34.転移門と武官
再びダグに会いに行くことを決意したふたり。
夜更けの話し合いで、オットー王子は何かと吹っ切れたもよう。
朝イチから武官たちとの話し合いも淡々と進め、
次々と決断を下していきますが……。
そうして翌日の早朝──。
「これは一体、どういうことだっ!」
転移門に武官イグノジャーの怒声が響き渡る。
王族ふたりは、あ然としてその光景を見つめていた。
朝のうちに、武官イグノジャーをはじめとする周囲の者を説得し、オットー王子はジュリアロスの森の探索に出ることを押し通した。
これは王族にしかできない。ここを訪れた王族の役目だった。
ダグが女神に保護されているかもしれないのだ。その確認と今後の方針を見定めなければ、森は本当に恐ろしい場所になるかもしれないと強く説得した。
すると武官イグノジャーも護衛として手を挙げ、当然のように選抜した兵も連れて行くといい出す。
だが、森を刺激してはならないと、オットー王子は警告する。
武器を携えた集団は、バルたちのように捕らえられてしまう可能性があるためだ。
それならせめて武官だけでもと、随行を許可したのだが……。
まさかの事態だった。武官イグノジャーが転移門を越えられないのだ。
王族と一緒ならば通れるはずだった。実際バルたちは問題なく通れたのだ。それができないとは思わぬ事態だったが、まさかそれがこれほど面白い光景になるとは、誰も思わなかった。
オットー王子は渾身の精神力でもって真顔をたもっていたが、なけなしの腹筋がプルプルと震えている。
となりに立つラナメールは「あら、まあ」と声に出してつぶやき、悪気なく疑問を口にする。
「武官! 武官は何もよこしまなことを、考えていませんよね? だったら……。
もしかして、その大剣が良くないのかも。精霊は武器を好みませんから」
いわれて武官はしばし迷ったが、背負っていた大剣を部下に預け、今度こそ、とばかりに転移門へと向かっていく。
しかし入ったのと同時に、差し入れた腕は転移門のこちら側へ突き出ている。
先に転移門に入った王族ふたりの背後では、バカにしたようにぷよぷよと浮遊している精霊たちがいた。
挑発しているわけではないのだろうが、武官が通るタイミングで、転移門を出たり入ったりしている光の玉がいくつかいるのだ。
それを睨みながら顔を突っ込むと、目に映る景色は心配そうにこちらを眺めている兵たちの姿。
転移門に入ったはずの体は、なぜかその奥へと進むことができず、すれ違うかのように元の位置に出てしまう。何度試そうと、なぜか入ることができなかった。
途中で後戻りしようと、後ろ向きに入ろうと、さらには一度戻ったラナメールに手を引かれ入っても、スルリと入れ違って武官だけが入れない。
「どうしてかしら? そうだわ、武官。顔がコワイのです。もっと気楽な感じで、明るく楽しいことを考えながら入ればいいのでは? たとえば……。
そう。踊りながら入ってみるとか?」
途中から兵たちの間でも、腹筋を揺らしながら表情筋を殺すという、ひそかなガマン大会が始まっていたが、この発言はいただけなかった。
踊りながら転移門に入っていく武官──。
何の踊りだか知らないが、想像しただけで、その屈強なはずの腹筋崩壊があちらこちらで続出する。
「ぷっ」と誰かが吹き出せば、笑いのウエーブはたやすく伝播する。それでも必死にこらえて、鼻の穴を膨らませて、ギリギリ声には出さない。
だが、とっさに口を押さえる者、腹を押さえる者、うつむく者──。みな小刻みに肩を震わせ、涙目である。
武官は顔を真っ赤にしてお怒りだった。
これほどの無様をさらしながら、入れないことにお怒りだった。
踊り……、こそはしなかったが、それで諦めたりはしなかった。
体当たりしてみて、飛び込んでみて、転がってみて、殴りかかってみて……。
最終的には、大剣を取り戻して転移門に斬りかかり、ブンブン振り回して突撃してみせたのだが、武官が入れるような予兆もなく、大男がひとり暴れ回るだけであった。
そこまで行くと、やがてそれもだんだん見ていられない光景へと変わっていく。
みかねたオットー王子が、武官イグノジャーを止めた。
「イグノジャー、ここまでとしておこう。今日はもういい。お前は残れ」
「しかし殿下……」
あきらめきれない武官……。
その目はふたりの背後に佇む、目立たない凡庸な男をにらみ付ける。
「なりませんぞ。そのような得体の知れぬ者ひとりに、殿下と巫女殿をお守りできるとは、とうてい思えませんっ!
大体、なぜそいつにできて、オレには越えられぬっ! そんなはずがあるか!
私めがこの門を越えられるまで、どうか森の探索はお引き伸ばしくださいッ!」
にらみ付けられたヒューは、とっくに転移門を越えており、決まり悪そうにしている。
武官イグノジャーは訴えるが、オットー王子は取り合わなかった。
「ヒューは私たちふたりを連れて帰ってきたのだ。おまえにとやかく言われる筋合いはない。
それにもう迎えは来ているんだぞ。いつになるか分からんことに、これ以上の時間を使うつもりはない」
その言葉に武官イグノジャーは、グッと言葉につまり、うなだれる。
その背は小さく丸くなって、ドンヨリとした悲哀がにじみ出ている。
「武官、大丈夫ですよ。武官がいなくても、ちゃんと暗くなる前には戻ってきますから。安心して、待っていてください」
「イナクテモ、ダイジョウブ……」
その言葉に、さらにドンドン、ドンヨリ~と落ち込む武官だが、もう構っているヒマはなかった。
ふたりとヒューが転移門を越え、武官ひとりが七転八倒している間に、昨日と同じ高位精霊ふたりと鉄の魔物が迎えに来てくれたのだ。
木の精霊は明らかに退屈そうな顔をして待ちくたびれており、水の精霊はヒトを射殺せそうな剣呑な視線を、ギンギンと武官に向けている。
その圧力に追いつめられて、武官イグノジャーは進退窮まっていた。
「あとのことは頼んだ。それでは行ってくる」
「行ってきます!」
カリスノーウやナナクロ、その他の兵士達に手を振ると、あきらめの境地に到った一行は一斉に見送りの姿勢を正す。
「お、お待ちください! 殿下っ!」
そんな中でもうひとり、諦めきれないカリスノーウが、最後のチャンスとばかりに転移門に飛び込んだが、結果は武官の二の舞だった。
すれ違うように転移門から出てしまい、振り返って呆然と去りゆくオットー王子を見送る。
「殿下っ!!!」
「オットー王子っ!!!」
男たちの叫びが響き渡る中、鉄の魔物の肩に担がれたふたりは最後に手を一振りすると、もう振り返りはしなかった。
また高見から森を観賞しながら、女神の神殿へと向かったのであった。
* * *
こちら側に残された者達は──。
その後ろ姿がかき消えても、しばらくそのまま動かない。
武官イグノジャーは何か飲み込みがたい物を、無理に飲み込んだような顔をしている。
だが、不意にパンッと両手を膝に打ち付けたかと思うと、その場にどっかりと座り込む。
そしてクワッと眼を見開き、一心に転移門をにらみつけると、そのまま一塊の大岩となったかのように動かない。
指揮官が動かないので副官があれこれ采配し、やがてそれぞれが持ち場に戻ると、その場からは人が居なくなる。
ナナクロも残りたかったが、初夏の日差しが照りつける場所でずっと帰りを待っていられるような体力はない。文官であるカリスノーウにしても同じようなものであった。
武官以外でただひとり、転移門に挑んだカリスノーウだが、通り抜けられる自信があったわけではない。
武官が抜けられないなら、カリスノーウも抜けられない可能性はあった。
だがオットー王子の筆頭侍従として、手をこまねいていたと、そしりを受ける訳にはいかなかった。
そして、もしかしたら自分なら抜けられるのでは? と実はひそかに期待していただけに、まさかの結果に内心ではかなり落胆していて、思いがけないショックを受けていた。
そんなカリスノーウの内心を知ってか知らずか、ナナクロがその肩をなだめるように叩いて宿舎へと促したのであった。
転移門の見張り役のみが気遣わしげに、動かない武官を遠巻きに眺めている。
ときどきナナクロや副官が、軽食や飲み物を差し入れるが、武官はそれに手を付ける様子もない。
それどころか返事すらなく、全くとりつくしまもない。
だんまりを続けて、ただひたすら転移門をにらみつけていた。
そして、また新たな足音が、武官イグノジャーの背後から近づいてくる。
その重い衣擦れと共にある足音は、ナナクロともカリスノーウとも違う。
重厚な威圧感を伴った不穏な気配に、武官イグノジャーの心拍が急にドクリと跳ね上がる。
反射的に身構えるも、下された口撃の方が早かった。
「こんな所に座り込んで、何をすねておる! この、バカモンがぁぁぁぁっ!!!!!」
腹の底から絞り出したような怒声に飛び上がり、半身をひねって背後を振り返った武官は戦慄する。
いや、この時ばかりは武官の仮面が外れ、ただのイグノジャーの顔になってしまう。
目を見開いて盛大に驚きながら、わずかに怯えをにじませ、怒声の一撃を放った相手を見上げる。
「ね、ねぇちゃん……」
戸惑いを含むそのつぶやきを、豪奢な魔石の埋められた杖が苛立たしそうに受けとめ、うなりを上げて容赦なく振り下ろされた──。
……なんか、いきなり怒鳴られ、
殴られて、しまったような?
踏んだり蹴ったりの武官イグノジャー……。
次回『35.波乱のきざし』
さて、問題が発生しました。あなたならどうする?
1 あわてすぎて凍り付く
2 パニクって、ガニ股で踊り出す
3 あきらめてトンズラする




