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5.神殿の巫女──ラナメール

第一王子オットと姫巫女ラナメール。

幼なじみのふたりは、とりあえず仲良し。


何となく、お互いを意識し始める年頃……かも?


 精霊の、ジュリアロスの森の大号令の解釈は、間違っている。


 神殿の巫女の一人であるラナメールは、その思いを強く胸に抱いた。


 ラナメールも巫女の一人として、あの夜、精霊たちから聞き取った言葉を、きちんと大巫女に報告していた。


『女神ジュリアロス』『コトホゲ』『ジュリアロスの森』『祝い』


 何かしらお祝いしたくなるような、おめでたいことが、ジュリアロスの森にあったのだ。

 きっと女神ジュリアロス様にまつわることで、良いことがあったのだろう。


 精霊の浮かれたような様子からしても、ラナメールはみんなが幸せになれそうでよかった、と。

 できたら真夜中ではなく、昼の時間帯に知らせてほしかったけど、と。ちょっと思っただけだ。

 それ以外に、精霊のお告げで不安に思うことはなかった。


 ──その話を聞くまでは。




「よくのん気に鼻歌など歌っていられるな。この国が一大事だというのに」


 機嫌良く日当たりの裏庭で洗濯物を干していたラナメールは、声を掛けてきた人物を振り返り、目を丸くする。

 むこうの水場の石畳でのんびり寝ていた灰色の猫も、耳をピクピクさせて警戒するように顔を上げる。


「はい? オットー王子?」


 ひとりと一匹がむける視線の先にいたのは、オットー・ヴィルナー・サンデール。11歳。

 このサンデール王国の第一王子である。


 その年頃にしては体つきが大きく、全体的にややモッチリしている。健康優良児だ。見るからにツヤツヤとして栄養がみなぎっている。

 クセのある栗色の髪にもツヤがあり、焦げ茶の瞳もぱっちりとして可愛らしい顔立ちだが……。性格はあんまり、というかけっして可愛くはない。


「鼻歌なんて、歌っていません。私、仕事中なんです」


 王子よりひとつ年下のラナメールも、可愛くなくそっけない返事を返す。

 そしてこれ見よがしに次の洗濯物を手に持って広げ、パンパンと勢いよく振って水気を飛ばす。


 肩で切りそろえた、あわい桃色の巻き髪が軽くはずみ、うすい緑色の瞳は白い洗濯物を映して、不思議な透明感をたたえている。


 ちんまりとした可愛らしい少女だが、王子を前にして少々、不敬な態度である。けれどラナメールだって、末端とはいえ王族の一人である。遠慮するほど身分に差はなく、まぁ、他の巫女とは違ってずいぶん気安い関係である。


「今にも歌い出しそうなほど機嫌が良かったじゃないか。なのにボクの顔を見た途端、面倒くさそうな顔をするのはやめろ」

「いえ。そんなことは。ちょっと邪魔だなあって、思っちゃっただけです」

「じゃっ……。邪魔ってなんだ。少しは言葉をオブラートに包めないのか?」


 ラナメールは「ハッ」として、口元に手を当てる。

 思わず反射的に返したが、本音がダダ漏れである。いかに気安い関係とはいえ、相手は第一王子。たしかに気がゆるみすぎである。

 取り繕うように笑みを浮かべ、あらためてオットー王子に向き直る。


「失礼いたしました。それで? わざわざこんな所においでになるなんて、わたしに何かご用ですか?」

「そのことだ。やはりおまえは、聞いていないんだな……」


 そうしてオットー王子が語る言葉に、ラナメールはとてつもない衝撃を受けた。

 王子が口にした精霊の大号令の解釈が、思ってもいないものだったからである。


『神が目覚めた。(のろ)いをササゲよ。死者を出せ』


「そんなバカな」、という思いばかりが先立ち、すぐにはどういうことか理解できない。

 えっ? だって。まさか、そんなはずがない。

 精霊たちも喜んでいた。とてもうれしそうな気配をかもし出していた。そんな恐ろしい言葉を告げていたはずがない。


「いいえ、違います! あれは祝福でした。慶事のはずです!」

「そうなのか?」

「そうです!」

「だが、おかしいだろう。呪いをささげるとか、死者を出せとか、どう聞いても祝福じゃない。誰が聞いても不吉な言葉だぞ」

「ですから、それはデタラメです! 誰がそんなことを言ったのです! あの時、精霊はそんなことは一言も……」


「……言ってない」と言おうとしたラナメールは、「はっ」として直前で思いとどまる。


 精霊のお告げに関して、うかつなことはしゃべってはいけない。

 ラナメールには聞き取れなかった精霊の言葉──。その中に、それらの言葉がなかったとは言いきれないのだ。


「神官や大巫女たちは、そう言っていたんだ。あまりに恐ろしい内容だったから、ボクだって頭にこびりついてしまった。父上は神官を信頼している。というか、精霊の言葉は巫女にしか分からないだろう? だから、その内容をもとにして、父上たちはすでに動き始めている」


「国王陛下は……。何をなさるおつもりなんです」


 イヤな予感しかしない。大号令の解釈を間違い、国はおかしな方向に舵を切ろうとしているのではないか。

 そう思うと心臓がドキドキと緊迫感を持って打ち始める。


 精霊の鐘が鳴り響いたあの夏至の夜から、すでに一週間以上たっていた。国からの正式な発表は何もなかったから、誰かのイタズラだったとみんな思っている。


 ラナメールは浮かれた精霊の雰囲気に乗せられて、ジュリアロスの森で何か良いことが起こって良かったと、ずっと呑気に過ごしていた。

 まさか、そんなことになっていたなど……。思ってもみない話だった。


 ふと見ると、オットー王子が眉間にシワを寄せて、難しい顔をして突っ立っている。

 その様子を見て、さらにイヤな予感がしてくる。


「どうしたのです。何か他に、よくないことでもあるのですか?」

「あぁ……。実は、その。ダグが……」


 苦しげにこぼれ出たその名前に、ラナメールは首を傾げる。


 ダグとは、6歳の第二王子のことだろうか。目の前に立つオットー王子の、母違いの弟だ。

 ダグ王子の母は一年ほど前に亡くなり、それからは神殿で生活している。それは王位争いから逃れるためだと聞いている。


 神殿に来たダグ王子と、ラナメールはそう頻繁に会うわけではなかった。だが、なんとなく気には留めていた。

 同じ王族というのもあるし、まだ幼いのに母親を亡くし、気の毒に思う気持ちもあった。


 そういえば少し前に、具合が悪くなったときいていた。会うことはかなわなかったので、お見舞いの花だけは贈ったが、その後はどうなったのだろう。

 精霊の鐘が鳴り響いたあの騒ぎの直後、ラナメールも忙しくして聴取や報告に手を取られ、すっかりその存在を忘れていた。


「ダグ王子、ですか? あの子が何か?」

「…………っ。そ、それが……」


 オットー王子は何を後ろめたく感じているのか、いつもと違ってなかなか話さないものだから、全く要領を得ない。

 なので質問を交えながらガマン強く話を聞き続け、ようやく概要を聞き終わったとき、ラナメールは軽くめまいすら覚えていた。


 そのあまりの内容に、持っていた洗濯物がいつしかクシャクシャになっていることに気付き、イラ立ちのまま丸めて、ため息とともにカゴの中に叩き付ける。


 石畳でうつ伏せていた灰色の猫は、驚いたように身を起こし、その剣幕に恐れをなしたのかスタコラ逃げていく。


 そんなことにも気が回らず、フツフツと湧いてくる怒りに、自分が焦げ付いてしまいそうだった。それほどまでの怒りがこみ上げてくる。

 ここまで頭に血が(のぼ)ったのは、きっと生まれて初めてのことだ。


 知らず呼吸が荒くなっていくのを感じながら、ラナメールはぐっと拳を握りしめる。

 それからくるりと背を向けて、そのままふいに歩きだす。その歩みは早足から、いつしか駆け足になっていた。

「ありえないわ、ありえない」と口の中で小さくつぶやきながら、神殿の奥へと突き進む。


「おっ、おいっ! 待て! どこに行くつもりだ!」


 後ろの方でオットー王子の声がするが、気にも留めなかった。


 目指すのは大巫女ザンネの執務室である。大巫女なら全て知っているに違いない。


 だけど、どうしてこんなことになったのか……。報告はきちんとしたはずである。


 やめさせないといけない。絶対にダメだ。そんなことはありえない。許されるはずがない。


 ラナメールは息苦しさを抱えながら、全力で足を動かし続けた。




突っ走るラナメールと、へいこら追いかけるオットー王子。

う~ん。王子……。足より前に、お腹が出てる……。

ガンバレ~、オットー王子!


次回『6.大巫女──ザンネ』

ザンネは残念な熟女? だけど、なんかすごいっす!

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