41.衝突──三精霊
異形と化したバルダララスがついに姿を表します。
ジッと観察を続けるエリュシオンと、それを抱きかかえる〈サン〉。
円卓で泰然と待ち構える二人に、けれどバルダララスは目もくれない。
それを迎え撃ったのは、この森の重鎮たち──。
森の奥から現れた、異様な気配を滲ませる異形を目にして、大樹の精霊〈サン〉に抱かれし木彫りのトカゲ人形、エリュシオンは「フム」とつぶやく。
勢いよく木々の中から出てきたソレは、眼前の開けた場所に出ると、一度そこで立ち止まった。
この世界にふたつと無いであろう特殊な異形を、その場に堂々とさらしながら、周囲をうかがうように眺め回している。
野外円卓の切り株に〈サン〉とエリュシオンの姿を認めたようだが、視線はふたりの上を何もないかのように通り過ぎていく。
そこから二三歩足を踏み出し、神殿に近づこうとした時だった。ソレは何かに警戒したように、突然、俊敏な動きで後方へ飛びすさった。
少し先の地面がふいに液状化し、不自然にポコポコと沸き立ち始めたのだ。かと思うと、そのなかからズリズリとせり上がって来るものがある。
精霊の森の守護神──。それは黒光りする装甲も厳めしい、旧世界の警備ロボだった。
完全に地上へと現れた鉄の魔物の偉容は、重厚感なら相対する異形の存在に勝っている。
守護神を従え、ソレの前に立ち塞がったのは、三体の偉大なる森の精霊たち。
勝ち気な瞳で敵を睨んでいる木の精霊〈もく〉と、冷ややかな表情で相手を見下している水の精霊〈すい〉。
そして怒り心頭を発して全身から湯気が立ち上りそうなのは、岩の精霊〈がん〉だった。
『ゴ、ゴ、ゴ、ゴブリンキィィーーーングッッッ!』
とどろきわたる第一声の雄叫びは、このジュリアロスの森の長老〈がん〉のものであった。
『ここで会ったが百年目! どこから入り込んできおったか知らぬがぁ、のこのこと姿を現しおってからにっ……!
い、い、いいいっ、今こそは微塵に切り刻んで、踏み潰してグッチャグチャにして、森の肥やしとしてくれようぞぉぉぉっ!』
長年にわたり憎しみを抱いてきた敵を前にして、興奮のあまりブルブルと身を震わせて怒っている。
ダンダンッ、ダンダンッ、と力強く地を踏みならし、さらに気炎を上げて士気向上を図っている。
『おい、コラっ。てめぇ。アン時はよくもあたいたちを騙しやがったなっ!』
それに応えて木の精霊〈もく〉がさらに前へ進み出る。そして居丈高な態度で、ゴブリンキングと称された異形を、臆することなくにらみつける。
『絶対に許さねぇぞ、コラァッ! 今すぐに、ひねりつぶしてやるっ!』
相も変わらず口の悪い〈もく〉は、木の精霊とは思えないガラの悪さである。
ビシッと敵を指さして告げると、同時に地面を破って太い木の根がモリモリと現われる。そうしてすべてを埋め尽くす勢いで、あっという間に相手の四肢を絡め取っていく。
ギリギリと容赦なく締め上げ、鋭い刺のような根を突き刺せば、その体は為す術もなくつぶれて崩れ落ちる──、はずだった。
だが込める力の手応えのなさに、〈もく〉が動揺した途端、崩れ去ったのは相手を取り巻く太い木の根のほうだった。
まるで命を吸い上げられるかのように、カラカラに干からびていくと、あっという間にもろくも崩れ去っていく。
「なっ!」と、絶句して慌てて手を引く〈もく〉に代わり、前に出たのは笑顔がコワイ美女〈すい〉だった。もちろんその目は笑っていない。
『おまえ、調子に乗るんじゃないわよ。醜いゴブリンキングの分際で、この美しいジュリアロスの森で息をするのも汚らわしい。
二度と呼吸ができないよう、その首、切り落としてあげるわ』
殺る気、満々の水の精霊は、ためらうことなく水の円盤を投げつける。勢いよく回転する水の刃は太い木の幹も切断する切っ先を持っている。
一撃必殺の威力が込められた投擲に、獲物は為す術もなく首を「チョパーン」と切断される運命にある──。そのハズ、だった。
それなのに恐るべき動体視力の持ち主か、敵はひょいと首を傾げる仕草だけで、水の精霊〈すい〉の魔の刃から逃れたのである。
「な、な、な……っ!」
あわてて次の攻撃を繰り出そうとあせる間に、〈すい〉の上半身は崩れて水滴をまき散らし、四散していた。
すべり寄る影のような異形の拳が〈すい〉の胸を貫き、その上体が破裂したように宙に砕け散ったのだ。
キラキラと輝く水滴があたりに飛び散ったかと思うと、そのままバシャリ、と〈すい〉の体は地に落ちて水と消える。
誰もが「はっ」と息を飲んだ次の瞬間──。
〈もく〉の体がすさまじい勢いで吹っ飛んでいた。
目にも止まらない早技の、ゴブリンキングの回し蹴りを食らっていたのだ。
回転しながら飛ばされ、地面に激しく叩き付けられたかと思うと、片足が根元からちぎれ飛ぶ。そして体が藪の茂みにぶつかると、もんどり打って地面に倒れ伏す。
そうして完全に糸の切れた操り人形のように、〈もく〉の体はピクリとも動かない。
一方、ちぎれ飛んだ〈もく〉の足はブンブンと回転しながら高く宙を舞い、茂みに隠れていたオットー王子の目の前に「ドサリ」と落ちてきた。
王子は目ン玉をヒンむいて〈もく〉の生足を見つめ、おもわず悲鳴を上げそうになるのを、ヒューとラナメールふたりがかりで押さえ込む。
口と鼻を押さえられたオットー王子は息ができず、目を白黒させて喘いでいる。
その間にも、ガンガンガンッとすさまじい音があたりに鳴り響く。
最後に残った三精霊がひとり、長老〈がん〉を背にして敵の前に立ちはだかったのは、鉄の魔物こと、森の守護神と呼ばれる存在だった。
そして〈すい〉を殴り四散させたその重い拳と、〈もく〉を蹴り飛ばしたその強靱な足を、小柄な〈がん〉に代わってすべて受けとめているのだ。
今となってははるか昔に栄えし、超魔導文明の残せし古代遺物。その強靱な装甲は耐物理・魔術にすぐれ、数千年の時を越えた今も衰えを知らぬようであった。
異形が叩き付ける拳などにも、びくともしない。
長老〈がん〉を背にかばいながら、黙然と立ちはだかっている。
森の守護神は時を経て風雨にさらされ、かつて搭載された電子頭脳はとうに失われている。
残された外殻だけの存在だった。
けれど森の守護神としてあり、精霊のオモチャと揶揄されながら、今も己の使命を果たすかのように存在を示し続ける。
そんな森の守護神と気持ちをひとつにしたかのように、長老〈がん〉は肩をいからせ、力強く拳を振り上げ、地を踏みならす。
「……ぇええーーいっ! 今こそッ! 今こそ、昔年の恨みを果たそうぞ! いざ、尋常に勝負じゃ。目にモノを見せてくれるっ!!!」
精霊にはモノに取り憑くことを得意とするものがいる。
そういった精霊、数体で動かす森の守護神だが、長年にわたって使役し続けてきた経験により、その動きは完璧といっていいほどの絶妙な制御をみせている。
その気になれば、爪先立ってダンスすることさえできるのだ。
だが、ドングリ・マシンガンで侵入者を威嚇することはあっても、こんなに矢継ぎ早に展開される肉弾戦は、これまでにおこなった経験がない。
大振りにブンッと腕を振り下ろしても、相手にはかすりもしない。
逆にバランスを崩され、「おっとっとっと」と片足立ったりするが、そう簡単には転ばないところが千年の経験である。
絶妙な身体制御で体勢を立て直しては敵を攻撃し、また躱されてコケそうになりながら見事な踏ん張りを見せている。
巨大な鉄のかたまりがフラフラする姿は、見ている者を思わずハラハラさせる。
だが、〈がん〉と一体になって舞うように戦い、繰り出す攻撃は当たらないが、殴られても蹴られてもダメージは少なく、なんとか拮抗した勝負を見せている。
その様子に感心しきりなのは、エリュシオンである。
最新の電子頭脳を搭載しても、ここまで絶妙なバランスのコミカルな動きは再現できない。
なにしろ関節がありえない可動域を持ち、柔よく剛を制するしなやかさがある。これは魔改造必須の案件だ。
しかし恐るべきは、精霊たちの熟練の連係プレーである。
「ところで〈サン〉よ。あれがゴブリンキングなのだな? 吾輩らはアレをデグリスモアと呼んでおり、エルフ社会でも様々な問題を起こした種族なのだが……。
精霊である〈がん〉がこれほどまでに怒り、目の敵にするとは……。一体、過去に何があったのだ?」
問われた〈サン〉は、若葉色の大きな瞳をぱちくりさせる。
「ゴブリンキング、悪いヤツ。女神様のフリをして、だまそうとした」
エリュシオンは「……なるほど」と納得した様子をみせるが、同時に思いもしない返答に虚を突かれていた。
それからいつもより苦み走った渋い声で確認する。
「つまりあのゴブリンキングは、お前たちが崇拝するジュリアロスになりすまし、〈がん〉たちの怒りを買った、ということか?」
コインなどにも描かれているように、ヴィヴィアンに似たエルフの肖像は、人間たちの世界に数多く出回っているようだった。
相手の姿を写し取れるデグリスモアなら、女神になりすますのも可能だろう。
「ゴブリンキング、はじめケガした獣。神殿の奥、アスタリオの部屋入ッタ。〈がん〉怒った。部屋つぶれた。ゴブリンキング逃げた」
「ほう、あの強固な神殿の一室をつぶすとは……。しかもアスタリオの部屋とな? ふむ。怒りの原因はひょっとして、なりすましだけではないのかもしれんな……。
そなたは現場を見ておらんのだな。ならば真相は〈がん〉に聞かねば分からぬか」
それにしても、つい最近、似たようなことがあった──。
というか身近で見た覚えがエリュシオンにはあった。
この森の精霊たちに向けて「ヴィヴィアン・ジュリアロス・ベルコ。この世界で唯一無二のEXエルフだ!」と名乗りを上げて、大反発を食らった人物がいたのだ。
その際「ゴブリンキング」と罵倒され、ヴィヴィアンがプッチンして一触即発になったのも、まだそう遠くない過去の記憶である。
女神になりすますというより、何も知らなかった本人が女神と同じ名を名乗り、最終的には女神に祭り上げられることになったのだが……。
どうやらその下地となる出来事があり、あの時の三精霊の攻撃的な態度と、繋がるようである。
「とばっちりだが、雨降ってこちらの地は固まるか。だがあやつらは同じことを繰り返し、今も何を求めておる……」
エリュシオンは真実を見極めんと、思考の深淵に入ってゆく──。
その視線の先にあるコミカルな戦闘の、さらに先にある藪の茂みでは、身を低くして隠れる三つの人影があった。
呼吸を忘れたように息をつめ、ゴブリンキングと森の守護神の戦いを、緊張の漂うこわばった眼差しで見つめている。
「今のうちです。行きましょう。さあ」
ヒューに促されて、オットー王子とラナメールは、そろそろと動きだす。
ゴブリンキングがエリュシオンと〈サン〉に興味を示さないなら、ここは森の守護神にまかせ、速やかに立ち去るべきだった。
転移門まではまだかなりの距離がある。少しでも早く、遠くまで逃げなければならなかった。
だが、まだいくらも進まないうちに、先頭を進むヒューが立ち止まり、ふたりを制する。
「ど、どうした? ヒュー?」
軽く息を弾ませるオットー王子は、額に浮かぶ汗を袖の端でぬぐいながら問いかける。
すぐ隣のラナメールが、先に気づいて「ひっ」と息を飲む。
あわてて周囲に目をこらすと、何やら黒っぽくゆらめく幽霊のような人影が、木立のすき間に立っている。
だがその腕の形が少しおかしい。まるで昆虫のカマキリのようだ。長く伸びた両腕が、ギザギザの刃を持つ鎌のようになっている。
人に違いないのに、顔つきまでカマキリに似ているせいか、異様な雰囲気に包まれている。
理解がおよばず、ただその場に立ちつくしていると、それ以外にもどこかが普通ではない、人であって人ではないものたちが姿を現す。
トラのようなネコ科大型猛獣のような者、大魔熊に似た人間。そして何だか細長い手の数が多すぎる……身の毛もよだつ恐ろしい姿をした人間もいる。
異様な気配とともに現れて、不気味な視線でジッとこちらを見つめ周囲を取り囲んでいる。
オットー王子とラナメールはその禍々しい雰囲気に呑まれて、言葉を発することもできない。
絶体絶命──。
ただそんな言葉が、脳裏に浮かんでいた。
バルダララスと鉄の魔物の激闘が続く中、精霊との因縁の一端が知れます。
かつて女神になりすまそうとして、精霊の怒りを買ったバルダララス。
さらに何かあるのではと、エリュシオンは勘ぐりますが──。
王族ふたりの身に危機が迫ります。
次回『42.護衛──ヒュー』
グリースの森の民である、オットー王子の護衛ヒュー。
異様な姿をした、敵の正体をまだ知らないふたりに対して──。
人知れず苦悩する、ヒューの孤独な戦いが始まります。




