第十八話 妹よ、俺は今武闘大会予選を観戦しています。
ドン、ドーン!
今日から始まる武闘大会を盛り上げるべく打ち上げられた花火がアトルの街に響き渡る。街の住人は勿論、武闘大会を目当てに集まった旅行客が闘技場に向かうため大通りを埋め尽くし、街全体はお祭り騒ぎだ。
「シスター、キョロキョロしていたらはぐれちゃうよ」
「・・・うん。それにしても、凄い人数だね」
はぐれないよう俺と手を繋いでいたミルが、空いていた手でシスターパトリの手を取る。アトルの街に来てからはミルの方がお姉さんみたいだ。
「アトルの武闘大会でこんなにも人が集まるとは思ってもいませんでした」
王都でも毎年武闘大会は開かれているし、規模もアトルより大きい。地方の武闘大会にこれだけの人が集まるのは興行として大成功だと言える。前日にマーカスからアトルにおける武闘大会の意義を聞いていなければ、俺もシスターパトリと同じ感想を持っていただろう。
「ハルトマン男爵家は武闘大会上位入賞者を積極的に登用するらしいですから」
「なるほど。武闘大会という名の就職試験みたいなものですか」
貴族としては位の高くないハルトマン男爵家だが、ブルジエ王国ではそれなりの発言権を持っている。その理由は軍事力だ。トロンの三分の二、領土としては中規模の部類に入るアトルだが、闘技場があるのを最大限に活かし、収益と人材の両面で大いに役立てている。武闘大会は夏と秋の年二回。今回おこなわれる夏の武闘大会は魔法も武器も何でもありの総合武闘大会。秋は剣のみでおこなわれる剣術武闘大会。どちらも上位入賞者が希望すればハルトマン男爵家に登用されるので出場者の本気度が高く、興行としても人気が高い。
「オスカーさん、大丈夫ですかね・・・」
「ああ見えてオスカーは肝が据わっていますから、心配いりませんよ」
あくまで目的は対人戦を経験すること。出場が決まってからマーカスともいい稽古が出来たようだから多少期待はするが、怪我無く終えてくれれば十分だ。
人ごみに揉まれようやく闘技場の入り口に着くと、俺達を見つけたマーカスが手を振りながら駆け寄ってくる。
「師匠、特別席を用意してありますので、こちらへどうぞ」
一般席でもよかったのだが、折角ハルトマン男爵が用意してくれたのなら断るのも申し訳ない。ミルやシスターパトリも安心して観戦できるだろうからお言葉に甘えよう。
マーカスに連れられ関係者通用口から闘技場に入る。薄暗い通路から階段を上り明るく開けた場所に出ると、闘技場が一望できる広々としたスペースのVIP席だった。
「ようこそ、我が闘技場へ」
出迎えてくれたのは、今大会の主催者でもあるハルトマン男爵とタイラー。早速シスターパトリを紹介する。
「この方が、今回の旅で私達の代表を務めるシスターパトリです」
俺の紹介で美しいお辞儀をするシスターパトリ。
「これは、これは、よくお越しくださいました。御高名は息子マーカスより聞いております。たいしたおもてなしはできませんが、ごゆっくりお楽しみください」
「ありがとうございます。マーカスさんには学校でも大変お世話になっております。セラ教会代表のマザーループに代わり、感謝申し上げます」
リッカ教のときもそうだったが、この人、こういった挨拶は普段の姿が想像できないほどしっかりこなす。隣でミルが白い眼をしているがまったく気にしていない。こういうところはサンセラと似ている気がする。良い言い方をすればTPOを弁えている。悪いい方をすれば上辺を取り繕うのが上手い。
「あちらに軽い食事と飲み物を用意してありますので、ご自由にお召し上がりください」
「お気遣いありがとうございます」
食事という言葉に一瞬口角が上がりかけたが、バレないよう直ぐに頭を下げ表情を隠すシスターパトリ。だが、それを許さない者が居た。そう、ミルがぶっこむ。
「シスター。恥ずかしいから、いつもみたく好きだけ食べたり飲んだりしちゃダメだよ」
「ホ、ホホホッ、嫌だわミル、いつ私がそんなことを?」
「旅に出てからずっとじゃん」
シスターパトリが焦った表情でミルに口を押える。だが、時すでに遅し。
「ハハハッ、シスターパトリ、お互い取り繕うのはここまでにしましょう。折角の武闘大会ですから、存分に楽しんでいってください」
「・・・そうですね。もう、ミル!たまにはかっこよくキメさせてよ!」
「どうせ長続きしないじゃん。あっちのお菓子が気になってしょうがないくせに」
「ぬぬぬっ」
武闘大会は二日間。オスカーが予選を通過すれば明日も来ることになる。二日間も素を隠しお淑やかに過ごすのが可哀想だと思ったミルの優しさだろう。シスターパトリもそれがわかっているから、グーの音も出ない。
「マーカス。楽しそうな学校だな」
「ええ、兄上。子供達の笑顔で溢れた学校ですよ」
なんとなくシスターパトリのキャラクターがハルトマン男爵とタイラーにも伝わったようだ。二人に気を遣って観戦するよりよっぽどいい。ミル、ナイス!
「選手が出てきましたよ。オスカーはDブロックのようですね」
予選は事前抽選で分けられたAからDの四ブロックでバトルロイヤル。各ブロックから勝ち上がりは二名。決勝に進めるのは八人だ。
選手の登場で俺達も席に着く。早速お菓子を取りに行ったシスターパトリとその姿を白い目で見ているミルは放っておいて、隣に座ったマーカスに問いかける。
「知っている強者はいるか?」
「はい。Aブロックの立派な杖を持っている男はルバレス。王都で活躍しているA級冒険者の魔法職です。Bブロックの背に大剣を持った男はタッカー。こちらも王都で活躍しているA級冒険者です。あとは・・・」
「Cブロックに居る、あの男だな」
「はい。始めて見る顔ですが、あれはヤバいですね・・・」
「マーカス、お前なら勝てるか?」
「・・・今の私では無理です。「剣聖」10を会得して初めて向き合える相手ですね」
それがわかるだけでも十分な成長だ。俺と立ち合いをしたときのマーカスでは、強者だとはわかっても自分とどれ程の差があるのかまでは気付けなかっただろう。それにしてもあの男、上手く変装しているが魔族だな。
「上位鑑定、なっ!」
「師匠、どかされましたか?」
「いや・・・何でもない」
マジか・・・なんでこんなところに居る・・・
『見たか、コタロー』
『はい。まさか「魔王」スキルの所持者が人族の武闘大会に出場しているとは・・・』
!?
今、一瞬だが俺達の方を見た。「鑑定」されたことに気付いたのか?「魔王」スキルは未知のスキル、「鑑定」に気付いたとしても不思議はない。これ以上覗き見るのはやめておいた方がいいな。
『どう思う?』
『大会に参加している意図がわかりませんので何とも。ただ、現状我々の脅威となるレベルには達しておりませんので、このまま様子見でよいかと思います』
『そうだな。悪意を感じる訳でもないし、単純に腕試しなら何の問題も無い。オスカーも運が悪いな』
『戦場でいきなり対峙することを考えれば幸運かと。対戦することがあれば良い経験となるでしょう』
『それもそうか。別に優勝が目的でもないし』
『私が監視しておきますので、トキオ様は武闘大会をお楽しみください。何か怪しい動きをするようならお伝えします』
『ああ、任せるよ』
『御意』
まさか「魔王」スキル所持者を見られるとは。それにしてもあの男、「魔王」スキルは持っているものの、十分に活かせていないように見える。基礎訓練を怠ったのか、レベルに比べて基本ステータスがそれ程高くない。良い指導者に巡り合えなかったのだろうか。現状はマーカスより少し上といったところ。「剣聖」10が無くても俺の魔法を会得すればマーカスでもそれなりには戦えそうだ。なんだか勿体ない。
Aブロックの予選が始まった。マーカスが教えてくれた王都の魔法職が他の選手相手に無双状態、得意の火属性魔法で次々と脱落させている。本来、一対一の戦いで魔法職は不利とされている。詠唱に時間がかかるからだ。
「おい、マーカス。あれ、ありなのか?」
「グレーゾーンではありますが、元から組んでいる証拠がありません。戦闘中に戦いを優位に運ぶための共闘は認められています」
「ふーん・・・」
いや、絶対に初めから組んでいるだろ!予選の振り分けはクジだったらしいから、多分相当な人数で来たんじゃないのか?
「まあ、決勝は一対一ですから盾役は使えません。何か奥の手はあるのでしょう」
だよね。予選で手の内を見せないのも大会で優勝するには大切なことだ。
Bブロック、Cブロックと予選が終わり、いよいよオスカーの居るDブロック。ちなみに、Bブロックはマーカスが教えてくれた大剣使いのタッカー、Cブロックは「魔王」スキル保持者の魔族が順調に勝ち上がっている。
「オスカー先生、頑張れー!」
ミルの声援が届いたのか、こちらに向かって手を振っている。それだけ落ち着いていれば大丈夫だ。
「はじめ!」
ゴーン!
試合開始の銅鑼が鳴らされてバトルロイヤルのスタート。見るからに魔法職のオスカーは当然狙われる。さあ、どうする?
「アースジェイル」
「「「えっ!」」」
オスカーが出したのは土の牢。相手を閉じ込めるのではなく、その中に自らが入る。開始の合図と共にオスカーに群がった剣士たちは無詠唱魔法に一瞬驚いたが、即座に思考を切り替え土の牢に切り込んだ。
「ストーンバレット」
目の前の剣士を石礫で無力化するが、四方から押し寄せた剣士には同時に対処できない。
「オスカーさん、うしろ、うしろ!」
シスターパトリの心配をよそに、オスカーは慌てず対処する。剣士たちは誰一人としてオスカーを囲んだ土の牢を破ることができなかった。
「やりますね、オスカーの奴。あれなら魔法を掛け合わせて使っている事にも気付かれない」
一見すると土属性の魔法に見える土の牢。だが、オスカーは空間属性を掛け合わせて使っていた。土属性だけでは途轍もない魔力を消費してしまうほど強固な牢も、空間属性を掛け合わせることで魔力消費を抑えるだけでなく、強度も増している。そのことに気付いていない剣士たちは、どうせ長くは持たないと周りに群がるが、今度は中から風属性を掛け合わせた石礫で狙い撃ちされる。
遂には土の牢を囲んだ剣士たちが他の選手たちに背後から狙われ、オスカーを中心に戦闘が激化する。剣士たちはオスカーにかまっていられなくなり周りの敵に対処し始めるが、オスカーは背後から狙い撃ちすることなく、敵同士が潰し合っている間は無駄に魔力を消費する必要もないと高みの見物。必死に戦う選手たちの中心で、台風の目の如く一人蚊帳の外となったオスカーは残り四人となったところで狙撃を開始。あっという間に二人を退場させた。
「それまで!」
終了の合図を聞いて土の牢を解除したオスカーは、予選開始前と同じくこちらに手を振っている。
「やったー、オスカー先生が勝った!」
「凄いです、オスカーさん!」
オスカーの勝利に喜んでいるのは特別席だけ。会場は何とも言えない微妙な空気に包まれた。そりゃそうだ、闘技場に詰めかけた観客は選手たちの熱い戦いを期待していたのに、一人だけ安全な牢に守られた状態で最後は飛び道具。予選最後の試合がこれでは観客も不完全燃焼になるのは仕方がない。
だが、何人かの観客はオスカーの凄さに気付いているようだ。その声が次第に大きくなっていく。
「おい、あいつ無詠唱で魔法を使っていなかったか?」
「あの堅い牢を最後まで維持し続けるのに、いったいどれだけの魔力量が必要なんだ?」
「石礫もおかしいぞ。小さな石をぶつけられただけで皆気絶していた。しかも百発百中だ」
目の肥えた武闘大会ファンも居るんだな。この戦いは野球に例えるなら、派手な打ち合いではなく息の詰まる投手戦。オスカーは俺と違い時間属性を持っていないため、魔力消費を抑えているとはいえ土の牢を維持し続けるには限界がある。最後に残ったオスカー以外の三人に時間稼ぎをされれば土の牢を解除せざるを得なかった。それをさせなかったのは、気づかれる前に抜群のタイミングで攻撃を再開したから。残り二人になってからでは徒党を組まれていたかもしれない。事実、オスカーに狙撃されず勝ち残った剣士は他の二人と違い、戦いながらもオスカーの動きを気にかけていた。もし、もう一人オスカーの動きを気にかけていたなら戦況は変わっていただろう。多くの観客が思っているほどオスカーに余裕はなかった。今余裕を見せ、こちらに向かって手を振っているのもブラフ。実際は大量の魔力消費で疲労している。さて、何人の決勝進出者が気付いているやら。
「手の内を隠したまま、上手く予選を勝ち上がりましたね」
「ああ。だが、まだ甘いな。俺なら、適当に詠唱をしているふりをして無詠唱魔法も隠す」
とはいえ、オスカーにとっては魔法職として初の対人戦。十分に及第点だ。
「決勝トーナメントではどんな戦いを見せてくれるのか楽しみですね、師匠」
「オスカーのことだから、既に何通りも作戦を考えているだろうな。そういう点はマーカス、お前より数段オスカーは勝っているぞ」
「はい。立ち合いをしていても、たまに驚くような攻撃をしてきますから。きっとあれは私で試しているのでしょう」
人にはそれどれ違った特技や才能がある。それをやっかむことなく素直に受け入れるマーカスは流石だ。
「じゃあ、俺達は帰るよ。明日も楽しみにしているとオスカーに伝えておいてくれ」
「はい」
最後に闘技場に残るオスカーに一瞥を送り帰路に着く。
オスカー、会場はそれ程沸かなかったが、今日みたいな戦い俺は嫌いじゃないぞ。




