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13.嵐は過ぎ去りて──チンチャードワーフ

ぽかぽかお昼寝は気持ちが良い。

まったりとした時間とモフモフ……。


ひさしぶりの癒し系妖精、登場です。


 日当たりの良い丘の上──。


 昨夜の嵐から打って変わった青空の下、気まぐれな早足の風に吹かれて、いくつもの風車がクルクルと回っている。

 そのやさしい風に吹かれて、露草やホタルブクロが揺れている。


 そんなのどかな昼下がりの午後──。


 目覚めたヴィヴィアンの目に入ったのは、まぶしいほどの青い空と白い入道雲──。


 ではなかった。


 茶色い毛にうもれた、真っ黒な二つの瞳。

 そしてヒクヒクと動く、小さな鼻。

 でんっ、とした丸いフォルムに大きな耳。


 視界いっぱいの予想もしない顔面に、ヴィヴィアンは「うわあっ!」と身もフタもなく叫び声を上げる。


 ついでに「ケダモノッ!」と叫んで、手が出ていた。

 反射的に振り抜いた腕が、あわれなチンチャードワーフにヒットし、かなたへと吹っ飛ばしていく。


「あっ」と思ったときには、「ピキュー(なんで~)」と鳴いて丘を転がる土の妖精だった。


「ああー。なんか、ゴメン」


 なんだか騒がしいと思ったら、周囲にはたくさんのチンチャードワーフたちが集まっている。


 地面に寝っ転がっていたヴィヴィアンが上体を起こすと、周囲の輪がザザッーと遠ざかる。

 唐突の暴力に警戒したのか、思い切り引かれてしまったようだ。


「はははっ」と笑ってごまかしながらふと見ると、Tシャツから伸びた自分の腕が薄緑色になって、少しやせてしまっている。


 いや、これは干からびていると言っていい。

 短パンから伸びたすらりと長い足も同様だった。

 風がサラリと揺らして通り抜けた、長い髪も暗い深緑に染まっている。


 飢餓を察知した体が、プラントモードに移行したのだ。


 全身の表皮で光合成を行い、周囲の環境から水分を取り込み、必要な栄養素や魔力を作り出していく。


 心配そうな風がそっとヴィヴィアンをなでてゆく。


 水と土と風と光──。それらから力を分けてもらうことで、回復を早めることができるのだが、こんなところに寝かされていたのもそのためだろう。


 土の妖精チンチャードワーフたちも、ヴィヴィアンを心配して集まってくれたようだ。


「キュピ。ピィチィ、キュルキュル。チュピィ!」


 ヴィヴィアンに吹っ飛ばされたチンチャードワーフは、ふっくらぽってりとした体を揺すりながら、怒りに目を三角にして戻ってくる。


「ほんとにゴメン。悪気はなかったんだ。

 ただ、あんまり顔が近かったから、ビックリしただけだ。

 悪かったな。どこか痛めてないか?」


 謝って手を差し出すと、吹っ飛ばされたチンチャードワーフは、「チュピ、キュル」文句を言いながらも、ヴィヴィアンが無事に目覚めたことを喜んでくれる。


 そっとその手に、モフモフの頬をすり寄せてくるので、ゆっくりと柔らかい毛並みをなでてやる。


「ありがとう。みんなには心配をかけたみたいだな。

 だけど、この通り。わたしなら大丈夫だ」


 別の一匹が、「ピュルル」と鳴きながら、おずおず前に進み出てくる。


 その小さな前足で器用に抱えているのは、大きくて立派なひとつの桃だった。

 ヴィヴィアンの前に歩み寄ると、「ピュキュ」と差し出してくる。


「ずいぶん立派な桃じゃないか。これを、わたしに? もらって、いいのか?」

「キュピ! キュルリ、キュ」

「そうか。ありがとう。

 うわっ。いい香りがすると思ったら、よく熟れてるじゃないか。

 一番の食べ頃だな。

 ああ。今ここで、頂いてもいいか? ちょうどノドが渇いてたまらなかったんだ」


 受け取ったずっしりと重い桃の実は、細かい産毛が立ち、甘く優しい香りがただよってくる。


 その香りだけでも幸せな気持ちになってくるが、さらに爪でひっかいた薄皮はツルリとむけるほどの完熟で、いかにも美味しそうな白いツヤ肌をみせてくれる。


 ここにはナイフもないので、ワイルドにかぶり付くしかないのだが、甘い汁がしたたり落ちるのは間違いない。


 思い切り大きく口を開けて歯を立てると、思った通り、甘く芳醇な果肉とともにたっぷりの果汁が口の中に広がってゆく。


「んんんんんっ! おいひいっ! あまふて、さいほー!」


 これもチンチャードワーフたちが見守る果樹園で、丹精込めて育てた成果らしい。


『桃色の神聖樹の実』にも似た、豊かで奥深くさっぱりとした優しい甘みだった。

 渇いたノドを充分に潤してくれ、夢中で丸ごとひとつ食べてしまうと、お腹もいい加減に膨れていた。


「ごちそうさま。ああ、おいしかった。

 ひと仕事したあとのチンチャードワーフの桃は、また格別にうまいもんだな」


 指先に伝う最後のひとしずくまでナメ取ると、少しベトベトする手を振って風に乾かす。

 すっかり堪能し終えてほっこりしていると、ヴィヴィアン自身からも桃の香りが漂ってくるかのようだった。


 さっきからしきりにアピールしてくる風が、またヴィヴィアンの髪をサアーッと吹き抜けてゆく。

 それからよりご機嫌な勢いで風車が回り始めたのも、決して気のせいではないだろう。

 

「ああ。風たちも、夕べはありがとうな。

 くわしい結果はまだ知らないが、お前たちの働きで、きっとうまくいったんだろう?」


『きゃあ! 女神様が褒めてくれた!』

『もっと、褒めて! たくさん、褒めて!』


 ここの風精霊たちは調子に乗ると、あれこれイタズラし始めるので、ちょっと扱いが難しいところがある。

 出会ったばかりの頃にも、面白おかしく話を盛りすぎて、三精霊との関係がこじれそうになったこともある。


 だがうまく使えば、これほど役に立つ精霊もない。

 いろいろな場所での出来事を自由に見聞きし、それを短い時間で遠くへと伝えることができるのだから。


 しかし、人の話を聞かない、という欠点もある。

 それに見聞きした出来事を、勝手に拡大解釈してゆがめてしまうのも、彼らの性分である。


 たとえば今ここで、「ニンゲンの子どもは、どうなったか?」と聞いたところで、まともな回答が得られる確率は五分五分である。

 相手の意図を察して行動する、ということに慣れていないのだ。


 けれど精霊との親和性の高さゆえか、ヴィヴィアンへの好感度はかなりあるようだ。

 なので、その「役に立ちたい」「褒められたい」という気持ちをうまく回せば、今後の成長も期待できるというものである。


「よくやったな、お前たち。今後もエンドスカルの言うことをよく聞いて、しっかりと働いてくれ。

 お前たちがいい子だと、エンドスカルもわたしも大助かりだ。本当にありがとうな」


 その言葉に満足したのか、風精霊は『きゃははっ』とうれしそうに笑い、少し照れたように、また楽しそうにそこら辺を飛び回っている。

 その様子は、まさに風が光って見える。


「エンドスカルに伝えてくれ。『女神様が目覚めた』ってな」


 それを聞いた風精霊が、大きく上空を旋回して了解する。


『「女神様が目覚めた」』

『「女神様が目覚めた」「言祝(ことほ)げ、言祝げ!! ジュリアロスの森に祝いの祈りを捧げよ」』


 簡単な伝言のはずだが、何だか妙な言い回しもその後ろにくっついている。

 ヴィヴィアンは「んっ?」と首を傾げる。


「べつに祝うほどのことでもないぞ?

 ああ。……あの子どもの、快気祝いか? だけど昨日の今日だしな。

 ちょっと気が早いんじゃないか?」


 外界を騒がしている『ジュリアロスの森の大号令』について、まだまだ何も知らないヴィヴィアンである。

 気になったが、風精霊はあっという間に神殿の方へと飛び去っていく。


 残されたヴィヴィアンは「まっ、いっか」とつぶやいて、居残った風たちに吹かれる。

 そうしてそのまま青い空を見上げ、広いジュリアロスの森をながめ、そこらへんの草っ原にたむろして遊んでいるチンチャードワーフたちを、なにげなく見つめる。


 両足を投げ出し、そうして草の上に座り込んでいると、日差しはポカポカとして暑いくらいだ。

 全身の細胞が急速充電中で、その感覚は心地いいが、またなんとなく気怠くもある。

 このまま寝っ転がって、もう一眠りしたい誘惑にかられる、そんな時だった。


「……あっ。シマッタ……」


 ヴィヴィアンはついウッカリしていたことに気付く。


「エンドスカルには、精霊の言葉が通じないんだった……」


 精霊に伝言を頼んだばかりだったが、人造生体(アバタノイド)に精霊の言葉は習得不可能なのである。

 なので、風が何をどう告げようと、エンドスカルには理解できない。

 あのドクロ頭を右から左に吹き抜けるだけである。


 実はそのために現在、精霊にエルフの言葉を学習させているのだが、勉強中なのは三精霊と〈サン〉のみである。

 風の精霊が気を利かしてくれればいいが、きっと望み薄だろう。

 まあ、その辺の連係についても、今後の課題ということだ。


 チンチャードワーフたちがいっせいに「ピュキ」と動きを止めて、立ち上がったヴィヴィアンを見つめる。


「ピキュッ?」

「んん。ゆっくりしていたいところだが、そうも言ってられないな。

 結果も気になるし、神殿に戻ることにするよ」


「ピチュ、キュルル」

「ああ。また後でな。桃、ありがとね」


 ヴィヴィアンは軽く手を振ると、さっそうと濃緑色の髪をなびかせて丘を下っていった。




桃、おいしいよね。

チンチャードワーフたちも、最高にカワイイ!

優しくて賢くて、ホンマええ子らや~。


次回『14.第三のAI──赤髪のレッド・ジョーカー』

クセの強すぎるコイツは──。

一筋縄じゃいきません。

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