43.援軍の合流
遭遇した異形の者たちと闘うヒュー。
しかし敵の猛攻は激しく、数の上でも圧倒的な不利……。
勝てる見込みがないなか、オットー王子が「オトリになる」と飛び出します。
「無茶だ」と思いながらラナメールも飛び出しますが──。
クモ男の振りかざす刃物が、モタモタと走るオットー王子に迫る。
だが、その凶刃がオットー王子に届くことはなかった。
突然、糸が断ち切られ、クモ男は地面に転がり落ちたのだ。
宙を飛んできた巨大な剣が糸を断ち、王子とクモ男のあいだを遮るように、ドスッと音を立て、深々と地面に突きささる。
クモ男はとっさの出来事にも、俊敏に後ろに跳びはねて距離を取る。そしてラナメールに目をやる。
オットー王子を追って藪から飛び出し、そこまで駆けてきたラナメールは、ハッとして身をすくませる。
地を這うような位置からギョロリと向けられた眼は、人のものとは思えないニブイ輝きを灯す。
背中から生えるクモの足が距離を詰めるようにジリジリと動き、思わず足を止めて息を呑む。
次の瞬間には、こちらに向かって飛びかかってくるクモ男を、ただ呆然と見ていることしかできない。
刃物を握る、男の腕が振り上げられる。それを見て、恐怖のあまり頭を抱え、その場に座り込むことしかできなかった。
パキーーーンッ!
澄んだ高い音が響き渡り、何かが弾き飛ばされるような気配に、ラナメールはおそるおそる顔を上げる。
身の回りに淡い光が小さなドームのように降り注いで消えた。光の防御壁──。
その向こうでは、やはり弾き飛ばされたらしいクモ男が、背中から地面に倒れ落ち、慌てて起き上がる姿が見える。
「オットー王子っ! ご無事ですかああぁっ!!!」
聞き覚えのある野太い大声が響き渡り、巌のような巨体がオットー王子の傍らに駆け寄ってくる。
「イグノジャー……?」
「左様にございますぞ。我らが参ったからには、もう大丈夫。ご安心めされよ。異形の者など、すぐに制圧してみせまするっ!」
駆け寄ってきたのは武官イグノジャーだけではない。サンデール王国の兵士たちが大勢現れ、苦戦を強いられているヒューのほうにも向かっていく。
その後ろから、豪奢な魔石の埋められた杖を握りしめ、のっしのっしと力強い歩みで、ゆったり姿を現す者があった。
「全く。とんでもない、じゃじゃ馬だね。しっかり手綱を握ってないと、王子といえども振り落とされちまうよ」
「大巫女様っ!?」
ラナメールはおもわず叫んでいた。なぜこんな所に大巫女ザンネがいるのか。幻でも見ているのだろうかと思い、思わす頬をつねって何度も目を瞬かせてみる。
だが、ふてぶてしくも怠惰で傲慢な女傑は本物だった。ラナメールの周囲に防御壁を張り巡らせたのは、きっと彼女に違いないのだから……。
いつもなら、なんでもっとちゃんとしないのだろう、とか。立派な大人なのにダラダラ寝てばっかりで、周りの人を困らせて偉そうにして、あんな風にはなりたくないわっ! とか……。
顔を見るたびに思っていたのに……。どうしてだろう。
今はその姿を目にした途端、もう大丈夫なんだと気持ちがほわっと緩んで、なんだか瞳が潤んできてしまう。
大巫女の名はダテではない。精神的にも肉体的にも優れているからこそ、その名を戴くことができるのだ。
最強との呼び声も高い女傑の登場に、なんだか安堵する気持ちが止められない。
「なんてブサイクな顔なんだい。気を緩めるんじゃないよ。まだ何も終わったわけじゃない」
クモ男を防御壁で牽制して追い払いながら、いきなりけなしてくる大巫女ザンネに、ラナメールは、つい、いつもの調子でキッとまなじりをつり上げる。
「いきなり何ですか。誰がブサイクですか。もっといい方って、ありますよね? わたしだって傷つくんですよ」
「ああそうかい。そんだけムダ口がたたけりゃ……、心配ないようだね」
こちらを見つめるザンネの視線に、なんだか面はゆい気持ちになってきて、ラナメールはアタフタと視線をそらせる。その先の視界に入ってきたオットー王子に、ラナメールはハッとする。
そちらも藪を抜けたり転んだりしてさんざんな姿だが、武官イグノジャーに助け起こされ、大きなケガはしてないようである。
戦っていたヒューの方を見ると、今はカマキリとトラと大魔熊の異形たちに、十人近い兵士達が剣を向けて戦っている。
入り乱れる兵と異形の怒号から少し離れた場所に、剣を杖にうずくまる、ボロボロのヒューの姿があった。肩で荒い息をしながら、今も殺気立った視線で戦闘の様子に見入っている。
近づいて手当てをしたかったが、なんとなくそんな雰囲気じゃない。
「まだ終わったわけじゃない」という大巫女ザンネの言葉を、彼の姿は身をもって体現していた。
見渡すと森のあちこちで、また他の人ならざる異形と戦っている兵士たちがいた。
怒っているのかと思うほど、するどく飛び交う兵士たちのかけ声。実際に激しく打ち振われる剣と、怨嗟に満ちた異形の咆哮。緊張に満ちた周辺の雰囲気は、荒い息づかいと血しぶきと、必死の叫びが入り交じり、まるで戦場の中に放り込まれたようだ。
いや、実際にここは戦場だった。
大巫女たちの顔を見て思わずホッとしてしまったが、本当に安心するにはまだ早すぎたようだ。
状況が飲み込めず心が浮き足立つが、とにかく再びオットー王子が走り出さないよう、近づいてそのモチッとした手をぎゅっと掴みとる。
オットー王子は驚いたようにラナメールを振り返るが、恨みがましい目つきでジーッと見つめると、思っていたのと違ったのか頬を引きつらせる。
さすがに言いたいことは伝わったらしい。
「それにしても、こいつらは魔物かい? 一体、どこから出てきたんだ?」
大巫女は辺りを見渡しながら、いぶかしげにつぶやく。
動物や昆虫の形体を持ちながら人間の姿も持ち、無機質なその目はどこを見ているのか──。
虚ろで生気がなく、闘うにも覇気というか、やる気といったものがまるで感じられない。
時折、反射的な素早い反応を見せるが、どちらかというと動きはカラクリのように緩慢である。
こちらの兵が数で勝ることから、ならば簡単にサックリと制圧しそうなものだが、決してそんなことはなかった。
異形は恐ろしいほどの強さで、硬い体表には刃物も通りにくく、生身だけでも攻防に秀でている。
見た目からして、まさに魔物と言っていい。一人で数人の兵士を相手にし、ようやく互角のありさまだ。
「……ゴブリンキングだ。こいつらはゴブリンキングの手下なんだ!」
オットー王子の言葉に、ラナメールは先ほどチラリと見た存在の姿を思い浮かべる。
確かにあれは異形だった。身も凍るような禍々しさをまとう、とても恐ろしい姿の異形だった。
「なんだって? ゴブリンキング?」
どこからか飛びかかってきた一体を防御壁で跳ね飛ばし、大巫女ザンネは驚いたように聞き返す。
「なんと? こやつら異形の者どもは、ゴブリンキングが率いる手下どもであったか。道理でおそろしく手強い……。しからば、この森の奥にいるのは──」
武官イグノジャーの言葉に、オットー王子が大きくうなずく。
「ボクたちは先ほど見たんだ。あれは間違いない。ゴブリンキングだ」
さも恐ろしげに告げるオットー王子に、「本当か」と問い掛けるような二人の視線がラナメールに向けられる。
あの異形が何かと問われたら、正体の分からない恐ろしい存在という意味でも、絵本に出て来る挿絵にありそうだという意味でも、ゴブリンキングと呼ぶしかない。
ラナメールが神妙にうなずき、大人ふたりが息を呑んだときだった。
ぐああああああああおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!
大気が激しく震えるほどの大きな響きが、周辺にとどろきわたる。
敵も味方も一瞬動きを止めて、思わず耳を塞ぐようにして、何が起こったのかと周囲を見渡した。
だれかが「あ、あぁ。あそこ……」と仰ぎ見た先は、ラナメールたちが先ほどまでいた森の奥の方角だった。
みなの視線がいっせいに向かう木々の向こう。チラリと見えた巨大なそれに、だれもが言葉を失う。
生い茂る木々よりも抜きん出ている巨大なそれは、一体どれほどの大きさを誇るのか。
まるで見上げるばかりの強固な城の尖塔のようだ。
そのような存在、どこから現れたのか。敵だとすると、だれがどうやって立ち向かえるというのか……。
武官イグノジャーが、思わずつぶやく。
「あ、あれが、ゴブリンキング……」
畏怖を滲ませる声だが、ふたりの子どもはお互いに手を握り合ったまま、心の中で『いや、違うから』と否定する。
ゴブリンキングじゃない。あれは……。
その答えを口にしていいのかどうか思わず迷ってしまい、ふたりは困惑しながら呆然とソレを見つめていた。
再会の感動も、混乱する戦闘にもみ消されますが。
突然鳴り響く咆哮に、思わず見上げる先に見えたモノは……。
まさかの──。
次回『44.ゴブリンキング』
ダグの叫びに引き寄せられるように、
神殿近くまで姿を現したゴブリンキング。
それとココロが同調するような感覚に、ダグは戸惑います──。




