51.討伐
アレコレありながらも、ようやく地上に戻ってきたヴィヴィアン。
けれどすぐに森の異変に気づきます──。
不穏な気配にいぶかしみながら、
急ぎエンドスカルと共に神殿へと向かいますが……。
地下深くにある旧シャンデール宇宙空港──。
苦労の果てに、ようやく見つけたお目当ての駆動二輪にまたがり、オオヒョウナマズのぬしのヒゲに導かれて、エンドスカルと共にその迷宮遺跡から脱出したヴィヴィアン。
湖の底、深くから浮上する途中で出会ったのは、その本性がまさかのオレンジ色をしたコブコブ金魚、水の精霊〈すい〉だった。
ゴブリンキングが森に現れたので、討伐して欲しいと〈すい〉に懇願されるが、ヴィヴィアンはイマイチ状況が分からない。
とにかく、痛い水をものともせず湖底まで迎えに来てくれたぬしが、大したこともなく無事ゆったりと遊泳している姿を確認すると、浮上を急いでやがて湖面に到達する。
途端にその異変は、宇宙服を介していても、ヴィヴィアンには肌で感じられた。
湖岸はまだ遠いが、森は慌ただしくざわめいている。視線を遠くにやれば、何だかどこかで見たことがあるような巨大な頭が、木々の向こうに見えかくれしている。
泡を取り払った機動二輪は、ヴィヴィアンとエンドスカルを乗せて、日の光を反射する美しい湖面上ギリギリを滑空する。
それに遅れまいと必死に付いてくる人魚〈すい〉だが、彼女のもたらした情報に、あの見たことがあるよーな巨大生物の話はなかった。
「一体、何がどうなってるんだ? ゴブリンキングが出たって話だったよね。
だけど、あれはどう見ても……。ねぇ。なんで、ああなってんの?
本当にエリュシオンってば、何やってんの?」
「……不可避の事態が発生。森の総意と木の精霊〈もく〉の暴走により、森に甚大な被害が発生。現在も継続して被害は拡大中。神殿も一部壊滅、だそうでやんす」
後部座席でエンドスカルの報告を聞きながら、ヴィヴィアンはギョッとする。
「神殿にも被害って……それは、マズいんじゃないの? それに……おいっ。ダグは大丈夫なのか?」
「通信が不安定で、それ以上の詳しいことは不明でやんす。
本体のある地下格納庫まで影響があるとは思えやせんが、神殿付近の地上部分はかなりの被害が出ているようで」
ヴィヴィアンはフルフェイスの下で「くっ」と唇を噛みしめる。
「とりあえず神殿に急げっ!」
「了解いたしやしたっ!」
エンドスカルがさらにアクセルをふかし、湖面に一瞬、巨大な水しぶきを巻き上げて加速する。
「ドクロ公爵様~っ! コマンドー様~っ!」
「〈すい〉っ! 無理するな。あとで合流だ!」
水中から人魚の姿で追いすがる〈すい〉だが、構っているヒマはない。
そのまま湖上をぶっ飛ばして着岸する。そして上陸を果たすと、木々の合間に見え隠れする巨大エリュシオンを横目に、ふたりは滑空する駆動二輪で、森の中を猛スピードで走りぬけてゆく。
あちこちで木々がなぎ倒され、すっかり変わってしまった森の景色。やがてその奥に、瓦礫の山にうもれた、神殿が見えてくる。
「ヤメローーッ!」
その山の上に一人の少年が立っている。そして巨大エリュシオンに向かって叫んでいた。
「もう、いいよ。やめるんだーーーっ!」
いつその小さな体が、不安定に積もる瓦礫に押しつぶされるかも分からない。
ヴィヴィアンはそれを目に留め、「すり抜けろ」とエンドスカルに告げる。
「了解」という言葉とともに、機動二輪は少年に向かって突き進む。
「ダアァァーーグっ!」
心の奥にまで響いてくるその声に、ダグがぴくんと身を震わせる。次の瞬間には、その小さな体はあっというまに抱き取られ、力強い腕の中にあった。
「おい、ダグ。ケガはないか? 痛いところはないか? どうして神殿の奥に逃げなかった。あんなところに立っていたら、危ないじゃないか」
エンドスカルが操縦する起動二輪は、ダグを拾い上げると、さらに安全な場所を求めて森を飛び続ける。
ヴィヴィアンは腕の中のダグが、どこかケガをしていないかと、早口で確認する。
「えっ? ドクロ公爵様に……」
「わたしだよ。ヴィヴィアンだ。やっぱ、この姿じゃ分からないか?」
のんびりとした気さくなしゃべり方に、ダグは目を見張って自分を抱き留める者を見上げる。
白いツルンとした厚みのある衣装と、まん丸で真っ黒い凹凸のない顔面。
見たこともない無気味な姿だが、偏光樹脂ガラスが透明度を上げると、その向こうにずっと待っていた人の顔がすけて見えてくる。
「ヴィ、ヴイィィィ~っ!」
自分から抱きついてくるダグに、ヴィヴィアンは笑いながら抱き返し、その頭をなでてやる。
「無事でよかった。ずいぶんと怖い目に合ったな。まさか、こんなことになってるなんて、思ってもなかったんだ。もう少し、早く帰ってくれば良かったよ」
せっかく助けた命である。よく懐いてくれるダグは、好奇心旺盛で賢く素直で可愛らしい。チョットお利口すぎる気もするが、これまでその聡明さで自分の身を守ってきたのだろう。
そうして今まで苦労した分、ここでのんびり穏やかに暮らして欲しかったし、この小さな子どもがどんな風に育つのか、それを見るのは楽しみだった。
その楽しみが、あと少し何かが違えば、危うく消し飛んでいたかもしれないのだ。
「わたしが来たからには、もう大丈夫だ。これ以上は、何も怖いことはないぞ。
おまえが無事で、本当によかった」
小さな手がひしっとしがみついてくる。ひょっとしたら失っていたかもしれない手だ。
瓦礫の上にひとり立っている姿を見たときは、心底からヒヤリとしたのだ。
そしてせっかく綺麗にした神殿は、瓦礫で半ば埋もれていた。屋根の太陽光パネルだって大破している。今となっては替えが効かない、貴重な超古代魔道文明の遺産が失われてしまった──。
これはかなりの損失だ。
神殿内部はどうなっているのか──。スパイアイは? その他の魔道具らは?
森の精霊たち、そしてサン、チンチャードワーフや回転岩、オオハナミツバチたちは──。
妖精たちの顔を浮かべ、荒れ果てた森の様子を見ていると、自然と眉根が寄ってくる。
少し離れた高台に起動二輪を停めると、そこから今もしっぽを盛大に振り回している巨大エリュシオンを、三人の目が見つめる。
「とりあえず……。アレを何とかしないと、だな」
フルフェイスの偏光樹脂をもとの濃度に戻すと、そうして何かを追い回して暴れている巨大エリュシオンを、ヴィヴィアンはにらみつける。
「夢を叶えたエリュシオンには悪いけど、ヤルぞ。エンドスカル」
「へい」
どこか物騒なふたりの会話に、なんだか悪い予感がしてダグは慌てる。
「ヤルって? 何をする気? エリュシオンだよ。仲間でしょう?」
見上げてひっしと訴えるダグに、ヴィヴィアンは困ったように「あー」と声をもらす。
「見た目はそうなんだけど、あれはエリュシオン、ってワケじゃなくて……。どっちかって言うと、暴走した精霊の総意だ。中身は〈もく〉みたいだな」
「へい。間違いありやせん。おっしゃる通りでござんす」
目をぱちくりさせるダグに、「心配するな」とヴィヴィアンはその肩を叩く。
「何とかなるさ。そうだな。ん──。あの付け根辺りから首を落とせば、さすがに〈もく〉も動きを止めるだろう。
あとは、こっちも炎の竜を出して牽制するか。あんな大きさは無理だが、気を引くくらいはできるだろう」
そう言って、たくましい背中のドクロ頭に目をやる。
「いけるか、エンドスカル」
「もちろん。いつでもヤレルでござんす」
そんな簡単な話ではないように思うのだが、まるで大根の首でも落とすような気楽さだ。
ふたりはヤル気満々でうなずきあうと、ダグを振り返る。
「よし。ダグはどうする? ここならしばらく安全だ。ここで待ってるか?」
ダグはふたりを交互に見つめ、遠目にも巨大な木竜を見つめる。
ふたりに付いていったところで、ダグには何もできないかもしれない。足手まといになるだけかもしれない。
それでも、近くで事の成り行きを見届けたかった。
単なる偶然なのかもしれない。けれど事の始まりがダグとは無関係だとは、なぜか思えなかった。
「ボクも行く」
その力強いセリフに、ヴィヴィアンは満足してうなずく。
「じゃあ、行くぞっ!!」
三人を乗せた機動二輪は、再び森の中へと入って行く。
「あれには森の総意がかかっている。精霊のしでかしたことだから、何が起こるか分からない。おまえたち、油断するなよ」
「はいっ!」
「お嬢も、決して無理はなさらないように」
その背にフルフェイスをコツンと当てて、ヴィヴィアンは返事にする。
そうして機動二輪は気配を絶って、巨大エリュシオンの背後にスッと忍び寄る。
距離を詰めたところで、エンドスカルがロングコートをなびかせ、まるで黒い怪鳥のように機動二輪から飛び降りていた。
「ダグ。しっかり捕まっていろよ」
「はい」と返事を返すダグを腰に巻き付けたまま、空いた前座席に移動すると、ヴィヴィアンは操縦を続けながらそっと魔力を練る。
低く首を垂れて何かを探し回っているドラゴンの側面に周り、練り上げた魔力を放って炎の竜を作り上げ、オトリにしようとした、その時だった。
ドラゴンがピタリと──。本当にピタリと動きを止めたのだ。
かと思ったらひとうなりして、いきなりガバッと身を起こして直立する。
思わぬ動きに炎の魔力を引っ込め、機動二輪を緊急旋回させて一旦距離を取る。
こちらに気づかれたかと焦ったが、ドラゴンは頭を天に掲げて直立不動のまま、何かに驚いたように動きを止めている。
その隙を見逃すエンドスカルではなかった。
炎の竜こそは現れなかったが、ドラゴンが固まっている今こそは、絶好のチャンスだった。
一陣の黒い風のごとく、ドラゴンの無骨な背筋を走りぬけ、エンドスカルの懐からは一本の木刀が引き抜かれる。
「許せ、エリュシオン──」
太い首の根元で、その一閃が横殴りにひらめく。
狙い違わず木竜こと巨大エリュシオンの首は、またその真っ白い滑らかな切り口を見せると、ズズズッと傾いてすべり落ちてゆく。
目の前で落ちてゆくドラゴンの赤い目が、驚いたようにエンドスカルを見つめたが、エンドスカルもまた驚いてその鼻先を見つめた。
小さな人影が、そこにしがみついている。
ダグによく似たその生き物は、ひとりのニンゲンの子ども──。
気がつくとエンドスカルもまた、地上へと落ちていく、その首に向かって飛んでいた。
すれ違ったその一瞬で、次の行動に移ったエンドスカル。
さすが親分。反射速度が並じゃない。
次回『52.使徒と精霊とニンゲンの子と』
破壊を尽くす木竜の首を落としたものの……。
精霊たちは驚き悲しみ、エンドスカルは詰め寄られ、
ダグは義母兄にフリーズ。
ヴィヴィアンことコマンドーは……。




