第二十五話 妹よ、俺は今ホームに帰ってきました。
予定より少し遅れて城壁を出るとガイアソーサが待っていた。
「待たせて悪かったな、乗ってくれ」
「よろしくお願いします」
緊張の面持ちで馬車に乗り込むガイアソーサ。ハルトマン男爵邸で皆とは一度顔を合わせしているので直ぐに打ち解けられるだろう。ちなみに、ガイアソーサの身分証は冒険者カードだ。ランクはD。いつも都合よく武闘大会が開かれている訳ではないので、普段は冒険者活動をして路銀を稼いでいるらしい。目立たないよう、主に薬草採取や魔獣の素材を買い取ってもらっていたとか。冒険者としての経験は俺より上だな。
『サスケ、頼むぞ』
『はい、ご主人様』
帰りは転移魔法を使うが、人目に触れると面倒なので一時間くらいは街道を走るつもりだ。人の行き来が少なくなってから森に入り転移する予定だが、そのことは誰にも教えていない。この旅最後のサプライズだ。
「改めまして、ガイアソーサです。皆さん、よろしくお願い致します」
既に顔合わせは済んでいるというのに、律儀な男だ。僅かな時間だが、俺の作った馬車の性能を堪能してくれ。
「ミルです。九歳です。ガイアソーサさんもセラ学園で一緒に勉強するの?」
「そうだよ、よろしくね。ミル先輩」
「せ、せんぱい・・・」
おっ、ミルが言葉に詰まるなんて、なんだか面白そうだな。先輩と呼ばれてどんな表情をしているのか、御者台からでは見られないのが残念だ。
「ミ、ミルでいいよ。セラ学園はもともと孤児院だから、先輩とか後輩とかないし・・・」
「そうかい。それじゃあ改めてよろしくね、ミル」
「うん。ガイアソーサさんのこと、ガイアさんって呼んでもいい?」
「もちろん。ニックネームで呼んでもらえて僕も嬉しいよ。学校のみんなとも仲良くなれるかなぁ」
「絶対なれるよ!ノンちゃんとかガンちゃんとか、ガイアさんと直ぐに仲良くなりそうだもん!」
フフフッ、魔王と勇者が仲良くなるなんて最高だな。
「でも、僕は魔族だよ」
「そこがいいんだよ。魔族の友達ができるなんて、みんな喜ぶに決まっているじゃん!」
その通り、ミル、よく言った。セラ学園に種族差別なんてありません!
「ミルの言う通りですよ、ガイアソーサ殿。子供達に魔族国で流行っている遊びを教えてあげてください」
「わかりました、オスカー殿。いや、オスカー先輩・・・違うなぁ、オスカー先生」
「オスカーでいいですよ。教師ではありますが、私もガイアソーサ殿と同じく先生から学んでいる身ですので」
結局、オスカーは今も俺のことを先生と呼んでいる。本人曰く、急に呼び方を変えては自分が戦えることがバレるかもしれないので、今までと同じ先生でいくとのこと。尤もらしい理由だが、多分師匠と呼ぶのが恥ずかしいだけだ。まあ、好きに呼べばいいさ。
「ねえ、ガイアさん。魔族国ではどんな遊びが流行っているの?」
「色々あるよ。僕が一番好きなのは将棋だけど」
「将棋!」
「将棋、知っているの?」
「うん、本で読んだ。孤児院には無いからやったことはないけれど、ルールは知っている!」
なんと、直ぐに将棋を用意せねば!
「僕が持っているから、学校に着いたらやってみる?」
「今、今やろうよ!」
「馬車は揺れて駒が動いちゃうから無理だよ」
「大丈夫、この馬車は揺れない!」
「そういえば、全然揺れないね・・・」
フフフッ、ようやく気付いたかね・・・
「だって、この馬車を作ったのはトキオ先生だもん。足回りにトキオ先生が作ったさすぺんしょんが組み込まれているから揺れないんだよ」
ミル、もっと言ってあげなさい。
「流石はトキオ様。馬車にも革新技術が使われているとは・・」
「トキオ様じゃなくて、トキオ先生。トキオ先生は様とか付けられるのが好きじゃないから、トキオ先生!」
ナイス、ミル!子供達の前でトキオ様は勘弁してもらいたい。
「しかし、僕ごときが・・・」
「様なんて付けなくていいぞー。俺は只の教師だからな」
マジで、子供達の前でトキオ様はやめてもらいたい。真似する子が出てきたら大変だ。
「ほら、トキオ先生も言っているじゃん。トキオ先生はトキオ先生だよ。凄い魔法が使えて、滅茶苦茶剣も使えて、何でも作っちゃう、やさしい先生。超絶凄い私達の先生!」
「なるほど、超絶凄い先生か・・・」
ちょっと持ち上げ過ぎじゃない・・・恥ずかしいので、その辺で勘弁して下さい・・・
「ポイントは、この銀だったね」
「うん・・・戦況にあまり関係ないと思っていたその銀が最後に邪魔をしてきた。桂馬の動きは監視していたけれど、まんまと騙された。将棋は奥が深い・・・」
将棋の結果はガイアソーサの勝ち。頭の中に盤面を浮かべ二人の勝負を楽しませてもらった。負けはしたが、孤児院の子供とでは知的ゲームで圧勝してしまうミルにとって対等以上の相手と競えるのは楽しいようだ。今は感想戦をしていらっしゃる・・・ミル、本当に将棋を指すの初めて?
「シスター、いい加減にお菓子食べるのやめなよ。アトルの街に来る前に比べて、だいぶ太っているよ。修道服のお腹がパツンパツンじゃん」
「大丈夫、少しだけ太ったかもしれないけれど、トロンへ着くころには元に戻る予定だから」
どこまでも楽天的なお気楽シスターだ。人間は急には痩せませんよ・・・
「マザーに叱られても知らないからね!」
「マザーは案外抜けたところがあるから、少しくらい太っていても気付かないわよ」
どこからその自信はくるんだ・・・そもそも、マザーループが抜けているなんて思っているのはシスターパトリ、あなただけですよ。しかし、いったいどれだけ食べ物を買い込んできたんだ、馬車が出発してから食べっぱなしじゃないか。心配しているのはミルだけで、既にオスカーとマーカスは諦めの境地に入っていますよ。
「アトルの街は何を食べても美味しいですもんね」
「そうなんですよ、ガイアソーサさん。マザーの目がない今の内に食べておかないと」
子供の前でそういうことを堂々と言うんじゃありません。まったく、このシスターは・・・あなた一応、聖職者であり、教師でもあるのですよ!
「ミル、楽しそうな学校だね」
「うん、物凄く楽しいよ。でも、シスターは甘やかしちゃ駄目。普段は頑張り屋さんでやさしいけれど、すぐ調子に乗るから」
なかなかの慧眼。でも、シスターパトリって少しぐらい調子に乗っても、微笑ましくて許せちゃうんだよな・・・これも人徳と言えなくもない。あと、ミルは知らないかもしれないけれど、意外とやる時はやる人なんだよね。
「ガイアソーサさん、魔族国は何が美味しいですか?」
「残念ながら食文化では人族の国には到底かないません。食べられれば何でもいいといった感じです」
「だったら、ガイアソーサさんが美味しいものを沢山食べて魔族国に普及しなければなりませんね。任せてください、トロンでは私が美味しいお店を紹介しますから」
「はい、その時はお願いします」
「フフフッ、魔族国の食文化発展には謎のシスターが関与していた・・・いいですねぇ」
なんだそりゃ・・・諸国を見て回ってきたガイアソーサに、トロンの街しか知らないシスターパトリが何を教えるって言うんだよ。あと、シスターパトリ、あなた謎とか影とか好きですねぇ・・・中二病ですか?
『トキオ様、そろそろ森に入ってもよろしいかと』
『そうだな』
コタローに先行してもらい、いい感じの開けた場所を探してもらう。そこで食事を摂ってから転移だ。
五分とかからずコタローから念話が入る。言われた通りに街道を逸れると、馬車一台分の道が用意されていた。そこから更に五分程馬車を走らせると、休憩するには丁度いい広さの開けた場所に出る。
「みんな、ここで休憩するよ」
「「はーい」」
元気よく飛び出してきたのはミルとシスターパトリ、続いてガイアソーサ、最後にオスカーとマーカスがゆっくりと馬車を降りる。カミリッカさんのお弁当を配ってランチタイム。緑の中、みんなで食べるお弁当は美味しい。
お弁当を食べ終わるとミルとシスターパトリが眠そうに目を擦り始めた。朝早かったのでお腹が膨れて眠気が来たようだ。二人は馬車に戻ってお昼寝タイムとなった。
「師匠、御者を変わりますよ」
「いや、ここから転移魔法で一気にトロンまで帰るからいいよ」
「「て、転移魔法!」」
そういえばオスカーとマーカスは俺の転移魔法を見た事が無かったな。いい機会だ、属性的にはガイアソーサしか転移魔法を使える可能性はないが、転移魔法がどういうものか経験しておいて損はない。使えなくてもオスカーは空間属性を持っているから敵に使われたとき妨害できるかもしれないし、マーカスは「剣聖」スキルで対処できる可能性がある。
三人にそのことを説明してやると、眠気も吹き飛んだのかキラキラした眼差しで興奮している。経験は何にも勝る学びだ、やる気のある者には特に効果が高い。
「ガイアソーサは俺の隣に来い、オスカーとマーカスは馬車の中から外を見ていろ。すべてを知ろうとする必要は無いぞ。大切なのは転移を経験し、感覚を知ることだ。今はまだ、そこまででいい」
「「「はい!」」」
凄く良い返事。こちらもやりがいがある。
「よし、配置に着け。ミルとシスターパトリはそのまま眠らせておいてあげよう」
転移先は前もって準備してある。さて、期待に応えてやりますか。
「転移」
♢ ♢ ♢
トロンの城門に着くと、俺の馬車を見つけたマイヤーさんが慌てて駆け寄ってきた。
「何か旅先で問題でもあったのか?」
「いいえ、いい旅でしたよ」
「行先はアトルだったよな、帰ってくるのが早すぎるだろ」
「俺の作った馬車は超高性能なんですよ。サスケも並の馬ではありませんし」
「うーん・・・まっ、お前がそう言うのなら、そうなんだろうな。ところで、隣の男は?」
流石はトロンの街を守る門番。行きと違うメンバー、しかも知らない顔には直ぐに気付く。
「ガイアソーサ、冒険者カードを提示しろ」
「はい」
「ふーん、D級か・・・もっと強そうに見えるが、あんたもランクを上げるのに興味がない口か?」
なかなか鋭い。やるな、マイヤーさん!
「はい、冒険者活動は旅の路銀を稼ぐためにやっていました。トロンの街に来た理由は、旅先のアトルでトキオ先生と知り合い、教えを授けて頂けることとなったからです。今後ともよろしくお願いします」
「そうか。あんた、運がいいな」
「はい、自分でも恐ろしく強運だと思います」
フフフッ、いつの日かガイアソーサが魔王になったら、マイヤーさんもびっくりするだろうな。
「女性陣は疲れて眠っていますが、起こした方がいいですか?」
「いい、いい、そのまま寝かせておいてやれ、残りは行きと同じメンバーだろ。お前を疑うほど俺は耄碌しちゃいねぇよ」
「ありがとうございます」
城壁の門を潜るため手綱を握ると、マイヤーさんから再び声が掛かる。
「トキオ!」
「はい」
「おかえり」
「はい、ただいま戻りました!」
優しい門番と挨拶を交わして門を潜る。
見慣れた大通り、聴き慣れた喧騒、嗅ぎ慣れた空気、この世界のホームはこの街なのだと改めて実感する。
妹よ、ただいま。




