38.慟哭と共鳴〈砂漠の国の物語〉
楽天的なラナメールとは裏腹に、
ダグの心には絶望的な思いがわいてきます。
相容れない存在に、強い反発心が芽生え、
自分の思いの断片を、声に出して叫びます──。
「ダメダ! 城に帰れ!」
神殿の一室で、ダグはそう叫んでいた。
白い壁に映し出される、野外円卓の光景──。
エリュシオンとオットー王子、巫女ラナメールの会話の様子が、リアルタイムで実況中継されている。
彼らにダグの姿は見えないが、しゃべればダグの声が届くようにしてあると、エリュシオンは告げていた。
それを忘れたわけではないが、腹の底から突き上げるような怒りとともに、言葉が口から飛び出していた。
「来るな……。絶対に来るな!」
オットー王子とラナメールは、この神殿で暮らしたいと言った。
そしてこうも言ったのだ。
女神ジュリアロス様に仕え、精霊の言葉を学びたいと……。
ふたりがこの神殿をわが物顔で闊歩し、嬉々として楽しげに暮らす──。その様子は、いともたやすく想像できた。
それは王国の城や神殿で、いつも見ていた光景だ。
まるで彼らを中心に、この世界は回っているかのようだ──。
この森の神殿で暮らしはじめたら、ふたりはアッという間に馴染んでしまうのだろう。
それに対して、ダグは身も心も地に叩き付けられるような、絶望的な心持ちになる。
彼らと自分が共にいる姿など、ダグには想像も出来ない。
はじき出され追いやられ、きっとダグの居場所はなくなってしまう。
立錐の余地もないグラグラの点に立たされるような不安が、足元からせり上がってくる。
そうなると自分はどうなるのか。ここを出ることになるのか。また無理矢理にでも引き剥がされ、王国の神殿に連れ戻されることになるのか──。
ぐるぐると強い恐怖だけが頭のなかを駆け巡る。
勝手にこの森へ追い出したクセに、女神様に仕えろといったクセに! また灰色に塗りつぶされてうまく息もできない、あの暗い時が滞ったような毎日に戻る……。
イヤダ──。絶対にイヤだった。
息をひそめて自分を押し殺し、周囲におびえながら暮らしていたダグ。
そんなダグと彼らはまったく違う。彼らはまばゆい光に照らされる世界に暮らす、特別な人間たちなのだ。
あのふたりは、はじめから全てを持っている。思うように自由に振る舞い、言いたいことをありのまま口にし、それが許されるごく一握りの人間たちだ。
たやすくワガママを叶えてもらい、当たり前のように特権を享受している。
そこに何の疑問も持たない。きっと特別であることにすら、気付いていない。
息をするように、当然のように傲慢に存在し、そうしてダグがようやく得られたと思った場所を、にこやかな笑顔のまま、たやすく踏み荒らそうとする──。
そのことが、分からないのだ。
恐怖するダグの心など、思いもしないに違いない──。
「こっちに来るなッ! あっちへ行けっ!! この森から出ていけっっ!!!」
やっと得られた安寧の土地。ようやく得られた心の居場所。
そう簡単には譲れない。
思いの限りを言葉に乗せて、身を震わせて声を絞り出す。
今を失うかもしれない恐怖、明日を奪われるような絶望……。純粋な深い慟哭を糧にしたダグの言霊が、静かな森にコンコンと響き渡る。
居場所を失う恐怖。明日どうなるか分からない不安。
このままでは、いつかきっと押し寄せる、屍の闇に呑み込まれる暗澹たる未来──。
同じ思いを抱いていたソレにとって、ダグの嘆きは心の底から理解できる、自分の心の叫びだった。
悲しみ、怒り、嘆き、絶望……。
そのどれもが心にガツンと響き、ひとつひとつが的確に胸を打つ。そして身にしみるように腑におちていく。
互いに見分けが付かなくなるほど、見事な同調一致を果たすような感覚に、ソレはようやく己の存在意義を思い出す。
気がつけば、わけも分からずただ逃げるようにして暗がりから暗がりへと隠れ、森の中を這いずり回っていた。
本当に何も分からなかった。
自分が何なのか、どこから来たのか、どこへ行くべきなのか……。
何も分からない。ただ、恐ろしい何かに二度と捕らえられないよう、できるだけ遠くへ逃げたかった。
だがもう、逃げるのはおしまいだ。ようやく自分の思いを見つけたのだ。
この嘆きは正しい。
そうだ。その通りなのだ。闘わねば、奪われてしまう。
・・・の森を脅かすモノは、何をもってしても、どんなことをしても、絶対に排除しなければならない。
それは自らが生き残るため。
生きるための大切な場所を守るため。
仲間を、家族を、一族を、何よりもかけがえのない者を救うため──。
『排除……スル』
ソレは這いつくばっていた岩陰から、おもむろに立ち上がると、獣のように低く唸りながら、周囲から無理矢理に力を奪ってゆく。
存在する力を奪い、周囲の草木が見る間に茶色く枯れゆくも、その分、ソレの身にまとう力はどんどん大きくなってゆく。
ソレに黙って付き従っていた者達も、同調して動き始める。
無理矢理奪われて負の気を帯びた力は、ドス黒く濁って禍々しくあったが、そんなことはどうでもよかった。闇を背負ったモノたちがあちこちから立ち上がる。
『排除……。我々と森を脅かすモノは、全て排除スル……』
心に深く響いた慟哭の方向へ顔を向けると、一連の者達は、ザザッと素早い動きで一斉に動き出したのであった。
* * *
それは人をだます者──。
悪魔のごとき姿を偽り、それは人になりすます──。
それは唯一の宝を奪っていく簒奪者──。
〈砂漠の国の物語〉
これは、ここからずうっとずっと西にある、とある砂漠の国の物語。
あちこちの国を渡り歩いて見聞を広めていた末王子が、ある日ふらりと宮殿に帰って来ました。
大事な息子が無事に帰ってきたことを喜び、国王と王妃は盛大な宴を開きます。
おいしい料理を食べながら、末王子は旅で見聞きしたことを話し、国王と王妃は宮殿での出来事を語り、お互いに話はつきません。
「色々な国を見て回ったけれど、この国ほど素晴らしい国はありません。砂漠にありながら、砂に埋もれる事もなく、決して枯れないオアシスに恵まれている。
何もない砂漠にありながら人々は豊かに暮らし、このように贅沢なお料理もいただける。
まるで魔法の国のようです。とても素晴らしいことです」
末王子の言葉に、国王と王妃はもちろん他の王子や王女も、自分たちの国が一番素晴らしいと喜びます。
しかし末王子と一番仲の良かった七番目の王子は、末王子の目が狡猾にまたたいたような気がして、どこか不安な気持ちになります。
「父上。この国が砂に埋もれないのは、神のご加護のおかげです。私は王族として改めて、神に感謝の祈りを捧げたい。どうか礼拝堂の奥で祈る許可をいただけませんか?」
国王は末王子の心がけにいたく感心し、特別に礼拝堂の奥で祈ることを許可します。しかしそれは大きな間違いでした。
怪しんで後をつけた七番目の王子の目の前で、礼拝堂の奥に入った末王子がその正体を現したのです。
ぬめるような緑色の肌に、つぶれた鼻と耳まで裂けた口。みにくい顔を持ち、長い髪を振り乱すバケモノは、なんと! とても大きなゴブリンキングだったのです。
七番目の王子が驚き、恐れおののいている間に、ゴブリンキングは素早く神代の宝器をつかみ取り、あっという間に風のように飛び去ったのです。
宝器を奪われた砂漠の国は、やがて砂に埋もれて消え去りました。
そうして砂漠にありながらかつて豊かに栄えた幻の国として、語り継がれるのみとなったのです。
* * *
淡く光っている絵本の3D画像のページをめくると、一匹のバケモノの挿絵が現れる。
バケモノがしっかりと握っているのは、細長い何か──。
それを眺めながら「宝器──」とつぶやいたのは、赤い蓬髪の持ち主、レッド・ジョーカーだった。
この絵本の画像は、先ほど人間の街からスパイアイが持ち帰ったデータで、なかなか興味深い示唆を含んでいた。
サンプル№128を手に入れてすぐ、人間にデグリスモアの伝承がないかを秘かに調査し、ようやく見つけたのが「ゴブリンキング」と呼称される存在だった。
この砂漠の国の物語の場合、奪われた宝器とは環境調整装置、あるいは大がかりな障壁を展開する装置だろうか。
どちらも超魔導文明ではありふれていたが、国全体に掛けるとなると、それなりの大きさと重量がある。
パッと手に取って持ち出せるものではない。それでも何かを持ち出したというのなら、それは取り外し可能な装置の一部だろうか。
相手の姿に似せる特性を用いて、とはいえ、危険を冒して相手の懐に潜り込み、もしも砂漠の国を栄えさせる、不思議な力を盗みだすつもりだったのなら──。
そうして例えばリモコンひとつを必死になって盗んだとして、結局は思った力は得られなかっただろう。
そのせいで一国が滅んだというのに、ゴブリンキングはなんの成果も得られないのだ。
「双方にとって不幸な話です。とんでもない悲劇。いえ、もしかして喜劇でしょうか?」
「ゴブリンキング」の絵本は他にも違う内容の話がいくつかあった。
光魔術がつかえる魔道士の姫をさらったり、地上における悪魔の類いである魔族と闘い、その力を奪ったり。
共通するのは「なりすまし」て相手の懐に入りこみ、何かを奪い去って行くこと。
そしておそらく見た目だけでなく、その相手とは協調性を発揮し共感している。
つまり相手の望みや希望を察し、話を合わせるのがとてもうまいのである。
共感、同期、振幅──。
レッド・ジョーカーの水槽での処置により、自我のゆるんだデグリスモアたちだが、ここでダグ少年の声に共感をみせた。
あきらかにダグ少年の感情に同期し、同じような振幅で揺れ動いて、そこから独自に新たな活動を始めようとしている。
スパイアイの目を通して観察を続けるレッド・ジョーカーは、おのれの足で立ち上がったサンプル№128のオリジナルに、にんまりと口の端を持ち上げる。
「さて。私のデグリスモア……。いえいえ、ここではゴブリンキングでしたか。
あなたはここでどんな物語を紡ぐのですか? そして誰から、何を盗み出すのでしょうね?」
「クックックック」と笑うレッド・ジョーカーは、愉しげにつぶやくと、手にしていた絵本の3D画像をパタンと閉じた。
逃げだし森の中をさまようバルダララス──。
ダグの叫びに自我の一部を取り戻し、
荒々しく立ち上がる姿を、冷静に観察するレッド・ジョーカー──。
このあとにつづく物語も、淡々と視聴してくれそうです。
次回『39.85名の精鋭とともに』
場面は変わって。
転移問前の待ちぼうけ組に、力強い助っ人が登場します。
その名も、大巫女ザンネ。見参!




