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28.樹木の精霊──サン

子どもの姿をした樹木の精霊〈サン〉。

けれどニンゲンより、ずっと長くこの世界を生きている。


機会を得て、自由に動く身体を手に入れましたが、

泰然自若とした樹木としての在り方は、まだ抜けきらないようです。


 広大なジュリアロスの森には、数え切れないほどの多くの樹木が生えている。

 様々な色と形と大きさがあり、老いた木も若い木も、倒れたり割れたり穴が空いたりしたものも数多くある。


 女神の神殿にほど近いその樫の木も、たくさんある大木の一本だった。


 いつしか精霊としての意識を持っていたが、それはさほど珍しいことでもない。

 日が照れば葉を茂らせ、星降る夜には眠りにつき、雨が降れば水を吸い上げ、風が吹けば枝を揺らす。

 小鳥の歌を聴き、野ネズミやリスの追いかけっこを眺め、尺取り虫の動きに目をこらす。


 巡る季節に従って、枝を伸ばし葉を茂らせ、花を咲かせて実をつける。寒くなれば葉を落とし、やがて雪をしとねに深い眠りにつく。

 繰り返される毎日を淡々とやり過ごし、ただそこにあるだけの存在で、良しも悪しもなく、ただ受け入れるだけの日々。そこにはなんの疑問も不満もなかった。


 しかしある日突然、その樫の木に転機が訪れた。

 神の使いによって、無慈悲な神刀が振り下ろされる。一刀両断──。切り倒されたのだ。

 大きな音とともに巨大な幹は大地に倒れ伏し、「ああ。地に還るのだな」と己の体の行く末について精霊は漠然と思った。


 いまだ根は深く地に息づいているが、切り倒された幹はやがてゆっくりと、森の大地に腐り落ちてゆくだろう。

 その樹木の精霊として長い間あり続けたが、それもゆるゆると解けていき、やがて森の一部へと還っていく。

 こうなったら当然のこととして、受け入れるだけだ。


 ニンゲンと違って「なぜ自分だけがっ!」と怒ることも、「イヤダ、死にたくない!」と恐怖に捕らわれることもない。


 個としての存在は希薄であったし、迷うことも決断することも、誰かの目を気にすることもない。

 ただ、そこにあるだけだった。


 なのに……。その時、その精霊は、女神の瞳に捕らわれてしまった。

 呼びかけられ、それに(こた)えてしまった。


 その瞬間から、その精霊は個として生まれ変わり、初めて動く身体を得て、初めて喋ることを覚え、初めて自分で行動することを知った。

 それまでとはまったく異なる存在のあり方を、自分から世界へ向かって歩き出すことを知ったのである。


 神の使徒の一人、ドクロ公爵ことエンドスカルによって『サン』と名付けられる。

 その際に、「堂々とお天道様の下を歩めるよう」はげむ生き方を求められるが、その意味を推しはかるのは、とても難しいことだった。


 それでも女神ジュリアロスを母と思って慕い、エンドスカルを師と仰いで様々なことを教わる。

 そしてエリュシオンという目に見えない存在が、ある時『サン』であった大樹をもとにして生まれ、何よりも頼もしい相棒となった。


 それこそが暗黒の天魔竜王エリュシオン、なのだが……。女神はときどき「木彫りのトカゲ人形」とこっそり呼んでいる。

 果たして竜なのかトカゲなのか。暗黒の天魔竜王とは何なのか、そのあたりの事情を〈サン〉はイマイチよく分かっていない。


 そんなふうにして、まったりと動物世界を堪能していた〈サン〉だが、またまた転機が訪れることになる。

 ある嵐の夜、ニンゲンの子どもが拾われ、神殿に運び込まれたのだ。


 ニンゲンはずうっとずっと前に見たことがあった。あれは森の外の生き物だと、当時の高位精霊たちは言っていた。

 ニンゲンはときどき神殿にやってきては、たくさんでワイワイガヤガヤと騒ぐこともあったし、そっと少しだけきて静かに帰ることもあった。


 けれど、いつしか高位精霊が姿を見せなくなり、ニンゲンも現れなくなった。

 だからニンゲンの子ども──ダグが現れるまでその存在を忘れていたのだが……。


 かつてはこちらが眺めるだけで、ニンゲンもこちらには注意を払わなかった。

 力のある精霊にしか興味がなかったのか、もしかしたら下位の精霊には気付かなかったのかもしれない。


 しかし〈サン〉は、精霊ではあるが器を得た。目に見えるし触れられる。

 言葉こそ通じないが、見た目はとてもニンゲンに(ちか)しくなった。


 出会った時のダグは弱っていて、女神としか言葉が通じず、不安そうにしていることがあった。

 観察が得意な〈サン〉はそのことに気付き、これまでに学んだことを行うことにする。

 弱っていたり、困っていたりする相手を助けることは、「堂々とお天道様の下を歩む」ためのキホンなのである。


 そういう訳なので、〈サン〉はダグの世話を進んでやる。

 そしてエルフの言葉に加え、ニンゲンの言葉も覚えることにしたのである。


 けれどダグのことは、正直言って〈サン〉にはよく分からなかった。


 木彫りのトカゲ人形ことエリュシオンと、子どもはよく喋っている。

 ニンゲンの言葉をブンセキしたエリュシオンは、あっという間に喋れるようになったためである。


〈サン〉と子どもはあまり話をしない。すると気まずいとか落ちつかないとか、そういう雰囲気になるらしいが、〈サン〉はそういった居たたまれなさが分からない。

 分からないので、そのまま放っていたら、子どもは「こわい」といい出した。

〈サン〉はこわい存在らしいが、何がこわいのか、〈サン〉には分からない。だが、ニンゲンの子どもの気分を害する存在である、ということは理解できた。


 自分が、他の存在に影響を与えた──。この事実は、〈サン〉に衝撃を与えた。

 これまでは受け入れることが、生き方のほとんどである。与えるものといったら、木の実や木陰、落ちる葉や枝くらい。


 大樹としての生き方はそれでよかったが、ニンゲンや動物としての生き方は、どうやらそれだけでは不完全なようだった。

 体は動かしている。女神ジュリアロスやエンドスカル、エリュシオンに色々なことを習い、役に立とうと動くことを学んでいる。

 足りないのは表情筋と会話──。


 それに気がついたが、声に出して話す会話というものは〈サン〉にとっては難解である。

 単なるあいさつや、返事だけでは足りないのだ。質問と回答だけでもない。

 数ある言葉の中から、何を選んでどう組み立て、何を目的として話すのか。どれくらいの音量で、どんな口調で話したら相手に伝わるのか……。


 思うだけで伝わる精霊の言葉とはまったく違う。

 会話に相応しい表情まで加えて、一瞬で全てを組み立てるなど、とてもではないがムリだった。


「あせらなくていいよ。言葉ってのは、ある日突然、爆発的に自分の中からあふれ出すものなんだ。それまではじっくりと人の話を聞いて、少しずつ話すことに慣れていけばいいのさ」


 さすが女神様である。

 それからは、いつか爆発的に言葉があふれ出すことを信じて、〈サン〉はぎこちないカタコトを喋り続けるのであった。




 今日は朝から森が騒がしい。

 なんでも新たなニンゲンが、このジュリアロスの森にやってきたのだという。

 しかもたくさん、かなりの数が。


 森を治める三精霊のうち、水の精霊〈スイ〉と木の精霊〈モク〉は、警備兵ロボを伴い、張り切って出迎えに行ってしまった。


 うっかり森に迷い込んだ者なら、ちょっと脅して追い出すだけだ。だが、森に仇をなすような、あまりにタチが悪い者だと、『ゴブリンキングの手先』として行動不能にし、森の栄養分にするらしい。


 ところが今回は、第三の神の使徒、レッド・ジョーカーの御業(みわざ)によって、そのほとんどが回収されてしまったようだ。

 精霊たちも神の使徒には手が出せない。結果、悪しき者が片付いたなら、それでOKということにし、残りの来訪者のもとへと向かう。


 そうして神殿まで連れてこられたのは、新たなニンゲンの子どもふたりと、ツタでぐるぐる巻きにされた大人ひとりだった。


 警備兵ロボから下ろされたふたりの子ども──。


 ひとりはやや背中を丸めて、周囲に怯えるような視線をキョロキョロと向けている。

 全体的に丸っこく、ぷにぷにと柔らかそうで栄養たっぷりだ。


 もう一人は石畳の円形テラスの中央まで進んで、石造りの神殿を見上げている。

 透き通るような淡い緑色の目をキラキラと輝かせ、「はぁ」と感嘆のため息をついている。

 肩に乗る高さの、うすい桃色の巻き髪を軽やかに弾ませ、好奇心で(はじ)けそうなその様子は、まるでおしゃべりが大好きなコマドリのようだ。


 ツタでぐるぐる巻きの大人は、床に転がされたまま、うめく以外は為す術もない。

 お医者先生ことレッド・ジョーカーに回収された者たちと、同じ臭いがするそうだ。

 そのうめき声に気付いたコマドリが駆け寄り、遅まきながら「(ゆる)チテ」とツタをほどこうとするも、精霊〈もく〉は警戒を解かない。


「解いてやっても、いいんじゃないの? どうせ何もできないのだし」


 手に入れた、キラキラと光る新たな石を、うっとりと眺めながら精霊〈すい〉が言う。


「テメエ。光る石で懐柔されてんじゃねぇよ。コイツは『ゴブリンキングの手先』だ。隙を突いて何をするかわかったもんじゃねぇ」

「あら。それもそうねぇ。なら、そのままでいいのかしら?」


〈すい〉の興味はぐるぐる巻きにはないらしい。

 少し離れた円卓から、その様子を眺める〈サン〉も、今はただぽおーっと見ているだけだ。


「何事じゃ! 騒々しい!」


 そう叫びながら入ってきたのは、森の精霊の長〈がん〉である。

 眠っていることが多い岩の精霊だが、さすがの騒ぎに目を覚まして出てきたらしい。

 小柄だが、重く重厚感のある精霊である。


「ああ、メ神サマ……? ダグ王子、知ル、ナイ?」


 小柄な子どもは〈がん〉を見つけると、(ほど)けないぐるぐる巻きを放り投げて、〈がん〉のほうへと駆け寄っていく。


「何? なんじゃ? こいつはニンゲンか? どこから入ってきおった?」

「転移門、キタ。『あの……。勝手に入ってません。ちゃんと転移門から入ってきました。私はラナメール。神殿の巫女です。彼はオットー王子、そちらはヒューです。つまり、えっと……』精霊ノ鐘、女神ジュリアロス、目覚メ、言祝ぎ、キタヨ。ダグ王子、知ルナイ?」


「なっ、なっ、なっ、なっ……」


「『あっ、それから……』バル、知ル? バル、ワルイ。『そう。バルったら、ひどいんです。わたしたちのことを騙したの。騙して森の中に入ったのよ。えーっと』ダマス、ワルイ。『きっと何か悪いことを企んでいると思うの。だから、あのー……』メ神サマ、ドコ? 『言いつけて……』イウ、キタ……」


「ええい。何を言っておるのか、さっぱりわからんわ!」


 怒濤の勢いでしゃべろうとする小柄な子どもを遮り、〈がん〉はキッとこちらに目を向ける。


「〈サン〉! エリュシオン様をお連れしろ。ニンゲンの言葉など、わしは知らん!」


 いやコマドリはたぶん、カタコトの精霊の言葉も話していたと思うのだが……。

 何を言っているのかは、〈サン〉にもサッパリ分からなかった。

 ここは確かに、エリュシオンの出番だろう。


〈サン〉はコクリと頷くと、いったん神殿の奥へと戻り、暗黒の天魔竜王エリュシオンを連れてくることにしたのだった。




日向でぽおーっとするのが好きな〈サン〉。

無表情で愛想はないけれど、実はおっとりと寛容。

とてもかわいく美人だから、人形じみて「こわい」ようです。


次回『29.木彫りのトカゲ人形──エリュシオン』

そんな〈サン〉とピッタリ息の合うエリュシオン。

みんな木彫りのトカゲ人形だと思っているけど、その正体は──。


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