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11.情報開示と予備動力源(エネルギー)

嵐の中、エンドスカルが拾い上げた、小さな生命体。

しかし思いの外、予断を許さない容体のようで……。


超高度魔導文明も、決して万能ではない。

どうする? ヴィヴィアン……


「何だって?」


 エリュシオン船内、第三医療室──。船外から持ちこまれた生物の防疫を兼ねた、観察や救急養護のための室内で、ヴィヴィアンは思わず眉根を寄せた。

 医療ポッドと呼ばれるカプセル状の寝台に入れられ、AIの自動診断を受けているニンゲンの子どもだが、思った以上に容態がよくないらしい。


『未知の生物ゆえ、日常の値は推測の域だが、バイタルサインが軒並み低下しておる。遺伝子情報は解析中なので、現在のところ近親種と思われる小鬼族(スターフィス)のデータを元に対処している。

 副反応の少ない薬剤投与により、やや持ち直したが予断を許さぬ。はっきり言って、かなり難しい状況だ』


 エリュシオンの診断は、かなり深刻な状態を告げていた。せっかくエンドスカルが嵐の中で拾い上げた命だが、手当の甲斐もないのかもしれない……。

 ガラス越しに見ても、酸素マスクの中で細い息を吐きながら、紙のように白い顔色は生気を失い、もうすぐこの命が失われようとしているのは、確かなことのように思えた。


 命あるモノはやがて必ず死を迎える。全ての生き物に必ず訪れる、個体としての最後。めぐる命の輪の中での自然なサイクルであり、生物の頂点に立つというエルフとて、結局はその(ことわり)の中で生きている。


 会ったばかりの見知らぬ生き物だった。それでも死んでしまうのかと思うと、重い気持ちが胸の中に生まれてくる。冷たい雨に打たれて、熱にうなされ苦しみ死んでいくのを、「かわいそうに」と思ってしまうのは、見た目も小さな子どもだからだろうか。

 幼い子どもは今を生きる生き物だ。今しか目に入らない。死はどこか遠くにあり、自分に訪れるなど考えもしないだろう。だからなのか──。より痛ましく感じてしまう。


「……あきらめるな。生きろ。生きてみろ。できることは、何だってしてやるから」


 ヴィヴィアンは思わずそう告げていた。それから顔を上げて虚空を睨みながら思考を巡らせ、医療に関する記憶を探っていく。

 その中に、わずかな違和感があり、引っかかるところがあった。


「おい、エリュシオン。まだ手立てがあるだろう」


 ふと思い立って、そう口にしてみて、そのことを確信する。


「最新の医療技術はこんなものじゃなかったはずだ。かすり傷程度で目立った外傷もない。感染症にはウイルス特定型抗生物質、免疫力低下には相応の亢進剤もあったはずだ。まだ生きて自発呼吸しているんだぞ。この程度の衰弱、助けられないなんて、そんなはずはないよな」


『…………』


 黙ったまま応えを返さないエリュシオンに、何かあるなと確信する。

 ちなみに木彫りのトカゲのエリュシオンは、〈サン〉と共に地上の神殿に置いてきている。なので、ここにその姿はないが、この宇宙船の頭脳であるエリュシオンは船内の全てを把握している。

 何を出し惜しみしているのか知らないが、隣に立つサブ頭脳──、エンドスカルにわずかながら反応があった。


 ずぶ濡れから一変して、こざっぱりした様子だが、黒いロングコート姿は変わらない。

 けれどこの場ではフードを外し、その容貌をあらわにしている。とは言え、その表情は相も変わらずわかりにくい。

 なんたって、見た目、頭蓋骨である。それも虹色に輝いている。なにげにまぶしい。

 ゴムのような透明な素材で肉付けはされているのだが、眼窩に眼球はなく、どこを見ているのかサッパリ分からない。


 彼は宇宙船に格納されていた人造生体(アバタノイド)の一体だった。エリュシオンのサブAIによって動かされる、いわゆる疑似生命体である。

 なぜこんな見た目になったかは、前出のepisode0にゆだねるとして、とにかくエリュシオンとエンドスカルはデータサーバーを通じて繋がっている。基本的に同じ情報を共有しているはずである。


 ただし、AIに与えられた人格が影響しているのか、エンドスカルは情にもろい。面倒見がいいし、義に厚い。

 エンドスカルが拾ったこともあるが、この小さな命を何とか救ってやりたいという思いは、たぶんヴィヴィアン以上だろう。


「情報開示を求める! 方法はあるんだろう? 教えてくれ。何がネックになっている」


 こう見えてヴィヴィアンは、この宇宙船の管理者権限を持っている。

 つまり、一番えらいのである。

 一番えらいヴィヴィアンが命令したら、エリュシオンはそれに従うはず、なのである。


 ちょっと自信がないのは、これまでのやりとりで立場が逆転している場面が多々あるからだが、いまはそれをおくびにも出さない。


 引くつもりのない毅然とした態度に出ると、エリュシオンが諦めたように応答する。


『レッド・ジョーカーを起動させる必要がある』


「レッド・ジョーカー? それが切り札となるのか? いかにも怪しげな名前だが……」

『最新の医療設備だ。あれなら、さらに精密な治療を行い、生存確率をあげてくれるだろう』

「よし。分かった。それで助かるなら、今すぐ起動しよう」


 そんなものがあるなら、サッサと出せばいいのに、何をもったいぶっているのか。

 ヴィヴィアンは即決するが、エリュシオンは『ムリだ』と返してくる。


「はぁ?」

『起動に必要な動力源(エネルギー)が足りぬ。吾輩の残り全ての動力源を使って起動させてみたところで、その瞬間から、この船は完全な機能不全におちいる。結局、治療に必要な設備は動かせなくなるのだ』

「……どんだけ、エネルギー食うんだよ」


 それは確かに頂けない。

 ヴィヴィアンは「ううううっ」と、うなって頭を抱えた。

 命の価値に順列は付けたくないが、ヴィヴィアンにとってエリュシオンは絶対になくしたくない大事な相棒である。

 しかも、結局ニンゲンの子どもを助けられないなら、そのレッド・ジョーカーとやらは起動させるだけムダというものである。


 だが、しかし……。


「どのくらい足りない。魔力と電力に換算すると、起動にどのくらい必要になる。その後のシステムの維持にかかる数値も、一緒にはじき出せ」


 すぐさま傍らのパネルに細かな数値が上がってくる。それを見てヴィヴィアンは「ウゲッ」と声にならない声を発する。


「これ、ケタ間違ってないだろうな。ゼロひとつ多くない?」

『失敬な。吾輩に限って、計算ミスなどありえん』

「だけど、システムひとつ起動させるだけだよねぇ……。ええっと。じゃあ、とりあえずこういう時のために、簡易的に作っておいたアレを使って……、こうして、コレならどうだ。

 どうせ遊び足りないんだ。風どもに働いてもらおうじゃないか。やってくれるよね。そんでもって、こっちは……、これで、どうだっ!」


 パネルに簡単な図式や導線を書き込み、最後にヴィヴィアンとエリュシオンを結びつける線を加えて、満足げに胸を張る。


「こいつは……っ! 本気で、言ってるんでやんすか? お嬢っ!!!」

「ああ、本気だよ。いけるな、エリュシオン」

『うむ。推奨はできん。だが、できなくはない』

「なら、やるぞ」

「お嬢っ!!!」


 エンドスカルは悲鳴を上げて、思いとどまるよう、真剣な眼差しでヴィヴィアンを見つめる。見つめると言っても、ドクロ顔がこっちに向いているだけなのだが……。

 その身から漂ってくる重々しい気配に、飲み込まれそうでちょっとコワイ。


「エンドスカル。言いたいことは分かるが、事態は一刻を争う。やるなら今すぐに動くべきだ。それに、どうせなら……。助けてやりたいじゃないか」

「…………」

「そのために、使える手札は使う。ないないづくしの現状だからな。この期に及んでマニュアル通り、行儀良くなんて、やってられないだけだ」


 それでもエンドスカルには逡巡(しゅんじゅん)が見られた。だが、止めることはできないと判断したらしい。


「お嬢……。すいやせん。あたしが拾ってきちまったばっかりに、お嬢にはとんだご迷惑をおかけ致しやすっ! なんとお詫びしたものか。こんなことになるたぁ、詫びのしようもございやせん」

「いいってことよ。気にするな、エンドスカル。この嵐の夜に出会って、おまえがあの生き物を拾ったことには、何か意味があるんだろう。きっとこれも、ご縁ってやつだな」


 深々と頭を下げるマジメで義理堅い男の肩を、ヴィヴィアンはポンポンと叩いてやる。


「絶対に、ムリだけはしないでくだせぇ。絶対に」

「ああ。分かってるって。その辺はエリュシオンが心得ているだろ?」

『無論である』


 心配性のエンドスカルと違って、エリュシオンは安定の現実派である。今はそれが心強い。


「さて。エンドスカルは地上に戻り、〈サン〉や三精霊を使って、風どもをイイ感じで使ってくれ。張り切りすぎて、アレを壊さないようにな。どちらかというと、わたしはそっちの方が心配だ」


 アレとは、じつに数十基あるミニ風車のことである。

 神殿の屋根には太陽光パネルがあるが、それに加えて実験的に風力発電も始めたのだ。

 移動式の風車は大小様々あったが風の精霊たちのいいオモチャで、近くの丘の上に並べて動力源の足しになっていた。

 だが今は嵐が来ることを事前に察知して、神殿内に待避させたところだった。


 今回は風の精霊たちに、神殿内でその風車を回してもらうことにしたのだ。

 一基の発電量は大したことはない。エリュシオンも計算に入れてなかった、遊び半分のお試しの代物だ。だがそれも、数十基もあると、まあそれなりの電力になる。

 もっとも、これは風の精霊サマサマ。精霊頼みありきの、パワープレーだ。


 そしてもう一つ、エリュシオンが計算に入れていなかった最大の動力源。こちらは分かっていて、あえて計算に入れなかったのだろう。

 ヴィヴィアンの魔力である。こう見えてヴィヴィアンは結構な量の魔力持ちだったりする。かつて存在したエルフ社会でも、飛び抜けた魔力量をほこっていたのだ。


 この世界で目覚めてから、毎日のようにエリュシオンに魔力譲渡してきたためか、さらに総量は増えている気がしていた。

 多少使ったところで、寝て食べてお日様をたっぷりチャージすれば、半日で元に戻る。

 まさに生きた半永久エネルギー機関である。


 ただし今回は、かなり限界まで魔力を搾り取られることになる。ギリギリのところまで削られれば、さすがに回復は遅くなるし、ヘタをすれば昏睡状態に陥り、そのまま死に至ることになるかもしれない。

 だからエンドスカルは声を上げたのだ。エリュシオンも推奨してはいない。


 それでも乗ったのは、エリュシオンが真っ向から否定しなかったためだ。できなくはない、とやや消極的な言い回しだったが、ヤツに計算ミスはありえない。

 なら、できるのだ。可能ならば、やらないという手はない。


「わかりやした。ご武運を祈りやす」

「ああ。だけど別に……。戦に出るわけじゃ、ないからね?」


 いちいち大げさなエンドスカルを見送り、ヴィヴィアンはパンッと気合いを入れて手を打ち鳴らす。


「それじゃあ、さっそく始めようじゃないか」


 地上でエンドスカルから説明を受けた〈サン〉と三精霊、そして集められた風の精霊たち。

 敬愛する女神ジュリアロスの頼みと聞いて、風の精霊たちは大興奮である。


『ジュリアロス様のお願いなの~!』

『女神様の役に立つの~!』

『みんなでいっぱいガンバルの~!』


 長老の〈がん〉はその様子を見ておもむろにうなずき、さらに発破をかける。


『そうじゃ! そうして我らの力を示し、今こそ女神ジュリアロス様の信を得るのじゃ! よいなお主ら。心して掛かれっ!!!』

『おおおおおっ!!!』


 予想以上の張り切りによって、室内の風車が全基、ゆっくりと回り始める。

 生じる風圧にコートの裾をはためかせながら、監督役のエンドスカルが「その調子でやんす」と声を掛ける。

 だがやはり、というべきか、すぐに飛ばしぎみのペースになる。だんだん唸りをあげて羽根は回り、歯車がギシギシと軋みをあげ、土台から揺れ始める。


『待て、待て! 回しすぎじゃ。調子に乗るでない。倒れてしまうぞ!』


 土の力で土台を抑えていた〈がん〉が悲鳴を上げる。それでも興が乗った風たちは止まらない。さらにイケイケと、楽しそうに風車を回し続ける。

 グルグルと勢いの止まらない風車から火花が散り、支柱はグラグラして今にも倒れそうになり、なんとか止めようとする長老の悲鳴は届かない。


 その様子を黙って見ていたエンドスカルは、キラリとその頭頂骨を瞬かせる。そうしてコートの内側からおもむろに、一本の木刀を取り出した。


 カツン、とその切っ先を石の床に突き立て、木刀を支えに仁王立ちになる。そして騒ぐ風の声にもかき消えぬ、低い声音を室内に響かせた。


「風の神子(みこ)らよ! 調子に乗って、アレコレ吹き飛ばさぬよう。くれぐれも、丁重に、頼むでやんす」


 重々しく異様な圧力を生み出すその声に、ピリリとした緊張感が走り抜ける。

 その一瞬、精霊たちはビクリと動きを止め、「はいっ!」と機敏に返事を返す。その後、風がずいぶんまろやかになったのは、決して気のせいなどではなかった。


 そうして問題なく風車は回り、予定通り発電が開始されたことを確認すると、地下のエリュシオン船内、第一医療室ではヴィヴィアンが、自ら寝台に横たわった。

 肘当ての先のオーブを左右それぞれの手で軽く握りしめ、「はじめてくれ」と告げる。


 モニターを見ると、第三医療室のポッドで眠る名も知らぬ子どもの、苦しそうな寝顔が見える。


「もう少しだけ頑張れよ。必ず救ってやるから……」


 徐々に魔力を放出しながら目を閉じ、ヴィヴィアンは自分の魔力を出し切ることだけに集中する。


 やがて限界ギリギリまで出し切ると、その意識はいつしか深い闇の中へと落ちていった。




機転をきかせて精霊を使い、パワープレーに走るヴィヴィアン。

さて。これで事態の強行突破になるのか。


次回『12.第三医療室内にて』

「フン、フン、フフフーン」……

目覚めたアイツは『もっさもさ』──。

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