18.ここへいたる各々の弁明
ダグとの初接触を果たした、神殿の住人たち。
けれどその顔合わせは、穏やかとは、とても言えたものでなく……。
怖、コワっ、恐、……! となってしまったいきさつを、
それぞれの住人たちから聞くヴィヴィアンですが……。
「ゴブリンキング……」
放心状態におちいる少年のつぶやきに、ヴィヴィアンは「あーっ」とうめいて、己の失敗に気がつく。
さっきまで外を出歩いていたヴィヴィアンは、ついでに日光浴をしていてプラントモードでいたのだ。
それをウッカリ忘れて、少しだけ緑っぽい色のまま、少年の前に出てしまっていた。
しかし断じて、ヴィヴィアンはゴブリンなどではない。
精霊たちからも最初に誤解されたことがあったが、決してゴブリンなどではないのである。
いそいでプラントモードを解除する。
だが、その間にも壁際にへたり込んでいる少年は、緊張の糸が切れたのか、現実逃避とばかりに体を弛緩させていく。
ついでに何やら、ほんわりとニオイが立ち、ヴィヴィアンの眉尻が下がる。
「ああ……。おい、こら。どうしてくれるんだ。
おまえたちが、あんまりに怖がらせるから、ついにお漏らししちゃったじゃないか」
「だが。トドメを射したのは、どう見ても我が主だぞ」
羽の生えたトカゲ人形、エリュシオンの冷静な指摘に、ヴィヴィアンは「うっ」と言葉をつまらせる。
ワザとではなかった。ワザと緑っぽい顔色を見せたわけではない。
だがエリュシオンが指摘したとおり、結果的にヴィヴィアンの注意不足がトドメを刺したようである。
「それに、吾輩は悪くないのだ」
木彫りのトカゲ人形は、完全に開き直った顔で堂々と言いつのる。
「吾輩はスパイアイのデータから、転移門に集まっている種族の言語解析を進め、懸命にコミュニケーションを試みたのである」
「試みた……である」
エリュシオンがそう告げるので、ヴィヴィアンはそのログにサッと目を通し、「あぁ、そーなんだ」と返しながらややあきれ顔になる。
言語解析はいいが、ちょいとばかり大雑把すぎて、結果的にまちがっている。
データソースは転移門にいるニンゲンの兵士たち。
おそらく食事場面の会話だったのだろう。
本当は「何か食べられるか?」と少年を気づかう……つもりだったらしい。
そして発せられた言葉が、まさかの「ハラガヘッタ。ウマイモノ、クイタイ……」。そのまんまである。
「おまえが食うんかい」と思わずエリュシオンにツッコミたいところだ。
現在もニンゲンの言語解析は進行中で、今になって、思い切り使いどころを間違っていたことは判明している。
まさかあの場面では「(おまえを)喰ってやろうか!」に等しい意味になるとは……。
そんな無神経な木彫りトカゲの発言に、ダグがどれほど恐怖したことか……。
ヴィヴィアンは思わずため息をつく。
なのに、大いばりで開き直り、〈サン〉までもが追随して「自分たちは悪くない」「精一杯やった」とうなずく。
いつの間にそんなに仲良くなったのか。
ヴィヴィアンはついついジト目を向けてしまう。
「まぁ、いいよ。言葉がつうじないことを、責めてもしょうがないしね。
それから、ドクロ公爵が怖がられるのも仕方ないし、まあ当然として……」
ひざまずいたまま、申し訳なさそうに身を縮めるエンドスカルを横目に、「問題は──」と、ヴィヴィアンは第三のAIに目を向ける。
相変わらずの真っ赤な蓬髪で、顔はほぼ見えない。
口元だけでほほ笑んでいる存在は、全くもって悪びれず飄々とした様子でそこに立っている。
「なんで両手に包丁? ホント、理解に苦しむんだけど。そんな姿で迫って来られたら、わたしだって恐怖のあまり気絶するよ?」
「いえいえ。何をおっしゃるやら。姫ならば微笑みひとつで、私の心臓をみごとに撃ち抜き、制圧してみせるでしょう」
「次の瞬間には、八つ裂きでござんすね」
「最終的には存在消滅だな」
「……なっ。何だって? おまえら……」
エンドスカルとエリュシオンのつぶやきに、ヴィヴィアンは絶句する。
それはどこの魔王だ。そんな非人道的な行いを、ヴィヴィアンは一度だってしたことはない。
その発言には異議ありだ、と抗議しようとしたところで、エンドスカルがひやりとした気配をにじませて口を開く。
「お嬢に刃物を向けるなど、言語道断。あたしが粉みじんにしてやりやすよ」
「当然だ。我が主がいてこその我である。はやくプラズマ砲を使えるだけの動力源を用意するのである」
「エンドスカル、エリュシオン……」
ヴィヴィアンは感激に目をうるうるとさせる。
「お前たちの忠誠、しかと受けとったぞ」
発言の内容は悪逆非道だが、実際にそれを行える魔王……、いや仲間が二体もここにいた。
敵でなくてホントよかった。
その様子を見て、少しばかり捻くれて闇を深めたような雰囲気のレッド・ジョーカー。
「私ならば……」と口元だけで微笑み「唯一無二のEXエルフがもし……」と何かつぶやくが、ヴィヴィアンの耳は聞き取りを拒否して話を進める。
「まぁ、それはそれとして……。今は、少年の心の安寧が優先だ。
先生──。今後、二度と少年の前に刃物は持ち出さないように」
「いや。これはだね。本当に、お料理の最中だっただけで、悪気はなかったのだよ」
「……いやいや。どう見ても確信犯でしょ」
「いやいやいや。ホントだよ。いい具合に、太ったトホホ鳥が手に入ってネェ」
「いやいやいやいや。トホホ鳥は関係ないよね」
「いやいやいやいやいや。ホントにホントだよ。解体している最中に、何だか騒がしかったからのぞきに来ただけで……」
「いやいやいやいやいやいや……って。えっ?」
その言葉にヴィヴィアンは大きく目を見張る。
「解体? しかも、トホホ鳥って……。まさか、た、食べるつもりなのか?」
ヴィヴィアンは怖気をふるって半歩後じさる。
なにしろエルフという種族は、ほぼ菜食主義である。もちろんヴィヴィアンも肉は食べない。
エルフにはまずありえないのが、肉食なのである。
しかも目の前の赤毛は、基本食事が必要ない人造生体である。
想像を絶する血みどろの光景が思い浮かび、似合いすぎてつい声がうわずってしまう。
「まさか、いやだなぁ。私だって食べませんよ。ですが考察の結果、その少年には必要な栄養と判断したのです」
そう言われてヴィヴィアンは、種族によって食べる物が違うことを思い出す。
世の中、肉食動物は結構いるのだ。
そしてそれが少年の食事と知って、ようやく「それも、そうか」と納得して肩の力を抜く。
すでにある偏執狂に加えて、新たに猟奇的という称号を、レッド・ジョーカーに付け加えてしまうところだった。いや、付け加えてもいいのか?
「はぁ。びっくりしたけど、少年に必要……ならしょうがないのか。では先生は、その料理とやらの続きを。
くれぐれもおかしなモノはいれないように」
一応、念は押しておく。
蓬髪の医師は「もちろんです」と、口元だけでにこやかにほほ笑んでいる。
「それじゃあ。エリュシオンはそのままニンゲンの言語解析を続けてくれ。スパイアイをもう一匹、転移門に回してもいいだろう。それからエンドスカルは……」
ひざまずく虹色ガイコツだが、やっぱり恐怖の対象だろうかと、あらためて眺めてみる──。
黒ずくめのマントに、立ち上がれば見上げるような巨体。その顔は透明な肉付けはあるもののガイコツで、眼窩の奥に灯る光は、まるで鬼火のように揺れ……「うん。こわいな」と結論づける。
「エンドスカルには、エリュシオンと先生の補佐を頼む」
「了解、いたしやした」
エンドスカルも心得ているようで、スッと立ち上がるとその場から離れてゆく。
エリュシオンを胸に抱いた精霊〈サン〉がこの場を離れると、残ったのはヴィヴィアンと、うずくまったまま半ば気絶しかけている少年のみだった。
ヴィヴィアンは自分の手を見て、褐色の肌に戻っているのを確認する。
それからそっと少年の目の前に屈み込むと、焦点の合わない少年の顎に手を掛け、こちらに顔を向けさせる。
『おい、少年……。わたしの声は届いているか?』
ヴィヴィアンが言霊でそっと話しかけると、ビクッとその身を震わせる。
言霊が届いたのか、虚ろだった瞳の焦点が合い始める。
『わかるか? わたしはヴィヴィアン・ジュリアロス・ベルコという。長い名前だからな。略してヴィーだ。ヴィーと呼んだらいい』
「……ヴィー……?」
『そうだ。怖がらなくていい。いろいろと話を聞きたいんだけど……。その前に体をキレイにしよう。話はそれからだ』
「きれいに……?」
少年が自分の粗相に気付いて慌てる前に、ヴィヴィアンはサッと左腕に抱き上げて歩き出す。
「ああ、あのっ……」とか「ごめんなさい」「すみません……」と真っ赤になって盛大に恐縮している気配があったが、構わず台所まで運ぶ。
それからタライにお湯を張って、濡れた服を引っぺがし、体を洗ってやる。
白い肌にさらりとクセのない白金の髪。その少年の瞳は、黄味を帯びた琥珀色だった。
少し痩せていて、森で作ったのか手足にはすり傷やアザが目立つ。
こわばる表情はまだ緊張が強いが、生命力活性のワームもあるし、食事さえきちんと取ればすぐにでも元気になるだろう。
体を拭いてやり、縫製しておいた新しい服に着替えさせると、また抱き上げてベッドへと連れて行く。
それからすり傷に薬を塗り直し、サイドテーブルにあった水差しの水を、木のカップに入れて少年に渡してやる。
『水だ。飲めるか?』
「……はい。いただきます」
ツルリと磨きこまれたように滑らかな曲線を描く木のカップを不思議そうに眺め、少年はおずおずとそれに口を付ける。
『うん。カップは分かるようだな。トイレはわかるか?』
そう問いかけると、両手でカップを握りしめたまま急にキョドキョドし、しばらくしてから「はい」とうつむき加減の小声で答える。
『ははははっ。別に責めてるわけじゃないよ。だけどここはエルフの神殿だからね。たぶん使い方がちがう。後で教えるよ。先に食事ができたようだしね』
戸口にトレイを持った〈サン〉の姿に気付くと、ヴィヴィアンは受け取りに立ち上がり、深皿に注がれた料理に目をやる。
シンプルな“〝麦がゆ〟に見えるが、香りが少し獣クサイ。
ヴィヴィアンには嗅ぎ慣れないニオイだったが、たぶんトホホ鳥を使ったせいだろう。
〈サン〉からトレイを受けとってベッドの脇まで戻ってくると、さっそくスプーンでひと匙すくって、ヴィヴィアンは少年の目の前でペロリとなめるように味見する。
『うん。先生にしては、うまく作ったんじゃないか? わたしには少し獣クサイが、君の口には合いそうだ。お腹が減っただろう? まずはひと口、食べてみてくれ』
慎重にすくったひと匙を、ヴィヴィアンは少年の口元へと「はい、あーん」と言いながら運んでみる。
少年の瞳が、また少しキョドキョドとさまよったが、匙が近づいてくると、つられるように少し口を開く。
そのすき間に匙を差し込み、スルリと粥を落とすと、ヴィヴィアンはにっこりと笑う。
『どうだ? 食べられそうか? ムリなら正直にそう言っても構わないぞ……って、言っても、今はキミの意識を読んでるから、ウソかホントか分かるんだけどね』
少年は驚いたように目を丸くするが、頭の中で直接、響いているヴィヴィアンの声に、納得したような顔になる。
『ほら、口を開けて。おいしい。もっと食べたいって、そう思っているだろ?』
何でもお見通しのヴィヴィアンには、かなわない。
少年は少し赤くなりながらおずおずと口を開く。そこに匙を入れながら、それでいいとヴィヴィアンは『うん、うん』とうなずく。
あらかた食事が終わるころ、『だけど』とヴィヴィアンは続ける。
『話してくれないと分からないこともある。これからのことを決めていくためにも、話を聞きたいんだけど。
まずは名前からきこうか。キミに名前はあるのか?』
この世界に名前のない者が存在するなど思いもしないダグは、不思議なことを言うものだなと思いながら、自分の名前を口にする。
「はい。もうしおくれました。わたしはダグ・ディ・サンデールともうします。
サンデール王国の第二王子です」
ヴィヴィアンの目が点になる。
『は? なんだって? 王子サマ?』
そう。ダグは王子様なのです!
助けてビックリ、実は王子サマでした……って。
よくある恋物語の定番なのに!
ヴィヴィアンにとって、ダグ=子ども=未知の珍獣……?
次回『19.ダグと女神様』
女神サマ……って、何だろう?
じつは〝女神ジュリアロス様〟って、ねぇ……。