第十話 妹よ、俺は今弟子の家族に挨拶しています。
トキオが去った教会の来客室。三人の聖職者がソファーに腰を下ろしている。
「紅茶、淹れなおしますね」
「あっ、私がやります」
席を立つシスターパトリに慌ててシスターニモが声を掛ける。
「大丈夫ですよ。セラ教会ではいつもやっていますから。さぞ緊張されたでしょうし、お二人はソファーで休んでいてください」
そう言うと、さっさと給湯室へ向かうシスターパトリ。デラクール神父とシスターニモはシスターパトリの気づかいをありがたく受け取る。
二人は自然とテーブルに置かれた一冊の本に視線を移す。トキオに渡されたその本は、簡単に触れてはならないようなオーラを醸し出していた。
「ニモ。これは現実か?」
「私にも信じられません・・・」
そこで会話は途切れる。愛の女神カミリッカ様に最も近しい二人にはわかっていた。トキオが残していった目の前の本が、自らが信仰の対象としている女神の著書であることに間違はないと。
「落ち着かれましたか?」
来客室に新しい紅茶を持って戻ってきたシスターパトリが声を掛ける。その声と温かい紅茶の香りが、二人を現実の世界に戻すように鼻腔を刺激する。
「申し訳ございません。お客様にこのような事を・・」
「かまいません。お二人の気持ちはよくわかります。私も、トキオセラ様と初めてお会いした時は心臓の鼓動が早鐘を打つように鳴り響いていましたから」
冷えた紅茶を下げ、ソファーに腰を下ろすシスターパトリ。トキオが居た先程までと違い、シスターらしく落ち着いた所作と優しい口調にデラクール神父とシスターニモは感心する。敢えて素の姿を見せる彼女の接し方こそ、トキオが求めているものなのだと二人は理解した。
「少し、トキオセラ様が初めてセラ教会にお越しくださった時の話をさせていただきますね」
「はい、聞かせてください」
シスターパトリは当時セラ教会が存続の危機に晒されていたことを話した。
「私達は自分でも気づかないうちに、眉間に皺を寄せていました。子供達は大人をよく見ています。当時の教会は私達の不安が子供達にも伝染して暗い雰囲気でした。それすら私達は気付いていませんでした。そんな時、トキオセラ様は現れたのです」
当時を思い出しながら、シスターパトリは自分の未熟さを痛感していた。あの時トキオという救世主が現れなければ、間違いなく教会は終わっていたのだと。
「教会を訪れたトキオセラ様が最初に何をしたと思います?」
「悪徳銀行をとっちめたのですね!」
シスターニモが興奮気味に反応する。まだ成人して間もない彼女にとって、トキオは物語に出てくる英雄そのものだ。
「いいえ。トキオセラ様が最初におこなったのは、子供達が遊ぶ中庭の整備です」
「中庭の?」
「はい。中庭とは言っても、実際は何もないグラウンドの様な場所でした。トキオセラ様は遊んでいた子供達を一旦中庭の脇へ移動させると、危険だった切り株をスポスポ抜いていきました。その後、魔法で地面を平らにし、そこら中に落ちていた小石を地中に埋めてしまいました。フカフカになった中庭に飛び出していった子供達は瞬く間に笑顔になったのです。トキオセラ様は何よりも先に、子供達の笑顔を取り戻してくださいました」
「なんと、慈悲深い・・・」
シスターパトリの話は続く。イレイズ銀行の一件から学校建設、スタンピード鎮圧まで聞き終えたデラクール神父とシスターニモにとっては、どの話も神話を耳にしているのと錯覚するほど奇跡の連続だった。
「トキオセラ様のお力をもってすれば金銭は勿論のこと、地位や名誉も容易く得られます。しかし、トキオセラ様はそんなものにはまったく興味を示さず、ただひたすらに子供達の将来のため尽力されていらっしゃいます。微力ながらトキオセラ様の成すことに助力させていただけるマザーと私は、日々神に感謝しております」
デラクール神父とシスターニモは憧れの眼差しでシスターパトリを見る。
「私共も、トキオセラ様が成すことに助力させていただけるのでしょうか?」
「勿論です。これからお二方が営む食堂は多くの子供達を救うこととなるでしょう。愛の女神カミリッカ様がお書きになったその本を、トキオセラ様はお二方に託したのですから」
神託を賜ってから今日まで、デラクール神父とシスターニモは教会の運営に尽力してきた。それは、理想とはかけ離れた現実に打ちのめされる日々だった。自分達は誰も救えていない。愛の女神カミリッカ様の期待に何も応えられていない。そんな自問自答の日々を繰り返してきた。
「やりましょう、神父。私達は私達のやり方で!」
「ああ。今度こそ、愛の女神カミリッカ様の期待に応えてみせる。この宝書に書かれたレシピを再現し、食で人々を救ってみせる。一人でも多くの空腹で苦しむ子供達を未来へ繋ぐ。それが、我々に課された使命だ」
「その意気です。セラ教も協力は惜しみません。愛の女神カミリッカ様に選ばれたお二方なら必ず成し遂げられます」
デラクール神父とシスターニモの目に気力が満ち溢れてくる。成すべきことがわかれば、あとは死に物狂いで前へ進むだけだと。目の前には心強い同志もいる。トキオと同じく、この教会を訪れてくれたシスターパトリに二人は心から感謝した。
彼女のようにトキオと接するには時間が掛かりそうだが、それは自分達が未熟なため。一人の聖職者として、シスターパトリは二人の目標となる。
「それで、お二方に聞きたいことがあるのですが」
「何なりとお聞きください」
「この辺りの美味しいお店を教えてください」
「美味しい店ですか・・・それが、トキオセラ様に何か関係が?」
「いいえ。私の個人的な欲望です」
「はっ?」
目標とすべき聖職者から欲望という言葉を聞き、二人は耳を疑う。
「折角アトルの街に来たのですから、美味しい物をすべて食べつくしてやりますよ。マザーが居ない今、私を止められる者は居ません。ハーッハッハッハー!」
「はぁ・・・」
デラクール神父とシスターニモは暫し考え、目標とする聖職者をシスターパトリからマザーループに変更した。
♢ ♢ ♢
教会を出てオスカー達と合流した。昼食はパスタを食べたらしい。
「どうだった、ミル。アトル名物のパスタは?」
「うん、美味しかったよ。でも、トキオ先生のお弁当の方が美味しい」
フフフッ、勝った。流石は我が師匠。
「そっか。俺はこの後ハルトマン男爵邸に挨拶に行かなきゃいけないから、ミルは今晩シスターパトリと一緒に教会へお泊りしてね」
「えー、トキオ先生と一緒がいい」
嬉しいことを言ってくれる。
「ごめんね。でも、大人同士の話にミルが居てもつまらないだろ。その代わり、明日は一日一緒にアトルの街を観光しよう。それでその後、宿屋に一緒に泊まるんだ」
「本当、約束だよ!」
「ああ、約束だ。俺も楽しみだよ」
「やったー!だったら今日は我慢する。シスターが羽目を外さないよう、私が見張っておくね」
「う、うん。頼むよ・・・」
ハルトマン男爵邸は教会から馬車で十五分程だった。ブロイ公爵邸に比べれば小さいが立派な豪邸だ。オリバーさんのところと同じくらいかな。
マーカスの顔に気付いた衛兵が笑顔を見せる。
「マーカス様、お久しぶりです。トロンのスタンピードで活躍されたそうですね」
「ああ、オニール。相変わらず耳が早いな」
「へへっ、それが取り柄ですから」
随分とフランクな対応だ。ハルトマン男爵家と家臣の関係が窺える。
「そちらの方々は?」
「我が師匠のトキオセラ様とブロイ公爵家のオスカー殿だ。父上に連絡を頼む」
「はっ!どうぞ、中へ」
おぉ、仕事モードに変わったよ。メリハリがあっていいね。
一礼して直ぐに屋敷へ駆けていく衛兵のオニールさん。他の衛兵に門を開けてもらい馬車のまま敷地の中へ。ブロイ公爵邸やオリバーさんの屋敷みたいに凝っておらず殺風景な庭だ。結構広いから植物でも植えればいいのにスペースが勿体ないな、なんて考えていると玄関に着く。
屋敷の入り口では既に二人の男性が待ち構えていた。二人共マーカスに似て体格がいい。
「ただいま戻りました、父上」
「良い顔つきになったな、マーカス。オスカー殿もお久しぶりです」
まずは貴族どうしが挨拶を交わす。ハルトマン男爵とオスカーは顔見知りのようだ。
「それで、そちらのお方が?」
「はい。弟子入りを許可していただいた、師匠のトキオセラ様です」
「ほう、これは・・・只者ではないなぁ・・・」
「ええ。弟が弟子入りを懇願するだけはあります・・・」
ようやく俺の出番。なんか、出迎えてくれた二人にすっごく観察されている。
「父上、兄上、師匠に対して失礼ではありませんか!」
だよね。この人達、ブロイ公爵家とは違った意味で貴族っぽくない。一言で言うと、無骨。
「おぉ、失礼しました。強そうな御仁を見るとつい・・・アトル領主のカイル ハルトマンと申す。息子が大変お世話になっているとのこと、感謝いたします」
「弟がお世話になっております。兄のタイラー ハルトマンです」
お兄さんはマーカスを一回り大きくした感じ。顔もよく似ている。
「トロンの街で教師をしております、トキオ セラです」
「遠路はるばる、よくお越しくださった。ところで、トキオ殿は冒険者もしていると伺ったのだが?」
「はい。ほとんど活動していない名ばかりの冒険者ですが、一応登録はしています。今はB級です」
「B級!?それはおかしい。どう見てもB級冒険者の身のこなしではないと思うのだが?のう、カイル」
「はい。強者しか醸し出すことのできないオーラが駄々洩れです」
えぇぇ・・・俺、オーラが出ているの・・・絶対嘘だよ。そんなの見たこと無いもん。
『コタロー、俺からオーラって出ているのか?』
『いいえ。神としてのオーラならまだしも、強者としてのオーラなど出ていません。トキオ様の身のこなしや佇まいから、単純に強そうだと思っているだけでしょう』
だよね。って、神としてのオーラなんて、もっと出ていませんから!
「父上、師匠はただのB級冒険者ではありません」
「まさか、B+級冒険者か!」
「そうです」
「なんと!」
ねぇ、それって一応秘密じゃないの?ああ、相手が領主だからいいのか。
「いやー、納得した。B+級冒険者と会うのは初めてだが、これほどとは・・・」
ハルトマン男爵家は武門の家系なのだろう。戦も仕事の貴族にとって強さに興味を持つのは悪いことじゃない。ブロイ公爵家のクルトもそうだし。まあ、とりあえず挨拶は終わったので、そろそろ屋敷の中へ入れてくれませんかねぇ・・・続きはお茶でも飲みながらしましょうよ。
「それでは、挨拶とまいろうか!」
「えっ、挨拶なら今・・・」
何を言っているんだ、このおっさん・・・
「ハルトマン家では強者に対して肉体言語で挨拶するのがしきたり。さあ、あちらの広い場所へ移ろう!」
嘘でしょ・・・だから庭が殺風景だったの。マーカス、あちゃーって顔していないで止めろよ。
「・・・おい、マーカス」
「・・・申し訳ありません、師匠。今後の為にも、少し揉んでやってください」
マジかよ!
はぁ・・・貴族って、面倒くさい家ばっかりだな。




