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35.波乱のきざし

3579年の生き残り組の問題児──。

赤い蓬髪、第三のAI、偏執狂(パラノイア)、と呼び名は多々あれど、

本業の医者は開店休業中のレッド・ジョーカー。

代わっていつの間にやら、ご奉仕を始めたようですが……。


 深く暗いジュリアロスの森の夜が明ける。

 空が明るく白み始めてしばらくすると──。


 神殿の台所にある大鍋のまえに立ち、「フン、フン、フフーン」とご機嫌で鼻歌を口ずさむ、割烹着姿のひとりの人物がいた。


 やや背を丸めて鍋の中をのぞき込むその顔は、真っ赤な蓬髪でほとんど見えない。

 だが、時折「クックックックッ」と肩を揺らして笑う姿は、何も知らない者が見ると、まるでおとぎ話の魔女そのものである。


「姫がいないと、お料理にもイマイチ張り合いが出ませんが、カワイイかわいいダグ少年のためですからねぇ。

 彼には是非とも、早く立派にぐんぐん成長してもらわないと──」


 煮込まれる鍋の横では、長い串に刺さって火にあぶられる肉があった。

 トホホ鳥の厚切りモモハム──。ジュッと脂が垂れてきたものをサッと皿に移すと、煮豆の粗潰しに刻んだナッツとドライフルーツを混ぜて、特製ドレッシングでポッテリとあえたサラダを添える。

 さらに香木チップで軽くスモークした半熟卵を半分に割り、トローリと垂れる黄味をソースにする。

 彩りに胃腸の調子を整える緑の葉っぱを添えて、チンチャードワーフが持ってきた新鮮な桃を丁寧に剥いていく。

 食べやすく見栄え良くカットし、それを手際よく別皿に並べていく。


 できあがった黄金色のあっさりとした野菜のうま味たっぷりのスープを器によそい、小麦の香りが香ばしいホカホカの焼きたてバゲットを乗せたところで、「できた♡」とばかりにニンマリと口の端を持ち上げる。

 それから卓のすみにあったベルをチョイと摘まむと、チリンチリンと優雅に鳴らす。


 そこへ現れたのは大樹の精霊である〈サン〉。

 大きな若葉色の瞳をぱちくりさせて、卓上の今朝のゴハンを見つける。そうして「わかった」とばかりにうなずくと、慎重な手つきでワゴン台に移していく。


「ええ。今朝もバッチリ、完璧な栄養計算です。残さず全部食べるように見張るのですよ。

 特にその緑の葉っぱ──。絶っ対に、食べてもらうのです。消化を助けて、胃腸の調子を整えてくれますからね。

 あとは、しっかりと時間をかけてよく噛んで、最低でもひとくち30回は噛むように。

 もう一度繰り返しますが、お残しは禁止です。絶対に許しませんからね」


 口元だけでニンマリと微笑むレッド・ジョーカーに、〈サン〉はコクコクとうなずく。

〈サン〉には栄養計算も、ついでに味というものもよく分からない。

 食事をしないのだから分からないのも当然だが、レッド・ジョーカーのお料理が、見た目にとてもキレイなのはなんとなく分かる。

 これをオイシソウだと、ニンゲンは感じるらしい。


 このオイシイ朝のゴハンをダグの元に運んで、お残ししないよう見張るのが〈サン〉の役目だった。

〈サン〉はワゴンを慎重に押しながら、「お残しキンシ、30回……」とつぶやき台所から出て行く。

 レッド・ジョーカーはゆったりとその後ろ姿を見送る。


 それからサッサと台所の片付けを済ませる。

 見えざる手が縦横無尽に飛び回り、鍋や皿や包丁はまるで空を舞うようだ。

 そうして洗われ拭われ、あるべき場所に流れるようにしまわれていく。

 まさに魔法使いのごとき、その手腕である。


 それから「さて」とばかりにお手製の割烹着を外すと、真新しい白衣に袖を通す。

 その裾をさっそうとひるがえし、向かった先は森の中──。


 見上げるほどの巨石が崖のように並び立つ、ジュリアロスの森の一区画。

 そこには黒々とした闇をたたえる空間があった。


 巨石と巨石に挟まれ、見つかりにくい場所に隠されるようにそれはあった。

 朝の清々しい木漏れ日が射す森の中では、否応もなく不自然に真っ黒な領域である。


 それにためらいもなく近づくレッド・ジョーカーだったが、ふと何かに気付いたように足を止めた。

 それから辺りを見渡す。


 ──光のさす穏やかな早朝の森。

 清々しい空気と、まだ夜露も乾ききらぬ、しっとりとした草木の葉。

 やわらかな風がそよそよと吹いて、それらをかすかに揺らしている。


 前方の黒い壁のような空間以外、一見、何も変わったことなどなさそうな周辺の様子に、何か考え込むように首を傾げる。


「……おかしいですね」


 見張りに付けておいたスパイアイが、出迎えに来ない──。


 疑問を抱いた途端、違和感はどんどん大きくなっていく。

 人造生体(アバタノイド)の視界モードを変更すると、それによって見えてくるものがある。脳内で検証される、現在と昨日との違い。


 それは踏みつけられた下草、先の折れた小枝、見覚えのないかすかな足跡、それも複数が通り過ぎた痕跡──。

 わずかな違いがどんどん叩き出され、焦燥感がつのってゆく。


 少し先にある茂みの枝に、その視線が向けられる。

 決定打となるそれは、引っかかったようにぶら下がり、風に揺れる人工物──。

 それは足がもげ落ち、いびつな形に歪んで完全に動かない、一機のスパイアイだった。


 早足で近づき、手に取って確認する。記憶データを読み取るまでもなく、その不安は確信へと変わっていく。


 この区画はデータアクセス不可領域なので、すぐさま詳細を調べることはできない。だが恐らく、かなりまずいことになっている。


「ああぁ。まさか、まさか、まさか……」


 走り出したレッド・ジョーカーは、まっしぐらに真っ黒な塊に飛び込み、しゅるりと吸い込まれるように中へ入っていく。

 外観は闇を塗り込めたように真っ黒だったが、その内側には真っ白い世界が広がっている。そこにあるのは、無機質な世界に林立する27本の水槽……。


 そのはずだった。


 レッド・ジョーカーはポカンと口を開けて、27本目の水槽があった場所を見つめる。

 サンプル№128のオリジナルである、バルダララスが入っていた水槽は、ガラスに大穴が開いて割れていた。

 周辺の床は水槽の液がこぼれて水浸しになり、割れ砕け散ったガラスの破片が散乱している。

 そしてその中身であったものは、どこにも見当たらない。


 部屋のあちこちを確認するが、ほかの水槽も倒され壊され、その中身は全てカラッポだった。

 水浸しの床をピチャピチャと移動し、カケラをどけて苛立たしげに蹴り飛ばし、どこに隠れているのかとあちこち見て回ったが、何度見てもどこにも何も、一匹たりとも中身がいない。


 ふと上を見上げると、ただ真っ白な天井が小刻みに震え、ぽっかりと青空がのぞける穴を修復しようとしている。


 その穴の先は外界。

 よく晴れた青空と白い雲。そしてなかば覆い被さるようにある、外の大岩の岩肌が見えた。


「まさか、まさか、まさか……。に、げ、ら、れ、たぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ここへ来て、ようやく事態の把握にいたったレッド・ジョーカーは、一気に青ざめる。

 ガニ股になって頭をかきむしり、「あぎゃあぁぁぁ」とわけの分からない叫び声を上げて、ジタバタと足を踏みならす。


「マズい、マズい、マズいでしょ……」とひとりブツブツとその場でつぶやきはじめる。


「……密かに回収できなければ……、いえ№128の限界保持の特性からして、深度のかさ増し歩合をα曲線に則りSに達したと仮定した場合、……の飽和状態から遺伝子情報の劣化係数を逆算んんん……」


 レッド・ジョーカーはサンプル№128の状態を予測し、改めて周囲の状況に目をやって考え込む。


 最初に水槽を破戒したのは、ガラスの飛散具合からして十中八九、№128に違いない。

 そこに散らばるのは、おいそれと破壊されるはずもない強化ガラスの破片。

 管理水槽に目立った劣化や破損がなかったことは、使用前に確認済みである。

 一体どれほどの力が掛かれば、このような状態になるのか……。


 原動力供給が心許ない夜間であれ、キューブの強度も充分だったはず。

 なのに天井を破戒し、これほどの大穴を開けるなど──。


「ありていに言って、バケモノの爆誕、ですねぇ」


 強引にデグリスモアの特性を解いて、その引き金を引いたのはここに立つレッド・ジョーカーだった。

 デグリスモアの特性はその形態の多様性と親和性にあるが、複雑かつ精緻な模倣が成されると、後戻りが難しくなる。

 長い時間をかけて人間と混じり合い、もはや人間以外の形態変化は部分的にしかできないハズだった。


 それを強引に解きほぐして原始の姿に戻し、本当なら様々な研究に使いたかったのだ。

 だが、サンプル№128のオリジナルだけは、原始の姿に戻る前に、想定外の何かに変化した。

 強化ガラスを内側から破るほどの、恐ろしい力を秘めた何かに変化したのだ。


 だが集団で逃げ出したところを見ると、仲間意識は失っていないらしい。

 エルフに対する恐怖心はしっかり組み込まれている。だからある程度の意志を持って行動しているが、今はここから逃げるのに必死、という状態だろう。

 今のところは……。


 それも何がきっかけで、こちらに攻撃の矛先を向けるかは分からない。

 精神的に不安定な状態が続けば、見境のない殺戮がはじまるかもしれない。

 そうなったとき、一体どれほどの特性を発現し、周囲を恐怖に落とし込む生ける凶器となるのやら。


 この広大な森の一部は枯れ果て、あるいは焦土と化すかもしれない。

 だがそれは、レッド・ジョーカーの知ったことではなかった。

 エリュシオンとヴィヴィアンが無傷ならば、他はまあ大抵のことはどうだっていいのだ。


 何よりも大事なのは最後にして最高の存在。この世界に残された唯一無二の至高のエルフのみ。

 けれども──。


 その美しい黒い瞳が、荒れ果てた森の姿を写し、悲しげに曇らせる様を、ふと想像する──。

 あのお人好しなエルフは、なんでもないフリをしながら、それでも結局、何とかしようと動きだすのだ。

 時には自分の命がギリギリの自己犠牲さえいとわずに──。


 レッド・ジョーカーは苦悩するように、ただ無言でガリガリと蓬髪をかきむしる。

 その手を止め、ふと大穴の向こうに広がるきれいな青い空を眺める。


「そうですね。まあ、いいでしょう。これも想定内です」


 ポケットから取り出した手のひらには、壊れたスパイアイの残骸が乗せられる。

 見えざる手がその緻密な機構の内部に入り込み、損傷した個所を修復していく。

 歪んだ外殻が押し広げられ、抜け落ちた足が再び接着される。


 疑似神経をつなぐと、スパイアイのそのひとつ目に、やがて光が戻ってくる。

 つながった足が動きを確認するように動き、その手のひらで立ち上がる。


 さっきまでただの残骸だったものが、完全復活を果たしていた。まるで何もなかったかのように、大きな瞳を収縮拡大させ、キョロリとレッド・ジョーカーを見つめる。


「すべては患者のため。私のいとしい患者のため。私の姫が心身ともに健やかに過ごせるよう。逃げだしたサンプルを追いかけ、見張りなさい」


 最後に冷めた声でそう告げると、ぴょんと一気に高くジャンプしたスパイアイは、空いたままの天井から外へと出ていく。

 その姿を見届けると、やがてレッド・ジョーカーはみずからも、壊された水槽の残骸が散らばるばかりの白い部屋をあとにする。


 白々しいほど明るい朝日の射す森に立つと、差し出した右手の上には背後の巨大な黒い壁が収束し、コロンとした小さな箱になる。


 それをそっと白衣のポケットにしまうと、赤い蓬髪の主はまた鼻歌を歌いながら、しかし何となく気もそぞろな様子で、神殿への帰路へとつくのであった。




高度魔道文明を極める、知性と英知の結晶のはずが、

なぜか問題しか起こさないレッド・ジョーカー。

とんでもないモノを、森に解き放ってしまった──。


次回『36.賢人アスタリオと女神』

それは3000年の時を超える、壮大な愛と献身の物語。

ひたすら尽くして悲恋に身を焦がす、

ひとりの精霊(おとこ)の純愛──。

──たぶん?

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