第十七話 妹よ、俺は今アトルの魔道具屋に来ています。
ずしで腹を満たした後は昨日の続き。思いつくまま気の向くまま、ミルと二人で精力的にアトルの街を散策。売っている物はトロンの街とそれほど変わりないが、時折見かけるアトル独特の商品を見つけては二人でああだこうだと意見を言い合う。それが楽しい様でミルは終始笑顔だ。そして、いよいよ俺にとってのメインイベント、魔道具屋の看板を発見する。
「魔道具屋は時間をかけて見てもいい?」
「トキオ先生は魔道具に興味があるの?」
「ああ。とんでもない掘り出し物があるかもしれないから、じっくり見たいんだ。退屈だったら言ってね」
「全然いいよ。魔道具屋は行ったことが無いからわたしも見てみたいし、トキオ先生が何に興味を持っているのか興味がある」
おおー、大人びた発言。人間トキオ学に興味があるときたか。
店内に入ると、魔道具屋独特の怪しい雰囲気。これはトロンの街の魔道具屋も一緒で、前世でいうなら個人経営の骨董屋みたいな感じ。まあ、前世で骨董屋に行ったこと無いから知らんけど。
ちなみに、この世界の魔道具屋は冒険者ではなく一般の人を相手にした商売。戦闘に使う魔道具ではなく、生活に役立つ便利グッツ屋の様相が強い。
おっ、早速面白いものを発見。
俺の目に留まったのは、高さ2メートルくらいの細長い人形。トランプの絵札みたいに上半身が上下逆さに付いており、上の顔も下の顔も口を開けている。この人形、どことなく見覚えがある。こいつの制作者はもしかして・・・
「鑑定」
空気循環器 製作者ジン バーラ
オリバーさんの家で見た人形に似ていると思ったら、まさかの三代目。ジャン バーラ、ベン バーラ親子に続いて孫まで発明家だったとは執念すら感じさせる。しかし、この一族はなぜ発明品を人形にしたがるのだろう。機能には全く関係ないどころか、逆に気持ち悪いと思うのだが?
だがこの魔道具、目の付け所は悪くない。空気循環器とは前世でいうサーキュレーター。冷暖房が前世ほど発達していないこの世界で、室内の空気を循環して部屋の中を快適な温度に保とうとする考えは素晴らしい。三代目で覚醒したか?
「その気持ち悪い人形、買うの?」
やっぱり変だよね。商品自体は悪くないのに、この世界に来て一度も空気循環器は見たことが無い。祖父、父、に続く不人気商品で終わったのだろう。絶対に見た目で損をしている。
「これは人形じゃなくて、空気循環器だよ」
「空気循環器?」
「そう。ミルは寒い日に暖炉の前は温かいけれど、部屋はなかなか暖かくならないのを経験したことは無い?」
「ある。一度冷えた部屋はなかなか暖かくならないから、孤児院でも冬はみんな暖炉の傍に居るよ」
「これは、部屋全体の温度を一定に保つための魔道具なんだ。使う薪の量も節約できる優れものだよ」
「どうして!教えて、トキオ先生!」
緊急授業発動!
「じゃあ、質問。水は温めるとどうなる?料理する時を思い出してみて」
「蒸発する!」
流石はミル。それくらいの知識は当然持っている。
「正解。でもね、蒸発したからと言っても無くなった訳じゃないんだ」
「でも、お鍋の中の水は蒸発すると減っちゃうよ」
「思い出して。水が蒸発すると何かが出ない?」
「湯気が出る!」
「そう!温度が高くなると水は水蒸気になる。液体から気体に変るんだ。これを気化と言います」
「うん、うん」
ホント、こういう時のミルは生き生きしている。
「気体となった水はどこへ行く?」
「空?」
「上だね。熱せられ気体になると空気より軽くなるから上に行くんだ。温かい空気は上に行っちゃうから、冬は暖炉を焚いてもなかなか部屋全体は温かくならない。そこで、空気循環器の出番だ」
「そっか!上にある温かい空気を循環させて、部屋全体に行き渡らせるんだ」
理解が早い。他の子はこうはいかないだろうから、ミルを基準に考えちゃダメだな。
「ちょっと待って、トキオ先生。もしかして、雨って・・・」
「よく気付いたね。雨や雪は水蒸気が上昇気流に乗って上に行き、冷やされたものだよ。気体が冷やされて液体になるのは液化、液体を飛ばして個体になることを昇華と呼ぶんだ。雨が降る前は雲が出るだろ。雲は湯気と同じ原理さ。ほら、お鍋に蓋をすると蓋の裏に水が付くみたいな」
「空は寒いの?」
「ああ。地面はお日様の熱を吸収して温かくなる。これを地熱というんだ。上に行けば行くほど温度は下がる。学校から見える高い山の上に雪が積もっているだろ」
「うん、見える。そっか、雨は神様が降らせているんじゃなくて、自然現象なんだ」
「その通り。世の中、全ての現象には必ず理由がある。今日はここまでにしよう。今度理科の授業で詳しく教えるから楽しみにしていてね」
「うん、楽しみ。早く学校でトキオ先生の授業を受けたい」
教師冥利に尽きる。ミルのような生徒に教えるのは俺も楽しい。
空気循環器は購入決定。オリバーさんへのお土産にしよう。決めた!これからもバーラ一族のマジックアイテムは見つける度に購入してオリバーさんの家へ持っていく。フフフッ、オリバー男爵邸をバーラ博物館にしてやる。おっと、本題を忘れていた。俺が見つけたいのはバーラ一族のマジックアイテムではない。セイジョウデンが作ったマジックアイテムだ。この街にはセイジョウデンの痕跡があった。マジックアイテムが一つくらいあっても不思議じゃない。
なんでもいいから製作者セイジョウデンのマジックアイテムを俺に見せてくれ。そんな思いで店内を隈なく探すと、遂に怪しい物を発見。髭剃り?いや、違う。これは・・・
「鑑定」
美顔器 製作者セイ ジョウデン
前世でスチーマーと言われる、保湿を目的としたハンドタイプの美顔器だ。なんでこんな物を・・・まさか上田誠(仮)の奴、異世界でモテようとしていたのか?けしからんな・・・これは購入決定だ。べ、別に、モテたい訳じゃないからな!
結局、美顔器以外のマジックアイテムは見つけることができなかった。念の為、店主に聞いてみる。
「隠蔽の指輪はありませんか?」
「隠蔽の指輪ですか。数年前に王都から来られた王家の方が他のマジックアイテムと一緒に全て買っていかれてから見ていませんね」
王家だと・・・やはり、セイジョウデンの痕跡を消そうとしているのには王家が関わっているのか。この分じゃ王都のマジックアイテム屋も期待できないな。王都から離れたトロンの街だったから、運よく隠蔽の指輪を見つけられたのか。
「王家の方は隠蔽の指輪以外に、何を買っていかれたのですか?」
「数年前のことですのであまり覚えておりませんが・・・えっと、たしか・・・そうだ、派手な扇子を買っていかれたのは覚えています。効果はなんでしたかねぇ・・・すみません、忘れてしまいました。覚えていないということは大した効果ではなかったのでしょう」
その言葉を鵜呑みにはできないな。事実、今見つけた美顔器も価格は金貨二枚とマジックアイテムにしては安価だ。多分、この世界の人にはこのアイテムが何なのか理解できていない。その派手な扇子にも、前世の記憶がある俺にしかわからない効果があるのかもしれない。
以前、オスカーとマーカスが話していた内容が頷ける。隠蔽の指輪はまだしも、その後見つけたミラーボールと美顔器は、この世界の人にとってはほぼガラクタだ。発明家としての評価が微妙なのも納得できる。
店主の話を聞く限り、アトルの街より王都に近い場所では魔道具屋以外で痕跡を探す方がよさそうだ。そうなると、可能性が高いのは武器屋か・・・まあ、オリバー男爵邸バーラ博物館改造計画もあるし、マジックアイテムを見るのは好きだから結局行くだろうけど。
「では、この二点をお願いします」
ちなみに、空気循環器は金貨五十枚だったところを四十枚にしてもらえた。美顔器に比べると高く感じるが、約二百五十年前の物と考えれば安い。店主の表情も、ようやく厄介払いができたといった感じだ。
「ありがとうございます。二点で金貨四十二枚です。そちらの人形はどうされますか?別料金になりますが、輸送されるのでしたらこちらで手配しておきますが」
「いえ、マジックボックスがありますので、自分で持って帰ります」
料金を支払ってマジックボックスの中へ。2メートル以上ある人形が一瞬で目の前から消えたことに店主は驚きの表情を見せる。
「ほお、随分と容量の大きなマジックボックス持ちですね・・・まさかその人形、実はもの凄く価値があるのでしょうか?」
商魂逞しいですなぁ。
「もう支払いは済ませたので返しませんよ」
「ハハハッ、ついスケベ根性が出てしまいました。やっと厄介払い・・おっと失礼、在庫処分が出来たのですから、よしとしなければなりませんね」
今、厄介払いって言ったよね・・・
「正直に言うと、古いだけでそれ程価値のあるものではありません。知り合いにこういった人形の愛好家が居ますので、その方へのお土産です」
「そうでしたか。なかなかに愉快なご友人をお持ちのようで・・・」
厄介払いが出来て余程嬉しかったのか、店主は店の外に出て俺達を見送ってくれた。面白い店だったので、またアトルの街に来ることがあれば顔を出そう。
魔道具屋を出て暫く歩く。あれ?さっきまで元気だったミルの表情が暗い。なにかあったのか?
「トキオ先生・・・わたし、病気かもしれない」
「えっ、何処か痛いの?気持ち悪い?」
『コタロー、ミルに状態異常がないか、直ぐに調べてくれ』
『御意!・・・至って健康です』
どゆこと?
「あのね・・・さっきから、変な文字が出てくるの」
「それって、もしかして・・・ちょっと待って、今確認してあげるから。「上位鑑定」」
名前 ミル(9)
レベル 1
種族 人間
性別 女
称号 勇者の仲間
基本ステータス
体力 9
魔力 55
筋力 9
耐久 9
俊敏 8
器用 12
知能 340
幸運 13
魔法
火 E
水 D
風 D
土 E
スキル
投擲1 鑑定1
やっぱり。スキル欄に「鑑定」1が追加されている。
「安心して、それは病気じゃないよ。俺も持っている「鑑定」というスキルだ」
「えっ、トキオ先生と同じスキル!」
不安そうだった表情が一気に喜びへ変わる。
「これを見て」
マジックボックスからまきびしを取り出す。
「?!」
「これを見ながら「鑑定」を強く意識するんだ。言葉に出して「鑑定」と言うと意識しやすいよ」
「うん、わかった。「鑑定」・・・まきびし?」
「そう、これはまきびしという武器だ。今はまだ「鑑定」のレベルが1だから正式名称しか見えないけれど、レベルが上がれば製作者や用途もわかるようになる。「鑑定」は物凄く便利なスキルだよ。きっと、沢山のことを知りたいというミルの希望に応えて慈悲の女神チセセラ様が与えてくださったんだ」
「本当、やったー!」
「このスキルはキャロも持っているから、色々相談に乗ってくれると思うよ。勿論、俺もわからないことがあれば教えてあげるけれど、初めはキャロと一緒に試行錯誤してみるのも勉強だから、二人で頑張ってみて」
「うん。孤児院に帰ったらキャロ姉に色々聞いてみる!」
孤児院では十二歳になるまでステータスを本人には知らせないと決めてあるが、今回は特別。病気だと不安がっている状況をそのままにはしておけない。マザーループも許してくれるだろう。
その後も数件店を回ったが、新たに得た「鑑定」で知らない商品を見るのが楽しくて仕方のないミルは終始ご機嫌だった。この分じゃ、直ぐにレベルが上がりそうだ。宿に帰る道すがら、俺の手を握るミルからは未だ興奮が伝わってくる。
「明日からは武闘大会だね。オスカー先生だいじょうぶかなぁ・・・」
「ミルの応援次第かな。生徒に応援されて頑張らない先生は居ないから」
「わたし、いっぱい応援する!旅の途中で頑張って修行していたオスカー先生を見ていたもん!」
「うん、頼むよ」
「もしオスカー先生が優勝したら、またモテモテになっちゃうね」
「ハハハッ、そうだね」
「でも、一番かっこいいのはトキオ先生だから!」
「う、うん。ありがとう」
どうやら、俺がモテないのを心配しているようだ・・・美顔器、使おうかな。




