25.サンプル№128のオリジナル
話は変わって……。
ヴィヴィアンが持ち帰った、様々な生き物のサンプルを調べるレッド・ジョーカー。
赤い蓬髪の医師は、そこで思わぬ発見をします。
そうして何やら、よからぬことを思いついたようで……。
さして広くもない無機質な暗い空間の中、大小いくつものモニターが点灯している。
薄ぼんやり光るパネルに表示されるのは、様々なデータの数値や記号──。とめどなく流れるように映し出されているのは、主にデータ解析の経過報告だった。
他にもモニタリング中の実験サンプルや、外界の様子などを映し出すモニターもある。
わずかな機械音が低く唸るだけの、たいくつな世界。
だがそこへ、不意に注意を促す告知音が鳴り、外界モニターがクローズアップされる。
二体の虚像がたたずむ転移門を出た付近。少し開けたその場所に、最近、集まってきた人間たちを監視している、スパイアイからの映像だった。
スパイアイの目は、その中でもひときわ大柄な男の姿を映し出している。
たてがみのような灰色の髪をなびかせ、毛皮などを身にまとっているせいか、どこか野性味を帯びた雰囲気を滲ませている。
『あれ? ええぇっ! これは、もしや……』
突如、機器ばかりに埋め尽くされた空間に響いた声は、純粋に驚きのなかにあった。それはすぐさま歓喜に満ちた興奮へと変わる。
『まさか、まさか、まさか……。ああ。そうだ。そうじゃないか。あれは、どこだっけかな。あれだ。あの問題の、サンプル№128ッ!』
興奮しきりのその声と同時に、一週間ほど前の画像データが参照として引き出される。
宇宙服を着込んだコマンドーことヴィヴィアンが、ジュリアロスの森のすぐ外へと探索に出た時の映像であった。
広い湿地のほとりにおける、未知の知的生命体との初接触の映像──。スパイアイが記録した、小鬼族に似たやや耳の丸い生物の姿が、モニターに再現される。
ヴィヴィアンがその生物に接近し、頭髪を採取したシーン。そこに映し出される、ひどく緊迫した生命体の顔──。
その容貌や体格を参照とし、現在モニタリング中の男との比較が試みられる。その結果、97.6%の確率で同一個体と判定される。
『クククッ。大当たりっ! まさか、向こうから姿を現してくれるとはねぇ──。ええ、もちろん。これは捕獲の一択ですよ。是非とも欲しかった個体のひとつですからね。
ああ! なんという幸運! まさに千載一遇の機会じゃないですかっ!』
声は感極まったかのように叫ぶと、モニターに映し出される男──。グリースの森の民の首長バルダララスことバルに、四六時中、監視として張り付くようスパイアイに指示を出す。
『まさか、この世界のデグリスモアが見つかるとは──。あれが手に入ったら、いろいろと遊べてしまえますね。アレもコレも、試してみたい実験のアイデアが、山ほど出てくる。
ああ、ソレももちろん試してみないと。そうなるとこちらも……。
うううっ、とにかく! そう言うことだよ、サンプル№128のオリジナル君。私に見つかったのが、君の運の尽きだ。
ではでは、さっそくお迎えに……』
ウキウキと弾んでいた声だったが、しかしそこで、いきなり一旦停止する。
『なんですと……? 捕獲のための警備兵が出せない?』
いきなり問題発生である。声の主は『ああぁ……』とつぶやき、ガックリと落胆する。
過去には宇宙船内を始め宇宙空港に数多く存在した警備兵だが、今や全て廃棄物である。三千年の時を経て、その多くが森や大地に埋もれてしまった。
いや一機だけ活動が確認されているが、あれの回路も実はすでに死んでいる。
現在は自立起動を失い、単なる精霊たちお気に入りの着ぐるみ──。オモチャと成り果てている。
『そうか。そうでしたね。はっはっはっ、はぁ……。しかも原動力不足。他のロボットたちも、工事用でこちらには回ってこない……。これは、つまり……。
私の手足となるコマが、ひとつもないと言うことじゃないですか!』
全盛期ならば医療室にも、すぐに動かせる看護や救急搬送のロボットたちがいたのだが、現在のところ全面的に活動停止中。当面、復活の見込みはない。
全ては原動力不足が招いている事態である。
動かせる媒体と言えば、この声の主、レッド・ジョーカーが使用している人造生体、その一体のみである。
『しかたがありませんね。あまり荒事に人造生体は使いたくないのだが……。
緊急事態ですよ、エリュシオン。貴重なサンプル確保のために、是非ともそちらの手を貸してください』
レッド・ジョーカーが協力を依頼した先は、万能型宇宙船エリュシオン。かつてエルフが築き上げた超魔導文明を受け継ぐ、生きた母船である。
送られてくるデータから、エリュシオンはレッド・ジョーカーの意図を正しく汲み取っていく。
だが、その返答は存外サッパリとしていた。
『却下である』
『な、な、なぜだね?!』
断られるなど思いもしなかった、といった様子の声に、ぞんざいな声が答える。
『船内への危険物持ち込みは、安全上の理由のため許可することはできん』
『えええっ~! だけどこれは、原種から派生したと思われる、今世の貴重なデグリスモアですよ。
しかも彼らの会話をちゃんと聞いたのかね? どうやら転移門を越えて、こっちに来るつもりのようだ。
今のうちにその存在を把握し、完全掌握しておかなければ! デグリスモアのデキ次第では、ここまで侵入して来るかもしれないよ?』
『むむっ』
応える声が少し考え込むような様子を見せると、レッド・ジョーカーはさらにたたみかけるように説得を続ける。
『今の私たちはモロい。原動力枯渇に縛られ、自由に動けず、すべてが思うに任せられない状態だ。ですから何ごとにおいても先手を打っておくべきなのですよ。
問題が発生する前に、危険物は排除しましょう。攻撃は最大の防御ともいいます。
そうだ。船内への持ち込みが危険だというなら、ぜひアレを私に貸したまえ。キューブに取り込んでしまえばよい。そうしたらその中で、私が安全に有効活用させていただこう。
どうかね? エリュシオン……』
しばしの逡巡ののち、『了解した』と声が返ってくる。
エリュシオンにとっても船とその乗員の安全は、何よりも優先すべき項目だった。外部から攻撃の可能性があるならば、それに見合った対応は当然である。
とは言え、確かにとれる手段は限られているのだが……。
それからデスク脇の受け取り口のフタが開き、手のひらサイズの真っ黒な四面体が届けられる。
『知っておるとは思うが、キューブは光を原動力としておるため、昼間は何も問題ない。
だが夜間になると使用状況によっては、領域を確保できなくなる恐れがある。たやすく穴が開くぞ。原動力の残存量にはくれぐれも注意することだ。
それと、中身は必ずカラにして船内に持ち帰れ。不可能ならば、そのまま適切な場所に廃棄しても構わぬ』
「了解した。ありがたくお借りしますよ、エリュシオン」
それまで背もたれ椅子に座ったまま、微動だにしなかった白衣の人物が、そう礼を言ってゆっくりとまぶたを開く。
もちろん蓬髪にかくれているため、その瞳を見ることはかなわないのだが──。
『礼は必要ない。危険排除のため、吾輩は必要な事をするまでだ。だがしかし、おぬしこそ油断するな。
何事もほどほどにしておかねば、いつかその好奇心が身を滅ぼすことになる。さて。──忠告はしたぞ。では。うまくゆくことを願っておる』
椅子から身を起こした人物は、口元だけでフッと笑うと、立ち上がって真っ黒な四面体を手に取る。
闇を吸い込んで固めたような、ツヤのない暗黒物体だった。
長くモシャモシャとした髪に覆われて、レッド・ジョーカーのその表情を読み取ることはできない。
そのまま無造作にキューブを白衣のポケットにしまい込む。
そして暗い部屋の中で、モニターの明かりに白衣を浮かび上がらせて、ただ幽鬼のようにたたずんでいる。
髪のすき間からわずかに覗くその目は、モニターに映し出される一人の男に向けられていた。
サンプル№128のオリジナルと呼ばれる男、グリースの森のバルダララス──。
「すぐにお迎えに行きます。待っていてくださいね」
うっとりと優しくそう告げるレッド・ジョーカーの声を、しかしその場で聞く者は、誰もいなかった。
新たに出てきたキーワード『デグリスモア』──。
何やら恐ろしい存在のようですが、バルは実験体になってしまうのか?
次回『26.バルダララスと黒い壁』。
レッド・ジョーカーが動きだす。
そして大混乱の引き金が、引かれるのである。




