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充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~  作者: 中畑道
第五章 アトルの街編

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幕間 立花亭、只今営業中

 

 私のお母さんは靴磨きをしている。どれだけ汚れた靴でも、あっという間に綺麗にしてしまう凄腕だ。今迄、お母さんが靴を磨くところを近くで沢山見てきたから私にもできる筈だ。でも、子供だからかお客さんが来てくれない。

 自分から声を掛けた方がいいのかなぁ・・・怒られたりしないかなぁ・・・よし、次に優しそうな人が通ったら、思い切って声をかけてみよう!


「お、お兄さん、靴磨きはいかがですか」


「俺?」


「はい、かっこいいブーツですね」


「ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」


 やった!優しい人だった。私の初仕事だ、精一杯心を込めてがんばるぞ!


 お母さんがやっていたように、まずは布で靴の埃を取る。ここが一番大事、細部までしっかり埃を取らないと綺麗には磨けない。次は布を変え、油を塗る作業。コツは油の量だけでなく力加減も均等にすること。ここで失敗すると見た目が悪くなる。靴の色に濃淡が出たり、最悪油染みのような跡が残ってしまいクレームの対象になる。最後に別の布で不要な油の取り、綺麗に磨いて出来上がり。うん、上手く出来た!


「上手だね」


「うん、いつもお母さんがやっているのを見ているから」


「いつもはお母さんがやっているの?」


 しまった・・・褒められて、つい余計なことを言ってしまった・・・


「ごめんなさい・・・」


「責めている訳じゃないよ、靴も綺麗に磨けているし。ただ、どうして今日はお母さんじゃなくて君がやっているのかなと思って」


「お母さん、病気なの。だから薬を買うお金が欲しくて、お母さんに内緒でお店を出したの・・・」


「そっか、えらいね。もし迷惑じゃなければ、俺がお母さんの病気を診てあげようか?」


「えっ、お兄さん、お医者さんなの?」


「違うよ。でも回復魔法が使えるし「鑑定」スキルを持っているから、どんな病気かは分かるんだ。病名が分からないと薬も何を買っていいか分からないだろ」


 そうか・・・薬にも色々あるから、先に診てもらわないとダメなんだ・・・


「私、お金持ってないから・・・」


「お金なんていらないよ。大事なブーツを綺麗にしてくれたお礼さ」


「本当、本当に、いいの?」


「ああ。あと、靴磨きの代金はいくら?」


「い、いいよ。お母さんを診てくれるのならお金はいらない」


「それとこれとは別だよ。君はしっかりと仕事をしたんだから、正当な対価を得るのは当然だ」


「じゃあ・・・銅貨二枚」


「安すすぎない?」


「お母さんはいつも銅貨五枚だから。私ならそれくらいだと思う」


「そっか。じゃあ、はい」


「えっ、五枚じゃなくて二枚だよ」


「君の仕事に俺は百パーセント満足した。だから、お母さんと同じ銅貨五枚だ」


「いいの?」


「勿論。さあ、お母さんのところに行こう。そうだ、その前に名前を教えてもらえるかな」


「私はメリルで、お母さんはローゼ。あと、デールっていう妹が居る」


「俺はトロンの街で学校の先生をやっているトキオ。よろしくね」


「うん!」



 ♢ ♢ ♢



「お、お姉ちゃん!」


「どうしたの、デール」


 家に帰ると慌てた様子で妹がしがみついてきた。


「お母さんが、お母さんが・・」


「落ち着いて!」


 すぐにお母さんの様態が悪くなったのだと気付いた。靴磨きの道具を放り投げ、慌ててお母さんのところに行こうとしたがトキオ先生に止められる。


「任せて」


 不思議だった。いくら優しくしてもらっても、トキオ先生には今日会ったばかりだ。それなのに、トキオ先生のことを心の底から信じられる。トキオ先生ならお母さんを助けてくれる。そう思うと、涙が止まらくなった。


「トキオ先生・・・」


「大丈夫、絶対に大丈夫だから。俺が約束する」


「う、うん」


 トキオ先生に続いて私と妹も部屋に入る。お母さんの苦しむ声が聞こえる。不思議と妹も会ったばかりのトキオ先生を信じているようで、私達はすぐにもお母さんに駆け寄って声を掛けたかったがトキオ先生の邪魔をしないよう手を繋いで我慢した。


「鑑定・・・なるほど」


 トキオ先生は小さく頷くと私達に笑顔を見せ、もう一度お母さんに向き直る。


「ドレインタッチ」


 魔法だ!確か魔法には詠唱が必要な筈。そういえば、武闘大会でも無詠唱魔法を使う人が大活躍したと街中の話題になっていた。トキオ先生も詠唱無しで魔法が使えるの?


「もう、大丈夫だよ」


 妹と二人お母さんの枕元に向かうと、さっきまでの苦しむ声が嘘のように静かな寝息を立てていた。顔色も良い。


「お母さん・・・お母さん・・・」


 折角気持ち良さそうに寝ているのに、お母さんの顔を見たらまた涙が溢れてきた。私と妹はお母さんに抱き付いて泣き続けた。お母さんの確かな鼓動が伝わってくる。もう大丈夫なのに涙が止まらない。


「・・・メリル・・・デール」


「「お母さん!」」


「どうしたの、二人共そんなに泣いて?」


「「お母さん、お母さん!」」


「あら、あら、今日は二人共ずいぶん甘えん坊ね」


「「お母さん、お母さん!」」


 温かい。お母さんの体が、頭を撫でてくれる手が、家族三人が揃うこの空間が。


「あの・・・あなたは?」


 そうだ、トキオ先生のお礼を言わないと!


 私達が泣いている間もずっと待たせてしまった。慌てて起き上がると、私より先に妹が飛び起きてトキオ先生の足にしがみつく。


「トキオ先生、ありがとう。トキオ先生がお母さんを治してくれたんだよ」


「えっ、直ぐに治療代を・・」


「いりませんよ。メリルに大切なブーツを綺麗にしてもらったお礼です」


 優しい笑顔で言うトキオ先生を妹は神様に出会ったような目で見ている。もしかして、トキオ先生は本当に神様かも・・・




「病気のことですが、よろしいですか?」


 ようやく落ち着いた私達にトキオ先生が病気のことを教えてくれるみたいだ。今後のこともあるし、私もしっかり聞いておかないと。

 それにしても妹め、幼さをいいことにトキオ先生にしがみついたまま離れようとしない。羨ましいがここは我慢だ。今年で十歳になる私にしがみつかれてはトキオ先生も迷惑だろう。


「ローゼさん、自分が持っているスキルはご存じですか?」


「いえ、「鑑定」は受けたことがありません」


 病気とスキルが関係あるのかな?


「ローゼさんは「清掃」と「料理」のスキルを持っています。靴磨きをされているとのことですが、本人も知らないうちに「清掃」スキルを使っていたのでしょう。その時に魔力を消費しています」


「魔力ですか・・・」


「ええ。ローゼさんの体調不良は病気ではなく魔力枯渇。要は、働き過ぎです」


「働き過ぎ・・・」


「魔力をセーブすることを覚えるのも重要ですが、今のまま働き過ぎればいずれ体を壊しかねません。仕事を減らすか転職することをお勧めします」


「・・・・・・・・・」


「何か問題でも?」


「家族三人暮らしていくには今でもギリギリです。学の無い私では良い条件で雇っていただける職場もない以上、今の仕事量を減らすことは出来ません」


 早く大人になりたい。私も働けるようになれば、お母さんだけが無理をしなくてもいいのに・・・


「そうですか・・・」


「親切でおっしゃっていただいたにもかかわらず、申し訳ございません」


 お母さんは悪くない。勿論、トキオ先生も悪くない。誰も悪くない。


「とりあえず、この話は後ですね。寝ている間は食事もままならなかったでしょうから、まずはご飯を食べに行きましょう」


「家には外食するような余裕は・・」


「大丈夫ですよ、この街にはお腹を空かせた人がタダで食事をできる食堂がありますから」



 ♢ ♢ ♢



 私たち家族を半ば強引にトキオ先生が連れてきたのは教会の敷地内にある食堂だった。赤い風船を持った女の子の看板がよく目立つこの食堂は、ある日突然教会の敷地内に現れたと街でも話題になっていた。


「本当に私達のような者が・・」


「いいから、いいから」


 生まれてこの方、外食なんてしたことのない私が入っても本当にいいのかなぁ・・・


「いらっしゃいませ・・ト、トキオ様!」


 シスターだろうか、修道服を着た若い女性がトキオ先生の顔を見た途端、店の奥へ駆けだすと大声で叫んだ。


「神父、トキオ様です、トキオ様がいらっしゃいました!」


 その声を聞いて、今度は男の人が慌てて出てくる。この人は知っている。新しく出来た教会の責任者、デラクール神父だ。


「トキオ様、お越し頂くのを心よりお待ちしておりました」


「どうですか、食堂の方は?」


「はい、街の方達も協力してくださり順調です。お腹を空かせた子供達にも店のことが伝わり始め、少しずつですが夜には食べに来てくれるようになりました」


「それは良かった。お二人の努力の賜物ですね」


「何を仰います、すべてはトキオ様のおかげです。さあ、どうぞ中へ、お連れの方もどうぞ」


 デラクール神父がもの凄くへりくだっている。しかもトキオ様って・・・もしかして、トキオ先生は偉い人なのかも・・・




 席に着いてからもお母さんと私は緊張しているが妹はそうでもなさそうだ。ニコニコしながらトキオ先生とメニューを選んでいる。


「デール、何にする?」


「いっぱいあって選べないよ。トキオ先生選んで」


「そっか、デールは何が好きなの?」


「お肉!」


「だったら、このハンバーグ定食がおすすめかな」


「それにする!」


「メリルとローゼさんは?」


「私達も外食は慣れていませんのでトキオ先生にお任せします」


 お母さんの言葉に私も、うん、うん、と頷く。とてもではないが沢山あるメニューの中から一つを選ぶなんてできない。


「ローゼさんは病み上がりだから野菜炒め定食かな。メリルの好物は?」


「・・・お魚が好きです」


「じゃあ、俺と同じサバの塩焼き定食にしよう」


「うん、トキオ先生と同じのがいい!」




 出てきた料理はどれも量が多く一人で食べられるが不安だったが、あまりの美味しさに残さず全員が平らげた。本当にタダでいいのかなぁ・・・


「トキオ様、味の方はいかがでしたか?」


 食べ終わったのを見計らって現れたデラクール神父が心配そうな顔でトキオ先生に味の感想を聞く。


「美味しかったです。子供達も全部食べられました」


「それは何よりです。今後とも精進いたします」


 デラクール神父、凄く嬉しそう。シスターも小さくガッツポーズしていて可愛い。


「ところで、従業員の方は決まりましたか?」


「まだです。良いスキルを持った方はなかなか見つかりません」


「実は「清掃」と「料理」スキルをもった方に今日偶然出会ったのですが・・」


「なんと、その様な逸材が、是非とも紹介していただけませんか!」


「住み込みでも可能ですか?」


「ええ、構いません。私が使っていた居住スペースがありますので」


 そこまで話して、トキオ先生はお母さんに聞いた。


「ローゼさん、ここで働いてみませんか?」


 自分のことだと思っていなかったお母さんは、びっくりして聞き返す。


「私を雇っていただけるのですか?」


「是非、お願いします。給金は十分な額をお支払いしますので、何卒我々を助けてください」


 答えたのはトキオ先生ではなく、デラクール神父。


「私なんかがお役に立てるのか・・・」


 今度はトキオ先生がお母さんを説得する。


「そんなことはありませんよ、俺からもお願いします。ローゼさんこそ、この食堂が探していた人材です。持っているスキルもですが、子供達の為に体を壊すまで頑張る働き者だ。勿論、この食堂で無茶な働き方はさせませんが」


「この食堂は一般のお客さんとは別に、お腹を空かせた子供達の支援をするためにあります。力を貸してください。大通りで治安も良いですよ」


「ありがとうございます。私なんかでお力になれるのなら、死に物狂いで働かせていただきます」


「ダメ、ダメ、死に物狂いでなんて働いちゃあ。また、メリルとデールを泣かせるつもりですか。普通でいいんですよ、普通で」


「そ、そうでした。無理しない程度に、一生懸命働きます」


 嘘みたいだ。トキオ先生に出会ってから良いことばかりが起きる。まるで神様が私たち親子を祝福してくれているように。


「お母さん、このお店で働くの?」


「そうよ、デール。トキオ先生が紹介してくださったの」


「やったー!トキオ先生、ありがとう」


 大喜びで妹がトキオ先生に抱き付く。くぅぅぅ、私だって飛びつきたいのに・・・


「では、一旦家に戻って家財道具を移動させましょう」


「今からですか?」


「ええ。安心してください、俺はマジックボックスを持っていますので、一度にすべて運べます」


 言っている意味がわからなかった。マジックボックスとはマジックバッグと似た魔法なのは知っている。しかし、いくら家が貧しくても家財道具一式ともなれば相当な量だ。リヤカーで何度も往復しなければならない。


「トキオ様のマジックボックスの容量は無尽蔵です。この食堂もトキオ様のマジックボックスに収納して、この地に移築していただきました」


 はぁ?


「兎に角、行けばわかるよ。さあ、善は急げだ」





 家に戻ってからは驚きの連続だった。本当にトキオ先生のマジックボックスにはいくらでも物が入る。箪笥もテーブルもベッドも次々に収納されていく。しかもトキオ先生は物凄い力持ちで何でも簡単に持ち上げてしまう。食器棚を持ち上げた時は中のお皿が割れてしまうと肝を冷やしたが、固定魔法がかけられていてお皿はピクリとも動かない。私とお母さんは荷造りと掃除をするだけで、他は全てトキオ先生が一人でやってしまった。しかも、すべて無詠唱魔法で。興奮した妹はトキオ先生の周りで終始大騒ぎだ。結局、一時間程度で引っ越しの準備を終え、今は食堂に向かっている。


 冷静に考えると、とんでもないことだと気付く。トキオ先生は奇跡と言われている無詠唱魔法の使い手で回復魔法も使えるしマジックボックスも持っている。「鑑定」スキルも持っていて、とんでもない力持ち。学校の先生をしているくらいだから頭もいい。いや、いいなんてレベルじゃない、魔法は知識の集大成なのだから。しかも、物凄く優しい。完璧超人、神様と言われても納得できる。私なんかが気軽に話をしていい人じゃないかもしれない。


「・・・ねぇ、お姉ちゃん」


「・・・なあに?」


 ニコニコしながら妹が小声で話しかけてきた。


「・・・わたしね、トキオ先生は神様だと思う」


「・・・どうして、そう思ったの?」


「・・・だって、あんなに凄いのに、すっごくやさしいんだもん。わたしね、毎日寝る前、愛の女神カミリッカ様にお祈りしていたの。お母さんの病気が治って家族みんなで幸せに暮らせますように、それと美味しいものが沢山食べられますようにって。今日全部叶った。トキオ先生が叶えてくれた。きっとトキオ先生は愛の女神カミリッカ様に言われて、わたしたちを助けに来てくれたんだよ」


「・・・今度シスターに聞いて確かめてみよう。なんか、前から知り合いみたいだし」


「・・・うん」


 妹の言い分はよくわかる。だって、私も毎日寝る前に同じようなお祈りをしていたから。


 ポケットに手を入れると、トキオ先生から貰った銅貨五枚があった。トキオ先生と私を繋いでくれたこのお金は、生涯使わないと心に誓った。


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