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32.王族の失踪と帰還

転移門前の陣営に帰って来たふたり。

けれどお出迎えする方はてんやわんやです。

何しろ高貴な王族ふたりが、突然いなくなり、大騒ぎだったのですから……。


 その日の朝、オットー王子と巫女ラナメールがいないことに気付き、転移門前の陣営は上よ下よの大騒動になっていた。


 まず最初に、転移門前の地面に昏倒している武官イグノジャーが発見された。

 ただの酔い潰れとも思えたが、武官の酒豪っぷりはだれもが知るところである。

 肩を叩いても目覚めないことに違和感を感じながらも放っておけず、担架を使って宿舎まで運び込まれたのであった。


 それからオットー王子とラナメールの姿がないことが発覚する。

 ラナメールには置き手紙があり、ナナクロがそれとなく探していたのだが、「殿下がいない!」とわめくカリスノーウによって騒ぎが大きくなっていく。


 そしてようやく武官イグノジャーが目覚め、分かったことは、オットー王子の私的護衛を務めていた者たちが、全て姿を消している、という事実だった。


 兵士たちの多くが酔い潰れ、事態が発覚するのに時間が掛かったのも、ならず者にも等しいあの護衛らが、酒に一服し込んだからのようだった。

 そうして王族ふたりを、さらったのではないかと思われたのだ。


 営利目的か、怨恨か、政治的理由か──。


 すぐさま兵士達を叩き起こし、総員であたりを捜索する。同時に馬を走らせ、街道の要所で検問に当たらせる。

 目覚めた武官イグノジャーも、すぐ陣頭指揮に当たる。そして気付いたことがあった。


 最後に彼らを見た場所──。

 転移門の近くに留められていた、馬車の(わだち)である。

 よく見なければ分からないほど微かに残るその跡は、真っ直ぐ転移門に続いている。


 しかしその跡をたどって転移門をくぐっても、武官イグノジャーたちがジュリアロスの森に入ることはできない。

 門をくぐったはずなのに、気がつくとジュリアロスの森を背にして、転移門の前に立っている。

 入ったつもりが、なぜかすぐに出てきてしまうのである。


 王族であるオットー王子やラナメールと一緒であれば、恐らく入ることができる。しかし今ここには、他に王族に当たる者はいない。

 他の王族を連れてこなければ、武官イグノジャーやカリスノーウ、ナナクロたちではジュリアロスの森へ入って、ふたりを探すことはできなかった。


 よって転移門は見張ることしかできない。

 あとはその轍跡も偽装である可能性を考えて、他をくまなく探すしかなかった。


 そうして懸命な捜索が続き、昼過ぎに差し掛かった頃だろうか──。

 転移門の向こう側がふいに揺らめき、驚く兵士達の前に、それは姿を現わしたのだった。




 普通の人間は一生のうちでも、精霊の姿を見ることは滅多にない。

 なぜなら、そこに存在しても低位だと感じ取れることは希で、高位精霊だとほとんど人と関わることがないせいだ。

 よっぽどのことがないかぎり、普通の人間が精霊の姿を見ることはない。


 しかし目の前に現れたソレは、息を呑むほどの神秘的な美しさにつつまれ、あたりを払うような厳かな気配を放っている──。

 どうみても高位精霊だった。しかもふたり。

 水の精霊〈すい〉と、木の精霊〈もく〉である。


 そんな偉大な高位精霊に挟まれているのは、黒々とした巨大な鉄の魔物だった。頑健な装甲は厳めしく黒光りし、赤い瞳が不気味な様相で周囲を見ている。

 精霊が従えているのでなければ、恐怖のあまり弓矢を射かけていたかもしれない。


 しかし、兵士達がそうしなかったのは、さらにその両肩に、朝から探し求めていた王族の子どもたちが、それぞれ一人ずつチョコンと乗っていたためであった。

 言わずと知れた、オットー王子とラナメールである。


 転移門の向こう側──。

 魔物の肩に乗ったままのラナメールと、水色の高位精霊が、何か親しげに言葉を交わしている。

 反対の肩では、オットー王子にしなだれかかるように、緑色の高位精霊が腕を回して抱きついている。

 いやにピッタリとくっつかれているせいか、オットー王子の顔は真っ赤だ──。


 息せき切って駆けつけた武官イグノジャーは、その光景を目にしてア然とする。

 要領を得ない部下の報告に、何が起こったのか分からないまま完全武装で駆けつけたのだが、自分の目で見ても信じられない光景だった。


 カリスノーウとナナクロも遅れてたどり着き、声も出せずにその光景を眺めている。

 大声を出してふたりの名を呼びたかったが、精霊と魔物の存在がそれをためらわせた。


 精霊の不興を買ってはどうなるか分からない。子どもたちはまだ転移門の向こう側だ。

 下手なことをして何か起きても、こちらから手を出すことができない。


 ジリジリとした焦燥を感じながら黙って見守っていると、オットー王子がこちらに目を向ける。あちらからも見えたのか、武官イグノジャーともバッチリ視線が合う。

 慌てふためいて緑の精霊を押しやり、水色の精霊とのおしゃべりに夢中になっているラナメールに何か告げて、こちら側へと注意を促す。


 そうしてようやくラナメールもこちらに気付いたようで、ハラハラしながら立ちつくしているたくさんの大人たちに、ギョッとした様子である。


 精霊たちも少し離れて、優雅にふたりの周りを飛び、鉄の魔物は子どもたちをそっと丁寧に地面に下ろした。

 そうして名残惜しそうに森の住民たちに手を振ると、王族ふたりはようやくこちらに向かって歩き出すのであった。


 オットー王子がラナメールの手を引き、力強い足取りで転移門をくぐってくる。

 その背後にはヒューの姿もあったが、誰も気にしてはいなかった。


 背後の景色がゆらりと揺れると、もうそこには高位精霊と鉄の魔物の姿はない。

 ふたりが無事にジュリアロスの森から帰還したことを知ると、武官イグノジャーはその体躯をかがめサッとその場にひざまずいた。


「よくぞ、ご無事でお戻りになられましたっ!」


 感極まったような武官の声が響く。

 王族のみが転移門をくぐれるという話だった。

 だが、実際にそれを目にし、さらに高位精霊と親しげに話す姿をあのように見せられては、いつも以上に、ふたりに対して畏怖の念がわきあがってくる。

 他の者達も一斉にひざまずいていた。


 オットー王子はその前で立ち止まると、鷹揚に「うん」と応える。


「みなの者! 出迎え、大義である!」


 堂々と立つ王子の後ろに、ラナメールはすこし隠れるようにして立つ。そこからちょこんと顔を出し、周囲の反応をおずおずと窺う。

 ヒューはさらにその背後で、みなと同じようにひざまずいた。


「みなに黙って出かけて悪かった。だが、われらは偉大なる精霊により、ジュリアロスの森に導かれたのだ。

 詳しいことはあとで話すが、女神の使徒と出会い、ともに語らうことができた。そこで意義のある交遊があったとだけ、ここでは伝えておく」


 そう告げると、周囲にはざわっとした空気が広がる。

 先ほどの光景を見た者であれば、王子の話を疑うべくもない。しかし戸惑いも大きかった。


 なぜならここにいる者達は、森で「悪しき者が目覚めた」と、聞いていたのだ。

 そのせいで森から魔物があふれ出て、王都まで押し寄せるという話もあったのだ。

 それを確かめ、食い止めるために、ここに兵が派遣されたのである。


 けれど王子は、女神の使徒と話をしたという。意義のある交流を持てたなら、それは悪いことではないのだろう。


 では目覚めた「悪しき者」とは何なのか──。

 様々な憶測が飛び交うが、王族と精霊が良好な関係を持てたのなら、それはひとつの安心材料には違いない。


 すぐに一連の騒動のための、事態の収拾が始まる。

 王都に向けて走らせた、王族ふたりの失踪の一報に続き、無事発見の知らせを走らせる。


 オットー王子はそのまま、別段、悪びれる風でもなく、堂々と武官の前に立つ。


「心配を掛けたな、イグノジャー。それにカリスノーウ、ナナクロ。

 説教ならいくらでも聞くが、今は少しつかれた。正直なところお腹も減ったし、ラナメールと共に少し休ませて欲しい」


 こちらも大変だったのだ、という様子を滲ませ、オットー王子はため息を漏らす。

 実際、色々とひどい目にあったし、考えることも多くて、本当に疲れを覚えていた。


「わかりました。ですが殿下、これだけは伺いたい」


 ごまかしを許さない武官イグノジャーの鋭い視線に、オットー王子も一瞬、真顔になる。


「あの者ども──。殿下の私的護衛らは、どうしました」


 そのセリフに、オットー王子は不機嫌に口元をゆがめる。

 思い返すと苦々しい気持ちがぶり返す。今はまだ言いたくなかったが、武官とバルがやりあった、あの未明のできごとのこともある。


 あの時、武官イグノジャーによって、首を落とされたはずのバルもまた、姿を消したのだ。

 武官としては絶対に見過ごせないだろう。


「やつらは全員、森に捕縛された。女神の使徒がそう告げた。

 そこのヒュー以外は、どうなったのかわからない。だが……」


 オットー王子は少し言いよどんだが、武官イグノジャーの食いつくような視線に押され、その先を続ける。


「今はまだ生かされていて、森のために有効活用されるそうだ。──これはボクの考えだけど、たぶん、森に食われるんだろう」

「森に食われる、ですか……」

「うん。あいつらは、何か目的を持ってジュリアロスの森に入ったようだ。

 それが森の意に沿わなかったか、あるいは何か森の気を引くことをしたのだろう。そのせいで森に捕らえられたのだとしたら、よい結末があるとは思えない」


 オットー王子の言葉に「左様で」と答えながら眉間のシワを深くし、武官は何か考えるような様子を見せる。


「やはりあやつらは、殿下と共にジュリアロスの森へと入りましたか」


 そうでなければバルたちが森へ入れるはずもないのだが、ここで正直に「そうだ」と答えるのはためらわれた。

 脅されたとか、騙されたとか、うまく言い含めることができたらいいが……。もしダグの捜索と救出の計画が知れたら、「王の意志に反する」と判断されるかもしれない。


 武官イグノジャーがどう反応するか、それは分からなかった。最悪、反逆の意志アリとして捕縛され、王都に強制送還されるかもしれない。

 このあたりの返答の仕方は、もっと慎重にするべきだった。


「その話は、ここではできない。後で事情を説明する。

 とにかく今は少し休ませてほしい。いろいろありすぎて、正直もうヘトヘトなんだ」


 そう言いながら、ジィーッと恨みがましい目つきでラナメールを見つめる。

「ん、わたし?」とラナメールが首を傾げると、カリスノーウの目つきが鋭くなる。

 ジロジロとラナメールをねめ回し、言外に「何をやらかした!」と責めてくる。

 ナナクロはごまかすように「んんっ」と咳払いをし、前に出てくるとふたりを宿舎の方へと促す。


「さぁさぁ。まずはお着替えをいたしましょう。おふたりとも足元がドロドロですよ。ずいぶんと森の中を歩かれたのですね。ケガはございませんか。きちんと身を清めて確かめて、それからお食事にいたしましょう。その前に少し、甘いものをご用意いたしましょうかね。

 ほんとうに。おふたりともご無事でよかった。けれどずいぶんお疲れのようですし、急ぐ話もないようでしたら、事情聴取は明日からでもよろしいですわね、武官殿?」


 ナナクロの勢いに押されて、武官イグノジャーは「仕方あるまい」と不承不承うなずく。

 詳しい事情を聞きたいところだが、オットー王子を休ませることに関しては、カリスノーウも異議などはない。


 無事に帰ってきてくれたのだ。そのお陰でここにいる者たちの、クビの皮いちまいは何とかつながった。

 一体、何が起こったのか、早く知りたいのはやまやまだったが、これ以上王子に負担を掛けるわけにもいかない。


 何しろ、精霊など、今まで一度も見たことのない者たちばかりである。

 本当に存在するのかと、近頃はおとぎ話のように思う者もいるのだ。

 それなのにあんなに美しい大精霊を、ふたりも引き連れてきた王族である。


 誰がその意に「否」と言えようか。


 とにもかくにも、オットー王子と巫女ラナメール。

 ふたりの王族が無事に帰ってきたことで、転移門前の大騒動はとりあえずの終焉を迎えたのだった。


 ……のだが、それですべてが終わるはずも、なかったのである。




疲れたから後にして……。


そんなワガママが通るのも、

大精霊〈もく〉を魅了する、あのほっぺのおかげ⁈


♪ほっぺ肉 ぷるんぷるんで 命拾い~


次回『33.森と兄と弟と』

精霊の森と異母弟ダグ、そして王国の未来──。

オットー王子、マジメに考察します。


なのにラナメール、それは……。

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