44.ゴブリンキング
現れた「ゴブリンキングの手先」との死線をくぐり、
王族ふたりが武官イグノジャーらと合流する、少し前──。
神殿でひとり、ダグは思いのたけを吐き出していた。
そこへ突如、現れ、映し出された異形のバケモノ。
それに抱いた思いとは……。
森の神殿の一室にて──。
壁に映し出される、オットー王子と巫女ラナメール。
『──ここで学びたい』
ふたりの王族が告げた言葉に、すぐさま「イヤだ」とダグの心は反発した。
危機感を募らせてどんどん追いつめられ、気がつけば心の荒ぶるまま、叩き付けるように気持ちを吐き出していた。
「ダメダ! 城に帰れ!」
「来るな……。絶対に来るな!」
「こっちに来るなッ! あっちへ行けっ!! この森から出ていけっっ!!!」
そうして肩を上下させて、荒い息を繰り返す。
思いのたけを口にしたことへの高揚感は、自分は間違っていないという肯定感を強めていた。
この場所だけは、絶対に譲らない──。
そんな、みなぎる決意をふつふつと沸き立たせ、揺るがない思いへと変えていく。
自分の存在を脅かすものは、全部「ここから出ていけ」ばいい。
王子と巫女の居場所は、この森じゃない。やっと得られた、ここはダグの居場所だった。
何も分かっていない彼らに、そんなふうにたやすく奪われるわけにはいかない。
だからこそ「城に帰れ」と、絶えることなく一心に訴える。
すると突然、森の雰囲気が変わったのだ──。
ザワザワとしたさざめきが伝わってきて、やがてダグの思いを形にしたようなバケモノが、ひどく不穏な気配を身にまとって森の奥から現れる。
まるでダグの思いに呼び寄せられたように。ダグの願いを叶えるかのように……。
「……なっ。なに?」
バケモノの気配を察したのか、オットー王子やラナメールがその場から逃げていく。
その光景を見て「ホッ」と安堵したのは、ここから出て行ってくれそうだったから。
そうして願いが叶いそうなことには安心したが、実際は何が起こっているのか分からず、少しだけ不安がわいてくる。
壁に映し出されるバケモノは──。
なんだかイヤな気配を全身にまとっている。たてがみのように長い灰色の髪をなびかせ、緑かがった浅黒い肌をした、狼面のような巨大な異形──。
現れた精霊の長〈がん〉は、そのバケモノを「ゴブリンキング」と呼び捨て、その前に立ちはだかる。そして地面を踏みならし、自身が爆発しそうなほどの敵意をあらわにしている。
「……ゴブリンキング?」
ダグの知っている絵本の「ゴブリンキング」は、ボアかオークに似た顔を持ったバケモノだった。
だがこれは、口元から鋭い犬歯をのぞかせる狼面で、さらに孤高で恐ろしげに見える。
なぜそんな者が姿を現したのか。なぜこんなにも圧倒的な力で、精霊たちを殴り蹴散らし、鉄の魔物である森の守護神と戦っているのか。
あれはどこから来た? 何をしに出てきた? なぜ出てきた?
精霊は敵じゃない。悪いモノもいるが、基本よき隣人だと、ジュリアロス様から教わった。
誇り高き三精霊は、この森を守り育ててきた偉大な精霊なのだと……。
なのに水の精霊を殴りつけて飛散させ、木の精霊を回し蹴りで吹き飛ばした。
そして今もまだ、岩の精霊と森の守護神を破壊せんとばかりに、猛烈な勢いでガンガンと森の守護神を殴打し続ける。
けれどそれは胸の内に抱えたダグの怒りを代弁し、そのまま見せ付けている気がした。
居場所を奪われる怒りや悲しみは、まだまだこんな物ではないと──。
荒々しい暴力がとめどなく叩き出される。
排除されたくなければ、排除しろ。己の縄張を守れ。生きるか死ぬかの瀬戸際にいる者に、ためらいや戸惑いなど一切必要としない。
宣誓にも似た轟きの咆哮を上げて、ゴブリンキングは全力で目の前の障害を排除しようとする。
ダグはその暴力に圧倒されながら、その通りだと思った。
うねるような破壊衝動にドクドクと酔いしれる。
暴力による解決は、よくない事だと分かっていた。それは傲慢で怠惰な行いだ。
相手がちがう。八つ当たりだ。
だけどよい子ではない自分が、心を押しのけて顔を出す。
生きるために戦う自分の、何が悪いというのか。
絵本に出て来る「ゴブリンキング」は悪だった。村や町にいつの間にかこっそりと忍びこみ、ひっそりと誰かに成り代わる。
あるいは最初は優しく人の良いふりをして、人の輪の中に入り込み、あっという間に人が大切にしている宝物のありかを探り出し、奪い去っていく。
誰にとっても正真正銘、悪党だった。
狡猾でしたたかな、本当は恐ろしい姿をした悪魔──。
けれど、なぜゴブリンキングが宝物を奪うのか、その理由は誰も知らない。
ただ単に強欲なだけかも知れない。金ぴかの金貨や宝石に目がないだけかも知れない。
でも、もしかしたら自分たちを悪と決めつけて排除し、幸せそうに暮らす人びとが妬ましいのかもしれない。
仲間に入れてもらえず、どこまでも異物として扱われるゴブリンキング。
それは自分だけをのけ者にする人びとへの、不条理への訴えではないのか──。
ダグにはなんとなく、そんな風に感じられた。
目の前で暴力を振るい続けるゴブリンキングが、お話の「ゴブリンキング」かどうかは分からない。
けれど、これほどまでに激しい衝動のまま暴力をふるう存在が、ダグには衝撃的であり、そこはかとない憧憬を抱かせていた。
どこか卑屈な絵本の「ゴブリンキング」と違って、もっと生々しく圧倒的な存在感があった。荒々しくも生きることに執着する、生々しい一匹の獣がそこにいる。
激しく拳を叩き付けられる森の守護神は、何度もよろめきそうになりながら、ねばり強くゴブリンキングをいなしている。
だがついに、倒木に足を取られたのか、派手に転倒する。地面に転がった森の守護神は、すぐには起き上がれない。
ゴブリンキングは目に付いた大岩を抱え、その頭部へと容赦なく叩き落とす。そしてとどめとばかりに、周囲の倒木や岩を次々と積み上げていく。
ひそかな達成に酔いしれる間もなく、その目は次なる敵を探していた。
いつの間にか、片足のとれた木の精霊〈もく〉が身を起こし、地面を這うようにして、大樹の切り株である円卓へとたどり着いていた。
そこにいるのは木彫りのトカゲ人形であるエリュシオンと、それを大事そうに胸に抱く大樹の精霊〈サン〉である。
〈もく〉が必死に何かを告げている。
普段から口が悪くて居丈高な態度が目に付く〈もく〉だが、これでもこのジュリアロスの森を代表する精霊ドリュアスである。
その〈もく〉の言葉に〈サン〉が大きくうなずいている。
そうして立ち上がった一本足の〈もく〉を、ゴブリンキングは目ざとく見据え、排除すべき者と認定したらしい。
しかしその背後には、木彫りのトカゲ人形であるエリュシオンと〈サン〉がいる。
このままだと戦闘の巻き添えを食らって、ふたりまでもが傷付き、ヘタをしたら死んでしまうかもしれない。
戦闘の光景に昂ぶっていたダグの胸に、ヒヤリとした冷たい感覚が走る。
心臓を掴まれたような痛みを覚え、その苦しさに胸を押さえた。
頭が急激に冷めてきて、先ほどまで感じていた、熱にうなされたような高揚感が急速にしぼんでゆく。
後に残ったのは、エリュシオンと〈サン〉を失うかもしれないという、思ってもみない現実への焦りだった。
何とかしないと、ふたりはゴブリンキングに殴られ、バラバラに壊されてしまうかもしれない。
「……エリュシオン、〈サン〉……逃げてっ!」
ダグは思わず叫ぶが、そこでプツリと映像が途切れる。
「えっ……」
さっきまで克明に外の様子を映し出していた壁が、ただの真っ白な壁に戻っている。
聞こえていた音も途絶え、シンと静まりかえった室内にはやわらかな風がそよと吹き抜けるだけである。
「……どうして?」
夢でも見ていたのかと思うような、唐突な現実の訪れにダグは戸惑った。しかし耳を澄ませると、外からはなにやらザワザワとした気配が感じられる。
決して夢ではない。さっきまでのことは、確かに今、現実に起こっていることなのだ。
「どうしたの、エリュシオン! どうして消したの?」
何かあったのかと空中に問い掛ける。ジリジリじれるような時間が過ぎるが、どこからも言葉が返ってくる様子はない。
不安に駆られたダグは走り出す。だが廊下を駆け抜けた先の大扉は閉まっている。
石でできた重厚な扉は、ダグには重すぎて開けることができない。
仕方なく台所の勝手口へと走ろうとするダグの肩に、一匹のスパイアイがぴょいと飛び乗ってくる。
「何? どうしたの?」
ダグの頭に飛び乗って、白い壁に新たな映像を映し出す。
外の風景だが、先ほどまでとは少し視界の向きが違う。
神殿のほうから見た野外円卓の方向だったが、ダグの心臓はバクバクと強く脈打って止む気配がない。
そこで見たものは信じられない光景だった。
森の守護神vsゴブリンキング、ついに決着。
ゴブリンキングの戦いに酔っていたダグは、その現実にヒヤリとしますが……。
次回『45.暗黒の天魔竜王エリュシオン』
さて、いよいよ最凶の真打ち──
最強の黄金竜にして世界の頂点! その威光を前にしては全てが平伏す、暗黒の天魔竜王エリュシオン、ご登場!?




