22.転移門前──兵団との合流
黒トカゲの串焼きは、淑女にはチョット刺激が強いようです。
ラナメールの場合は……。あー。まだ、10歳なので。
王子様御一行は、無事に転移門前の兵団と合流します。
ねぎらいの物資がたくさん届けられます。酒とか酒とか。
よって何やら、楽しそうな酔っ払いが出てきそうな気配……。
ヒューの腕の中でくったりとしているナナクロに、驚いて心配していると、「くはははっ」と笑う者たちがいた。
「これこそ正しい淑女のあり方ってもんですよ、お姫さん」
そう告げたのはバルと呼ばれる、オットー王子の私的護衛のひとりだった。
とても背の高い大男で、少し長い灰色の髪はたてがみのようだ。精悍な顔にはふてぶてしさを漂わせ、からかうような口元をニヤリとゆがませている。
振り返ったラナメールは、それに臆することなく堂々と意見を呈する。
「わたくしだって、正しく淑女よ」
本気で答えたのだが、護衛達からはまた笑い声が上がり、バルは大げさに肩をすくめてみせる。
「飢えてもおらんのに、そんなゲテモノ平気で口にする淑女やなんて、聞いたことない」
「……ゲテモノ」
「あの巫女さんの反応が、ふつうの貴族の淑女が見せる反応。お姫さんは、よっぽどの変わりモンや」
ラナメールは眉間にシワを寄せる。さっき食べたトカゲの丸焼きは、どうやら一般的な食べ物ではなかったらしい。
彼らは普通に食べていたし、今もまだ何本か串に刺さって、たき火にあぶられている。
しかもそれなりに美味しくいただいてしまった。
「何ごとも、経験ですわ。それに、悪くないお味でしたわよ?」
「へぇ。そりゃよかった。せっかくご馳走したかいがあったってもんです」
いかにも強くてワルそうな見た目のバルだが、目を細めてまんざらでもなさそうな様子である──が。ふと、その顔をどこかほかでも見たような気がした。
出会ったのは、今回の護衛依頼が初めてのはずだった、が……。
それが何かと考えて、最近、神殿でよく見かける大きなネコを思い出す。
野良ネコらしく人には近づかないが、ふてぶてしい態度で気持ちよさげな場所を陣取り、少し離れていつもこちらをうかがっている。
ちょっとワイルドな容貌なのに、最初からなんとなくバルに親しみを覚えたのは、あの灰色のネコによく似ていたせいだ。
そう思いつくと、なんだかガラの悪そうな目つきまで、そっくりに思えてくる。
思わずそのことを口にしそうになったが、すんでのところでイヤイヤと思いとどまる。
「神殿でよく見る野良ネコに、そっくりですね」、と告げたところで、共感が得られるはずもなかった。
あとでオットー王子と、このミニ情報を共有しよう、と思っていたら、ナナクロが倒れた騒ぎを聞きつけたらしく、「何事だ」と騎士たちやカリスノーウや王子が駆けてくる。
「やれやれ、ここまでか」と肩をすくめてラナメールは振り返る。
少しオットー王子の私的な護衛とやらと、親睦を深めておこうと思っただけなのに、騒ぎになっては本末転倒である。
「なんでもないわ。ナナクロが焼きトカゲに驚いてしまって、目を回しただけよ」
騎士たちにそう説明すると、たき火の串焼きに目をやって、なぜかみんな納得したようで、すぐに持ち場に戻っていく。
バルの言う通り、手渡された焼きトカゲに驚いて目を回すのは、淑女の正しい反応なのだろうか?
ラナメールといえば、ボリボリと頭から食べてしまったのだが?
「おまえというやつは……。全く。少しはじっとしておられんのか。
バル、すまん。迷惑をかけたな」
「いえいえ、とんでもないことですよ」
「ええっ? えっ? ええぇー?」
走ったのか、少し息を切らせたオットー王子は一方的にそう告げると、問答無用とばかりにラナメールの手を掴んで馬車の方へとしょっ引いていく。
騒ぎを起こしたのはナナクロで、ラナメールは何の迷惑もかけていないはずだが……。
焼きトカゲをくれたバルたちにこっそり手を振り、ラナメールはしおらしくオットー王子に連行されるのであった。
転移門にたどり着いたのは日暮れ前。
ほぼ予定通りに到着した王子様御一行は、兵士たちによって大歓迎されることとなった。
現場の士気が高いというよりは、もたらされた酒樽への大いなる期待だろう。
大号令の翌々日に兵が配置され、『神の使徒』という名の生け贄に選ばれたダグ王子を送り出した時は、転移門の周辺はキリキリと大気が軋むような緊張感に満ちていた。
だが、それから一週間ほどが過ぎた今も、特に変わったことはない。
何もない森の中、特に何か起こる様子もないのだ。
せいぜいが、話を聞きつけて近づいてきた、物好きたちや余所者を捕まえて取り調べるくらいで、凶暴な魔物が出てくることもない。
ぼんやりと見える転移門の向こう側の景色が少し変わることもあるが、こちら側には何の影響もないし、通り抜けることができなければどうしようもない。
境界の森でも、警邏の兵の前には精霊らしき存在は現れず、以前より出現率が高まったと告げる住人たちから聞き取りをするくらいだ。
あとは何もなかった転移門の付近に見張小屋を作り、上官のための簡易宿舎が建てられており、今もまた駐屯地の施設をいくつか造営中である。
ジュリアロスの森で目覚めた悪しき神が、転移門を越えて現れるのではないかと現在、鋭意警戒中なのだが、現場は平和そのものだった。
目立った動きがない以上、兵たちの警戒も薄れてきて中だるみの気配が漂い始める。
最初の悲壮感がウソのような、穏やかで平和な時間が過ぎていく。そんな中でもたらされた、第一王子の視察の一報であった。
いつ現れるか知れない森の魔神より、敬うべき王族訪問の知らせに、上官たちに緊張が走ったのは言うまでもない。
しかし目覚めた神への奉納の品々とは別に、兵たちへのねぎらいの酒樽が示されると、現場はとたんにお祭り騒ぎを呈してくる。
持ち運ばれた大量の食材が手際よく運ばれて、兵たちによってさばかれていく。
酒宴はまだ始まってもいないのに、すでにお祭り騒ぎの兵たちを尻目に、王国軍の最高責任者である武官イグノジャーは、第一王子オットーらを丁重にもてなした。
建てられたばかりの宿舎は真新しい木の匂いが満ちていて、オットー王子とラナメールは物珍しげに周囲に視線をやる。
そんな王族二人を簡素な応接室へと誘い、お互いの侍従を交えて状況の確認や、今後の予定について話し合う。
そうしたなか、穏やかな転移門や周辺の森の様子を聞いて、当然だとラナメールは内心で頷く。
ラナメール自身、精霊のお告げは『言祝ぎ』であったと確信している。邪神や魔神ではなく、ちゃんと女神ジュリアロス様が目覚めたのだと考えている。
ならば悪いことなど、起きようはずもない。
だが周囲の人間は、そうは思っていない。
王族であり、将来有望な巫女であるラナメールが、たとえそうではないと発言したところで、いきなり周囲の考えをひっくり返すことは難しい。
なので神への捧げ物をすると言っても、明日の朝から転移門の前に祭壇を作り、巫女ラナメールを中心にみんなで祈りを捧げる、ということになっている。
まさか転移門の向こう側にまで献上品を届けに行くなど、そんなことは武官イグノジャーが絶対に許すはずもない。
オットー王子はもちろん、第三階位であるラナメールも、王国では最高位の貴人に値する。
危険な場所に行かせて、易々と失われることがあってはならないのだ。
山のように大きな体格の壮年の男、武官イグノジャーは己の武功によって成り上がった強者である。
命じられたことを愚直にこなし、堅実に足元を固めていくタイプだ。
ラナメールが何を言ったところで、王の命令を覆すことはないだろう。
立ちはだかる巌のように頑強な武官に、正面から当たって砕けるつもりはない。
せいぜい品良くおとなしい少女を装って、ラナメールはにこにこと大人たちの話を聞いていた。
食事と酒が振る舞われ始めると、やがて兵たちはご機嫌な様子で出来上がっていく。
宿舎の外でも、大声で交わされる会話や歓声が、喧噪となって周囲に響いている。
武官イグノジャーも久しぶりの酒に酔いが回ったのか、やがて赤ら顔で次官や侍従たちの肩を叩いて話に興じ、大声で同じ話を繰り返している。
興が乗った武官が熱を入れて語るのは、少し前に体験した自身の武勇伝だった。
なんと巨大な魔熊と、ほぼ素手でやり合ったらしい。
武官の倍ほどの背丈があった巨大魔熊との壮絶な戦いは、まったくの不意打ちだったとか。その時は大した武装もなく、さすがの武官もここまでかと覚悟を決めたらしい。
しかし、たまたま手持ちだった度の強い酒が効を奏し、巨大魔熊をへべれけの酔っ払いにして殴り倒し、からくも仕留めることができたんだとか。
かしこまって拝聴していたオットー王子だが、いつの間にか武官イグノジャーの腕の中にガッチリ捕えられ、戦いの時の心得やしかるべき戦闘法など、くどくどと伝授されている。
「11歳にしてはいい体格だ」「もっと鍛えるべきだぞ」「オレが将来の王を鍛えてやろう」「オレが11の頃は……」
とにかく男同士の話は尽きないようである。オットー王子がすがりつくような視線をラナメールに向けてくる。
へべれけの巨大魔熊を倒した武官イグノジャー。だけどへべれけになった武官イグノジャーを、オットー王子は倒すことができないようだ。
おや? へべれけの筆頭侍従カリスノーウも、いつの間にか反対側から王子にからみ、ぐしぐしと泣きながら何かを訴えている。
一体誰だ? 下戸のハズの筆頭侍従にしこたま呑ませるのは。
見ていると、カリスノーウのゴブレットに、笑いながらなみなみと酒をつぎ足す者がいる。
ヒュー、お前か。
酔っ払った筋骨隆々の魔熊と、口の立つオデコの広い大トカゲに挟まれ、小さく丸まったオットー王子は、まるで手も足も出ない子ブタさんのようだ。
オットー王子の目は「何とかしろぉ~」と言っているような気もするが、そっと視線をそらせて見なかったことにする。
それから食べるものをしっかり食べたら、早めにサッサと退座することにした。
男子言語は、女子にはよく分からないのである。
ナナクロとともに、与えられた部屋にそれぞれ引きこもると、早々に布団に入る。
今日は、慣れない馬車の移動で一日疲れていた。
遅くまでお祭り騒ぎは続いていたが、いつでもどこでも快食快眠のラナメールは、いつしか深い眠りへと落ちていった。
いつ終わるとも知れない、酔っぱらいたちの無礼講の渦。
どっぷりと飲み込まれる王子ですが……。
仕掛け上手な隠密ヒューが、こっそり救い出したはず……。
うん。たぶん……。
次回『23.転移門の剛壁──武官イグノジャー』
このおっちゃん、タダ者ではありません。
電光石火! その冴え渡る剣さばき、とくと見よ!




