27.精霊と鉄の魔物と子どもたち
バルダララスたちが黒い壁に飲み込まれていた時──。
森の入り口に置き去りにされた子どもたちは、
護衛ヒューを伴って森の奥へと進みます。
そこで待ち受ける事態に、三者三様のあり方が待ち受けますが……。
一方、その頃──。
バルに置き去りにされた、オットー王子と巫女ラナメールのふたりは──。
バルにうまく利用されて怒り悲しみながらも、なんとか自分たちの目的を思い出すことができた。
何としてもダグ王子を見つけ、この森から助け出すのである。
何の罪もないのに、大人たちの勝手な都合で、たったひとりこの森に放り込まれた王子。
おとなたちに迫られ逃げることもできず、きっと追い立てられるように転移門をくぐり抜けたのだろう。
ろくな説明もされず、森で生き残るすべも授けられてはいないはずだ。
幼くとも聡明な王子は、きっと絶望的な気持ちでいろいろ悟ったに違いない。
あの聡明な光をたたえた琥珀色の瞳を思いだし、何とか生きていてほしいとラナメールは願う。
女神と精霊の加護があらんことを、これほど強く願ったこともない。
そしてダグ王子が感じたであろう心細さを思えば、バルの裏切りくらい大したことではなかった。
なんと言っても、ひとりきりではない。オットー王子がいてラナメールがいてヒューもいる。
装備だって調えてきた。何も怖いものなどない。
ダグ王子を見つける旅を、今ここでやめるという選択肢など、どこにもありはしなかった。
そうしてふたりはヒューとともに、森の奥の神殿に向かっていた、のだが……。
なぜか現在、ふたりは巨大な鉄の魔物によって、神殿まで運ばれていた。
見上げるような鉄の魔物だが、その左肩にはオットー王子、右肩にはラナメール。そして右腕にはツタでぐるぐる巻きのヒューが、小脇に抱えられている。
そして周囲を取り巻くのは、色とりどりのたくさんの精霊たち。
なぜ、こんなことになったのか──。
いきなりのことに理解しきれていないオットー王子は、今も落っこちないよう全力で魔物の首にしがみついている。魔物も怖いが、この高さから落とされるのも怖い。
ある意味、それは究極の選択の結果だろう。
ラナメールも落とされないよう、しっかり魔物の首にしがみつく。しかしその高い位置から、周囲を見渡す余裕は充分にあった。
これでも神殿の巫女である。女神ジュリアロスに仕えるのはもちろんだが、その聖地であるジュリアロスの森にも、色とりどりの精霊たちにもとても興味があるのだ。
いや、興味があるというか、ラナメールは控え目に言っても女神ジュリアロスが、そして精霊のことが大好きなのである。だからこそ、神殿の巫女となったと言っても過言ではない。
この状況に、目を輝かせないはずがないのである。その瞳は今までにないくらい、キラッキラに輝いている。
思いもしない展開だったが、これはもしかして夢ではないのかと、ふと首を傾げてみる。
少し前に時をさかのぼり、ラナメールは発端となったあの状況を思い返してみる。
だが、間違いない。ちゃんと順を追って思い出すことができる。
それはバルたちに置き去りにされ、三人で神殿を目指そうと歩き始めて、しばらくしてからのことだった。
まったくもって突然に、森の空気や大地が異様な雰囲気に変わったのだ。
気がついたときには、どこから現れたのか、いくつもの淡い光の玉が周囲に漂い始める。
淡く光る玉は、小さな精霊たちだった。
幻想的な光景に見とれたのも一瞬で、すぐにその数はおびただしいほどに増えて、圧倒的な威圧感をかもし出す。
それ以上は前に進むこともできず、三人は足を止めて身を寄せ合う。しかし警戒心もあらわに、表情を引き締めるのはヒューだけで、ふたりの子どもは驚いて落ち着きなく、あたりをキョロキョロと見渡すばかりだ。
すると、少し先の地面がドロドロに溶け出し、沸き立つようにあぶくを上げ始める。かと思うと、そこから一体の巨大な魔物が、ズリズリとせり出てきたのである。
たくさんの小さな精霊が飛び交う中、突然、その行く手を阻む山のようにそびえ、そうして巨大な鉄の魔物が立ちはだかったのだった。
あぶくを上げていたドロはスルリとはがれ落ち、その黒光りする外装には汚れひとつない。
見上げる頭部には炎のような赤く光る眼があり、こちらを厳めしく睥睨している。
そうして恐ろしい姿をした鉄の魔物の両側には、いつしかそれぞれ位の高そうな、美しい女性の姿をもつ精霊が存在していた。
透き通るような水色の精霊と、輝くような緑色の精霊。
びっくりして立ちすくむ子どもふたりの前に、敢然と立ちはだかったのはヒューだった。
思わず武器を構えたヒューだったが、それが精霊の不信を買ったらしい。
あっという間に緑の精霊が操るツタにぐるぐる巻きにされ、地面に転がされてしまう。
ラナメールはとっさに降参とばかりに諸手を挙げ、王子にも動かないよう伝える。そして、精一杯のつたない精霊の言葉で、一生懸命に事情を説明したのである。
「あ、あの……! わたしたちは、えっと……『女神サマノ アイタイ』」
そう告げると、美しい高位精霊二体の視線が、ピタリとラナメールに向けられる。
「それから、そう。ダグ……『だぐ王子ニ サガシ来タ』」
それから、ややあせりながらも女神様への捧げ物である宝石類を、いくつか荷物から取り出して手のひらに乗せてみせる。
すると水の精霊がすぐさま飛びつき、ラナメールの手のひらにある宝石をしげしげと眺め始める。
人間とは違う、透き通るように輝く美しい存在を目の前にして、さすがのラナメールも緊張に身を固くする。
『あら。気が利くじゃない。無粋な侵入者かと思ったけど、おまえは〈祝いの使者〉なのね。よく見たらサンディールのニンゲンだわよ~。久しぶりね。久しぶりすぎて分からなかったわ。あいもかわらずブサイクでチンチクリンだこと。笑えるわ~』
早口すぎて何を言っているかは不明だったが、その言葉に興味を引かれたのか、もう一体の精霊もズイッと近付いてくる。
『マジかよ。あー、こりゃ、マジだぜ。サンディールのニンゲンだぜ。マジ生きてたのかよ』
水の精霊は受け取った宝石にいたく満足したようだし、緑の精霊はオットー王子のぷにっとしたほっぺたをお気に召したようである。
王子が「カッチーン」と硬直しているのをいいことに、何度も指先でつついては、挙げ句の果てにムニムニーッと、つまんで引っぱって伸ばし、ゲラゲラ笑って楽しんでいる。
そこからは案外、話は早かった。
さすがにオットー王子が涙目になり、やがて忍耐の尾が切れそうになる寸前、特別に鉄の魔物で神殿まで運んでやるという申し出があったのだ。
『ほら、遠慮すんな。そんなふうにちまちまチンタラ歩いてたら、回転岩に踏み潰されるぜ』
そうして、子どもふたりは鉄の魔物の肩に担ぎ上げられ、ヒューは荷物のように小脇に抱えられ、現在のような状況になったのだが……。
『アリガト、ゴザイマス!』
オットー王子は顔面蒼白で魔物の首にしがみつき、ラナメールは星を飛ばさんばかりのキラッ、キラの瞳で周囲を見渡している。
何しろこのジュリアロスの森は、精霊の森である。
精霊たちはもちろん、見たことのない変わった妖精、美しく珍しい生き物たちが、あちこちに見られるのだ。
緑の妖精が口にしていた「回転岩」なんて妖精も、ラナメールはこれまで見たことがなかった。
ゴロんゴロんと転がって、道を平らにならしていく巨大な岩の妖精は、実際のところとても真面目で寡黙な性格らしく、手を振って声をかけても聞こえない様子で、黙々と転がり続けている。
陽だまりに咲き誇る名も知らぬ花々は可憐だが、ニンゲンたちが近付くとピタリとおしゃべりをやめ、通り過ぎるとまたおしゃべりに花を咲かせている。
回転岩が転がる先は、踏み潰されまいと草や木がよけて、直前で道がひらける。そして回転岩が通り過ぎると、またすぐに草木が覆い尽くし、どこが道だか分からなくなる。
けれど先触れの精霊が飛んで行くと、ラナメールたちを担ぐ鉄の魔物が通るときだけ、また脇にどいて道を示すのだ。
美しい泉では極彩色の鳥たちが羽を休め、頭上では可愛らしい小鳥がピロロピローと透き通るような美しい声で鳴いている。
ラナメールは瞬きすらも惜しいとばかりに眼を大きく見開き、顔色の悪いオットー王子ですら不可思議な妖精たちから目が離せない。
ヒューだけはひたすら苦しげにうめいていたが、ぐるぐる巻きにされているので周囲がよく見えていないのかもしれない。
そんな三人三様の有様でジュリアロスの森の奥深くに入りこみ、やがて女神の住まう神殿へとたどり着くことになったのであった。
好奇心旺盛な姫巫女ラナメール。
ちょっと怖がりのオットー王子。
ふびんな扱いをされてしまう護衛ヒュー。
うん。三者三様──。
さて、これで物語の前半は終了です。
ここまでお読み下さった皆様、いつも本当にありがとうございます。
いろいろ難しい現実世界。毎日が大変だったり、きっとツライこともあろうかと思います。
そんな中でもこの世界に触れていただき、少しでもクスッと笑ったり、何か感じたり考えたり、していただけたら幸いです。
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次回『28.樹木の精霊──サン』。
樹木の精霊〈サン〉から見たこの世界は──。




