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54.女神の使徒たち

ふいに声を掛けられ、振り向いた三人の目に映ったのは……。


ついにコマンドーと、オットー王子らは出会います。

コマンドーの中にいる人のことは、ニンゲンたちには……

まだ ヒ・ミ・ツ! です。


 振り向いたオットー王子とラナメールが目にしたのは、三人の人物だった。


 ひとりは黒いフードを目深に被っている、見上げるほどの巨人。

 少し汗ばむような陽気のこの季節に、足元まで隠す真っ黒なロングコートのいでたちは、とても不気味だった。

 顔が見えないせいか、ことさらに威圧感が増して感じられる。


 反対側のもうひとりは、ふたりにも見覚えがあった。白く薄いロングコートをはおった、真っ赤な蓬髪を腰の辺りまで伸ばす人物──。


 そして中央に立って声を掛けてきたのは──。

 フードの人物ほどではないが、こちらもとても背が高い。まるで顔を省略した等身大の人形のような、見たこともない不思議な白い服を着ている。

 その顔面は、大きく丸くツルンとした黒い玉のよう。


 けれど、それまで不機嫌そうだったダグが顔をほころばせ、嬉しそうにその人物に駆けよる。それに応えて、相手はダグの頭をポンポンと軽くなでている。

 その親しげな様子からして、敵ではないのだろう。

 そう判断したラナメールは、恐る恐る口を開く。


「あ、あなた方は……?」


 奇っ怪な見た目にもかかわらず、特に中央の人物から感じられる気配は、高位精霊のそれに近い。

 透き通った湧き水のような清らかさに、さらにもっと力強い圧が感じられて、まるで神殿の荘厳な空気を圧縮したような気配だった。その重厚さに、めまいすら覚える。

 ドキドキと高鳴る胸の鼓動を感じながら見つめていると、苦笑と共に返事が返ってくる。


「わたしか? わたしはこの森のかりそめの客、ただのエルフさ」

「エ、エルフ?」

「うん? もしかしてエルフを知らないのか? 種族の名前なんだけど。まあ、そりゃそうか。この世界じゃ絶滅してるしね。──にしても、こりゃ相当だな」


 ジュリアロスの名をニンゲンに知らしめた者は、しかしやはりエルフのことは教えなかったらしい。

 なぜにジュリアロスにこだわるのか。女神へと仕立て上げて、何がしたかったのか。常人には理解しがたい、なんだかとても強いこだわり、というか執着が感じられる。

 首を傾げるオットー王子とラナメールに、ヴィヴィアンは『いや、何でもない』と手を振って続ける。


「あー。わたしの名はコマンドー。とりあえず〈コマンドー〉でも〈コマさん〉でもいいよ。好きに呼んでくれ」


 気軽にそう告げたヴィヴィアンだが、ふたりは「コマさん……」とつぶやき目を丸くする。


「そんでもって、こっちのデッカイのがドクロ公爵ことエンドスカル。

 コイツの顔は……。そのー。まぁ、なんだ。強面(こわもて)すぎるのを、本人が気にしていてな。できれば顔は見ないでやってくれ」


 紹介されたエンドスカルは視線が集まると、ますますフードを深く被って、軽く頭を下げる。王族ふたりもつられて軽く会釈する。


「そしてこっちは……。レッド・ジョーカー」


 ふたりの視線は、コマンドーのぽってりした白い手が指し示す、もうひとりの人物に向かう。

 赤い蓬髪で目を覆い隠し、口元だけでニンマリとほほ笑むその人物に、ふたりの表情は微妙なものになる。

 この人物には、助けてもらったのか、窮地に追い込まれたのか……。


 とりあえず、竜の鼻先にいきなり飛ばされたオットー王子は、それについて文句を言ってもよさそうなものだ。

 けれどレッド・ジョーカーのかもし出す得体の知れなさに恐れが上回り、何も言えずに口ごもる。

 そんな微妙な空気を読んで、コマンドーは首を傾げる。


「んんっ? もしかしてコイツ、すでになんか迷惑をかけてたりする?」


 背後のレッド・ジョーカーの笑みがグッと深まる。ふたりは反射的に首を横に振る。

 ウッカリうなずけば、なんだかヤバイ感じがしたのだ。


「いえ、その……。迷惑だなんて……」

「ほんとうに?」


 いぶかしがるコマンドーに、レッド・ジョーカーは「クックックッ」と声を出して笑う。


「嫌ですねぇ。彼らとは、たまたま森の中で出会っただけですよ。

 巨大エリュシオンが尻尾で弾き飛ばしたアレコレから、このおふたりをお救いし、軽く診察しただけです。それに私はこう見えて、結構、人助けは得意なんですよ。

 なんせ、医者ですから──」


 レッド・ジョーカーの「医者」というセリフに、ふたりは絶句する。

 診察を受けた覚えはないが、助けられたのは本当のことだ。全てを否定するつもりはないが……。

 オットー王子を木竜の鼻先に飛ばす医者とは──。完全に意味不明である。


「ふうーん。まあ、いいけどね。とにかく、いろいろ事情があってね。今はこの森に居候している。君たちに危害を加えるつもりはないんだ」


「この森に住んでいるってことか? 精霊でもないのに……。そんなことが可能なのか?」


 オットー王子のつぶやくような問いかけに、コマンドーは軽く肩をすくめる。


「精霊たちと話し合って、和解を済ませたからね」


 最初はあまりの話の通じなさに、この森を焼き払おうかと考えたこともあったなと、思い返していたが、そんな事実はおくびにも出さない。

 しかし「和解」ということは、何かしら精霊と「争う」事態があったということだ。


 ふたりはその匂わせを感じたが、力を持つ森の精霊と争うなど世界の次元が違いすぎて、とてもツッコム気にはなれない。

 それを知ってか知らずか、コマンドーは淡々と続ける。


「君はサンデール王国の第一王子オットー君。そして姫巫女ラナメール君だね。さっき聞いたんだけど、君たちはエリュシオンと仲良くなったんだって?」


 ふたりは一瞬顔を見合わせる。


「はい。エリュシオン様には、とてもたくさんのことを教えていただきました」

「もしかしてあなたたちも、女神ジュリアロス様の使徒様なのですか!」


 オットー王子から飛び出した問いに、コマンドーの中の人は「あー」とうなる。じつに悩ましい質問である。

 うっかり「使徒ではなく本人です」と言ってしまったら、「女神様のご降臨っ!」と収拾がつかなくなりそうだし、もとより「女神」を名乗るつもりもない。


 かといって「使徒ではない」と言ったら、「じゃあ、何なんだ?」となるだろう。ここはとりあえず「使徒」であることにする。


「……うん。まぁね」


 精霊たちも、コマンドーは使徒のひとりだと思っている。

 それで通そうと考えていると、オットー王子がさらに問いかけてくる。


「では、エリュシオン殿はどうなったか、ご存知ですか?」


「そりゃあ、知ってるけど……」と言ってから、何と告げるべきかコマンドーは思案する。


「エリュシオンは精霊たちの総意に当てられ、ものすごく大きくなってしまった。そして大暴れしてこの辺りの森をメチャクチャにして、最後はこのドクロ公爵に討たれたんだよ。

 アレを見てごらん」


 コマンドーが指し示した所には、ツタが絡む大きな岩のようなものがある。

 やけに突起物が多いが、よく見ると岩ではない。つるりとした肌に木目が見える。

 気づいたラナメールが「ひっ」と息を飲む。


「……エリュシオン様っ!」


 その声にオットー王子もようやくそれが、半ば地中にめり込んだ巨大エリュシオンの生首であることに気づいた。

 その瞳は閉じられているが、上空でのご対面を思い出し、そのクシャミひとつで飛ばされるかのように感じて、ふらふらと後じさる。そして小枝に躓くと、その場にペタンと尻餅をつく。


 動きを止めた本体のほうも、そうして見上げるとよく見えた。

 これまで近すぎたせいか、あまりにも大きすぎたためか、視界に収まりきらず気づかなかったのだ。


 小さなエリュシオンをここまで変化させた、ありあまる精霊の力の余韻がそうさせるのだろうか。

 その場にどっしり根付いた新たな巨木として、あちこちから芽を出し葉を茂らせはじめている。

 高木の中でもひときわ目を引く存在感をかもし出しながら、超自然的な竜としての存在から、ありふれた自然へと溶け込むように、一本の樹へと還っていくようである。


「心配しなくても、エリュシオンはちゃんと生きてるよ」


 それに応えるかのように、その場にきき馴染んだ声が響く。


「その通りっ! 吾輩は不滅なのである」


 コマンドーの肩に乗る、一匹のスパイアイの発する音声だが、そうと分からなくてもその声音に、ふたりは「はっ」として顔を上げる。

 ラナメールの瞳がまたうるみはじめる。


「エリュシオン様っ! ご無事なのですね」

「うむ。この身は滅びようとも、吾輩は何度でも甦る。何も案ずることはない」


「……よかった」と、立ち上がったオットー王子も声を震わせる。

 お互いの生存を噛みしめるように喜ぶふたりを眺めながら、コマンドーは「さてと」と話を続ける。


「エリュシオンや精霊から話は聞いた。君たちはダグを心配して、ここまで会いに来たんだってね?

 ここで会えたのは偶然だけど、こうして安否は知れたんだ。よかったね。見ての通りダグは元気だ」


 そう言って、慈しむようにダグの肩に手を乗せ、ポンポンと軽く叩いてみせる。


「毎日、よく食べて、よく遊んで、しっかり寝て、すごく元気に過ごしてるよ。これでもう、君たちが抱えこんでいた、ダグの心配は消えたかな?」


 これで用は済んだだろう、といった意味に思えて、ラナメールは「えっ」と目を見張る。

 確かに最初、胸に抱いていた、ダグの生死を案じるような心配はなくなった。

 でも、ダグとはまだ話し足りない……。ダグのこれからを考えると、王国との関係がどうなるのか不安があった。


 女神ジュリアロスに仕える、というのは建前で、ダグを森に遣った人たちは、誰もそんなことを本気で望んではいない。

 国王やその近辺の人たちは、ダグが騒乱の芽となるのを恐れて排除したかったのだから……。


「ダグは王国と、父親に棄てられたんだろう? 女神様にくれるって言うなら、女神様はありがたくもらっちゃうよ。返せって言われても、もう返さない。

 ダグが本心から帰りたいって、言わない限りはね」


 そう言われて、うれしそうにコマンドーを見上げているダグを見てしまえば、そこに連れて帰るという選択肢は見つからない。


「だけど、ほかにも問題がいろいろあってね。まず、たとえばこうなった、そもそもの原因、ゴブリンキングのこととか──」


 そう告げて、ため息まじりにゆっくりと周囲を見渡してみせる。

 その視界に入るのは、木々がなぎ倒され、巨大竜に踏み荒らされた森──。


 そう。ゴブリンキングが現れたために、精霊たちは追いつめられ、巨大エリュシオンを作り出してしまったのだ。


「聞きたいんだけど……」


 コマンドーの言葉に、ふたりの視線は周囲から、ふたたびまっ黒な丸い顔へと向けられる。


「精霊たちの天敵、ゴブリンキングを森に引き入れたの、君たちだよね」


 しかし言われたふたりは、その質問の意味が分からなかった。

 キョトンとした顔をしてみせるが、コマンドーはその前提を崩さずに続ける。


「何のためにそんなことをしたのかな?」


 責める響きはなかったが、返答によっては「許さない」とばかりに、豹変しそうな雰囲気がその声にはのっていた。

 こちらを試しているのだろうか? 何のために?


 顔色を悪くするふたりの間に、言い知れない緊張が走った。




あらためて、仲間たちを自己紹介するコマンドー。

子どもには親切でありたいけれど……。

受けた被害は甚大であり、簡単に見逃すことはできないようで……。


次回『55.答え合わせ』

限られた時間の中で、思いもしない事実が出てきます。

そうしてこの結末は、始まりへと還るのであった……。

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