37.第205番備品格納庫
ジュリアロスの森にある神殿の、地下迷宮を探検するヴィヴィアン。
暗くて閉塞的な世界は息が詰まりそうですが、
傍らで輝く光が、ヴィヴィアンを勇気づけてくれるようです。
旧シャンデール宇宙空港、地下2階、第205番備品格納庫──。
かつて空港内の移動に使われた軽車両や、様々な作業車、工事用車輌が格納されていた場所である。
エンドスカルを伴ったヴィヴィアンの地下迷宮探検の、最終目的地でもあった。
「やっとだ。やっと着いたよ。ここで間違いないよね。ああ……。
もう。たどり着けないかと思ったよ……」
ここに至るまでの道のりは、言葉では言い尽くせないほど大変であった。
三千年以上も前の見取図と、現在はかなり様相が異なっていると、あらかじめ予想はしていた。スパイアイの下見でも、崩落や水没がいたる所にあるのは分かっていたのだ。
しかし実際に行ってみると、予想もしない状況にびっくりの連続である。
まさかの床が抜けて下階に落っこちたり、見取図にはなかった新たな巨大空間を発見したり、そこで循環原動力によって無限発生する魔物に襲われたり……。
闇をすみかにしている妖精のイヤガラセを受けて、袋小路で水攻めにされたり、回転岩に延々追いかけられ、ふたり離ればなれになってしまったり……。
どこのアトラクションだと思うほど、スリリングなサバイバル体験をしてきたのだ。
圧倒的な魔力という名のパワープレイですべて押し通してきたが、正直、エルフであるヴィヴィアンと身体強化型の人造生体エンドスカルでなければ、ここまでたどり着くことはなかっただろう。
ここにいるふたりの姿は、満身創痍である。
油断できない暗闇で気を張り詰めていると、気持ちもどんどん荒んでくる。いくらエンドスカルがピカピカとまぶしいほどに明るくても、光源がひとつだと、そのうしろに伸びる影はさらに深く暗いものになる。
不安が強まってくるとヴィヴィアンも光源を出すが、とことん忍び寄ってくる闇はそう簡単に払拭できるものではない。
たたでさえ、一年近い暗闇生活を余儀なくされたヴィヴィアンである。闇はなかば身に馴染んでおり、同時に死と絶望とあきらめが頭の中をよぎる。
もう二度と、ここから出られないかもしれないと思うと、心の深くまで闇が浸食して動けなくなりそうだった。
なにしろすでに、退路は断たれている。
ここへたどり着くまでに、墜落や崩落の憂き目に何度も遭ったのだ。もう同じ道を辿っては帰ることができない。
もちろん、ふたたび力尽くでブチ通る、という方法も最終手段としてはある。だがそれは、それだけのことが成せる元気が、残っていた場合の話である。
「この格納庫はまだ、まともに残っていそうでやんすね。それほど荒れちゃぁ、いないようで」
「あぁ。これだったら例のモノも、期待が持てるよね」
とは言っても、床には分厚いホコリがたまり、壊れて崩れ落ちた壁や備品もある。固く扉が閉ざされていて天井がマトモに残ったのが、比較的キレイに残った理由だろう。
「ここなら索敵もやりやすい。スパイアイ、安全確保だ。
確認がすむまでちょっと一息つくか。ここまでホント強行軍だったしな。我ながら、よくたどり着けたと思うよ」
ひらけた倉庫の中央で、ヴィヴィアンは背負っていた大きなリュックサックを下ろし、そのそばにドカリと座り込む。
その肩から飛び降りたスパイアイ三機は、承知とばかりにチマチマと走り出し周囲に警戒の目を向ける。
「お嬢。だいぶ魔力を消費しやしたね。さぞお疲れでやんしょう」
「あぁ、確かに疲れたよ。だけどお前ほどじゃない。私のワガママのせいで、お前の自慢のボディが、ヨゴレや傷でかなりくすんでしまったな。
しかもその左腕、不具合が出てるんじゃないか? 見せてみろ」
その場に座り直したヴィヴィアンは、こっちへ来いとばかりに、エンドスカルを手招きする。
まさか見透かされていたとは思わず、エンドスカルは少しためらったが、これ以上は隠し通す理由もない。
さらに一回り大きなリュックサックを床に下ろすと、ヴィヴィアンの目の前にひざまずく。
「たいした傷じゃございやせん。心配していただかなくとも、すぐに治りやす」
その腕を取って虹色のホネを見るヴィヴィアンは、こっそりとため息を飲み込む。
「ホネは折れてないようだが、明らかに炎症を起こしているぞ。しっかりと冷やして鎮静剤の投与だな。しばらくムリはするなよ」
そう告げて手早く治療を済ませる。左腕だけ見たら、巻いた包帯が浮いて見えて、なんだかブカブカの腕章を付けたホネのようである。
「まあ、当面はここらが拠点になるけど、それほど危険もないだろう。ちょうどいい、骨休めだな」
「お嬢──。油断は禁物でやんすよ」
エンドスカルの言葉に、ヴィヴィアンは力なく乾いた笑いを返す。
三千年の時を経て、シャンデール宇宙空港は完全にドッキリ満載、ビックリ仰天の迷宮と化している。この備品格納庫もまだ見た目は静かな様子だが、確かに何があるか分かったものじゃない。
「まあ、心配なんてし始めたらキリがないからな。お前も少しは気を抜いたらいいさ、エンドスカル。ライトは出すから。
だから、そのー。またコートを羽織ってくれ──。
いや、これはさぁ。ホント私のワガママだよ。脱げと言ったり、着ろと言ったりしてさぁ。勝手なのは分かっているんだけど、そのだな、やっぱり……その…………」
フンドシ一丁の男(見た目は虹色に光る骸骨魔神だが)を意識すると、申し訳ないやら、ちょっと恥ずかしいやら。
ヴィヴィアンの中にあるかもしれない乙女の部分が、それとなく刺激されるのである。
なぜなら、ホネと心の中で呼んではいるが、実際は透明な肉付けがされていて、それが光るホネの反射を受けて、うっすら輪郭を浮かび上がらせているのだ。
身体強化型だけあって、腹筋や背筋はもちろん、お尻にだって立派な筋肉が付いている。
じっと見てはいけないと分かっていても、どこもかしこも惚れ惚れするような肉体美である。
しかも現在、満身創痍。細かい傷が乱反射して、いつもよりボワッと余計に光って見える。
ついつい目がいってしまうことも、ないことはなかったりして……。
「基本、ちゃんと服は着ていてほしいんだ……。ホントだぞ」
ここが地下で、暗闇でさえなければ、こんな恥ずかしいことは頼まなかったのだ。だが、安定した明かりというのは、本当に心のより所になってくれる。
けれどエンドスカルをひん剥くなんて、地上のヘンタイ三精霊と、やっていることが変わらない気がしてきて、何となく……いや、これが結構へこむのだ。
「気にするこたぁありやせん。お嬢のためなら、一肌でも二肌でも、あたしゃいつでも脱ぐでやんす」
そこで、「ハッ」とか「フンッ」とか言って、ポージングを決め始めたエンドスカル。ヴィヴィアンは恥ずかしまぎれに、エンドスカルのリュックに掛かっていたコートをバサッとやや乱暴に投げる。
「ありがとね、エンドスカル。おかげで救われるよ。ホントにいろいろとね」
気遣いができる有能なAIには、ほんとうに感謝しかなかった。
ふだんは堅物マジメな親分だが、入りこむとその懐は深く本当に頼りになる。
心からありがたく思いながら、魔力で照明をいくつか作り出し、ポイポイとそのあたりに浮かべる。
そしてエンドスカルは、ようやく受けとったコートに袖を通したのだった。
それからすぐに、一匹のスパイアイがエンドスカルの肩にぴょんと飛び乗る。
「お嬢。どうやらお目当ての例のモノを、スパイアイが見つけたようでやんす」
「おっ。見つけたか。いよいよだな。やっとだけど、どうなんだろうな。
なんかドキドキしてくるな。ここまで来て、ただのガラクタだったら……。あぁ。頼むから、それなりにマトモでいてくれよ……」
祈るような気持ちになりながら、立ち上がってリュックサックを背負い直す。エンドスカルもホコリを払って、すかさず立ち上がる。
「なぁに。大丈夫でやんすよ。もしもダメだったとしても、ここまできたかいはありやす。お嬢は運がいい」
エンドスカルの言葉に、ヴィヴィアンもニッと笑う。
「確かにな」
ここへ来るまでに、得られた物はすでにいくつかあった。
どれも今となっては貴重な、古代の超魔導文明の遺産である。
「あたしはなにをお手伝いいたしやしょうか」
「そうだな。とりあえず……エンドスカルは周辺警戒と、スパイアイを使っての帰路の経路探索を頼んだ。
だけど腕を痛めてるんだ。基本ゆっくり休んでいてくれ。くれぐれもムリはしないように」
「了解いたしやした」
「さてさて。それじゃあ、お宝拝見と行こうじゃないか!」
声高らかに告げたヴィヴィアンを先頭に、エンドスカルがつき従い、再び広い格納庫内の移動が始まる。
光を伴ったふたりが遠ざかっていくと、その場には深い闇だけが取り残される。
そして闇よりもなお黒い、ひょろりと長い影が、物陰からそっと顔を出している。
それはクネクネと身を揺らしながら遠ざかる光を見つめていたが、やがてスッと影に引っ込んで姿を消したのだった。
ようやく探し求めた、お宝と対面!
ヴィヴィアンのワクワクは止まらない。
けれど何やら不穏な影がチラついているような……。
次回『38.慟哭と共鳴』〈砂漠の国の物語〉
あふれ出る思いは、誰かの心と重なり、
共鳴して大きく鳴り響き、やがて心のタガが外れたとき、
それは現れる──。




