14.第三のAI──赤髪のレッド・ジョーカー
ドクター、レッド・ジョーカー。
みんなで力をあわせて目覚めさせたのは、
とっても優秀なお医者さん。
ただし見た目は、赤毛のオバケ?
船内に戻って「ニンゲンの子ども」が無事、命の危機を脱したとの報告を受けたヴィヴィアンは、現在、第三医療室でソレと対面していた。
少年は未だ医療ポッドの中でこんこんと眠り続けているが、その顔色はずいぶんよくなっている。
そのうち目を覚ますだろうと、それまでの詳しい経過報告をしてくるソレは、いたってヴィヴィアンの気を引く存在だった。
エルフとしてはやや小柄か。
ヴィヴィアンより少し背丈の低いソレは、医者や研究員が好んでよく着る白衣をまとっていた。
医療機器──、と呼ぶには少し抵抗があるが、これもその医療機器のAIが動かす人造生体だった。
エルフの形を模しているが、エンドスカルと同じく作り物である。
ただエンドスカルが男性を模しているのに対して、コレは身体的には男でも女でもなく、中身は状況によって男にも女にもなり得るタイプだった。
それはいい。ヴィヴィアンだって女性だが、見た目は中性的だし、女だってことはあまり意識していない。
だから人造生体の性別も、別になんだっていいのだが……。
このもっさりとした赤毛は何なのだろう。
腰まで伸ばした、燃えるような赤髪は鮮紅色で、イヤがうえでも目に入る。
しかもボサボサで顔がよく見えないのだ。
髪のすき間からこちらを見ているのだろうが、瞳の色すら判別が付かない。
暗がりで出会ったら、「ギャー」と叫んで逃げ出す自信がある。
明るい照明の下で迎えた初対面の瞬間ですら、ギョッとしたのである。
新たに起動させた人造生体だと分かっても、思わずマジマジと見入ってしまった。
それはまあ、いったん横に置いておくとして──。
とにかく、少年の容態が落ちついたことに、ヴィヴィアンはほっと胸をなで下ろす。
みんなで力を尽くした甲斐があったというものだ。
それぞれが協力し合って手を尽くさなければ、この小さな命が助かることは、恐らくなかった。
そうして救えた命があったことは、嬉しいことだった。
「あらためて礼を言わせてほしい。
ありがとう。ドクター、レッド・ジョーカー。
君が診てくれたおかげで、この少年を救えた。我々ではお手上げだったあの状態から、よく持ち直してみせたものだ。
まさかエリュシオン船内に、これほど優秀な医者がいるとは思ってもみなかったよ」
レッド・ジョーカーの髪間からゆいいつのぞく口元が、口角を上げてゆるい弧を描く。
「お褒めにあずかり光栄です。
ですが私は医師としてできることをしたまで。もっとも診たのはエルフではありませんでしたがね。
これはこれで、なかなか面白い素材です。3579年前にはいなかった種族です。
できることなら解剖して、もっと詳しく調べてみたいのですが……」
イヤイヤ、冗談だよね。助けたばかりの命である。
それなのに解剖だなんて、ニンゲンの標本でも作るつもりか……?
と声には出さないが、ヴィヴィアンはちょっと引きかける。
「解剖……、ねぇ。本人がいいって言うなら構わないが、たぶんムリだと思うぞ。
自分から進んで解剖されたいって言う生き物は、まずいないだろう」
「それは残念。この少年には『権利』が与えられるというわけですか」
そのセリフに、「なるほど」とヴィヴィアンは思う。
エルフ至上主義が大腕を振ってまかり通る社会では、実験に使用される動物の規定もゆるかったのだ。
エルフでなければ、何だって実験動物になりうる。
いや、実際はエルフでさえ……。
誕生の際に遺伝子操作を受けているのだ。高い能力を持つエルフ自身が、実験のたまものともいえる。
「そう。『権利』というやつだ。まだ会話していないが、たぶんそれなりに知性がありそうだろ?
勝手に解剖したり改造したり、するんじゃないぞ。ムレに返すんだからな」
「…………」
口元に緩い笑みをたたえたままのレッド・ジョーカー。
その沈黙が、もうすでに何かヤラカシタことを匂わせていて、ヴィヴィアンは「じとーっ」と疑惑の目を向ける。
告げるつもりはないのか、しれっと口元だけで微笑み続ける狂研究者に、ヴィヴィアンはため息をつきたくなるのをこらえて追及を試みる。
「やったのか? 何をやったんだ? 精神操作か、それとも身体強化か?」
「いやぁ、大したことはまだ何もしていませんよ」
「まだ、って何だ? てか、やっぱり何かしたんだな?
ああ、もう。何やったんだよ」
「適正医療の範囲内です。
生命力と知能活性のほうを、少しだけ……」
「ならいいんだけど……。ってか、知能活性?」
ヴィヴィアンは思わず問い返す。
医療行為としての生命力活性はまだしも、知能活性の特典を与える理由が分からない。
今後を見据えてのことだろうか……。
「知能レベルを上げて、小鬼族のように働かせるつもりか?」
「さて。なにしろ最初の知的生命体との接触です。
情報収集や交渉において、話のわからない者では困るのですよ」
確かにそれはあるが、絶対に必要とも思えない。なにしろまだ子どもなのだ。
程度にもよるが、ムレに返したときの影響力が気になる。
知性を進ませた少年が革新的なリーダーとなると、ムレが勢いづいて暴走する可能性がある。
あるいはデキが違いすぎて浮きまくり、理解されずにムレで居場所を失うか……。
「どう考えても余計なお節介だろう。
エルフ社会が消滅した今、それに取って代わり、繁栄をほこる種族のひとつだ。
敬意を払って、そっと見守るべきだろう?
何の研究か知らないが、今後はもっと慎重に。他種族に対して、あまり過干渉にならないように」
「もちろんです。ですが、すべては患者のため。
私の大切な患者のために、常に最高の医療をつかさどるのが、私の使命なのです──」
レッド・ジョーカーはそう告げるが、ヴィヴィアンには意味が分からない。
適正医療の範囲と言いながら、こちらの都合の良いように少年を改造し、患者のために最高の医療をとうたいながら、少年を勝手に実験台にしている。
矛盾だらけだと思っていると、何やら強くまとわりつくような視線をむけて、レッド・ジョーカーはさも優しげにささやくように告げる。
「3579年の時を経てここへ至り、世界に残されたエルフはただひとり。
今、患者と呼べるのは、あなたひとり、なのですよ」
それが正しいかどうかはさておき「なるほど」と、ヴィヴィアンは納得する。
レッド・ジョーカーにとっては正直なところ、エルフでない者は患者ではないらしい。
それにしても、むけられる声音や視線に、何やらゾゾゾッと全身が鳥肌立ってくるのは、ねっとりと絡みつく蜘蛛の糸を思わせるからだろうか。
真綿のようにそっと巻き付く糸が、知らぬ間に全身に巡らされているかのようだ。
「ああ。いやでも、わたしはどこも悪くないし、全くもって元気だし。全然、患者じゃないから」
「いえいえ。あなたのことを、私はもっとよく知りたいのです。
クフフッ。あのカルバハル博士の傑作といわしめる唯一無二のEX・エルフ──。
いや、ケフン、ケフン。失礼。
今や世界でただひとりの、最後のエルフとなってしまった。あなたのことが、私は心配なのですよ」
いま、わざとらしい咳払いの前に、なんと言おうとした?
カルバハル博士とは、ドグミッチ・メイケリル・カルバハル──。
ヴィヴィアンを生み出し育てた親も同然の存在、通称『ドグ』のことであろう。
もともと、この宇宙船の持ち主であったし、きっとドグのことも知っていて、その娘同然のヴィヴィアンに興味を持つのも、理解できなくはないが……。
親心のような優しい情緒よりも、研究的な好奇心に興味のベクトルが傾いていると見るのは、うがち過ぎだろうか。
「まだ、本調子ではないのでしょう? 無茶をしましたね。
昨夜、エリュシオンが鬼のようにギリギリまで力を搾り取ったせいで、あなたはミイラ同然の乾物だったのですよ。
聞きしに勝る快復力ですが、ムリは禁物です。
さぁ、さぁ。ぜひともこちらに横になって。おやすみになってください」
と、空いている医療ポッドを勧めてくる。
親切な優しい物言いなのだが、年頃の娘を「ミイラ同然の乾物」とはなんという言い草か。
まぁ、事実その通りだったし、考えてみれば三千年以上生きているから、若いと言っていいのかも分からない。
とにかく優しげな声をかけられても、モサモサで隠された顔もあいまって、何だかアヤシイ気配マシマシである。
ヴィヴィアンは反射的に遠慮する。
「いいや、結構だ。もう大丈夫だよ。この通りピンピンしてるし、動いている方が調子いい。
それにわたしは、昔から医者いらずなんだ」
慌ててそう告げて辞退してみせると、レッド・ジョーカーは「ガーンッ」と目に見えて傷ついたように固まる。
「医者いらず……」
その言葉に嘘はないが、あまりにも落ち込んだ様子に、チョット失言だったかと反省する。
立派に役目を果たしてくれたのに、その言い草はなかったかもしれない。
「あー、いや」
けっして役立たずではないのだ。レッド・ジョーカーのデータをひと目見れば分かる。
これは製薬からDNA解析まで何でもござれの、巨大な総合病院なのだ。
この人造生体はそのトップに立つ、院長のようなシンボル的存在だった。
起動させるだけで相当のエネルギーを食うわけである。といってもまだほんの一部の機能しか動いていないのだが……。
「いや、なんかゴメン。いらない、なんてことはない。
医者は必要だよ。優秀な医者は、いてくれるだけで非常に心強く思う。
だけどまだ……。あー、何というか、わたしのことは、今はいい。
そうだ! それよりドクターには、是非とも協力してもらいたいことがあって……」
うなだれるレッド・ジョーカーを見て、ヴィヴィアンはぐるっと思考を巡らし、思いついたことがあった。
それを告げようとしたのだが、いきなり何者かに両手を握られ「ギョッ」とする。
いや、何者といっても、目の前にはもっさりとした赤毛のドクターしかいないのだが……。
少し冷たいそのたおやかな指が、重ねられたヴィヴィアンの指を握り込んでいた。
お医者さんだからって、みだりに相手に触れちゃいけません。
レッド・ジョーカーにイエロー・カード!
次回『15.第三のAI──偏執狂との攻防』
思い込みの激しい人?は、ちょっとコワイです……。