちの言霊を上手く聞き取れなかったらしい。
意図的か偶然か知らないが、盛大にねじれ曲がった解釈をして、この森に『邪神』が誕生したと信じているようである。
コマンドーは深いため息をひとつ吐き出す。
森を守るアルセイス──。それは三精霊の一人、岩の精霊を指し示していた。
知らずもれ出た、思ったより低い声で告げる。
『おい、誰か……。〈がん〉を連れてこい』
ようやく『ジュリアロスの森の大号令』を知ったヴィヴィアン。
知らないうちに誇大広告を喧伝されて『・・・』
次回『56.木竜殺しの英雄オットー』
頭を悩ませるヴィヴィアンが、事態収拾のために打った一手は……。
「はっ? な、なぜボクが『英雄』なんだ?」




