第六話 妹よ、俺は今手料理を振る舞っています。
トロンの街を出て三日。俺達の旅は順調に進んでいる。
「オスカー、今日の晩飯にするからそいつは絶対に逃がすな!」
「はい、先生」
今オスカーが対峙している魔獣はレッドボア。魔獣の大森林最奥地で俺がよく狩っていたジャイアントボアの小さい版だ。ジャイアントボアはどう料理しても美味かったから、レッドボアもきっと美味いに違いない。
「オスカー先生、がんばれー!」
「期待していますよ、オスカーさん!」
レベル上げも三日目となり、オスカーも戦うことに慣れてきた。それと同じく、シスターパトリとミルもオスカーが魔獣と戦うのに慣れてきたのか、黄色い声援が飛ぶ。
「グラウンドピット」
突進してくるレッドボアの進路に小さな穴が開く。前足を取られバランスを崩したレッドボアが転倒した。
「アースジェイル」
レッドボアを土で出来た牢獄で拘束する。この程度の囲いならレッドボアの突進力をもってすれば簡単に壊せそうだが、中でどれだけ暴れても牢獄はびくともしない。一見すると土属性の魔法に見えるが、オスカーは空間属性も掛け合わせて使い強度を上げている。
「疾風の石槍」
高速で放たれた石の槍がレッドボアの眉間に突き刺さる。以前この魔法を見た時より、速度も正確性も格段に上がっている。特に目を見張るのは先端部分の強度だ。
「オスカー、今のはトリプルだな」
「はい。空間魔法で先端を固定しました」
「見事だ」
「あ、ありがとうございます!」
基本ステータスを見てもオスカーには魔法の才能がある。しかし、学生時代から魔法を学んでいたのに才能が開花することはなかった。その原因は二つある。
一つは、魔法より剣を重んじる貴族の出であり、剣の才能もそこそこあったこと。元来、強くなることにそれ程興味を持っていなかったオスカーは、剣をそこそこ扱えることで満足してしまった。
もう一つは性格だ。オリバーさんの影響もあってか、オスカーは早くから貴族の在り方に疑問を感じていた。権力争いや派閥争いをくだらないと一蹴するオスカーに、貴族社会は合っていなかったのだ。穿った見方が身に付いてしまったオスカーにとって、非効率なこの世界の魔法に価値を見出せなかったのは当然の流れだ。
「何なのだ、お前の魔法は。どうしてこれ程までの力を、私にまで隠していたのだ?」
「待て、待て、隠してなどいない。先生に開花させて頂いたのだ」
オスカーの言っていることは本当だ。この世界の魔法を非効率だと敬遠していたオスカーは、俺の魔法と相性が抜群だった。なにせ、俺もオスカーとまったく同じ考えなのだから。そもそも、オスカーが俺のもとに来たのは、変わったことが大好きで新しい知識に飢えていたからだ。オスカーは刺激を求めていた。
魔法の講義を始めてから、オスカーは水を得た魚のように知識を吸収した。今迄、自分がおかしいと思っていたことが正解だと知り、元来の自頭の良さと固定観念の薄さが相まって、魔法の講義を受けている者の中で圧倒的理解力を見せた。ミルという天才児は別枠だが、一緒に講義を受けているマーカスや魔力量の少ない冒険者希望組と回復魔法組を周回遅れにして、オスカーはぶっちぎりで俺の魔法を理解し習得している。オスカーこそが、この世界で最初に俺の魔法を使えるようになった人間だ。
ちなみに、旅に出てから三日経ったオスカーのステータスはこうだ。
名前 オスカー フォン ブロイ(26)
レベル 16
種族 人間
性別 男
基本ステータス
体力 547/608
魔力 1097/1568
筋力 592
耐久 544
俊敏 608
器用 1104
知能 1520
幸運 640
魔法
風 D
土 C
空 D
スキル
剣術4 芸術3 音楽3 体術2 交渉2 魔力消費軽減2 弓術1
元のレベルが低かったとはいえ、魔獣をガンガン狩らせたら三日でレベルが6も上がった。魔力と知能に関しては既にマーカスを越えている。この辺りは持って生まれた才能の違い。逆に体力、筋力、耐久、俊敏では逆立ちしてもマーカスには敵わない。
「私と立ち合いをしてくれ。今のオスカーなら十分に戦える」
「勘弁してくれ。多少魔法が使えるようになったからといって、お前とまともに勝負ができる訳ないだろうが。先生も言ってやってください」
学生時代はライバルだった二人にも、その後大きく差が付いた。その差が少し埋まったのがマーカスには嬉しくて仕方ないらしい。マーカス、お前は本当に良い奴だな。
「落ち着け、マーカス。流石にお前との立ち合いはオスカーが可哀想だ。まだ強さという意味ではマーカスの足元にも及ばない。お前はレッドボアの百倍は強いだろ」
「そ、そうですね・・・つい、嬉しくて・・・」
言っちゃったよ。まあ、良くも悪くも真っ直ぐな男だ。
「オスカー、お前が今歩んでいる道は、いずれキャロやノーランが歩む道だ。一から学んだお前なら、俺やサンセラがアドバイスできないことでも相談に乗ってやれる。期待しているぞ」
「はい!」
オスカーのレベル上げを先行しておこなう一番の理由がこれだ。前世の知識を持ってこの地に降り立った俺や、元より魔法が得意だったドラゴンのサンセラでは気付けないことでも、オスカーなら気付ける。共に学ぶライバルに質問はしにくいかもしれないが、教師の立場でもあるオスカーになら気兼ねなく聞くこともできるだろう。今後、学校で魔法を教えていく上で、転生者でもドラゴンでもない普通の人間であるオスカーの存在は欠かせなくなる。
「トキオ先生、このレッドボア食べるの?」
「そうだよ。今日の晩御飯だ」
その後、数体のレッドボアを狩り今日の特訓を終え、只今レッドボアを解体中。今日の夕食分以外はシスターパトリのマジックバッグに収納して帰ってからラーラさんに渡す。食べ盛りの子供達には食材がいくらあっても困らない。
「血の滴る美味しそうなお肉ですね。晩御飯が楽しみです」
流石はシスターパトリ、聖職者にあるまじき発言。この場にマザーループが居たら、絶対に怒られていますよ・・・
さて、とりあえず一切れ焼いてみるか。ジャイアントボアと比べてどうだろう、何を作るかは味見しだいだな。
うん、少し硬い。若干臭みもある。安物の豚肉って感じだ。これは一手間必要だな。こんなとき、俺には強い味方がある。
じゃーん、カミリッカさんのレシピ―。
なになに、肉を柔らかくするには・・・ブライン液か・・・水、砂糖、塩を20:1:1で混ぜるだけね。ここに肉を漬け込み一時間ほど待つっと。メニューは生姜焼きだな。臭みも消えるし丁度いい。
はい、一時間経ちました。
まずはキャベツを千切りに。
次に、肉に薄力粉をまぶします。
熱したフライパンにごま油をひいて、両面がこんがりとするまで焼きます。
待っていた間に準備しておいた、すりおろし生姜、醤油、砂糖、酒で作ったタレをかけ、全体に味がなじむよう、炒めながら混ぜ合わせます。
キャベツを敷いたお皿に盛りつけて出来上がり―。相性抜群の白米も沢山炊いたよー。
「おーい、できたぞー!」
俺が料理をしている間、剣の稽古をしていたオスカーとマーカス。結界内に入っている森を探検するミルと、それに付き添っているシスターパトリを呼ぶ。
「やったー!美味しそうな匂いがする!」
「ホントだ。よかったね、いっぱい食べられそうで」
最初に戻ってきたのはミルとシスターパトリ。ちなみに、最初に叫んだのがシスターパトリである。
「これは食欲をそそる香りですね。旅の途中とは思えない」
「まったくだ。普段食べている物より旅の食事の方が良いとは、想像もしていなかった」
こらっ、マーカス。もう少し普段の食事にも気を使いなさい!
「さあ、食べよう。足りなければいくらでも焼くから、遠慮せずどんどんお代わりしてくれ。ミルもいっぱい食べてね」
「「「いただきます!」」」
美味しそうな香りのおかげで、皆の箸が一斉に皿へ伸びる。さあ、感想を聞かせてくれ。カモーン!
「美味い。なんだ、この柔らかさは。レッドボアの肉とは思えない」
いいい、いいよ、マーカス。あと、レッドボアの肉が硬いと知っていたのなら、先に教えといてくれると嬉しいな・・・
「肉の臭みも一切ない。これは・・・生姜ですね。なるほど、よく考えられた料理だ」
だろ、オスカー。工夫次第で料理はいくらでも美味くなる。
「ご飯にも合いますー。もう箸が止まりません」
シスターパトリ。それは最高の誉め言葉です。
「タレも抜群。お肉だけじゃなくて、タレのかかったキャベツまで美味しくなる」
的確な食レポ。流石はミル。
作った料理を喜んでもらえるのは本当に嬉しい。料理人を目指しているクーニャにも、沢山こんな気持ちを味わってもらいたい。生姜焼きは人気がありそうだから、帰ったら早速ラーラさんとクーニャに伝授しよう。
「お代わりが欲しい人は言ってね。食材はまだあるから」
「はい、はーい。お代わりくださーい!」
真っ先に手をあげるシスターパトリ。細身の女性が自分達より早く平らげたことにマーカスとオスカーは目を見開き驚いている。
「シスター。そんなに慌てて食べなくても、生姜焼きは逃げないよ」
「だって、美味しいんだもん」
ミルにたしなめられている。それでいいのか、シスターパトリ。
オスカーやマーカスもシスターパトリに続きお代わりを要求。どんどん焼いていく。
「トキオ先生。みんなみたいにお肉は沢山食べられないけど、キャベツはもう少し食べたい」
「キャベツ美味しかった?」
「うん。タレがかかるだけで何倍も美味しくなる」
「そっか、そっか」
千切りキャベツに生姜焼きのタレをかけてお皿に盛ると、嬉しそうに受け取るミル。まだ体も小さく小食のミルが、キャベツだけでもお代わりしてくれるのが嬉しい。
「あと一人分食材が余っているけど、誰か食べる?」
「はい、はーい。私、食べまーす」
すでに、オスカーとマーカスはシスターパトリの胃袋に何の疑問も持たなくなっている。
「シスター、食べすぎちゃダメだよ」
「大丈夫です。この旅の間だけですから。私はこの旅の間、食べたい物を食べたいだけ食べると決めているのです。この旅にマザーが同行していない以上、私を止められる者は居ません」
「太って帰ったら、マザーに叱られるよ」
「大丈夫です。マザーはああ見えて抜けているところありますから。私がほんの少しだけ太って帰ったところで気付きません。アトルの街でも名物を食べまくってやります!」
高らかに宣言するシスターパトリを見て、ミルは諦めたように首を振った。オスカーとマーカスは何も見ていないと言わんばかりに目を瞑り、俺は黙って肉を焼く。
「トキオさん。ご飯も余っていますか?」
「あっ、はい・・・」
ご機嫌で茶碗にご飯をよそうシスターパトリ。もう彼女は誰にも止められない。
ミルを寝かしつけた後、大人四人でシスターパトリが淹れてくれたお茶を頂く。
「マーカスさん、アトルの名物って何ですか?」
「街の中心にある闘技場ですかね。そこで毎年武闘大会が行われ、観光客も沢山訪れます。丁度我々が行く時期ですので、一度観戦されてはいかがでしょう」
「またまたー、私が聞く名物なんて食べ物に決まっているじゃありませんか。いけずなんだから、マーカスさんは」
散々食べた後、その質問ですか・・・
「そ、そうでしたか、それは失礼。パスタが美味しいですよ。女性には果物の入ったパイやケーキが人気です」
「いいですねー、了解しました。すべて頂きましょう。なにせ、アトルの街にマザーは居ませんから。ハーッハッハッハー!」
シスターパトリ・・・あなたそのうち、罰が当たりますよ・・・




