29.木彫りのトカゲ人形──エリュシオン
ジュリアロスの森の神殿にたどり着いたふたり。
ラナメールとオットー王子は、ついにエリュシオンと出会います。
そのエリュシオンを見つめる、ふたりのまなざしは興味津々。
だって、アレだしねぇ──。
もとは大樹だった切り株を利用して作られた野外円卓──。
そこで新たなニンゲンの子どもたちを前にし、エリュシオンは「フム」と思慮深くうなずく。
「おぬしらの言い分は理解した。つまりはダグ王子とやらの安否確認と、この森に侵入したバルとやらいう怪しげな一味の、情報提供であるな」
樹木の精霊〈サン〉に抱えられているエリュシオンが確認し、オットー王子とラナメールはコクコクとうなずく。
そうして包み隠さず全てを話し終え、ホッと安堵したのだが……。
流暢に人の言葉を話しているのは、一体の木彫りの人形。どう見ても木でできたトカゲの人形だ。
なんだか気になってしょうがない。
いや、背中には羽らしきモノも生えている。トカゲ……ではなく本当に竜、ドラゴン?
「暗黒の天魔竜王エリュシオン」と名乗ったように聞こえたが、まさかホンモノの木竜?
自らの意志で動きしゃべっているように見えるが──。
「まず、怪しげな侵入者らだが……」
樹木の精霊〈サン〉の腕の中で、木でできたシッポをカタンカタンと揺らしながら、エリュシオンはおもむろに語り始める。
ぐるぐる巻きのツタからは解放されたが、武器を全て取り上げられ、両手を後ろで縛られているヒューが、ピクリと反応する。
「すでに捕獲が終了しておる。なので、何も案ずることはない」
その言葉に、ふたりは「えっ」と驚き、顔を見合わせる。
女神に告げ口する気で満々だったのだが、まさかこの短時間ですでに捕獲終了とは……。
「あの。すごくたくさんいました。二十人以上はいたのかしら? みんな捕まえたんですか?」
「うむ。報告では、二十七名だったな。そこに転がっているのを含めると二十八名か」
エリュシオンが返答と同時に視線を向けるので、思わず背後の地面に座らされているヒューを振り返る。
ヒューはなんとも言えない、苦々しい顔つきで黙っている。
「あの、ヒューは、本当に違うんです。彼は私たちの味方なんです」
ラナメールは少し困ったように首を傾げ、なんとか取りなそうとして告げる。
実際、ここまで来れたのもヒューのおかげだ。バルは裏切って味方を引き連れ姿を消してしまったが、ヒューは二人の許に残ってくれたのだ。
人を騙して利用し、森に侵入した彼らとは違う。
「フム。だとしても、その男──。というか、そやつはいろいろと厄介な種族でな。ここで、そうそう自由にさせるわけにはいかんのだ。
まあ、先に捕らえた者達と違って、素直に出て行くというなら、解放することもやぶさかではないがな」
ヒューのことは見逃してもらえそうで、ラナメールはホッと安堵する。
しかし先に捕まったバル達はどうなるのか──。何か企んでいたようだから、もしかしたら彼らの怒りを買ったのかもしれない。
こちらを裏切って勝手なことをしたのだから、何も心配してやる義理はないハズだった。
けれどバルと仲が良かったオットー王子と、仲間だったヒューはそう簡単に割り切れないだろう。
トカゲの串焼きをもらったラナメールも、胸の奥が少しモヤモヤとする。
「心配せずとも、捕らえた者たちはみな生きておる。今後は我らのために有効活用されるであろう」
有効活用──。とは何だろうか? 不穏な気配を滲ませる言葉だが、働かされるということだろうか。
とにかく、生きているならよかったと、ラナメールは思うことにする。
「ヒュー。聞きましたね。あなたは大人しくしていて、私たちと森を出るのですよ」
「お姫さん──。私などにお口添え頂き、感謝いたします。
もちろん。私の仕事はおふたりの護衛です。何も企んだりしまへん。ああ。そやけど、この有様や。もしかして私、クビですやろか」
精霊に捕らわれ、いまも縛られて動けないヒューである。
ひょいと眉を下げて、護衛失格だと情けない顔になるが、ラナメールは「いいえ」と首を横に振る。
「こんなことになるなんて、誰も思わないもの。どんな凄腕の護衛でも仕方ないわよ。ヒューはよくやってくれたわ。ダグを助けられたら、一緒に森を出ましょう」
ラナメールの言葉にヒューはもちろん、オットー王子もコクコクと何度も頷いている。
目の前には子どもの姿をした、美しいがどこか不気味な緑の精霊と、その腕に抱かれる圧倒的な存在感をかもし出す木でできた竜──。それがしゃべるという現象に、いまだ理解が及ばない。
そして周囲は色とりどりの、さまざまな精霊に取り囲まれている。
まだほっぺたを狙っているのか、これまた美しすぎる緑の精霊が視界にちらつき、鉄の魔物も背後には控えている。
この状況に、オットー王子はまったく落ち着かないようで、できるだけ早く帰りたそうだった。
「それから、そのダグ王子であったな」
エリュシオンは嵐の夜に拾われ、ここへ運ばれてきた子どもについて話した。
一時はその命が危ぶまれたが、主の決断によって主と精霊と使徒の総力をかき集め、なんとか助けられたこと。
その後、静養してゆっくりと回復し、今はすっかり元気であること。ここにいる精霊たちと共に、ゆったりと穏やかな日々を過ごしていることを告げる。
「ダグはほんとうに、ギリギリの所で救われたのですね。よかった。本当によかった。心より感謝いたします。女神ジュリアロス様と精霊とエリュシオン様……。ダグを助けて下さって、本当にありがとうございます」
胸の前で両手を固く組み合わせ、ラナメールは頭を下げる。
心ない大人たちのひどい仕打ちに改めて怒りがわき、ダグの陥った状況を思うと心が痛む。そうして与えられた女神の慈愛を知って、自然と涙がこぼれてくる。
女神ジュリアロスの決断がなければ、ダグはすでに失われていた。女神の慈悲により、奇跡的に助けられたのである。
その偉大さを思うと、自然と頭が下がる気がした。
オットー王子は、顔色を無くして黙ってうなだれる。
父である王が、真実ダグの死を望んでいたことを突きつけられる。自分が責められている気がして、ジクジクとした痛みを胸の奥に感じていた。
オットーのために、国王はダグを森に捨て、本当に殺す気だったのだ。
その父の強い意志に逆らっている現状を、オットー王子は今になってひしひしと感じる。
もとよりダグとは、それほど仲が良いわけではない。というか、まともな会話など一度もしたことがなかった。
ただ、幼くして母親に死なれた、可愛そうな子どもと思うだけだ。
同じ王族で異母弟で階位も高いようだが、何の後ろ盾もなく父王にも認められていない。
ふだんは視界にも入らない。あまり弟とも思えない存在だった。
死んで欲しいとか、不幸になれとも思わないが、助かってよかったとも感じない。
けれど、自分のせいでダグは死んだと、後ろ指を差されるのは怖かった。
王が決めたことだとか、知らなかったとか、仕方がないのだとか……。
どんな言いわけを用意しても、きっとラナメールの瞳は真正面から糾弾してくる。
その真っ直ぐな視線に見つめられて、果たしてそれでも自分は胸を張って歩んでいけるのだろうか。
ラナメールの熱意に引きずられてここまで来たが、父王の決断に打ちのめされそうになる。
それでも結局、ラナメールが望むなら、やはり異母弟は助かればいいと思う。
だから生きていたのなら、助けるまでだ。
「あいつに合わせてくれ」
オットー王子はここへ来て、はじめて口を開いたのであった。
だがそれに対するエリュシオンの返答は芳しくない。
「却下である。未だ、時期尚早と判断されるのでな」
これにはラナメールも目をしばたかせる。
「どういう意味ですか? ダグは回復して、もう元気になったのでしょう? なのに、会えないのですか?」
「そうだ。なぜ会わせぬ。実際に会わなければ、本当に生きているのか分からんではないか」
「わたしたちは本当にダグを助けるためだけに、ここまで来たんです」
ここで会えないなんて、まさか思いもしない、といった様子のふたりに、エリュシオンは「フム」とうなずく。
「確かに。話だけで終わらせず、実際に目で見て触れて確認することは大切である。
しかしおぬしらは、ちと一方的に思いを寄せすぎではないのか」
そう言われても、ラナメールはキョトンとするしかない。
オットー王子はニガイ顔になる。
「ダグの話を鵜呑みにするつもりはない。だが、あやつはおぬしらのこと、どうとも思ってはおらんようじゃぞ」
「えっ。そんなはずは……」
「ありていに言ってしまえば、信用しておらん。よって何も期待しておらん。おぬしらに会いたいなどとは、これっぽっちも思っておらん」
ラナメールは目を見張って「そんな……」とつぶやき、落ち着かない様子で視線をさまよわせる。
オットー王子は氷の塊でも飲み込んだかように、眉間に深いシワを寄せて拳を握りしめる。
分かっていたことだ。当然の話だった。
ダグを助けると言いながら、オットー王子は自分のために来たのだ。ラナメールに責められたくなくて、ここに来た。
普段は気にも留めず、どうでもいいとすら思っていたのに、急に「助けに来た」などと言っても、信用されるはずもない。戸惑うどころか、拒絶して当然である。
しかし、「せっかく来てやったのに」という思いもオットー王子の心には湧いてくる。顔を見せないことに対し怒りを感じていた。
ダグのために、オットーは父王の意志に逆らっている。支度のために多額の金を出し、人と物を動かし、転移門の兵たちを欺いた。そして思いがけず裏切られる形で、信頼していたバルを失った。
なのに何も見届けないまま、ここを去るなどできなかった。何とかしてダグに会い、その姿を確認しておきたかった。
「どうすれば、あいつに会えるんだ。苦労してここまで来たんだぞ。このまま帰れるはずがないんだ! ダグに会わせろ! あいつをここへ連れてこい!」
「ちょ、ちょっと、オットー王子!」
「もういい。ボクが見つけ出す。こちらから探せばいいのだろう」
いきなり激昂し始め、立ち上がったオットー王子に、ラナメールは慌てる。
そのまま神殿へ駆け込みそうなオットー王子に、精霊たちはサアッと壁のように立ち塞がる。
「まぁ、待て」と、エリュシオンが落ちついた声を掛ける。
「であるからして、今はまだ、時期尚早なのである」
もう一度、座り直すように言うと、オットー王子は不承不承、ドサリと乱暴に切り株のベンチに座る。
もはや尊大な態度は隠そうともしない。足を組んで苛立たしそうに、目の前のエリュシオンをにらみ付けている。
「言うのを忘れておったが、ここでの我々の会話を、ダグはすべて見聞きしておる。
今も神殿の奥から、ここの様子を見ておるぞ。あちらから何か話したいと思えば話せるし、姿を見せたいと思えば見せられる。実際に出てこようと思えば、この場に出られるはずだが、何も言ってこぬな」
ふたりは「えっ」と声を上げると、驚いたように神殿を振り返る。もちろんダグの姿はない。
「ダグには、わたしの喋っている声が聞こえているのですか?」
「…………」
オットー王子は絶句し、ラナメールはパッと立ち上がる。そして神殿の方に向き直ると、胸の前で手を組み合わせて話し出す。
「ダグ、ダグ! 遅くなってごめんなさい。助けられなくて、ごめんなさい。あなたが、こんなひどい目にあっていたなんて、ちっとも知らなくって──。
あなたがいないって知ったのは、実は一昨日のことだったの。まさか一人で森へ送られてたなんて! 本当にごめんなさい。国王や神官ゲルガーの行なったことは間違っているわ! だから神殿へ帰れなんて言わない。
どうしたらいいか分からないけど、どうしてもあなたを見つけて助けたかったの。側妃コレダ様は外国に逃げる道があると言っていたわ。ヒューは市井で生きる方法を知っている。これからどうしたらいいか、あなたがどうしたいか、会って話したいの!」
姿の見えないダグに対して、怒濤の勢いで自分の思いを述べるラナメール。
だが、なんの返事もない。返事の返ってくる気配すらない。
「おぬしの声は間違いなく届いておる。そなたの気持ちを知り、聡明なダグのこと。少し戸惑っておるようだ」
「戸惑うのは当然です。でも知ってもらいたいのです。ダグのことを思っている人間がいることを。心配して憤り、ここまで訪れる者がいることを」
エリュシオンは「フム、フム」とうなずくと、「ならばこれを見よ……」と別の音声と映像を目の前に展開させる。
『そっちはどうだ。王子と巫女は、まだ見つからんのか。第三班は東に当たれ。境界の森もだが、他の街道も含めて慎重に行け。ヤツらは森に逃げ込んだと見せて、東に逃げた可能性もある』
『早く見つけ出すのです! 王子に何かあったら、全員処刑です!』
『ラナメール……。本当にあの子ったら、どこまで散歩に出かけたの。早く帰ってきて!』
何もない空間に突如現れたのは、水鏡を見るように映し出された、殺気立った武官イグノジャーとカリスノーウ、そして今にも泣き出しそうなナナクロ。
「それは転移門の向こう側。そなたらと一緒に居た者たちの様子を映し出しておる」
それぞれが必死になってふたりを探し、青ざめるほどに心配している。
その光景を目にして、ふたりは慌てふためき、やがてしゅんとうなだれる。
「落ちついて話をするにも、まずはおぬしらが落ちつかねばなるまい。いったん戻って、きっちり筋を通してみせることだ。それからまた、来るのなら来てみせるがよい」
エリュシオンは、話はこれで終わったとばかりに〈サン〉に合図し、精霊たちに言付ける。
そうして来たときと同じように、鉄の魔物と精霊たちに見守られながら、オットー王子とラナメール、そしてヒューは、後ろ髪を引かれつつ転移門へと戻ったのであった。
思い思われ巡る思い。
さまざまな思いが折り重なり、関係の破壊と構築を繰り返す。
心に折り合いを付けるのは、はたして理性か感情か──。
次回『30.まれびと森を去りて』
賑やかな来訪者たちは、一度は立ち去りますが……。
それを眺める、ダグの胸中はいかに?




