21.王子様御一行、旅立つ
いよいよジュリアロスの森へ出立です。
王族であるオットー王子と姫巫女ラナメール。
ふたりの周囲にはたくさんの人が付いています。
ラナメールにもナナクロというお目付役が付きますが……。
ヒューが用意した計画は、大号令にて知らされた目覚めし神への奉納と、転移門を監視する兵団の視察を兼ねた、第一王子オットーによる公の仕事だった。
オットー王子指揮の下、物資や護衛が集められ、その監督として名を連ねたのは、なんと大巫女ザンネである。
といっても大巫女ザンネは、神殿の代表としてラナメールを指名しただけで、後はコレと言って口を挟むわけでもない。
ダグに同情的だった王の側妃コレダからは、それとなくダグの安否を探るよう、コッソリ打診があった。ダグの人身御供について、ウラでは思うところがある者がいたらしい。
だったらもっと早く、ダグを森にやる前に、どうにか手を回して欲しかった。だが、表立って王意に逆らうのは難しいようだった。
危険をおかし身を呈してまで、ダグを助けたいとは思わないが、誰かがやるならこっそり手を貸してやってもいいらしい。
何の後ろ盾もないダグを助けたところで、本来なら何の得もない。だが、もしも王と第一王子に何かあれば、ダグという存在は一気に重くなる。
次の王は第一王子のオットーでほぼ決まりだが、王となるには血筋よりも魔力階位が決め手になる。
少なくとも第二階位以上なければ、古くから受け継がれるいくつかの秘宝が動かせないためだ。それでは秘匿されている様々な儀式の時に、王が困ることになる。
オットー王子とラナメールはともに第三階位である。実は頭一つ分、ラナメールのほうが第四階位に近いと言われているが、まあ、誤差の範囲である。
だから王子と巫女とは言え、どちらも王族だし、案外、気安い関係であった。
しかしダグ王子は、おそらく第四階位。あるいはそれ以上ではないかと、ラナメールは推測している。
年の割に大人びた、あの聡明な琥珀色の瞳を見ただけで、膨大な魔力量と何かやってくれそうな得体の知れなさを感じてしまう。
そこにいるだけで、人を畏怖させるだけの何かをもった少年だった。
王はダグを無視して遠ざけたが、きっとその過ぎた力を忌避したに違いない。それはダグの責任ではないし、ダグにはなんの罪もないというのに。
そのためか、神殿では神官ゲルガーによって、特に厳しく指導されていたらしい。
高階位であることは、本来なら喜ばれるはずなのだ。黎明の賢人アスタリオの再来と、もてはやされてもよいくらいなのだ。
だからもしも王家に何かあった時は、ラナメールもだが、ダグはその高階位を理由に一気に王へと担ぎ上げられる可能性がある。
そんな、もしもの時のために、恩を売れるなら売っておこうという腹づもりなのだろう。
だからこそ、王に危険だと見なされていたのだ。我が子のハズなのに……。
あまり難しいことは、ラナメールにもよく分からない。
だが、ダグを助け出せたとしても、城や神殿に連れ帰るわけにはいかない。側妃コレダは隣国に逃す手立てを用意できると言っているが、ヒューは市井に逃れる手もあると言う。
しかしまずはダグを助けてからだ。ジュリアロスの森に入り、どうにかしてダグを見つけないことには話にならない。
ラナメールはゆっくりと進んでいく馬車の中で、今回の計画を練り上げた影の参謀に脱帽だった。
さすがというか、オトナの考えることはやはり違う。
まさか視察や奉納という体裁を整えて、大腕を振って神殿の外に出られるとは思ってもみなかった。
もっともその準備のために、一日半がすでに費やされている。計画して準備に走り回ったヒューからすれば、たったの一日半であるのは分かるのだが──。
できることなら、あのまま単身ですぐにでも転移門に駆けつけたかった。けれど準備がないまま突っ走ったところで、きっと何も成せなかっただろう。
気はあせるがオットー王子やヒューを信じようと思う。ダグは女神様の加護の許、無事であると信じる。今はただひたすら無事を信じて祈るしかない。
そしてあとは助け出すために、できることをやっていくだけだ。
現地の兵士たちへの見舞いとばかりに酒の樽が積まれ、奉納の物資には、ジュリアロスの森の探索に必要な物資もまぎれ込ませてある。
出費はオットー王子個人の持ち出しで、かなり懐が痛んだらしいが、金銭に疎いラナメールはそこからそっと目をそらせる。
オットー王子の崇高な魂と、ぽっこりまあるい太っ腹に心から感謝を捧げる。そしてこれからも、オットー王子が立派な王となれるよう、応援していこうと思う。
なんだかんだと突っかかってきて横柄な王子だが、小さな異母弟を助けるために自ら動くほど、情は深いのだ。
護衛は近衛が二十名、侍従が十名、それとオットー王子の私的護衛が十数名。近衛は王族を護衛し、他は後に続く荷馬車についている。
私的護衛はもちろん、ヒューを含むバルとか言う者たちで、ジュリアロスの森に入ってからの二人の護衛と、ダグを探すための要員である。
王族が動くのだからかなりの大所帯だが、これでも人員を縮小したのである。
しかし近衛は騎乗しているが、あとは徒歩である。なので、ラナメールを乗せた馬車の歩みは、とてもゆっくりしている。
まだ暗い早朝から城を出発して、ジュリアロスの森に続く転移門を目指すのだが、丸一日を掛けての移動となるのである。
早く早くとラナメールの気は急き、できるなら馬車の中で駆け足をしたいくらいだ。そんなことをしても、早く着かないことはわかっているのだが。
座ったまま足をパタパタしていると、向かいのオットー王子にうるさいと睨まれ、そのとなりに座る中年の筆頭侍従からは冷たい目を向けられる。
ラナメールのとなりに座る年かさの巫女は、あきれたようにペシリと太腿を叩いてくるが、何度たしなめられても気が急くのは仕方がない。
斜め向かいから、冷たい目を向けてくる筆頭侍従は、名前をカリスノーウという。血筋は良いが階位が足りず、ぎりぎり王族に入れなかった貴族らしい。
そのため、と言うわけでもないだろうが、オットー王子の教育係というお役目に誇りを持っていて、とても仕事熱心なのである。
ラナメールは王位に興味がなく、オットー王子と敵対する意志もないことを示しているのだが、それでも油断すべきではないと考えているらしい。
警戒心が強いというか、ラナメールを牽制するような言動がよく見られる。
カリスノーウは生え際が後退し続けて、もはやおでこか頭かよくわからない前頭葉を持つオジさんである。
会うたびに向けられる、冷たく蔑むような目は好きになるはずもないのだが、同時に面白いなと思ってしまうのだ。
普通、父親ぐらいの男性に睨まれれば、萎縮して緊張しそうなものである。
しかし残念ながらラナメールは、その程度でうろたえるような10歳女子ではない。
階位の違いというのは、人種の違いに匹敵する。魔力だけでなく、精神的にも早熟で頑強な傾向が顕著に見られる。王族とその他では、まさにデキがちがうのだ。
それほどまでに階位の差とは、能力の差を指し示している。
だからラナメールから見れば、カリスノーウはオットー王子を守ろうとして、懸命に虚勢を張って威嚇してくるトカゲのように見えてしまう。
ラナメールは、は虫類がきらいということはない。いやカワイイと思っている。
カリスノーウのことも「よく頑張ってるね」って、頭をナデナデしてあげたいくらいだ。しかしそこは自重して、とっさに手を組み合わせると、祈るようにもみ手をする。
「何をしておられるのです」
「新しいお祈りよ」
そのもみ手を怪しみ、尋ねてきたとなりに座る三十代後半の巫女は、名をナナクロという。
男性ばかりの一行に、さすがに女の子一人を放り込むわけにもいかないと、大巫女ザンネがつけたお目付役である。
おおらかなところはラナメールと気が合うが、意外に細かいところに気付いて突っ込んでくるのが、面倒くさくもある。
思ったことをすぐに口にしてしまう悪癖のあるラナメールに、今も神経を尖らせているにちがいない。
なんせ対面に座っているのは、次期国王と思われているオットー王子と、その筆頭侍従を務めるカリスノーウである。
うちの生意気な巫女がスミマセンと、低頭して必死にラナメールの手綱を握っているのである。
もっともそれが成功しているかといえば、微妙なところである。
なんせ突拍子もないことをする巫女である。
マジメで素直なところもあるのだが、とにかく思考がブッとんでいる。高階位のせいなのか、もともとの性格なのか、ナナクロとしてはヒヤヒヤしっぱなしである。
馬車での移動だが、当然、途中で何回か休憩が取られる。
お昼も馬車から降りて体を伸ばし、お茶や軽食を取ったりするのだが、森に続く街道は少し見晴らしがいいだけで何もない。
当然ナナクロもお茶の用意などで、侍従達に混ざって動いていた。
そうしてふと気付いたときには、すでにラナメールの姿はあたりになかった。
あわてて探し回ると、「ガハハハハッ」と遠慮のない男たちの高笑いが響いてくる。見ると少し離れた場所でたき火を囲んでいる、盗賊かならず者のような集団が目に入る。
オットー王子殿下が雇っているという、得体の知れない荷の護衛たちである。
ガサツで荒くれ者たちといった風情に、思わず眉をしかめたくなる。
粗野で荒々しい、ああいったならず者たちは、たいてい暴力で物事を押し進めがちだ。
余計な問題を起こしやすいので、特に女性であるナナクロは近づかないに限るのだが、よく見るとそこにちんまりと混じっている少女がいる。
こちらに背を向けているが、見慣れた背格好を見間違えるはずもない。
ラナメール──!
ナナクロは目玉が飛び出さんばかりに驚き、めまいと動悸がして一瞬立ちすくむ。
しかし大巫女ザンネの鬼のような顔が脳裏をよぎり、なけなしの信仰心と正義感を呼び覚まし、自分を叱咤しながら懸命に悪党どもの一団に近づいていく。
「ら、ラナメールっ! こっ、こっちに、いらっしゃい!」
ひっくり返った声はかすれ、自分でもぷるぷる震えているのがわかったが、なんとしてもこのならず者たちから、ラナメールを引き剥がさなくてはならない。
そこへいっせいに向けられる男どもの視線。その圧に一瞬、「ひっ」と声にならない悲鳴を上げ、意識が遠のきかける。
「えっ、何? ナナクロ?」
気付いたラナメールが振り返る。だがその口はモグモグと動いていて、端から黒い紐のようなものが垂れ下がっている。
それを摘まみだして、たき火の中にポイッと捨てると、ラナメールはたき火のそばの新たな串を「これいい?」と男に確認して引き抜き、「はい」とナナクロに差し出す。
「ナナクロも食べる?」
かわいく小首を傾げているが、串に刺さっているのは真っ黒なトカゲの丸焼きである。
思わず受け取ったナナクロだが、すでに天に召されたはずの串刺しのトカゲとバッチリ目が合い、「ひいいっ!」と放り投げてしまう。
ついでにプッツンと精神の糸が切れたらしく、そのまま白目をひんむいて倒れてしまう。
ならず者に混じっていた一人、ヒューが素早く動いてナナクロを抱きかかえ、すんでの所で受け止めてみせた。
しかし、なぜナナクロが倒れたのか、ラナメールには理解できない。
「ナナクロっ? えっ? どうしたの? しっかりして!」
鮎の串焼きは食べられても、トカゲの串焼きは……。
「美味しいものは万国共通、みな笑顔」と言いたいけど。
食文化の壁って、あるよね。
次回『22.転移門前──兵団との合流』
たくさんの手土産を持って、兵士の皆さんをねぎらいます。
ってか、酒か? やっぱ酒なのか?




