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36.賢人アスタリオと女神

武官イグノジャーを置いてけぼりにし、

再びジュリアロスの森の転移門(ゲート)をくぐった王族ふたり。


彼らを出迎えるのは大賢者?エリュシオン。

護衛ヒューが背後から見守る中、彼らのまったりとした話が進みます。


そこで改めて、明らかになったこととは──。


「ほう。ではあの転移門とやらにある二体の像は、そなたらの賢人と聖人であったのか。

 ふむふむ。賢人アスタリオに、聖人マロウエとな……」


 ジュリアロスの森の奥深くにある神殿。その先にある野外円卓──。

 昨日と同じ席に着いた王族ふたりを迎えたのは、樹木の精霊〈サン〉とその腕に抱かれし木彫りトカゲの人形エリュシオン。

 そのエリュシオンのおおらかさゆえか、すでにずいぶんと打ち解けたようで、彼らは和やかに話をしていた。


「吾輩の年代測定では千年ほど前に造られたものと出たが、おぬしらの国はそれ以前から存在しておったようだな。思っていた以上に、古い歴史を持つようである」


 優しく木漏れ日が降りそそぎ、心地よい風が吹き抜けて行く。

 うっかりぼんやり過ごしていたら、眠くなってしまいそうな時間が流れていく。


「賢人アスタリオ様と聖人マロウエ様を、エリュシオン殿はご存じないのですか?」


 オットー王子のいつになくかしこまった問いかけに、エリュシオンは「さてな」と首を傾げる。


「ここ三千年ほどは、(マスター)とともに地下で眠っておったからな。その間に地上で起こったことは、吾輩の関するところではない。よってそのような者は知らんな。

 ただ、一夜にして城を造り、道を造り、町並みを整えたと言われておる、その『アスタリオ』とやらには、心当たりがないこともない」


「心当たり、ですか?」

「ふむ。あやつも強力な土属性の魔術を操っておった、というだけだがな」


 その言葉に、となりに座るラナメールの瞳が、がぜんキラキラと輝き始める。オットー王子もついつい前に身を乗り出す。


「では、その方が賢人アスタリオ様だったとしたら、三百年前、なぜ姿を消してしまわれたのか──。思い当たる理由はありませんか?」


 オットー王子に問われ、エリュシオンは「さて、のぉ」と考え込む。


「もしそやつが、吾輩の心当たりと同じ者であるなら、他に興味が移ってこの地を立ち去ったか──。いや、この数千年の長きに渡り、この地に居続けておったのだな。

 ならば何か事情があって身を隠したか。あるいは単純に寿命が尽きたのやもしれんな」


「数千年の寿命──。やはり賢人アスタリオ様は、人ではなかったと?」


「吾輩が思っている者なら、そうであるな。あれはなかなか小賢(こざか)しい人工精霊であった。

 属性から考えると、まだ生きておっても不思議ではない。だが、吾輩が最後に見た時は、かなりすさんだ様子で荒れておったからの……。

 もしかしたら無茶をして、寿命をすり減らしてしまったのやもしれん。

 だがそれも、かれこれ二千年以上は昔の話であるからして──。

 三百年前に姿を消した賢人とは、やはりまったくの別人とも考えられる……」


「二千年以上……」


 とてつもない時間の隔たりに圧倒されて、オットー王子は呆然とつぶやく。


「人工精霊って? 精霊、なんですよね? 賢人アスタリオ様は、精霊だったのですか?」


 そのあたりにたくさん浮かんでいる、ぽよぽよとした光の球を眺めながら、ラナメールが不思議そうにつぶやく。

〈すい〉や〈もく〉のような高位精霊もいるが、彼らが人と関わることはほとんどない。

 だが賢人アスタリオは人々に交わり、親しく言葉を交わしていたという。


「人工精霊は少し特殊なのだ。エルフが作り出した精霊で、そこらにおる自然の精霊と比べると、ケタ違いの能力を持っておる。非常に優秀でなんでもこなしてみせるが、進むべき道を外してしまえば、それは世界にとっての災厄となりうる……。

 まあ、これは人工精霊に限ったことではないがな。どんなものであっても、使い方を違えれば他を傷つける(やいば)となるものだ」


 その言葉にオットー王子は深く考え込むが、ラナメールはぱしぱしとまばたきを繰り返す。


「『黎明の賢人アスタリオ』様は、この国の基礎を作り上げた素晴らしい方だったと、わたしは思います」


 そう言って言葉を紡ぎ始めると、改めてそのことを確信して、ぐっと拳を握りしめる。


「城を造り、街を広げ、様々な智恵をわたしたちに授け、そして何より女神ジュリアロス様の存在を知らしめて下さった。

 身をなげうってこの世界の秩序を守り、人々を教え導き、力を尽くしてくださったのです」


 ラナメールはどうしたら伝わるだろうかと、一生懸命に賢人アスタリオの偉大さを言葉にする。

 聖典に残された彼の言葉のなかでも、特に女神ジュリアロスに関するものは、まるで全てを捧げるべき相手への、愛の告白にも似ている。


 彼のその言葉があったからこそ、ラナメールは女神ジュリアロスが大好きになったのだ。

 女神を取り巻く精霊たちを愛しく思い、そんな女神に恋い焦がれる賢人の悲哀に胸を打たれたのだ。


「わたしたちにとっては誰よりも偉大な、まさに黎明の賢人様なのです。サンデール王国の基礎を築き上げ、ずっと寄りそってよりよく導き、精霊の言葉を私たちに教えて下さった。

 わたしはほんのチョッピリしか話せないけれど、それでも話せるのは、賢人様の教えが残されていたからです。

 二千年前、賢人様が何にお心を痛められていたのかは分かりませんが、わたしたちのために奮闘して力をふるって下さったのは確かなのです。

 今、みながこの国で穏やかに暮らしているのは、間違いなく、『黎明の賢人アスタリオ』様のお陰です」


「つまり、そなたたちにとって賢人は、決して災厄などではなかったと──。そう言いたいのじゃな」


 深くうなずく少女を見つめ、エリュシオンはため息にも似た深い息をもらす。


「なるほど。そうか。そうであったのだな。ふむ。ようやく理解できたぞ」


 エリュシオンは我が意を得たりと、噛みしめるように何度も「ふむ、ふむ」とうなずく。


「なぜ、こんなところにエルフの森があるのかと、気にはなっておったのだが……。

 ()()()()はゆっくりと時をかけて、このエルフの森と精霊たちを、ここまで育てたのだな。さらにこの地に国を開いて小鬼族(スターフィス)に代わるニンゲン──。カルバハルの子らを導いてきたか。そうして成るように事を成してきたのだろう。

 千年……、いや二千年に及ぶ時をかけて少しずつゆっくりと、この世界をこのように整えてきたのだな」


 ふたりにはよく分からなかったが、エリュシオンは何か確信を持ったようにつぶやくと、「フハハハハッ」と声を上げて笑い出す。


「確かに、確かに──。姿を消したあやつが、今どこで何をしておるのかは知らぬが──。

 もしも生きておったのなら、そうして主が目覚めたと知ったのなら、とるものもとらず一目散に駆けつけて、いずれここへ顔を出すやも知れぬな」


 楽しげにつぶやく声に乗って、さあっーと風の精霊たちが駆け抜ける。


『──は、どこかへ行っちゃった……』

『──は、イジワルだけど、ときどき優しい』

『怖くて乱暴、怒りん坊。だけど、──は、みんなを助けてくれる』

『──は、さびしいって。ときどき、ひとり泣いてた……』


 吹き抜ける風の言葉は、ラナメールには半分も分からない。

 だけど耳にしていると、胸の奥がズンッと切なくなってきて、なぜか勝手に涙が溢れ出してくる。


「わたし、賢人様とダグは似てるって、そう思っていました。ダグは魔力階位がすごく高いから。

 わたしたちにはできないような凄いことを、いつかきっとやってくれる。そのうち賢人様のようになるんじゃないかって、そう思っていました」


 涙にぬれるラナメールの顔をながめ、エリュシオンが何かささやくと〈サン〉はポケットからさっとハンカチを取り出す。

 差し出した先は、なぜかオットー王子だった。

 思わず受けとってしまったオットー王子だが、ハンカチと〈サン〉との間で視線を動かすだけで、隣のラナメールの顔を見ることができない。


 そのラナメールはズピーッと盛大に鼻をすすり、涙ながらに訴える。


「らけどっ、それは間違ってましたっ。わだじっ、やっぱり賢人アスタリオ様のこと……」


 そこでスウッと胸いっぱいに息を吸い込むと、思いを叩き付けるように一気に吐き出す。


「大好きですっ!」

「う、なっ。お前というヤツは! いきなり、何を言ってるんだ?」


 オットー王子が赤くなって声を上げる。

 けれど、となりのズピズピの顔を見ると、もう仕方がないと慣れない手つきながら、渡されたハンカチで涙を拭いてやる。

 ラナメールはされるままに涙を拭かれていたが、やがてそのハンカチを奪い取ると、自ら鼻をチーンとやり、さらに話し続ける。


「賢人アスタリオ様は女神様のことが大好きで、気の遠くなるような時間、ずっと女神様のことを思いながら、ひとり献身し続けてきたんだわ。

 いいえ、きっと。愛する人のために……。深く愛するがゆえに、献身し続けずにはいられなかったのよ。そして実際に数多くのことを成してきた……」

「ああ。そうだな。そうかもしれないな。それで、何が間違っていたんだ?」

「わたし、ダグのこと何も知らないの」

「はぁ?」


 いまさらながらの発言にオットー王子はあきれて声を上げたが、途方に暮れたようにラナメールは肩を落とす。


「女神ジュリアロス様や賢人アスタリオ様のことなら、何時間だってずっと話していられるのに……。ダグのことで話せること、ほとんど何もないの。

 あの子の好きな歌も、好きなオヤツも、好きな本も、何も知らない。

 なのに、あの神秘的な見た目と階位の高さだけで、愛と献身の賢人様に似ているって決めつけていたの。とても失礼なことだったわ」

「それは……。そうかも、しれないが……」


「わたしはダグと話がしたいの。何を思っているのか、何を感じているのか。仲良くなれるのか、なれないのか、それは分からないけど、きっと仲良くなれたらうれしいと思う。

 信用されてなくて、どうとも思われてなくて、でもわたしがそうしたいの。

 そしてダグがどうしたいのか聞いて、わたしも……。そう。わたしのやりたいことをするわ!」


 今、決意したとばかりに、赤くうるんだ瞳にキッと力を込めるラナメールに、オットー王子はなんだか嫌な予感がしてくる。

 けれどしかたなく、(おのの)きながらも話の先を促す。


「やりたいことって……、何をするつもりだ?」


 ラナメールはキラキラとした笑顔で振り返り、力強く宣言する。


「わたし、ここで暮らす。ここに住んで女神様にお仕えしたいの。

 それから精霊の言葉を覚えて、エリュシオン様にいろいろなことを教わって……。そして、そしてね。

 わたしが森と王家をつなぎたい。女神様と王国の新しい架け橋になるのよっ!」


 鼻息も荒く立ち上がり、声高に宣言するラナメール──。

 その姿はいつだって突拍子もなく想定外で、けれどためらいもなく当然のように、さらにその一歩先へと進んでいく。


 その度にオロオロしながら、羨望とあこがれを持って、まるで自由で美しい翼を持つかのような、そのまぶしい背中を眺めていた。

 だが、オットー王子とて、いろいろなことを考えているのだ。

 いつまでも負けてなどいられない──。


「だったら、ボクだって──。ボクだって、ここで学びたい! そしてここで……」


『ダメダ! 城に帰れ!』


 鋭くカン高い声が、オットー王子の言葉を遮るようにして、その場に響き渡った。

 はげしい拒絶の意志のこもった言葉に、その場は水を打ったように静まりかえった。




エリュシオンとの話ははずみ、いろいろな希望が出てきます。

これからの展望に張りきるふたりは、目を輝かせますが……


「帰れ!」──


響く言葉には悲痛な叫びが込められていて……。


次回『37.第205番備品格納庫』

地下迷宮探検中の、ヴィヴィアン登場。

なかなか大変な環境を乗り越え、ようやく目的地へと到着!

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