47.再会の使者
地下深く──。旧宇宙空港施設の倉庫にて。
背後から忍び寄ってきた怪異と、対峙するヴィヴィアン。
ナミうち、クネる、ブキミな極太ケーブル(?)の「お化け」!!!
はたしてその正体とは──。
「……え、エンドスカルっ! お、お、お化けだ。お化けが出たぞっ!」
たくましいロングコートの背中にしがみつきながら、ヴィヴィアンはカロリーバーを握った手でビシッと差し示し、おののきながら極太ケーブル(?)をにらみ付ける。
それは生命体なのか、見知らぬ形態の妖精なのか、はたまた本当にケーブルの類いなのか?
ヴィヴィアンに逃げられたソレは、「身の置き所がなくなった」といった感じで少し引っ込み、暗がりの物陰からそっとこちらの様子をうかがっている。
「……実のところを申しやすと、さっきからずっとお嬢の周囲をウロウロしていやしたが、お気づきじゃありやせんでしたか」
「ええっ? そうなの?」
全く気づいていなかったヴィヴィアンは驚くが、エンドスカルが何も警告しなかったことに気づく。
「あれは何なんだ? お前はあれの正体を知っているのか?」
「……そいつは、まぁ、なんと言いやすか……。一応、お嬢からお話はうかがっておりやしたので知ってはおりやすが、あたしがお目に掛かるのは初めてでやんす」
「……話をしたって、わたしが話したのか? ええ? 知り合いに、あんなのいたっけ?」
何となく歯切れの悪いエンドスカルの返答に、ヴィヴィアンは困惑しながらも、改めて極太ケーブル(?)をジイッと見つめる。
気づいてもらえないことに、どうやら「ガーン!」とショックを受けたらしく、明らかにイジケたようにうねっている。
「どうせ自分なんて……」と、目に見えてすねたような、この面倒くさそーな雰囲気には、確かにどこかで見覚えがあった。
何だろう。確かにどこかで会ったような気がするが……。
腕を組みながら「うーん」と、これまでの記憶を手繰っていくと、似たような雰囲気の存在がいたことを思い出す。
ジュリアロスの森の大きな湖にいるヌシだった。その姿を思い浮かべてみるが、オオヒョウナマズである。水生生物だし、とてつもなくデカイ。
こんなところにいるはずは……。ないのだが……。
そういえばナマズには、総じてヒゲがある。あのオオヒョウナマズのヌシにも、長くて立派なヒゲが生えていたような?
「えっと……。ん? あれ? これって、もしかして……」
その言葉に極太ケーブル(?)は、くねくねとよじるのをピタリと止めて、何かを期待するようにヴィヴィアンの答えを待っている。
「そうか。もしかして、おまえ……。特大ミミズの妖精だなっ!」
期待して答えを待っていた極太ケーブル(?)は、その言葉に、またもや「ガーン!」と、生きる気力を失ったかのようにバタリと倒れ伏す。
そうして「ちがう、ちがう」とばかりに床をペシペシ叩いている。
それを見たヴィヴィアンは「ははははっ」と笑う。
「ゴメン、ゴメン。冗談だよ、ヌシ。わたしがお前のこと、分からないはずがないだろう?」
そう言いながら近づき手を差し出すと、極太ケーブル(?)改めヌシの「ヒゲ」はゆっくりと頭をもたげ、おずおずとこちらに伸びてくる。
「なーんてな。分かるワケないだろっ!」
ヴィヴィアンはそう告げると、軽くペチッと近づいてきたヒゲをはたき落とす。
「よくも驚かしてくれたなぁ。なんでヒゲなんだよ。オオヒョウナマズのヌシのヒゲって! こんなの出されても、普通はヒゲだってことも分かんないだろう?
逆によく分かったな、エンドスカル。そのことにビックリだよ」
「記憶デバイスの情報にありやした。検索したところヒットいたしやして……」
「なるほど。お前がエリュシオンと同類だってこと、ついうっかり忘れてたよ」
いちおう納得はするが、チョットだまされたような気もするし、どうにもいろいろと腑に落ちない。
なんたって話す相手がヒゲである。絵面と場面がシュール過ぎるが、これ如何に?
けれど、とにかく話をしないことには、話が進まない。
「まさか、こんなところでヌシのヒゲと出会うとはなぁ。久しぶりだな。元気にしてたか?」
以前はときどき湖にも遊びに行っていたが、ダグを拾ったあの荒らしの夜からこっち、いろいろあったこともあって、一度もヌシに会いに行っていなかったことに気がつく。
「それにしても、これをたどれば本体がいる、ってことか?」
悠々と湖を泳ぐ、まさに黒い島のような巨体を思い出しながら、告げるヴィヴィアンの言葉に、ヒゲはこくこくとうなずいている。
「まさか切り離して、ヒゲだけで動いてるってことは……。なさそうだな?」
ブンブンと横に振れたヒゲの動きに、ヴィヴィアンはそう判断する。
つまり最低でもこの太さの穴が、外まで繋がっているということである。
退路を断たれた今の状況を考えると、これはまさに渡りに船なのだが……。
「それにしても、ヌシよ。おまえはこんなところまでヒゲを伸ばして、何してるんだ?」
ヒゲは「そうそう。それそれ」とでも言いたげな様子で、突然、上に伸びたり急降下したり、ゆらゆら揺れて何かを表現しようとしている。
「……うん?」
それが伝わらないと分かると、ヴィヴィアンの目の前まで、急にパッと迫ってきたり引いてみたり、また迫ってみたり……、を角度や緩急を少しずつ変えて繰り返している。
「なぁ、エンドスカル……。これは何かの遊びか?」
「さて、あたしには分かりかねやす……。ヒゲの故障かもしれやせん」
それを聞いたヒゲはまたしても「ガーン」とショックを受けたように打ちひしがれ、再び「ちがう、ちがう」と床を叩いている
自身のイジケ具合の表現力はバツグンなのに、事象の伝達能力は皆無のようである。
「ああ、もう。まったくラチが明かないじゃないか。おいヌシ、その手を……、じゃなかった。ちょっとそのヒゲを貸してみろ」
そう告げて問答無用でヒゲの先をにぎったヴィヴィアンは、あらためて言霊でしっかりと話し掛ける。
「おまえはこんなところで何してるんだ?」
〈女神様、探シテタ。スイ様、呼ンデル〉
「んっ? スイ様? もしかして〈すい〉か? あの〈すい〉が、呼んでる? わたしのことを、か?」
〈すい〉とは精霊の森の三精霊のうちのひとりだった。冷ややかな印象の美女で、この森を支えている高位の水の精霊なのだが……。
見た目通りツンと澄ましていて、どちらかというと冷淡でやや冷酷な性格をしている。
このヌシのことも見下し、「ボッチ」とあからさまに蔑んでいたはずだ。
確かに〈すい〉のほうが格上で、上位の存在なのだろうが、言い方があるだろうとヴィヴィアンなどは思うのだが……。
「何だ、それは? わざわざヌシに命じなくても、〈すい〉ならここまで自力で来れるし、小さな眷属を寄こすこともできるだろう。ここは別に水のない砂漠とかじゃ、ないんだから。
もしかしておまえ、あいつに都合のいい使いっ走りを、させられてるんじゃないのか?」
〈チガウ。精霊ハ、ココノ水、キライ。重タイ、イタイ……〉
少し苦しげなヌシの様子に、ヴィヴィアンは「はっ」とする。
ヌシもまた「ここの水」に不調を感じながら、どこか無理をしている気配が、今になって感じられたのだ。
「重たい? 痛い、水……って。もしかしてこの辺りの水って、何か危険な成分を含んでいるのか?」
「確かにこの付近でしたら、何か溜まっている可能性がありやす。
あの湖の成り立ちも、元は空港に付随する核施設の爆発でできた、穴だったと推察されやす。
底の方には重水や放射能水が残っていても、不思議ではありやせん」
エンドスカルの言葉に「マジかぁ」と眉間にギュッとシワを寄せ、緊迫した気配をもんもんと漂わせながら、ヴィヴィアンは即決する。
「いいか、ヌシ。よく聞け。今すぐに、そこを離れて巣にもどるんだ」
〈女神様ハ……〉
「心配するな。ヌシのおかげで帰り道が分かった。すぐに後を追うから、先に巣にもどるんだ」
〈スイ様、呼ンデル……〉
「ああ、分かったから。〈すい〉のところにも行くけど、アッという間に追いかけて、まずはヌシの様子を見に行くからな。
あんまりトロいと、わたしのほうが先に着いちゃうだろ。って……なんだ?」
話の途中で、また何だかソワソワしだして落ち着かないヒゲに、ヴィヴィアンが首を傾げる。すると握ったヒゲから〈ナンカ、イイニオイ。ウマソウ……〉と伝わってくる。
その先端がヴィヴィアンが握ったままのカロリーバーに向かうのを見て、おもわずズルッとこけそうになる。
「おいっ、これか? これなのか? このカロリーバーが欲しいのか?
まあ、いいけどさぁ。これは、わたしの囓りかけだぞ。
こっちの……。ほら。新しいのをやるから……」
置いてあった、まだ手つかずのハチミツ・ナッツ、そして大豆フレーク・キャラメルの二本を差し出すと、ヒゲがくるりと巻き付いて器用にからめとる。
そしてたいそう満足したらしく、ヒゲの先端はうれしそうペコペコとお辞儀(?)をしている。
「早く、行けっ」とヴィヴィアンが手で払うと、ようやく「バイバイ」とばかりにヒゲの先端がゆれて、しゅるりと影の奥に引っ込んでいった。
「まさかヌシょ。おまえまでもが、レッド・ジョーカーの策略にはまるのか……?」
おそるべき魅力をもったレッド・ジョーカーのカロリーバーだった。だが、食欲があるならそれほどダメージはないのだろう。
気が抜けるが、ちょっと安堵してしまう。
「どういたしやす、お嬢」
「どうするもなにも、ヒゲのあとを追うしかないだろ。重水か放射能水か知らないけど、わたしたちも飛び込んで抜けることになるけどね」
そう言いながら、チラリとドクロ公爵に目を向ける。
「付いてこれるか? エンドスカル」
「無論でござんす。お嬢が行かれるところ、たとえ火の中水の中、放射能水の中だろうと、あたしゃついて参りやす」
「よしっ。そうとなったら、ここは撤収だな。目的の物も手に入ったし。早速コイツの出番だぞ。
長い眠りから目覚めたコイツの実力を、しっかりと見せてもらおうじゃないか」
そういいながら、見つけたばかりの機動二輪のシートを、ヴィヴィアンはポフポフと叩いてみせるのであった。
現実のナマズのヒゲは、ここまで器用じゃないけど……。
優秀な味覚センサー機能が付いている、らしい。
次回「48.指令総監とコブコブ金魚」
金魚って、大昔から品種改良が盛んに行われていて、
いろいろな種類があるらしいけれど……。
コイツは一体──。




