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4.未知との遭遇(1)

スピルバーグの映画『未知との遭遇』じゃないけど。

見知らぬ存在へ抱くのは、好奇心? 恐怖心?


あなたは仲良く、なれるかな?


「首長! あっちの大岩の向こうに、み、見たこともない奇っ怪な、バ、バケモンが……」


 周囲を偵察していた配下の一人が顔面蒼白で駆け込み、バルダララスに対して息も絶え絶えに告げてくる。その慌てぶりにただ事ではないと感じ取ったバルダララスは、相手の両肩をパンッと掴み「落ち着け」と低い声で促す。


「そ、そやけどッ! 気配もなくいきなりスッと現れて、色がごちゃごちゃで、でも半分透けてて。ツルッとして、ストンとして……、顔がないんでっせぇー!」


 大の男が涙ぐんで上目遣いに訴えてくる姿に、バルダララスも内心、色々な意味でうろたえる。とにかく動揺を抑えて落ちつかせないと、話にならない。


「分からんが、分かった。間違いなく、そりゃバケモンやな」

「そやさかいにっ! は、()よ逃げましょう!」


 決して腰抜けではないグリースの森の猛者が、すっかり及び腰になって、後ろを振り返ることも恐れているようである。

 一体、どんなバケモンが現れたというのか。この様子からして相当イカレタ何かに違いない。だが、この目で確認しないことにはサッパリ様子が分からない。


「おまえは他のモンを見つけて、念のため森の外で待機や。オレが確認してくる」

「首長っ……!」


 叫ぶ配下を残して、バルダララスは素早い身のこなしで、大岩の影に回り込む。

 それから、いつでも引き抜けるよう腰の短剣に手を回しながら、気配を殺してその先の様子を窺う。


 大岩の向こうの、少し先には湿地が広がっていた。生い茂る樹木はややまばらになり、至るところに水草が生えている。ぬるんだ水辺には羽虫が飛び交い、差し込む日の光が水面のすき間でキラキラと輝いている。それが湿地の影をいっそう濃いものにしていた。

 ジメジメとした空気は重く、底なしのドロに引きずり込まれそうな感じがあり、あまり近づきたくない場所だった。

 こんな所に、何がいるというのか……。


 慎重に周囲を観察するが、水中と水面で小さな生き物が動く気配のみで、何か緊急を要するようなものは見当たらない。思い切って岩陰から離れ、前に進み出て辺りを見渡す。

 そして一本の木の枝にいた、ソレに気づいた。手のひらほどの大きさの、一匹のひとつ目玉のクモ──。


 あれがバケモンかと、そっと目をこらす。途端、ギクリと反射的に身がこわばる。

 あれではない。こちらをジッと見つめるクモも不気味な存在だが、あれは大したことはない。あれではなく、コレのことだ。ヤツがいっていたのは、コレに間違いない。

 だがしかし、コレは何だ……。


 いつの間にか目の前に広がる沼の、()()()()()()()()存在。緊張からゴクリとつばを呑み込むと、ソレにむけて全神経を集中させる。

 さっきまで全く何の気配もない場所──。そこに今、まさに次元を超えて出現しようとしているかのように、溶け込んでいた景色の中からゆっくりとその輪郭をあらわにしてくる存在がある。


 景色を歪ませて立体的に浮かび上がってきた人型。それは、ややずんぐりとして頭が大きく、長身のバルダララスよりもさらに上背がある。

 まるで話に聞く高位精霊の顕現のようだが、それにしても奇妙な形をしている。

 ソレを何と表現したらいいのか……。


『気配もなくいきなりスッと現れて、色がごちゃごちゃで、でも半分透けてて。ツルッとして、ストンとして……』


 先ほどの慌てふためく配下、ザッセスの言葉を思い出す。

 そう。まさにその通りだ。くっきりと輪郭は見えるが、半分ほどは後ろの景色がゆがんで見えている。

 こちらに気づいていないのか、油断したのか。ソレは、スッとベールを剥ぐように、透明な景色の衣を掃いていく。すると白一色のツルンとした人形のような物になる。

 それが実体なのだろうか。背に白く薄いバッグのようなものを背負い、緩慢な動きで周囲を見渡している。


 そしてソレは、何かに気づいたように、「ハッ」と動きを止める。


 そういえば、ザッセスは最後になんと言ったか……。たしか……。


『顔がないんでっせぇー!』


 その顔が体ごと回って、こちらを向く。つるんとした巨大なタマゴのような凹凸の一切ない、底なしのように真っ黒な顔──。悲鳴を上げなかったのは、先に聞いていたからかもしれない。

 だがバルダララスの本能は、声を限りに叫んでいた。


『コイツには絶対に逆らうな──』


 警戒心マックスの状態でいながら、絶対に敵意を向けないよう、とっさに無の境地に至る。

 何も考えない。何も見ていない。何も感じていない──。息すらつめて、ひたすら岩になった自分を思い浮かべる。

 コレは、人ではない。敵意も殺意もない代わりに、好意も親しみも持たない者だ。

 たまたまバルダララスの前に降り立っただけの、通りすがりの高位精霊。あるいは神の使いか──。


「早く、どこかに行ってくれ」というバルダララスの願いもむなしく、ソレはこちらに向き直ると、ふいに高々と右腕を上げた。「カッ」と目を見張るバルダララスの前で、その腕を大きく左右に振っている。


「何かの攻撃かっ」とバルダララスが身をこわばらせて、己のドクドクと脈打つ心臓の鼓動を聞いていると、チャプンと沼の浅瀬を踏みながら、ソレはこちらに向かってくる。

 水草を踏み、軽く水音を立てて歩く足音を、これほど恐ろしいと感じたことはない。


 やがて乾いた地面に上がり、バルダララスの間合いに入るところで、ピタリと足を止める。それからバルダララスの様子を窺うように、ゆっくりと左に右にと体を傾げてくる。


「何だっ。何がしたいんだっ。何の攻撃だっ!」と、内心焦りまくりながら、微動だにしないバルダララスに、ソレはさらに距離を詰めてきた。テポテポと歩いて、もうほとんど目の前である。手を伸ばせば届きそう……。

 と、言うか、ソイツの方からおもむろに手を伸ばしてくる。顔面に向かって差し出され、目の前に迫る芋虫のような白い五指に、もう我慢の限界だった。


 軽く手を掛けていた、腰の短剣を引き抜く──。つもりだったのに、それができなかった。自分の意志で動きを止めていたはずが、いつしか金縛りに遭っていたのだ。もはや呼吸すらままならない。


 パニック寸前のバルダララスのおでこに、白い作り物のような指が触れる直前で止まり、一気に遠ざかってゆく。同時に感じるプチッとした痛み。


「イデッ!」思わず上げた声も、声にはならず、何が起きたかも、とっさには分からない。

 ただし目の前のソレは、摘まんだ一本の髪の毛を確認すると、左手の甲に近づけてパカンと捕食させる。本当に手の甲に口が開いて、髪の毛をくわえると一瞬で閉じたのだ。

 もはや、何が起きているのか、バルダララスにはさっぱり分からない。


 しかしさらに恐怖は続く。それはやや屈んだ姿勢でバルダララスの腰に手を差しだす。ゾクッとしたおびえが背筋を走り抜けたが、ソイツが掴んだのはバルダララスの右手だった。

 逆手で短剣の柄に掛けていた右手を、思ったよりもプニッとした手で掴むと前に引き出したのだ。

 上向けにされた手のひらにソレの右手がかぶせられ、コロンとした何かが落とされる。軽く握るような手の形にされて、ソレの両手は離れていく。


 そうしてそのままポテポテと歩き去り、水際で少し振り返る。


『悪かったな。怖がらせて。そいつはお詫びだ。うまいぞ。元気が出る』


 バルダララスは頭に直接響いてくる言霊に「はっ」と驚いて、ソレを凝視する。また手を振って再び景色に溶け込んでいくソレは、すぐに輪郭だけになり、そしてその輪郭すら消える。そうすると、もうそこには一切の気配も残してはいなかった。


 しばし呆然としてその場に佇む。やがて背後から人の気配を感じて、ようやく手の中にある物を確認する。

 ねじった油紙に包まれていたものは、琥珀色に輝く石──。いや、ベタついた感触とニオイからしてアメ玉だろうか。蜂蜜を練り固めた物か。


「首長―ッ! 無事やったんッスね!」

「バケモンはどうなりました。どこにおるんです」

「いそいで全員、集めてきましたし、もう大丈夫ですえー」


 闘志を漲らせて駆けよってきたグリースの森の精鋭たちだが、バルダララスは独り「はあっ」と吐き捨てるように唸ると、ギリギリと奥歯を噛みしめる。


「このオレに向かって、怖がらせて悪かった……、やと? あの野郎。ふざけよってッ!」


 バルダララスは何に対して恐れを抱いたのか分からないまま、急に激しい対抗心が湧き上がるのを感じていた。恐れていたことを知られ、頭からなめられたのだ。

 このままでは済ませられない。たとえどんなに相手が強大でも、絶対に仕方がないでは終わらせられない。


 あれが何かは分からないが、必要以上に警戒しすぎたのだ。気配に呑まれてしまった。そのせいで無様にも声が出せず、指1本動かすこともできなかった。


 必ず攻略法を探し出して、次に出会ったときは……。

 手の中に残されたアメ玉を、何のためらいなく口に放り込むと、思い切りガリガリとかみ砕く。


「勝手にオレの一部を盗みよって……。こんなもんで誰がごまかされるか。絶対に取り返したるっ!」


 口の中に広がる甘く、ほんの少しほろ苦い味に癒やされながら、バルダララスは新たなる敵愾心(てきがいしん)をかき立てていた。





バケモンじみた未知の存在……。

高位精霊? 神の使い? 2メートル超のてるてる坊主!

いえいえ、その正体は……。


次回『5.神殿の巫女──ラナメール』

あっ、女の子だ!

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