52.使徒と精霊とニンゲンの子と
森の中で暴れる木竜を止めるために、
その首を切り落としたエンドスカルでしたが──。
落ちていく木竜の鼻先に、思いがけないものを見つけます。
ニンゲンの子ども、オットー王子──。
いきなり視界がズレて落ちていく〈もく〉は、木竜の肩に立つエンドスカルと握られる木刀を目にして、ようやく首を切られたのだと悟った。
そうしてその瞬間、力を振り絞って地上に向かってツタを伸ばしていた。
ニンゲンの子ども──。オットー王子は柔らかいのだ。どこを触っても柔らかくて弾力があって、特にほっぺたはモチモチとして柔らかい。
高い所から落とせば、はじけて死んでしまうことを〈もく〉は知っている。
だから地面と衝突するときの衝撃を、少しでも和らげようとツタを伸ばす。
けれどチカラが出ない。うまくたくさんのツタが伸ばせない。
だからドクロ公爵が、落ちていく巨大エリュシオンの首に降り立ち、オットー王子を抱き上げたとき、うらみがましい気持ちが少しわいたが、よかったと思った。
よかった──。きっとオットー王子は助かる。
そうして落ちた首は地面と衝突し、出されたツタのかいもなく、落ち葉のやわらかい地面に半ばまでめり込む。
衝撃で飛ばされたエンドスカルだが、卓越した運動神経で勢いを相殺していた。
地面の上を二三転すると身を起こし、腕の中に抱くニンゲンの子どもを確認する。
完全に目を回して気絶していたが、見たところ異常はない。
簡易メディカルチェックを行うが、大きなケガや臓器損傷はなく、やはり気絶しているだけのようだ。
「おい、エンドスカルっ! 無事か?」
落ちてゆくドラゴンの首と、それを追いかけるように飛び降りたエンドスカルを目の当たりにし、ヴィヴィアンはダグとともに慌てて機動二輪で駆けつける。
しかしその腕に抱えられて眠る子どもに気付くと、ヴィヴィアンは小さく首を傾げ、ダグは大きく震えて身をこわばらせる。
「あたしゃ大したことはありやせん。この子は……木竜の鼻先に、乗っかっていやした。見たところ気絶しているだけのようで」
「ニンゲンの子ども……だよな。木竜の鼻先って……。えっ? さっきまで空にあったよね。なんでそんなところに、ニンゲンの子どもがいたんだ?」
機動二輪から降り立ち、ヴィヴィアンは新たな子どもの様子を確認するが、確かに気を失っているらしい。ぐったりとして目を閉じている。
それから何となく思い出したように、ダグを振り返る。
「ダグ、おまえの知り合いか?」
軽い確認のつもりだったが、ダグはエンドスカルの抱く子どもから目をそらす。
そうして困ったような、泣き出しそうな顔になる。
「ん? なんか、ワケありなのか? まあ、とりあえず……。どちらにも大きなケガがなくてよかったよ。
それで、この子は一体……」
何かありそうだと思い、くわしい話を聞こうかと思ったが、そこに鬼気迫る大声が鳴りひびいてきた。
「ドクロ公爵様っ! コマンドー様っ!」
地面からヌッと現れ、駆けよってきた岩の精霊〈がん〉は、落ち葉にめり込むドラゴンの首の様子に、ワタワタしながらエンドスカルに詰め寄る。
「ドクロ公爵様っ! 一体全体、な、な、なんということを、なさったのですかっ! 偉大なる我らが女神の使徒、エリュシオンさまが!」
今にも泣き出しそうな声で、この惨状の真意を問いかけてくる。
集まってきた精霊たちも、大好きな虹色ドクロ公爵が、大賢者たるエリュシオンの首を討ち取ったことに、ショックを受けたらしく戸惑いを隠せない。
混乱と不安、怒りと絶望、やるせなさと悲しみ……。
あまりに大きな感情は行き場をなくすと、またよくない現象を呼び起こしかねない。
「あぁ。そのことなんだが……」
コマンドーことヴィヴィアンが説明しようとした矢先、その肩にぴょんと飛び乗った小さな影があった。
大きなひとつ目が愛らしい、一匹のスパイアイである。
「みなの者っ! 吾輩は滅びぬ。何度でも復活する。案ずるでないっ!
吾輩──、暗黒の天魔竜王エリュシオンは、永遠に不滅なのであるっ!」
ガアッハッハッハッハァッ!
小さなスパイアイの体から発せられる、エリュシオンの高らかな哄笑に、あたりは水を打ったかのように「しーん」と静まりかえる。
いきなりのことで、とっさにエリュシオンとスパイアイが結びつかなかったのだ。
けれど物を依代とする精霊のように、エリュシオンも時々、その姿を変える。
最初は不思議な輪っかだったのだ。
近頃は羽の生えた木彫りのトカゲ人形で慣れてしまったが、それはエリュシオンの依代のひとつに過ぎない。
でもあの愛らしいドラゴンは討伐されてしまった。
それでもその魂は存在し続け、今度はスパイアイを依代としたのだろうと理解する。
ただし、木彫りのトカゲ人形は、エリュシオンお気に入りの体だったはずだ。
言葉では強がっていても、よく見るとその大きなひとつ目は、涙目になっているような気が……しないでもない。
代表して〈がん〉がおずおずと進み出てたずねる。
「エ、エリュシオン様? 本当に、ご無事なので?」
「う、うむ。もちろんであるぞ。今は、このかりそめの姿であるが、いずれわが主が新たなる肉体を再び吾輩に授けてくれるであろう。
その時は改めて、吾輩の威光を前にひれ伏すがよいっ!」
「カッカッカッ!」と胸を張って笑うスパイアイの姿に、ようやくエリュシオンの無事(?)を感じ取ったのか、精霊たちは安堵した様子をみせる。
「そうだな。時間は掛かるかもしれないが、そのうちジュリアロス様が、もっとすごいのを作ってくれる……かも? だし……?」
「な、何とっ! 聞いたか、みなの者っ! 聞いたであろう。もっとすごいモノじゃ。おおっ。ついに飛べるのか? 火を吹けるのか? 目からレーザービームを発射するのか?
よいのお、よいのお。吾輩は期待するぞ? 期待しちゃって、よいのじゃなっ!」
耳元で食らいつく勢いのエリュシオンに、コマンドーは言ってしまったことをチョット後悔する。
だけど、もう後には引けない雰囲気だ。
もちろん最初から作るには作るつもりなのだが、あんまり期待が高いとプレッシャーである。
「ああ、うん。まあ……そうだな。うん──。
キット、何トカ、ナルンダロー……」
どこか遠い目をしたコマンドーの言葉に、精霊たちは素直に、「おおっ!」と歓喜の声を上げる。
とりあえず制作の苦労は未来のジュリアロスに託すとして、この場が明るい雰囲気になったことにコマンドーは胸をなで下ろす。
「さてと。それにしても、ずいぶんと無茶をしたな〈もく〉。おまえのほうが、よっぽど重傷だぞ。
どうだ。自力で宿り木に戻れそうか?」
コマンドーの問いかけに、ドラゴンの首の根元からスウッと光の玉が浮かび上がる。
「コマンドー様? うん……。だけどあたいは、まだっ!」
続けて何か言いかける光の玉を、コマンドーの手がすくい取ってそっとさえぎる。
「正直なところ、戻ったばかりで状況がよく分かんないんだけど……。これだけは分かるよ。
おまえはよくやった。頑張ったな〈もく〉。森を守ろうとしてくれたんだろう? おまえは十分に働いた。だから、ちょっとだけ休んでこい。
心配するな。あとのことは、わたしたちに任せておけ」
〈もく〉である光の玉は、そう告げるコマンドーを見て、その肩でうなずくスパイアイことエリュシオンを見て、気絶したオットー王子を抱えるエンドスカルがうなずくのを見る。
そして〈がん〉が「その通りだと」大きくうなずくのを見ると、ようやくホワリと光を和らげる。
「……じゃあ、チョットだけ。チョットだけ、だからっ!」
そう告げてコマンドーから受けとった魔力を糧に、フッとすがたを消す。
「……行ったか。ゆっくり休めよ〈もく〉」
と風に語るように告げて、コマンドーは〈もく〉送り出す。
だが、見送りの余韻にひたるヒマもなく、エンドスカルが慌てたようにコマンドーに耳打ちをする。
「お嬢。目を覚ますでやんす」
見るとその腕の中で気絶していた子どもが身じろぎしていて、確かに今にも目を覚ましそうである。
すぐにエンドスカルが慌てている理由を察する。
このままエンドスカルの腕の中で目を覚ましたら、子どもは虹色ドクロとご対面である。
そうなると大絶叫か、また気絶かオモラシか、とにかくロクなことはないだろう。
なんせ年の割に落ちついた、ダグですら大混乱だったのだ。
慌ててコマンドーが少年を受けとるが、よく考えればそのコマンドーだって宇宙服姿である。
顔は真っ黒けの、のっぺらぼうで、とても初対面の子どもが受け入れられる顔じゃない。
フルフェイスのヘルメットを脱げばいいが、すでに子どもはコマンドーの腕の中。コマンドーの両手はふさがり、自力で脱ぐにはにっちもさっちもいかない。
それにここでフルフェイスを脱いでしまったら、精霊たちに正体がバレてしまう。
それだと今後内緒で行動したいときに、チョット不便ではないか。
あわてて人間に近い生き物を探してまわり、その目はダグに止まる。
どちらも人間の子どもだ。この子どもたちには何か因縁がありそうだが、バケモノじみた存在とご対面よりは、ぜんぜん大したことはないだろう。
「おい、ダグっ! ちょっとこの子に事情を聞いて、こっちから危害を加える気はないって、説明しておいてくれ。
わたしは向こうで、エリュシオンと精霊たちを締め上げて……。あー、いや。この状況の説明責任を果たしてもらってくるからっ!」
「えっ?」
コマンドーは早口で告げると、やわらかそうな落ち葉の上に少年をそっとおろす。
さらに身じろぎするオットー王子に、ダグはあわてて「できない」と告げようとした。
しかしその時には、もうその場からコマンドーの姿は消えていた。
ドクロ公爵もあれほどいた精霊たちも、みんないっせいに姿を消している。
ダグがおたおたしながら振り返ると、落ち葉の上で横たえられた少年──。オットー王子の目が開いており、バッチリと視線がかみ合ってしまう。
ダグと、そしてオットー王子は、しばしお互いの状況を探り合うかのように、黙って見つめ合うのであった。
ついにご対面を果たした異母兄弟。
これまで口をきいたことがなかったふたりに、緊張が走ります。
次回『53.兄弟喧嘩』
自分の使命を思いだし、和解を果たそうとするオットー王子と、
かたくなに相手を拒絶するダグ──。
ふたりの思いは平行線のまま過ぎるかに見えましたが──。




