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20.巫女と王子と護衛ヒュー

ジュリアロスの森の大号令──。

その不吉な解釈と、幼いダグ王子への無慈悲に納得できず、

大巫女ザンネと激しい言葉を交わした、姫巫女ラナメール。


まだまだ気が荒ぶるラナメールは、いったん自室に戻りますが……。


 サンデール王国にそびえ立つ城と、対を成すようにして建てられる白亜の神殿──。


 その神殿の片隅にある自室に飛び込むと、少女は大きなカバンを取り出して、必要と思われるモノをあちこちから引っ張り出す。


 大巫女ザンネの部屋を去ってから、なにやら不穏な気配をまとう少女ラナメールだった。

 その姿を追ってきた第一王子オットーだが、ラナメールの奇行には戸惑いを隠せない。


「お、おい。ラナメール……。一体、何をしているんだ?」


 血族とはいえ、さすがに婦女子の私室に入ることはためらわれる。

 オットー王子はその戸口から、荒れ狂ったように部屋の中を飛び回る少女に声を掛ける。


 そのオットー王子の足元をスルリと通りぬけて、散らかる部屋に足を踏み入れたのは、ふてぶてしい顔つきの大きな灰色の猫である。


 ラナメールがポイポイと引き出しの中のモノを取り出し、後ろも見ずに放り投げるのを、器用にさけて通り、窓際の出窓に飛び乗るとそこで寝そべってしまう。


 猫につられて部屋に入りそうになった時、何かがふわりと宙を舞って、オットー王子の栗毛頭にペタリとはりついた。


「何だ、コレは」とモッチリとした指でつまみ上げて、両手で広げてみせる。

 白いレースと刺繍でできた、三角形の小さな布だった。引っぱると意外にビヨーンと伸びる。


 何だろうと思って伸び縮みさせていると、「はっ」と気付いたラナメールが、疾風(しっぷう)迅雷(じんらい)の勢いで迫り、バシッとソレを奪い取る。

 渾身(こんしん)の力をこめているのか、下ろされたその手は、震えるほどぎゅっと強く布を握りしめている。


「……オットー王子……」


 続いて出てきたのは、なんだか地の底を這うような、とてつもない怒りを秘めた声音である。

 その剣幕に恐れを成し、ゴクリとツバを呑みこむオットー王子の返事が遅れた。


「な、な……。なんだ……」


 しかも声が裏返って、どもってしまった。

 相手の怒りはひしひしと感じられる。しかし婦女子の下着など見たことのない王子には、それが何か皆目見当もつかなかった。


 そんなに大事な布だったのか。親の形見か? 御守りか? もしかしてなんぴとも触れてはならない聖布だったのか?

 

「王子、お願いがございます」

「……ぶひっ!」

「わたしに目立たない馬車と、口が硬く信用のおける御者を貸してくださいませ」


 しかし圧が高めなラナメールが口にしたのは、布とは全く関係のない話だった。


「はっ? 馬車に御者?」

「そうです。すぐにでも用意できますよね?」

「へ? いや、それは……。どういうことだ?」


 何の話か分からず、オットー王子は眉間にシワを寄せる。


「王子はときどき、コッソリと城下に出て、手の者と勝手に遠出してますもの。馬車の手配ぐらい、たやすいことですよね?」

「な、な……。なぜおまえが、そのことをっ……!」

「ふふふっ。知っていますとも」


 ラナメールは笑うが、その瞳が妖しい光を帯びている。こんな顔をする少女だっただろうか。

 じっと見つめていると、オットー王子の頬が知らず赤らんでくる。


「殿下のことなら、何だって知っています。このラナメールを、なめてもらっては困りますわ」


 胸を張って強く打って出るラナメールだが、実は下働きのおばちゃんたちの井戸端会議を、たまたま聞きかじっただけである。

 王子は誰にも知られていないと思っているが、結局は王の手のひらの上だ。いや、オットー王子についている、優秀な侍従たちの采配であろう。


「できますわよね」


 有無を言わせぬ強引さだが、今のラナメールはなんだかとても危うい感じがする。

 戸惑いとためらいで困惑していると、そのラナメールの左手がスッと伸びてきて、オットー王子の右手首をそっと掴んで持ち上げる。


「気に入ったのなら、これ、差し上げますわ。どうぞお納めになって」


 優しげな声でそう告げる。

 同時にオットー王子の右手に、ラナメールの右手が重なり、先ほどの小さな布が渡される。


「は?」


 先ほどそれを奪い返す時、鬼のような形相を見せたばかりだ。それなのに、今度はあっさりくれてやると言うのだから、思わず怪訝な顔つきにもなる。


「ナゼ? ……というか、これは一体、何なのだ?」


 意味が分からないとばかりに、押しつけられた手の中の布を見つめていると、ラナメールは何のためらいもなく暴露する。


「おパンツですわ」

「おぱんつ?」


「ですから、わたくしの下着。おパンツですわ」

「…………」


 オットー王子の脳ミソが、その言葉の意味を理解した瞬間、みるみるうちに丸い顔がトマトのように真っ赤になっていく。

 血圧がグググッと上がり、まるで頭頂部から噴火が始まりそうな勢いである。


「おっ、おっ、オマエというヤツは……!!!」


 息も絶え絶えに声を絞り出し、オットー王子は振り上げた手をブルブルと震わせる。


「は、恥じらいというものを知らんのかっ! なりふり構わなさすぎだろうがっ!

 いらんわ、こんなもん!!」


 そう叫ぶと、右手の中の布を、ペシッと床にたたきつけ、真っ赤っかの顔のまま、その鼻息はフンスカ粗い。


 オットー王子、11歳。まだまだお子様だが、女子に興味がないわけではない。

 いや、興味はあるのだが、恥じらいが先立って、素直になれないお年頃である。

 そして純粋に、まっとうな道徳的教育を受けている、第一王子というメンツがあるのだ。


 なのに変態オヤジみたいな扱いに、羞恥心を怒りに変えて「ボクを馬鹿にしているのか!」と叫び、必死になってこの理不尽さにあらがう。

 対するラナメールは、瞳をうるっとさせて「ヒドイ」とつぶやく。


「物めずらしそうに、しげしげと眺めておられたから、差し上げようと思ったのに……」

「しげしげ……と? 眺めてなど、ないっ! 断じて、ないぞっ!」

「気に入りませんでしたの? では、他に何を差し上げれば……。私が持っている物で、何か他に差し出せる物はありますか?」


 パチパチと瞬きをくり返し、上目づかいでそう尋ねられては、呆れてなじる矛先も鈍るというものである。


 少女ラナメール、10歳。お子様とは言え、海千山千の女たちに囲まれて育ち、すでに女たるものの本質を嗅ぎわけている。

 したたかに、しなやかに男どもを(ぎょ)して、欲しいものを手に入れるのである。


 その勢いに、オットー王子も少しずつほだされていく。

 別にラナメールの色香? に惑わされたわけではないが、こんなに必死になっているのは、きっとダグのためだと推察できたからだ。

 ラナメールはか弱い少女の身で、単身ダグを助けに行くつもりなのだ。


 気の強いところがあって、たまに突拍子もないことをするが、根はお人好しな少女である。

 自分より小さくか弱い者が、大人たちの都合で犠牲になることを、とうてい黙って見過ごすことができず、きっと今も必死なのだ。


 ダグについてあれこれ考えを巡らせるうちに、オットー王子も、これは人身(ひとみ)御供(ごくう)なのだと理解した。そうして、何も知らず死へと向かわせられる、ダグを哀れに思った。


 だが、アレは王太子となる自分の地位を(おびや)かす存在でもある。

 だから内心では、弟を生け(にえ)にするという恐ろしさに戸惑いつつも、大人たちのその無慈悲な決定に、異を唱えることはしなかった。

 手をこまねいて、なるようになっていくのを、ただ傍観していただけだ。


 今思えば、この重く苦しい思いを、ラナメールと共有したかったのだ。かわいそうだと思いながら、これも仕方のないことだと──。

 後ろ暗い思いを隠して、一緒に辛さを分かち合いたかったのだ。


 なのに、このラナメールの反骨精神ときたら、あきれるほど強くてまぶしくて、思わず見入ってしまう。心に抱く正義感に従い、まっすぐに行動に移すつもりなのだ。


 比べて自分の心の、なんと小さく卑怯(ひきょう)なことか──。

 思わず恥じ入ってしまう。そしてその輝きに、思わず引き込まれてしまう。


「馬車と御者の用意だったな。わかった。だがボクも行く」

「えっ……。でも、だって。バレたらきっと、ものすごく怒られますよ」

「バレなければいいんだろ。おい、ヒュー」


 オットー王子が声を掛けると、どこに隠れていたのか、小柄な人影が王子の背後から姿を現した。神殿の白いローブを身につけた、どこにでもいそうな青年だ。けれどこれまで見たことのない顔だった。


「へい。いてますけど……。ここは人目もありますし、ちょっと中に入ってもよろしいですやろか」


 と苦笑しつつ、すでにオットー王子をラナメールの私室に押しやり、後ろ手で扉を閉じている。


 突然現れた青年だが、どうやらさっきまでのお馬鹿な会話を聞いていたようだ。

 ラナメールも思わず顔を赤らめ、あわあわと床に落ちている聖布を拾い上げて後ろ手に隠す。それから素知らぬ顔でほほ笑むが、青年も貼り付けた笑顔のまま頭を下げて礼をする。


「突然、失礼いたします。私はヒューと申します。オットー王子殿下の私的な護衛をさせてもうとります」

「私的な護衛?」


 ラナメールはいぶかしげにつぶやく。


「あぁ。その、そうなんだ。以前、街で助けたことがあってな。それ以来、ボクに忠誠を誓って、こうして仕えてくれている。こう見えて、コイツはなかなか使える男だぞ」

「…………」


 ラナメールの眉間には、くっきりとシワができている。


「言っとくが、ヒューじゃないと、内密に馬車は用意できない」

「そのお話ですが。そもそも馬車を用意して、どうしはるつもりですか? ダグ王子殿下をお助けするつもりやったら、他にもいろいろと細工が必要になりますけど……」


 その言葉に、ラナメールがキラリと瞳を輝かせて食いつく。


「ダグを助ける方法があるの?」

「いえ。助ける、ゆうか……。殿下はおそらく五日ほど前には、もう精霊の森に入っておられます。そやから、まずは精霊の森に入らんことには、お助けすることができひんのです」


 その言葉に、ラナメールとオットー王子は絶句する。


「ダグが宮殿を出たのは、今さっき……。いや、今日のことじゃ、なかったのか」

「なにぶん箝口令(かんこうれい)……。内緒にするよう命令がしかれとりましたから。とにかくそういうことで、ダグ王子をお助けするのは簡単やないんです。といいますか……。正直なところ、それだけ日が経ってますから、あるいはもう手遅れかも知れません」


「手遅れって、そんな! そんなの、まだ、分からないじゃない!」


 ラナメールは悲鳴に近い声を張り上げ、落ち着かなさげに両手を固く組み合わせる。


「それでも行かはるのでしたら、まずは転移門に近づく方法から考えて、精霊の森に入っても自分らが生き残る装備と、なおかつ殿下を探す方法を用意しませんと……」

「それは、そうね……」


 ただ馬車で追いかけて、こっそり捕まえて、どこかにかくまえれば……。なんて軽く考えていたのだが……。

 自分の思いつきが、いかに甘いかを思い知らされ、ラナメールは肩を落とす。

 その様子を見て、オットー王子が「何とかならないのか」と、ヒューをせっつく。


「……それやったら、少しお時間を頂けますか。色々と根回ししとかんと……」

「何をする気だ?」

「うまいこと動けても、これは一日や二日で成せる話とはちゃいます。その間、お二人が黙ったままいなくなったら大騒ぎになりますやろ。

 ほんまは私が一人で助けに行けたらいいんやけど、転移門は王族と一緒やないと通れません。精霊の森に入るには、お二人の内どちらかと一緒やないと。

 それから転移門の周囲は今、武官イグノジャー様が兵を率いて厳戒態勢をしいてはります。そこを突破するには、何かの策を弄しませんと。何もナシに見つかったら、即刻、城に戻されておしまいですわ」


「武官イグノジャーか……」


 オットー王子は、厳めしい壮年の男の姿を思い浮かべ、腕組みしながら唸る。


「何日も留守にするって、一体どうしたらいいの? どちらか一人だけでも、難しいことだわ。やっぱり二人はムリなんじゃない?」

「そこは少し考えさせてください。ツテがありますよって。オットー王子殿下にがんばってもうたら、おそらく……。まぁ、なんとかなります」

「……ほんとかしら?」


 いぶかしがるラナメールに、「大丈夫だ」とオットー王子が請け負う。


「ヒューは本当にスゴイぞ。何度もコッソリ出かけたが、まだ誰にもバレたことはない」


 いや、下働きのおばちゃんたちにはバレている。

 なのに彼がバレていないと思っているということは、少なくとも大っぴらに叱られるようなことはなかったということだ。


「そういうことで、しばらくは根回しにお時間を頂きます。その間に準備をお願いします。荷物は着替えを中心に、あまりかさばらへんように。それから、くれぐれもまわりのモンには気付かれんようにしてください。

 あとはいつも通り、バルに手を回しますんで」


 その言葉にオットー王子は深くうなずき、「その、バルって?」と、ラナメールは問いかける。


「長く城を抜け出すときは、いつもバルに頼むんだ。城の外にいるヒューの仲間だが、あいつは腕っ節も強いし、いろいろなことを知っていて何かと頼りになる。

 あっ。だけど、このことは絶対に内緒だ。誰にも言うな。秘密を守れないなら、もうダグは助けられないからな」

「へい。それだけはもう、絶対です。ここだけのナイショの話で、お願いいたします」


 二人に必死に詰め寄られ、自分もその後ろ暗いことに足を突っ込もうとしていることに改めて気付く。ラナメールは「はぁ」とため息をついた。


「すでに一蓮托生だわ。だけどまさかオットー王子が、そんなツテを持っていたなんて。でも、今回はそれが役に立つのかしら?」

「ふん。どうだ。少しはボクの偉大さがわかったか?」

「どこが偉大よ。すごいのはヒューとその仲間じゃない」


 的確なツッコミに、オットー王子は「ぐうっ」と口ごもる。


「おまえは本当に、もうすこし言葉をえらべないのか?」


 またつい言い過ぎてしまったことに気づき、いまさらではあるが、ラナメールは「やってしまった」とばかりに口許に手を当てる。


「では、また後ほど。計画が出来上がり次第、お知らせに上がります」


 そう告げたヒューは、まだ何か言いたそうなオットー王子を連れて、急かすように部屋を出ていく。


 窓辺で寝そべっていた猫も、顔を上げるとスタンッと床に飛び降り、シッポをピンと立てて澄まし顔でそのあとに付いていく。


 そんな一行を見送って、一人きりになったラナメールは、振り返ってしっかりと顔を上げた。

 さっきまで猫の寝そべっていた出窓の向こう側、精霊の森がある方角に目を向ける。

 そして組み合わせた両手にぐっと力を込めて、女神ジュリアロスに祈りを捧げる。


「絶対に、助けに行くわ。だから、どうか無事でいて。ダグ王子」





こうしてジュリアロスの森を目指すラナメールたち。

護衛ヒューも、その仲間に加わります。

けれどその胸のうちには、それぞれの思惑があるようで……。


次回『21.王子様御一行、旅立つ』

えっ。お忍びの旅じゃ、なかったの?


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