48.指令総監とコブコブ金魚
湖に住むヌシ、オオヒョウナマズのヒゲと別れ、
さっそく手に入れた機動二輪にまたがるふたり。
しかし湖の底の水は、危険な成分を含む可能性があるかも?
ヴィヴィアンは一計を講じますが……。
荷物をまとめると、さっそく調整したばかりの機動二輪にふたりはまたがる。
エンドスカルが前方でハンドルを握り、ヴィヴィアンはその後ろで魔力を供給しながら障壁を展開する。
機動二輪には防水処置がされているが、水中で乗り回す設計にはなっていない。
ここの水深や未だ詳細不明の汚染水のことを考えると、出力は最小に絞って障壁の泡で包み込むことにしたのだ。
つまり人を運ぶ乗り物とはいえ、水の中ではほぼお荷物状態だった。
そしてヴィヴィアンはフルフェイスのヘルメットをスッポリと被り、少しだけモッサリした全身スーツを着用している。
地下探検の途中で見つけた宇宙服だった。エアタンクはほぼカラッポだったが、宇宙服の気密はしっかりしている。少なくとも放射線の類いは防いでくれそうであった。
エンドスカルにも勧めたのだが、動きに制限が掛かるのを嫌い、ふんどし一丁にロングコートの出で立ちである。
…………。
その分、エンドスカル自身にも厚く障壁をかけることにする。
そうして地下迷宮からの脱出のため、ふたりを乗せた機動二輪は施設内の水没エリアに移動する。
直接ぬしのヒゲを追うのは不可能なため、マーカーを付けたヒゲの位置を辿って、施設内マップを参照し脱出経路を割り出したのだ。
そこから、ゆっくりと暗く冷たい水の中へ入っていく。
とっぷりと水に沈んだかつての空港施設内は、機動二輪のライトに照らされ、無気味に静まりかえっていた。
厚く降り積もったチリを巻き上げないよう進み、湖のヌシの痕跡を別ルートから追っていく。
やがてふたりは行き止まりの部屋に突き当たる。
過去の見取図を取り出して現在地を確認し、ヴィヴィアンは「この辺りだな」と告げる。
「承知いたしやした」
機動二輪を水中停止させたエンドスカルは、コートの内側から一本の木刀を取り出す。
暗い水中でも美しく光る虹色の手のホネが、力強く木刀を握りしめる。
それは頑強そうな壁にスウッと向けられ、その切っ先がわずかに揺れた。
……かと思うと、またすぐに木刀は、コートの内側にしまわれる。
ヴィヴィアンが巡らす障壁の泡に変わりはない。わずかな振動と衝撃はあるが、知らなければ気のせいかと見過ごすところだ。
だが視線を向けた先の壁は、ゆっくりと崩れおち、計算されたように美しい円形の穴が開いていた。
何の変哲もない、というかヴィヴィアンが適当に削った木刀なのだが、なぜかエンドスカルが手にすると、それは斬れるはずもないものが斬れてしまう名刀となるようだった。
いや、やっぱりどう考えてもそれは、ただの木刀のはずなのだが……。
「あいかわらず見事なものだな。腕の具合はだいじょうぶか?」
「てぇしたことはございやせん。では、参りやしょうか」
「お、おう」
感心するヴィヴィアンに、エンドスカルは淡々と告げると機動二輪を前進させる。
開いたばかりの壁の穴を通り過ぎると、そこはもう空港施設の外。湖の底だった。
暗く重く感じさせるこの水が、どんな成分を含んでいるかは分からない。
詳しい調査は後日にまわすとして、「イタイ」と言っていたヌシの容体が心配だった。
生き物の姿がまったく見られない暗い水の中を浮上していくと、やがて少しずつ周囲が明るくなってくる。
それに伴い、小さな魚や妖精たちがチラチラと姿を見せ始め、人なつっこいヤツは興味深そうに機動二輪を包む泡を突いてくる。
「この湖、広いとは思っていたが、深度もかなりあったんだな。ヌシの姿が見えないが、ここはどの辺りだ? 水中だと、イマイチよく分からないな」
「ここは一旦、水面まで浮上いたし──」
言いかけたエンドスカルの言葉が途切れる。「どうした?」と、問いかけるヴィヴィアンだが、前方から何やらエッチラオッチラ近づいてくる魚に気づいた。
色は鮮やかなオレンジ。白いヒレがふわふわと揺れているから、きっと魚なんだろうが……。何となく形体がおかしい。
頭がデカイ。異様にデカイ。遠目で見ると丸く膨れた、頭だけのような──。まるで頭から白いヒレが生えているようにも見える。
じつに個性的な姿だが、オレンジという明るい色にも似合わず、何やら鬼気迫る気配を放っているのが気になる。
鋭く切りつけるような視線でこっちをにらみ付け、すごく怒っているような威圧を放ち、必死になってこっちを目指しているような……。
しかしその泳ぎは遅い。本当に進んでいるのかと、疑いたくなるほど遅い。
なりふり構わず必死に白いヒレをフワリフワリとはためかせているから、本気で急いではいるようだが、その推進力はあまり期待できないようだ。
「……どういたしやす?」
エンドスカルの問いかけに、ヴィヴィアンは思案する。
「なんかすごく一生懸命だよね。その分、絡まれたらなんかメチャクチャ面倒くさそーな雰囲気だし、気づかなかったフリして、逃げてもいいんだけどさぁ」
ヴィヴィアンは「はあぁ」とため息をもらす。
「それだと問題の先送りのような気がするんだよね」
なぜなら周りにいる魚や精霊たちが、しきりにあのオレンジに向かえとアピールしてくるからだ。
ふたりの周囲にいた魚の一部は、集合体となって誘導するように、オレンジを指し示している。
「まあ。とりあえず何の用か、話だけでも聞いておくか」
「承知いたしやした」
その言葉と共に、ふたりを乗せた機動二輪は、必死なオレンジに向かって水中を進み出したのであった。
近づくにつれ、その魚の独特な体型が詳細に見えてくる。
人と同じくらいの大きさの顔は、ぶつぶつとしたオレンジ色のこぶで膨れ上がり、黒い目玉も肉塊に埋もれかけている。
その胴体は丸く短く、ひらひらの白い尾びれは、よく見ると端が少しちぎれている。
「……ケガをしているのか?」
少し手前で停止して、オレンジ色の魚の観察を行っていると、どうも体調が良くなさげにみえる。
そのためか、やや手間取りながら泳ぎ着いたオレンジだったが、『ド、ドクロ公爵様……!』と叫ぶと、勢いのままエンドスカルに突撃してくる。
まるで積年の別れを乗り越えた恋人との再会のような光景だが、しかしそこは障壁の泡にぶつかったかと思うと、はじき返されて水中でくるんくるんと勢いよく逆回転している。
何とも使い勝手の悪い、バランスの取りにくそうな体型である。ついでに今の衝突で、新しいタンコブが増えていないか、心配になってくる。
「大丈夫で、やんしょうか」
精霊らしいオレンジの発した言葉は分からずとも、情に厚いエンドスカルも、ついつい心配になったようだ。
『おーい! 大丈夫か? あんまり無理はするなよ~。一体、誰とケンカしたのか知らないが、顔がボコボコになってるぞぉ?』
『はあ? なんですって! 失礼しちゃうわね! このポコポコは生まれつきよ!』
言霊に乗せて告げると、ちょっとふらつきながらも文句を言うオレンジだったが、ハッとして気を取り直したように、またひらひらと近づいてくる。
そして機動二輪にまたがるエンドスカルの後ろをのぞき込み、ヴィヴィアンを見つめたのだが、その眼があからさまにガッカリした様子になる。
『……あの、ドクロ公爵様。ジュリアロス様はどちらに? 女神様と共に地下迷宮に行かれたのですよね? それなのになぜ、コマンドー様と一緒なのですか?』
オレンジの発言に、ヴィヴィアンは「そういえば、そうだった」と、コマンドーの存在を思い出す。
「あー。なんだっけ? そうそう。そうだ。確か、指令総監コマンドーだっけ?」
前に一度、ジュリアロスの森の外へ探索の際に、宇宙服で出かけたことがあったのだが、その姿を精霊たちはヴィヴィアンと認識できなかったのだ。
それで面白半分、付きまとわれる煩わしさ半分から、まったくの他人を装い「指令総監コマンドー」と、てきとーに名前を付けて新しいキャラを作ったのだった。
けれどあれから色々あって再び登場する機会もなく、ついその存在を忘れてしまっていた。
だが、奇しくも現在のヴィヴィアンは、まさにあの時のコマンドーと似た宇宙服姿である。
やはり宇宙服を着ていると、精霊であってもヴィヴィアンとは認識できないらしい。
『なるほど。そうだな。ジュリアロス様はちょっとヤボ用でね。まぁ。あとですぐに来るんじゃないかな』
コマンドーことヴィヴィアンが答えると、オレンジはあからさまにガッカリし、さらに思いつめた様子で「あああぁ……」と悲鳴じみた声をもらす。
『どうしたんだ? 何の用なんだ? 急ぎの要件なら、代わって話を聞くぞ』
様子のおかしいオレンジの魚に、何やら不穏なものを感じてヴィヴィアンはたずねる。
そして白い尾びれが切れているだけでなく、輝くようなオレンジのうろこにも傷が付いていることに気づく。
『ていうか、君。だいぶ具合が悪いんじゃないか? 結構キズだらけじゃないか。
ホントどんなケンカしてきたんだ。ちょっとこっちに来てみろ』
ヴィヴィアンは宇宙服に包まれた分厚い手を伸ばすと、その先を障壁の泡の外に出しオレンジに向けてやんわりと魔力を送ってやる。
傷の回復速度を少しだけ促進し、魔力の回復にもいくばくかは役立つはずだった。
驚いたようなオレンジの魚だったが、ウロコの傷は薄れてなめらかな光沢を取り戻し、尾ビレの切れ目もきれいにつながっていく。
その表情がウットリとうれしそうにほころんだかと思うと、やわらかな光に全身が包まれてその形体が見る見るうちに変化していく。
ぼこぼこの顔は白く滑らかな肌へ、人と同じような肩や腕が現れ、豊かに隆起した胸と、さらにその下は鮮やかなオレンジ色のウロコに包まれたしなやかな下肢。
その先でゆらゆらと揺れるレースのような白い魚の尾は、さっきまでの魚と同じ存在であることを示している。
そこに現れたのは、とても美しい人魚だ。
ただしその顔は、見覚えのあるものだった。すぐには信じられず、おもわずマジマジとその顔と体に見入ってしまう。
『……えっ? 〈すい〉?』
半人半魚に変身したその半人のほうの顔は、どう見てもあのツンとした冷淡な表情をもつ美女、三精霊が一人、水の精霊〈すい〉そのものだった。
『ああ……。ありがとうございます! やっと少し力を取り戻せました!
あんなゲス野郎に触られ、力を奪われ、不覚を取ってしまい、くやしい思いをしましたが、もう二度と遅れはとりません──』
どこか剣呑な目つきで何かを見据えている。水中で長い髪をヘビのように揺らし、影のある低い声で『ゼッタイニ許サナイ……ゼッタイニ許サナイ……』と繰り返しつぶやいている。
「おい、おい……。なんだかすごく物騒だな。本当に何があったんだ?」
ヴィヴィアンは困惑するしかないが、〈すい〉は恐いほど真剣な表情でこちらに向き直り、『ヤツが現れたのです』と告げる。
「ヤツ……? って、だれだ?」
ここまで〈すい〉を怒らせる相手に、あれこれ想像を巡らしていると、予想もしなかった回答が返ってくる。
『ゴブリンキングですわ──』
「……は?」
『ゴブリンキングが現れ、ジュリアロスの森を襲撃しているのです!』
ヴィヴィアンはその名に、ヒクリと頬を引きつらせる。
その不愉快な言葉は、地上に出たばかりの頃に突きつけられた、とても因縁めいたワードだった。
だが、今〈すい〉が告げたそれは、ヴィヴィアンに向けた言葉ではない。
『早く、みんなをお助けください! このままでは、すべてがヤツに喰い尽くされてしまいます!
どうか、どうかコマンドー様、ドクロ公爵様っ! お願い申し上げます──』
ヴィヴィアンはヒクリと頬を引きつらせ、ますます戸惑うが、壮絶な表情で迫ってくる水の精霊〈すい〉の叫びが、その場に爆弾のように落とされた。
『どうか……。ゴブリンキングを、ブッ殺してくださいませっ!』
あいかわらず物騒な〈すい〉の、さらに過激な物言いに、
ヴィヴィアンは戸惑い慄きますが……。
次回『49.晴れ時々岩のちに拉致』
一方、地上では、巨大エリュシオンが大暴れの真っ最中──!
混乱を極める中、王族ふたりの身に訪れるあらたなる危機!!
「えっ? 汚いですって? だれがですかぁ!?」
(by ラナメール)




