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50.見えざる手

混乱の中、ゴブリンキングの手先に拉致され、

森の奥に連れ去られたオットー王子とラナメール。

そこで出会ったのは赤い蓬髪の主、レッド・ジョーカー──。


怪しげな存在に導かれる、彼らの行く先は──。


 赤い蓬髪の人物の後をついて進み出すラナメールだったが、向かう先はどう見ても巨大エリュシオンのいる方角である。

 先ほどから鳴り響く大地をえぐるような、すさまじい破壊音と地響きはもうそこだ。

 そんな危険地帯にあえて突き進むことに、ラナメールは大きな不安を抱き始めていた。


「待って……。どこに行くつもりなの? そっちは危ないわ!」


 その赤髪の不思議な力が、意識のないオットー王子を運んでいるので、ラナメールは付いていくしかない。だが、どんどん安全とは言えない方向に向かっている。

 そっちには、あの恐ろしい姿をした「ゴブリンキング」もいたはずだ。


 さっきは思わず助けを求めてしまったが、本当に付いてきて良かったのか、ラナメールはだんだん分からなくなってくる。

 見れば見るほど、それは場違いな存在だった。

 真っ白な薄いコートと真っ赤な蓬髪──。見た目もかなり奇抜だが、ここはジュリアロスの森の中だ。


 サンデール王国の兵士でもない人間が、なぜこんなところにいるのか……。

「なんだかおかしい」という思いが強まるが、オットー王子は見えない何かに拘束されていて、一緒に逃げることができない。


 ふいにひときわ激しい音がしたと思ったら上空が陰り、横殴りに大量の土砂や大木が降り注いでくる。

「これは……。もう、ダメっ!」と観念して、とっさに目を覚まさないオットー王子の上に覆い被さる。

 せめてオットー王子だけでも助かればと思うが、ドシャドシャ、ガランガランと周囲で鳴り響く衝撃音はすさまじく、それだけで意識が遠のきそうだった。


 天地がひっくり返ったような騒ぎの中、ラナメールは自分が生きているのか死んでいるのかも分からなかった。

 胸が強く締め付けられ、体が無茶苦茶に振り回されたかのように、めまいがして上下感覚も分からない。


『まったく……。いくら何でもメチャクチャでしょう。敵味方の区別くらいはつけていただかないと。こっちは、これが最後の人造生体(アバタノイド)なんですよ。

 うっかり壊してしまったら、どうしてくれるのですか』


 外国語なのか喋っている言葉の意味は分からないが、呪文のような不思議な赤髪の声音が耳に届く。

 そしてそっと目を開けたラナメールは、自分の足が地面に付いていないことに気づく。

 オットー王子と同じように、気がつくと空中にプランと浮いている。まるで見えない手で胴体を掴まれ、縦抱きをされているみたいだ。


 いつの間に? というか、助かったの? なぜ? といぶかしく思う。

 辺りは降り注いだ土砂や樹木が堆積し、土埃が舞って惨憺たる状況だ。

 その下敷きになって潰されていてもおかしくなかったが、なぜか1メートルほどの高さの宙に浮いていて助かっていた。

 オットー王子も少し離れて浮かんでいる。まだ気を失っているが、彼も無事だったようだ。


 落下して積み重なったと思われる、ひときわ高い大岩の上──。そこに赤い蓬髪の主はすっくと立ち、見え隠れする巨大エリュシオンを見上げていた。


『……はぁ。本当に、何だってこんな事になったのでしょうか。

 君に対しては、夢が叶ってよかったね、と祝ってあげたいところですが、さすがにコレはあまりにもいびつな状況です。

 あの中身が君ではなく、全くもって品のカケラもない半人前の木の精霊とは……。

 とにかく急がないと。もう時間がありません』


 赤い蓬髪の主は、チラリとふたりの人間の子どもに目をやる。

 診察するまでもない。肥満気味の男児は気を失っているだけで、気の強そうな女児は疲れてはいるようだが、まだまだ元気なものだ。

 その女児は今も何か言いたげに、レッド・ジョーカーをジッと見据えている。


 だが、ここからはスピード勝負だった。

 早く残りのデグリスモアを見つけて回収せねばならない。

 ここに捨て置いてもいいが、せっかく拾ったのだ。もしかしたら役に立ってくれるかもしれない。このまま見えざる手で、子ども達を掴んで走ることにする。


「このまま運びます。滅多にできない経験ですね。舌を噛まないよう、おしゃべりな口は閉じておいて下さい」


 ラナメールが何か言う前に、レッド・ジョーカーはニンマリと口の端を持ち上げ告げると、さっそうと混乱する森の中を疾走する。

 人間業ではありえないその身体能力に加え、信じられないほどのスピードがある。

 引っぱられて宙を飛ぶラナメールは目を見張り、心臓のバクバクが止まらない。

 なぜ気を失ってしまわないのかと、自分の頑丈さがうらめしいくらいだ。


 ただしトラ男に運ばれた時よりも、掴まれる力は優しく動きもなめらかだ。

 抱き方は紳士的かもしれないが、けれど向かっている先はどう見ても最悪の危険地帯だ。

 そうして一瞬で、ほんとうに巨大エリュシオンのすぐ足元まで到達する。


 シッポでなぎ払った木々や岩陰に、何か──。というのは、宿敵ゴブリンキングの姿を探しているのだが──。頭を低くして大地に顔を近づけ、赤く光る巨大な目をあちこちに向けている。


『ああ。あそこに隠れていますね』


 レッド・ジョーカーは大きな岩陰に、サンプル№128のオリジナルであるデグリスモアの姿を捉えた。

 さすがに疲弊した様子だが、色を影に同化させて分かりづらい。巨大エリュシオンの目が離れるたびに、少しずつ遠ざかろうとしている。

 だがその位置は、精霊ネットワークで目ざとく発見され、すぐに共有される。

 ただし巨大エリュシオンの操縦者〈もく〉は、頭に血が上りすぎて飛び交う情報を上手く処理しきれていなかった。


『あっちだよ』

『ちがう。こっち、こっち』

『もっと、そっちのほうだってば』


 告げられる情報も、実のところ具体性に欠けているため、大雑把にしか分からない。

 相当にイラ立ちながら、てきとーに見当を付けて、当てずっぽうに暴れ、探索を続けるしかない巨大エリュシオン。

 かなりやさぐれている様子だ。


「お嬢ちゃんはここに隠れていなさい」


 大きな岩陰でラナメールを解放する。それからレッド・ジョーカーは、見えざる手の一部で、オットー王子の両肩をパンパンと叩く。

 ハッとして意識を取り戻したオットー王子は、ぼんやりと瞬きを繰り返した。


「目覚めましたか?」


 問いかける声にビクッとするが、その声の主を見てギョッとする。

 そしてさらにその先に、ドラゴンの巨大な横顔を見つけて、ギョギョギョッとさらに慌てふためく。

 しかし見えざる手がしっかりとその体をつかみ取っているので、無駄に手足をばたつかせただけである。


「落ちつきなさい。そして、よく聞くのです」


 それこそ落ち着き払ったレッド・ジョーカーの声と、その底知れない異様な雰囲気に飲まれて、オットー王子はピタリと動きを止める。


「これから私はあの災厄の源、ゴブリンキングを捕獲に行きます。

 あなたはそこの木竜(ドラゴン)の目を覚まさせるのです。その名〈もく〉を呼び続けて、正気づかせるのです」

「な、〈もく〉だと? あ、あれは、エリュシオン殿ではないのか?」


「いいえ。あれはエリュシオンの形を取った〈もく〉なのですよ」


 レッド・ジョーカーはゆっくりと左右に首を振る。

 そしてその蓬髪のすきまから深い赤色の瞳を覗かせる。

 じっとオットー王子を見つめる深く暗い赤い色は、しかし同時に妖しくも美しい輝きを帯びている。

 何か得体の知れない恐ろしさを本能的に感じるのに、吸い込まれるように引きつけられ、呑み込まれたように目が離せない。


「──高潔にして偉大なる女神ジュリアロスの末裔にして、黎明の賢人アスタリオと慈愛の聖人マロウエの祝福を受けし王の子よ」


 その声音はまるで神託のような、不思議な響きを含んでいた。

 それは初めて聞く内容にも関わらず、なぜかストンと胸に落ちて広がっていく。


 女神ジュリアロスの末裔……。

 

 その言葉が行き渡ったその胸の深奥から、熱く沸き立つような喜びと誇らしさ、この血族に生まれたことへの感謝の気持ちが湧いてくる。


「そしてさらに、この森の三大精霊がひとり、ドリュアスこと木の精霊〈もく〉に愛されし者。

 恐れずに〈もく〉の名を呼び続けるのです」


「……もく?」


 困惑することになったオットー王子に代わって、ラナメールが一歩前に出る。


「あなたは一体……」


「お嬢ちゃんは、そこから王子様の応援です。精霊に愛されし者の祈りならば、もしかして精霊が力を貸して……くれる、かもしれませんからね」


 精霊に愛されている? そうであればいいと思うが、何か根拠があって言うのか、冗談かも分からず、ラナメールはじっと相手を見つめて真意を計る。

 これから何をするつもりなのか、どうなるのか。何も分からない。ふたりして不安げにレッド・ジョーカーを見つめ、その意志をひもとこうとする。


 まっさらの白衣に赤い蓬髪を垂らす存在は、その奥にまたその赤い瞳を隠すと、髪間からのぞく口元だけでニイッとほほ笑む。

 しかしそれは人を和ませるものではなく、なぜか見る者の背筋をゾッと震えさせる。


「では、参りましょう。さあ、お行きなさいっ!」


 そう告げた途端、見えざる手がオットー王子の体を高く持ち上げ、まるで空を飛んでいるかのようだ。


「う、うわああぁぁぁぁっ!」

「オットー王子っ!」


 そうしてオットー王子の体は、あろうことか巨大エリュシオンの顔面に着地する。

 そう。ドラゴンの大きな鼻の先っぽあたり──。

 ドラゴンと向かい合って腰を下ろすと同時に、体に巻き付く見えざる手が一斉に離れるのを感じ取り、王子の全身にドッと冷や汗がわいてくる。


「うっ。あっ、あ、あっ……」


 真っ向からのドラゴンとのご対面に、オットー王子は顔面蒼白になる。

 何ごとかと一瞬動きを止め、巨大な赤い目玉を寄り目にしてくるドラゴン。

 瞳孔がたてに裂けた、太陽のように真っ赤な宝玉のような目玉ににらまれ、頭の中は真っ白になっていた。


「呼ぶのよ〈もく〉って! 〈もく〉の名を呼ぶの、オットー王子っ!」


 頭の中はもはやパニックだったが、ラナメールの声に少しだけ勇気づけられる。

オットー王子は素直に「……〈もく〉」と声を出そうとして……。


『はああぁぁ? オットー王子ぃ?』


 巨大ドラゴンのノドが震えたかと思うと、低く唸るような音がもれ出る。

かと思うと、ドラゴンはいきなり身を起こした。

 つまりは這いつくばって地面をのぞきこんでいた姿勢から、背中を伸ばした直立歩行体制へと移ったのだ。


 すると当然のことながら、オットー王子は地上数メートルから三十メートルまでを、一気に移動することになる。

 自然と上半身が鼻先にペタンと押しつけられ、背筋がゾワゾワして視界がビューンとブレる。

「あっ」と思ったら、そこはもうはるか空の上だった。


 周囲にあるのはダダっぴろいソラ。そして目の前には、巨大な木竜のご尊顔があるのみ。

 あまりの心許なさに声も出せず、全身がブルブルと震えて、顔面蒼白になったまま動けない。

 いや。正直なところ、完全に腰を抜かしてしまった。


 魂が抜けたように、半ば意識を飛ばしたオットー王子は、まるで竜の鼻に貼り付いたチリのようだった。

 竜のクシャミひとつで飛ばされること間違いなく、もはやモゾリとも動くことはできなかった。




オットー王子、ご苦労様。

まさに命綱のないジェットコースター。

とんでもチャレンジャーでも、なかなかできない体験?

こわっ……。


次回『51.討伐』

いよいよあの方々のご登場!

ウラシマ太郎じゃないけれど、変わってしまった現世界に……。

「何がどうなってるの?」

ですよねぇ……。

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