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49.晴れ時々岩のちに拉致

場面は地上に戻って──。

森の木々の向こうにソレの姿を見て、あ然とする一同。


オットー王子と巫女ラナメールは、その正体に思い当たるが……。


 時は少しさかのぼり──。


 ぐああああああああおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!


 大気を破り盛んばかりの大きな咆哮がとどろき渡った森の中。

 高い木々の向こうにソレを見た子どもふたりは、お互いにあ然として顔を見合わせる。

 仲よさげに手をつないで立っているのは、オットー王子と巫女ラナメールである。


「ねぇ。あれって……」

「あれは、エリュシオン殿だな……」

「やっぱり、そうよね? でもサイズがチョット、おかしい気がするのだけど?」


 おかしいも何も、ここから見える見覚えのある頭部は、城の尖塔よりもさらに高い位置にある。神殿までそれほど距離がないとはいえ、一体どれほどの大きさなのか。

 やがて「ズシ~~~ン、ドオォ~ン、ガアァ~ン」と、動き回る巨大エリュシオンの地響きか、大地をえぐるような振動が足元に伝わってくる。


 この巨大エリュシオンは、一体どうしたのか?

 例え味方であったとしても、この大きさにはかなりの脅威を感じてしまう。


 もっとも脅威といえば、今、闘っているゴブリンキングの手下たちもそうなのだが……。彼らにとってもこれは不測の事態だったようだ。


 巨大エリュシオンの咆哮や足音に気を削がれ、チラチラそちらを見ながら、少し距離を置いてお互いにらみ合っている。

 それでも戦闘は続くかと思われたが、巨大エリュシオンの動きはどんどん活発になってくる。

 地響きを伴う何か激しい衝撃音が鳴り響き、青空が一瞬陰ったかと思うと何かが飛んでくる。


 見上げて目に入ってきた光景に、頭からサアッと血の気が引き、足が地に吸い着いたかのように立ちすくむしかなかった。

 かなり大きな石や木が降ってくる。抱えるほどの大岩、なぎはらわれたような木など、いくつもが降るようにバラバラ、ドスドス落ちて来る。

 これが当たれば、大怪我どころか……。


 もはやその場は大混乱である。

 ゾッとする周囲の光景に、敵も味方も浮き足立って戦闘どころではない。

 飛び出してきた小動物たちが足元を走りぬけ、さらには森の奥がけぶったかと思うと、もうもうと土煙が押し寄せてくる。


「何だか知らないが、このままじゃマズイ! いったん引くよっ! 各自、身の安全をはかりなっ!」


 ゴブリンの手下たちも、この状況では戦闘をあきらめたのか、土埃に飲まれるようにどこかへ姿を消してゆく。

 大巫女ザンネの号令に従って、兵士たちも深追いはしない。


「衝撃波だ! くるよっ! 目をつぶりなっ!」


 大巫女ザンネの言葉通り、ふたりもアッという間に迫る土煙に飲み込まれてしまう。

 ドンッと強い風に押されるが、大巫女とオットー王子に支えられ、ラナメールは何とか踏みとどまる。


「今のうちに逃げるよ。足元に気をつけな。はぐれるんじゃないよ!」


 そっと目を開けると、うっすらとけぶる視界が広がっていた。

 巨大な飛来物は止んでいるが、またいつ来るかは分からない。

 大巫女に促されながら、オットー王子に手を引かれ、武官イグノジャーたちがいた方向に急いで進み出す。


「王~~子っ! オットー王~子っ!」


 遠く進む方向から、必死に叫ぶ野太い武官の声が近づいてくる。

 空中を舞う土埃で、声を出すどころか息もしにくいが、さすが武官である。うっすらとそれらしい人影が前方に見えてくる。


「こっちだよっ! 今、そっちに行くっ!」


 素早く布で顔の下半分を覆っていた大巫女ザンネが、負けじと大声を張りあげる。

 目がショボショボするのは仕方がないが、口元は布で覆っておけば呼吸が楽になるようだ。


 ラナメールのポケットには、オットー王子から渡された、涙と鼻水でよごした精霊〈サン〉のハンカチがあったが、自分のまだきれいなハンカチもある。

 それをオットー王子に渡そうとしたら、オットー王子も同じ事を考えていたようで、ハンカチが差し出される。


 顔を見合わせて、一瞬、笑い合い、お互いのハンカチで口元を覆うことにする。つないだ手を離した、その一瞬だった。


 バアンッ! と何かに突き飛ばされたと思ったら、目の前のオットー王子が大きな黒い何かに覆われていた。

 大巫女の大きな体は吹っ飛んで転がり、次いで白っぽい巨大な何かが現れる。

 あのトラ男だと思った時には、ラナメールの腰と胸はギュッと締め付けられて、地面から足が浮いた。

 トラ男はアッという間に、地面に転がっていたラナメールを小脇に抱えて走り出していた。

 その先にはオットー王子を拾い上げて走り出す黒い何か──。おそらくは魔熊男がいた。


「ラナメーーールッ!!!」


 大巫女ザンネの声がアッという間に遠ざかる。その乱暴な走りっぷり小脇に抱えられたラナメールは、首や足がガクガクと揺さぶられて声も出せない。

 ただ、ラナメールの名を呼び叫ぶその大声から、大巫女の無事はとりあえず知ることができ、ラナメールはホッと胸をなで下ろす。


 ただし激しく揺さぶられて森の中を進むこの状況は、姿勢が苦しい上に収まらない土埃もあいまって、ギュッと目をつぶってひたすら耐えるしかない。

 同じく攫われたオットー王子も気になるが、一体、このゴブリンキングの手下たちは、なぜふたりを攫っているのだろうか。


 どちらも何の力も無い、ただの子どもだ。

 今はまだ、すごい魔法が使えるわけでも、とんでもない力を隠し持っているわけでも、何か凄いことができるわけでもない。

 王族という名の冠をいただく、少し賢いだけのタダの子どもだ。


 仲間を傷つけられた怨みや怒りで我を忘れ、攫って見せしめに殺してしまうつもりだろうか。

 それとも金品や要求と引き換えのための人質として、利用価値を見いだしたのだろうか。または人買いにでも売って、お金を手に入れるつもりなのか。


 あるいはもしかしたら、もっとシンプルな欲求かもしれない。


 食料として、とか──。


 まさかとは思うが、食べられてしまうのだろうか。

 もし本当に食べられてしまうのなら、できたら痛くない方法で食べてほしい……。


 そんなとりとめのない考えがグルグルと頭の中を回るくらい、腹部と胸の圧迫が気持ち悪くて思考力を奪っていく。

 乱暴に揺さぶられてあちこちが痛み、ラナメールは切羽詰まっていた。

 せめてもう少し優しく抱えてくれたら良いのに、追いつめられたようなものすごいスピードで、ゴブリンキングの手下たちは永遠かと思われる逃走を続けている。


 どのくらい揺さぶられ続けていたのか──。

 気が遠くなっていたラナメールだが、気づいたらトラ男は足を止めていた。

 永遠にも思われたが、さして時間は経っていないのかもしれない。


『やぁ。ようやく見つけましたよ』


 男の人のようで女の人のような、不思議な声がラナメールの耳朶を打った。

 何を言っているのかは分からない。だが、この声の持ち主は誰なのか。誰が喋っているのだろうか。


『ヒドイじゃないですか、勝手に出て行ったりして。君たちにはお仕置きが必要ですね。

 二度と逃げ出せないように、どんな処置が適切でしょうかね。

 それから……っと。おや?』


 続くその声に気押されたかのように、トラ男が数歩、よろめくように後じさる。


『なるほど。エサを拾ったのですか。さすがにお腹がすきましたか。ですが拾い食いは感心しませんね。

 何か知りませんがバッチイですから、そこにポイして下さい』


 不意にラナメールを締め付けていたトラ男の腕が緩み、その体はドサリと分厚い枯れ葉の地面に落ちる。

 ようやく呼吸が楽になり、何度かあえぐように深呼吸を繰り返して、そっと目を開けてみる。


 ぼんやりする視界の中に見えたのは、真っ黒な壁と白くて真っ赤な何か。

 そうしてそばに立っていたトラ男が「ガルルオォォ」と吠えながら不自然に宙に浮かび、黒い壁に引き寄せられるとシュルリとその中に吸い込まれる。

 もう一体の黒い──。おそらくは魔熊男も、同じように引きずられて黒い壁の中に消えていく。


 ハッとして慌てて身を起こし、オットー王子の姿を探すと、同じく枯れ葉の中に落ちている。

 ぴくりとも動かない様子に、ラナメールは自分がつらいのも忘れて、そちらを目指して這うように進み出す。


 たどりついて確認したオットー王子は、息はしているようだが意識がない。

 顔色も悪くグッタリしている。その様子に、何だかたまらなく不安になってくる。


 地響きは相変わらず響き、ときどきパラパラと何かが降ってくる。

 顔色の失せたオットー王子は、軽く頬に触れても目覚める様子はない。そんな非現実感に気持ちが上滑りして、焦ってどうしたらいいのか分からなくなってくる。


 体を温めたら良いのか。水を飲ませれば良いのか。とにかく首元を緩めて、頭の下に何か敷いて。

 それから、それから……。

 助けを呼びに行かないと。だけど、ここがどこなのか分からない。


 すぐ近くでは、また巨大エリュシオンが暴れたらしい。ものすごい地響きが起こっている。また岩が、木が降ってくるかもしれない。

「もうやめてっ」そんな叫びが頭の中にこだまするが、現実には声も出せない。


 とにかく、どこか安全な場所に隠れた方がいい。けれど自分よりも大きなオットー王子を運ぶことなど、ラナメールにできるのだろうか?


 どうすれば、どうすれば……!


 そのときラナメールの瞳に、あらためて赤い蓬髪を持つ人物が映り込む。

 真っ白い長コートのような衣装に、真っ赤な髪が際立って映え、場違いに華やかで謎めいていて、不可思議で強烈な印象を与える。

 何者かは分からない。異形の者たちをそのブキミな黒い壁に取り込んだのは、たぶんこの人物だ。


 モッサリとした燃えるような赤髪は、腰の辺りまで伸びている。その長い髪で顔は隠れて男か女かもよくわからない。

 だがなぜか視線が合ったような気がした。──こっちを見ている。

 そう感じたラナメールは意を決して口を開いた。


「あのっ……! どうか、助けてください。連れの具合が良くないのです」


 しかしラナメールがそう告げた途端、相手はふいに興味を失ったかのように顔をそらせ、くるりと背を向ける。

 そうして立ち去ろうとするその後ろ姿に、ラナメールは必死に追いすがった。


「お願いします! この人を安全な場所に連れて行ってください。そしてどうか早くっ!

 一刻も早く、お医者様に診せてください」


 その言葉の何に気を引かれたのか、赤い蓬髪の主は足を止める。そして何か考えるような素振りを見せると、ゆっくりと振り返る。


『まだ、最後の本命が残っているのですが……。もしかしてそこに落ちているソレは、あの精霊のお気に入りではないですか。

 そうですね。さすがにいい加減、これ以上、暴れられると迷惑ですからね。

 役に立つかは分かりませんが、アレの気を引くくらいはできるでしょう』


 それは王国の言葉でも、精霊の言霊でもない。

 なんと言われたのか分からず、ラナメールが戸惑っていると、スウッとオットー王子の体が地面から浮き上がる。


 先ほどの異形と同じように、王子もまた黒い壁に取り込まれるのかと警戒し、ラナメールは慌ててその体を抱き留めようとする。すると、蓬髪の主から柔らかい声が掛けられる。


「大丈夫ですよ。その子は、気を失っているだけです」


 言葉が通じるのかと驚いていると、そのまま森の奥へと進み出す。


「あっ。あのぅ……」

「付いていらっしゃい」


 大きな黒い影を引き連れた蓬髪の主の後を、浮かび上がったオットー王子の体が滑るように宙を漂いついて行く。

 おそらく魔法なのだろうと思うが、この蓬髪の主は一体、何者なのか。まるで正体が知れない。


 ラナメールはためらいつつも、オットー王子の横に付いて遅れまいと、必死にその後に続いていった。




偶然か必然か──。

出会ってしまった、レッド・ジョーカーと子ども達。

この出会いの先にあるものは、幸か不幸か。果たして──。


次回『50.見えざる手』

赤い蓬髪のぬしの手が伸びる──。


ひとつ、ふたつ……じゅう、にじゅう……。

……はちじゅう、きゅうじゅう、ひゃく……。


ふっふっふっふっ。その手数は……ヒミツです。

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