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24.裏切りの果てに──バル

まだ夜も明けきらぬ早朝──。

馬車を率いて臨む先は、

厳かにそびえ立つ賢人と聖人の見守る、門の向こう。


──ジュリアロスの森。


精霊たちの集う森で、さっそくひと悶着が発生!

一体、どうすればいいの?


 御者をするバルを中央にして、その左右にそれぞれオットー王子とラナメールが座る。

 黎明の賢人アスタリオと、慈愛の聖人マロウエの巨大な石像を前にして、ラナメールは両手を組み合わせて一心に祈った。


 ちゃんと森に入れますように、ダグ王子が無事であるように。そして再会してちゃんと助けられますように……。


 東の空がずいぶんと白み始め、早起きの小鳥たちが森のどこかでさえずり始める。

 少しひんやりとした早朝の空気の中、馬たちはバルのかけ声にあわせて歩み出す。車輪を軋ませながら、馬車はゆっくりと動き始めた。


 そして偉大なる賢人と聖人が見守る中、馬車はその前を通り過ぎていく。


 しばらくそのまま進んで、馬車はすぐに停車する。

 祈りを解いたラナメールが御者台から背後を振り返ると、そこには賢人・聖人の像が変わらずある。


「ジュリアロスの森に、入ることができたのか?」


 同じように振り返り、問いを発したオットー王子の肩に、バルがポンと手を置く。


「ああ。どうやらそのようや。えらいあっけないもんや。サンデールの王族がジュリアロスの末裔と言われるのも、あながちウソやないのかもな」


 バルはどこかしみじみと感慨深げにつぶやく。


「さあて。ほな、始めよかっ!」


 と、それから打って変わった様子で、バルは力強く宣言する。

 それと同時に馬車からは男たちがゾロゾロと降車してくる。みな荷の護衛をしていた、いわゆるオットー王子の私的護衛たちである。


 もともと盗賊かならず者かと思うような風貌だが、なんだかさらに荒くれた気配が強く出ている。それぞれが獣の革や毛皮など、身にまとっているせいだろうか。


 荒々しいケモノを前にしたような緊迫感が漂っている。というか、なんだか殺気を押し殺したような、重苦しい気配である……。


 しかも思っていた以上の人数が馬車から降りてくる。荷の護衛をしていた人数よりも明らかに多い。どうしてか人の数が倍ほどに増えている。

 彼らは無駄口を叩くこともなく、まるで訓練された兵士のように、淡々とバルの周りに集合する。


「首長、そろいやした」


 熊を思わせる大男が、はじめて口を開く。しわぶきひとつ聞こえない集団の中で、その男の声だけがくぐもって響く。


「ああ。そやったら、手はず通りいこか。そないに気負うな。自然体や、忘れるなや。

 グリースの森の加護は我らと共にある。ここからは慎重に迅速に。侵攻、開始や──」


 バルの言葉に、男たちから声にならない応えが返り、合図とともに一斉に森の奥へと移動していく。

 その一糸乱れぬ連係に呑まれ、あっけに取られていたラナメールが、あわてて声を上げる。


「バルッ! 侵攻って、どういうことなの? わたしたちはダグ王子の捜索に来たのよ。何を勝手なことを始めているの!」

「そ、そうだ。何を始める気だ! ボクは何も聞いてないぞ!!!」


 騒ぎ出した王族ふたりに、バルはいままでとは違った視線を向けてくる。これまでは鋭さを感じさせながらも、どこかまったりとした人の良さを感じさせる男だった。

 とても行儀のいい魔獣のような──。鋭い牙を持ちながら決してそれを持ち出さない、理知的で飄々としたよき隣人だった。


 そのよき隣人の仮面がすっかり抜け落ち、まさに悪いことを企む大人の顔になっている。


「お遊びの時間は、おしまいや」


 男たちが森へと消えていくのを確認しながら、バルは片手を上げて告げる。


「お陰さんで森への侵入は果たせた。恩に着るわ、王子さんにお姫さん。生け贄王子は生きとったら拾ってやるさかい、ここからはあんたらも好きにしぃ。戻ってもええで。

 武官らがここへの再入を許すかどうかは、知らんけどな」


 ア然としているふたりを尻目に、そう告げて立ち去ろうとするバル。しかしその前に、一人の男がスッと立ち塞がった。


「私は、残らせてもらいますよって」

「……ヒュー、おまえ」


 バルとヒューの間で視線がぶつかり合い、見えない火花が散っているようだ。

 鋭く冷めた視線でヒューを見下ろし、バルは一言「破門やで」と告げる。

 (おごそ)かな圧の込められた一言に、ヒューは理解しているとばかりに、深々とバルに頭を下げる。


「アホが。情に流されよって。勝手にしとけや」


 そう言い捨てると、残っていた仲間とともに、サッサと森の奥へと進んでいく。


「おいっ! 待て、バル! どういうことだ! 戻ってきてちゃんと説明しろ!」


 その背を追いかけようとするオットー王子を、ヒューが抱き留めて止めにかかる。


「ボクを騙したのか? 裏切ったのか! おい、バル! 答えろっ!」

「どういうことなのか、話してくれるのよね、ヒュー」


 もう振り返りもしない男は諦め、ラナメールはヒューに視線を向ける。

 バルの不興を買ってまでして、ヒューはここへ残るらしい。それは何のためなのか。オットー王子のため? ふたりが子どもなのを、気に掛けて? それとも……。


「おまえも裏切るのか! ヒュー! おまえもっ、おまえだって!!!」

「もう。しっかりしなさいよ、オットー!!! ヒューは逃げてないでしょう! そんなに襟元きつく掴んだら、ヒューが何も話せないじゃない!」


 ヒューに掴みかかっているオットー王子を、ラナメールはポカポカ叩いて引き離そうとする。

 けれど王子は完全に頭に血が上ってしまい、瞳を充血させて真っ赤になった顔で、腹立たしさやら悔しさを止めることができない。

 かなりお怒りのようで、ラナメールの言葉も届いてはいない。


 森に消えたバルが、何をする気かは知らない。だが、ジュリアロスの森に入り込むために、王族ふたりが利用されたらしいことは、何となくわかった。

 森に入って早々、こんな風にいきなり見捨てられたことには腹が立つし、わけが分からなくて不安にもなってくる。


 ついさっきは殺されたかと思って、本気で心を痛めたのだ。生きていてくれて、本当に良かったと、心から安堵したのだ。

 なのに、あのバルの言動は、あんまりにもひどいと思う。オットー王子の怒りはもっともだった。


 だけど、とラナメールは思う。

 まだ6歳でしかないダグは、きっともっともっと心細かったはずだ。

 いきなり一人ぼっちで、この森に放り込まれたのだから……。

 どれだけ不安な気持ちになり、戸惑いと悲しみを胸に抱いたことか。今だって苦しい状況にいるかも、分からないのである。


「ああ、もうっ! わたしは行くわよ。バルが何をしようと、わたしの目的は変わらないんだもの」


 荷物を肩に引っかけ、ラナメールは早口に告げる。

 それから、両手を腰に当てて両足に力を込めてすっくと立ち、もみ合いになっているふたりに声高に宣言する。


「ダグ王子を見つけるの。そしてバルのことを、女神ジュリアロス様に言いつけてやるのよ!」


 ふたりは「えっ?」と、驚いたようにラナメールを見つめる。


「何よ。当然でしょう! バルなんて、もうどうでもいいけど、腹が立つから女神様に言いつけてやるわ。告げ口よ。純情なオットー王子の信頼を裏切ったんだもの。

 何だか知らないけど邪魔してやるし、当然のバツを受けさせるべきだわ!」


 鼻息も荒いラナメールの言葉に、オットー王子は毒気を抜かれたらしい。掴んで揺さぶっていたヒューから、おずおずと手を離す。


「泣いているヒマがあったら、行動しなさい」

「だ、誰が泣いてなど……!」

「だったら、それは汗なの? さぁ。これで顔を拭いて。ほら、水でも飲む?」


 荷物の中から、タオルやら水筒やら取り出してくるラナメール。それを「いらん」と突っぱねて、服の袖で乱暴に顔を拭うオットー王子。


 そんなふたりに、ヒューは顔を背けて震えている。

 どうやら声には出さず、笑っているらしい。もしかして爆笑か? 

 さすがのラナメールも、ちょっと恥ずかしくなってくる。


「とにかくダグを見つけるわよ。まずは神殿を目指しましょう。早くしないと、日が暮れてしまうわ。いつまでもぐずぐずしてるなら、置いて行っちゃうからね」

「…………うっ。分かってる。分かっているんだ。取り乱して、すまなかった」


 気落ちした様子で、ちらちらと視線を寄こして謝るオットー王子に、ラナメールは「うん」と気にする様子もなくうなずく。


 王子の機嫌が直り、まっとうに動いてくれるなら、それでよかったのだ。

 それから宮殿から持ち出した古い地図を広げると、これから進むべき方向を確認し始める。


 その姿をふたり並んで眺めながら、ヒューがぽつりとつぶやく。


「殿下。最高のパートナーやで」

「……」

「大事にしなはれや」

「……あ、当たり前だ」


 また、今度は耳の先まで赤くなりながら、ぽつりと怒ったように答えるオットー王子。


 そのささやかなやりとりは、真剣に地図に見入っているラナメールに届くことはなかった。




いいように利用され、捨てられる……。

落ち込み、納得できない王子様。

許せない、言いつけてやると奮起する巫女姫。


どちらにしろ、ふたりの冒険はまだ始まったばかり。


次回『25.サンプル№128のオリジナル』

新たなる発見に、またまた何か企み始める人物有り!

あの赤毛のお医者先生が、動きだす……。

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