31.それぞれの思惑
近頃、とんと出番のなかったヴィヴィアン。
久しぶりにチョコッと顔を出してくれます。
それから、キューブに捕らえられたバルダララスと、
ニンマリと笑う赤髪のお医者先生──。
地上に建つ古い神殿の地下深く──。
かつてエルフ文明が存在していた頃には、宇宙空港の地下格納庫のひとつだった場所に、宇宙船エリュシオンは今も存在している。
半ば土砂に埋もれ、エネルギーが枯渇した状態であったが、現在まで何とか生きながらえて、とりあえず機能している。
目下の目標はその原動力の確保だったが、これがなかなか遅々として進まない。
宇宙船を動かすには、今となっては膨大なエネルギーが必要となる。
文明とは、莫大なエネルギーの消費なのだと、改めてしみじみと思い知るヴィヴィアンであった。
ヴィヴィアンひとりが生きるだけなら、別に今の状態を続けるだけでいい。エルフの寿命が三百年というなら、三百年くらい今の状態を続けられるエネルギーがあればいいのだ。
だがしかし、その三百年が安穏と続くとは限らない。むしろ必ず何かが起こるだろう。
この世は諸行無常。何事も変わりゆき、想定外のことは普通にしばしば起こるものである。
何も起こらないと楽観的にとらえ、訪れる災厄を泰然自若と受入れてもいいが、ヴィヴィアンは足掻いてみたい性分である。
何か起こったときにも対処できるよう、できるだけエリュシオンに力を取り戻させておきたかった。
もちろん、ヴィヴィアンにとって、エリュシオンの存在が心のより所となっていることも大きい。誰よりも頼りになる相棒だったから、万全にしてやりたい気持ちもあるのだ。
そういったわけで、普段から地下迷宮探索を原動力確保の一環として行っていた。
地下迷宮といっても、かつてシャンデール宇宙空港であった場所である。
当時、一般公開されていた配置図を見れば、どこに何があるかは大まかに見当が付く。
だから目的の物がある場所もだいたい分かるのだが、そこにある物が今どんな状態なのか、はたしてそこへたどり着ける道筋があるのかは、全くもって分からない。
何しろ三千年以上の時が流れているのである。大方の通路や部屋は土砂に埋もれ、でなければ水没の憂き目にあっていた。
場所によっては、足を踏み入れるのは命がけの状況で、スパイアイが見つけためぼしい物もたいてい錆び付いていて、修理や作り変えが必要になる。
当時の高度魔導技術によって厳重に保護されていた区域のいくつかは、まだまともそうなのだが、そういった部屋は当然のことセキュリティーが厳重だ。
スパイアイでは侵入することも難しく、現場に行って調査しなければ中の様子は全く分からない。
そんな中、今回はちょっと面白そうな物を、スパイアイが見つけてきたのだ。データだけで見るとかなり良さそうな感じで、ヴィヴィアンの中ではそれなりに期待値が上がっている。
あとは実際に出むいて、使えるようなら、どうにかして持ち出すだけである。
真っ暗な地下の廃墟を進むのはかなり気が滅入るが、これが手に入れば一気に活動範囲は広がる。憂鬱な気分も押し込んでしまえるほど、それは魅惑的な品だった。
そんな暗く不気味な旅路を少しでも解消しようと、ヴィヴィアンがお供に選んだのは、虹色に光るホネ男、ドクロ公爵ことエンドスカルである。
性格はそうでもないが、何しろ明るい。ずっと見つめていたら、じきに目が痛くなってくるほど、まぶしく明るい男である。物理的に──。
3579年の時を経て、ヴィヴィアンがひとり目覚めたのは、うす暗いエリュシオンの中だった。
それからなんとかして地上に出ようと、闇の中で四苦八苦していたあの時──。
もしあの時、そばにエンドスカルがいてくれたのなら、あそこまでトチ狂わず、もう少しまともな精神でいられたと思うのだが……。
ヴィヴィアンは遠い目をして過去に思いを馳せ、「いやいや」と今現在、共にあるこの幸運を噛みしめる。
エンドスカルがいたからこそ、また暗い地下に戻って、迷宮を探索する気にもなったのだ。
たとえそれがコートを脱いで、チョット恥ずかしいフンドシ一丁の、ピカピカのホネ男であっても……。
ヴィヴィアンの行く手を明るく照らす、頼もしい存在であることには違いなかった。
「どうしやしたお嬢。何かありやしたか?」
そのフンドシ男が、「いやいや」とつぶやいて頭を振るヴィヴィアンに気がつき、後ろを振り返る。あいもかわらず、まばゆいご尊顔である。
周囲が真なる暗闇の中では、特にその虹色のまばゆさが目にしみる。
「ああ。いや。何でもないよ。ダグが寂しがっているような気がしてね。
なんとなく、地上の様子が気になっただけだ。サッサと終わらせて、早く地上へ帰ろう。
ここは……。こっちだな。いくぞ、エンドスカル!」
「へい。どこまでもお伴、いたしやす」
そうしてふたりは目的の品を求めて、広大な地下迷宮の探索を続けていくのであった。
* * *
前後不覚のねっとりとした闇──。
自然の地下の闇とは異なる、濃度の高い緩慢な闇を閉じこめたような場所が、そこにあった。
目を見開いているはずだったが、どちらを向いても何も見えない。
そして意識すれば聞こえるはずの、己の呼吸音も、心音も、出しているはずの声さえここにはない。
呼吸のための喉や肺を失い、規則正しく鼓動を刻む心臓も失っている。
動かせるはずの手足も、肌に何かが触れる感覚もなく、常に背中にあるはずの古傷の疼きもなくなっている。
何もかもが曖昧で不確かで、永遠に目覚めない夢の中をさまよい続けているようだった。
不安定に揺れて溶けて今にも崩れてしまいそうな世界で、自分が自分であることすら覚束なくなってくる。
それ、は自分という存在が、急速に解けつつあることを自覚した。
何とかしなくてはならないが、すでに複雑な思考は難しくなってきている。このままでは流されるように自我を失い、精神が死に至ることを意味する。
なぜ、なのか。
なぜ、こんなことになっているのか……。
なけなしの感覚を広げて、自分がどうなっているのかを探っていく。
外部から何だかの強制的な力が働いて、肉体はすでに制御を失っている。何者かが無理矢理にそれの特質を動かしているのだ。
あせりと憤りがない交ぜになり、しだいにふつふつと怒りが湧いてくる。
自身の深い領域に勝手に手を突っ込んでいじられている。そのために自分という存在が失われていく感覚に、最大限の危機感と怒りがこみ上げてくる。
許さん。絶対に許さへんぞ……。
こんな屈辱的なこと、誰が許すか! 断じて許さへんぞ!!!
それは己の存在をかけて抵抗し、強制力を排除するため、死に物狂いで闘志を燃やしはじめる。
己の奪還のために意識を集中させ、すさまじい執念を膨れ上がらせていった。
* * *
「フン、フン、フフフーン」
皓々と明かりが灯る真っ白な世界で、赤毛の蓬髪の主がご機嫌で鼻歌を歌っている。
床も天井も壁も真っ白に輝く無機質な空間に、その赤髪は際立ち、異彩を放っている。
だが、その部屋に林立するいくつもの水槽も、低くうなる機械音を発し、これ以上ないほど不気味な気配を発していた。
それは人ひとりがスッポリ入ってしまえる円柱形の水槽で、実際その全てに一体ずつ人間らしきものが入れられている。
らしきもの、というのは、その一部は人間にはありえない形状を有していたためである。
身体の一部が、他の生命体の形状に酷似していたのだ。具体的には『大魔熊』『トラ』『蜘蛛』『カマキリ』、そして何かになり損なったブヨブヨとした肉塊でしかないもの……。
「ああ、やはりあなたは特別でしたね、サンプル№128のオリジナル君。素晴らしい! ニンゲンに混ざって同化しながら、デグリスモアの能力を強く受け継いでいる。
実に面白い。君たちは同じ種族なのでしょう。それなのに、特質や深度にはかなり個体差があるようだ。
そしてやはりこの中では、デグリスモアとしては君が一番のようですね。これは実験のやりがいがありますよ。楽しいじゃないですか」
レッド・ジョーカーはうっとりとした声でそう言って、その中のひとつの水槽に話しかける。
中に入っているのは、ラナメールによって裏切り者と呼ばれた男、バル──。グリースの森のバルダララスであった。
その不自然に溶け崩れた表情は苦悶に歪み、中を満たす液体は、他のどの水槽よりも激しく泡立っている。
「フフフッ。本当に楽しみです。さあ。さっさと自我など捨ててしまって、早く解けて下さぁいー……っと?
おやおや? もしかして気付いちゃいました? だけどもう、抵抗しても無駄だよ。君はすでに解け始めている。一度始まれば、あとは時間の問題なのですよ」
抵抗してなんとか溶解を止めようとしているバルダララスを、レッド・ジョーカーは愛おしげに見つめる。
「ああ。このままずっと見つめていたいところですが、私も忙しい身でね。そろそろニンゲンの子どもに、ゴハンを与える時間なのですよ。実は、あちらの少年も先が楽しみなのですが、成長には何年もかかるのでねぇ。
その間に君と一緒にいろいろと遊べて、いい退屈しのぎになりそうです。ククククッ。では、またあとで……」
そう言って、レッド・ジョーカーは白い部屋の隅まで歩いて行くと、ひとりスッと姿を消したのであった。
あとに残された27本の水槽の中で、レッド・ジョーカーが最後まで見つめていた1本だけが、その後もまるで沸騰しているかのように激しい泡を吹き出していた。
この理不尽に対して憤るように激しく、呪わしげに……。
何やら実験体にされそうなバルダララス。
そのままレッド・ジョーカーの好奇心のおもむくまま、
バラバラにされてしまうのか──。
次回『32.王族の失踪と帰還』
転移門に戻ったふたりの王族。
ここからが本当の試練です。




