第十九話 妹よ、俺は今打ち上げに参加しています。
「おっ、来た、来た。トキオ、こっちだ」
冒険者ギルドに併設された酒場に着くと、ウィルが大声を上げ俺達を招き入れてくれる。呼ばれて席へ向かうと、そこには冒険者ではない二人も座っていた。
「クルトとマーシュも来ていたのか」
この人マーシュっていうのか。実はクルトの隣に居る人、公爵邸でも顔は合わせていたが名前までは知らない。初対面じゃないのに名前を知らないなんて失礼だからな。ナイス、オスカー。
「ええ、折角誘っていただいたので。オスカー兄さんも来るとは思っていませんでした」
「たまには羽を伸ばせと先生に誘っていただいたのだ。今日は久しぶりにクルトとも外で飲めて嬉しいよ」
俺達だけでなくブロイ公爵軍にも声を掛けていたあたり、ウィルに人望があるのも頷ける。誘いを快く受け入れるクルトと部下のマーシュもトロンの街で冒険者の協力がいかに重要かをよくわかっているようだ。折角なので話す機会のなかったマーシュにも挨拶しておこう。
「マーシュ殿、改めましてトキオです。こっちは弟子のサンセラです」
「はっ!トキオ様、サンセラ様。ブロイ公爵軍で参謀を務めておりますマーシュと申します。お二方の活躍は・・」
「落ち着け、マーシュ。トキオ殿もサンセラ殿も酒席で堅苦しい挨拶など求めてはおらん。最低限の礼儀は必要だが、あまり畏まってはお二方とも羽を伸ばせんだろうが」
「あっ、はい、マーシュです。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。これからも長いお付き合いになるでしょうから、気軽にトキオとお呼びください」
「いえ、流石にそれは・・・せめてトキオ殿と呼ばせてください」
俺とサンセラに緊張していたマーシュも幾分打ち解けたのを見計らって、ウィルが皆に向かって話し始める。
「よし、全員揃ったな。折角だから最初の乾杯はゲストにお願いしよう。クルト殿、頼めますか?」
いい人選だ。これからも協力関係を続けていく上で冒険者達にとってクルトとの付き合いは重要だし、ブロイ公爵軍にとっても冒険者との関係は良好であるに越したことはない。
ウィルに指名され、嫌がることなくクルトが皆の前に立つ。
「冒険者の皆さん、我らは最終ラインで皆さんの戦う姿を見て勇気を貰いました。トロンの街を共に守り、同志となれたことを誇りに思います。折角誘っていただいたので何か手土産をと思い、父であるブロイ公爵を説得し戦果を挙げてまいりました。その戦果とは、今日の飲み代全てを父のポケットマネーで奢らせることです。トロンの街を救った英雄達に奢れる機会をみすみす逃すのかと言ってやったら、簡単に財布の紐が解けました」
会場から歓声が沸く。クルトもなかなかに冒険者のノリを理解しているようだ。
「金のことは一切気にせず、今日は大いに飲み、食べ、語り合いましょう。乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
冒険者とクルト達の壁を取り払う見事な挨拶だ。変に偉ぶることもなく共に楽しもうとする姿は、良い意味で貴族らしくないブロイ公爵家らしく好感が持てる。冒険者達にもそれは伝わり、早速至る所から軽口が飛び交う。
「おい、みんな。俺達でブロイ公爵の小遣いを枯らしてやろうぜ!」
「折角クルト殿が勝ち取ってくれた戦果だ。店の酒を全部飲み干さないと失礼ってもんだ!」
「その通りだ。支払いがはした金じゃあクルト殿に恥をかかせることになる!」
「冒険者がどれだけ酒に意地汚いかを教えてやろう!」
冒険者達の軽口をケラケラ笑いながらエールを呷るクルト。乾杯と同時に会場のボルテージは一気に上がる。冒険者達の盛り上がりにしばらく付き合ってから、ようやく席に戻ってきたクルトに、マーシュが心配そうに声を掛ける。
「大丈夫ですか、クルト様。本当に店の酒を全部飲む勢いですよ?」
「いいんだよ、それで。公爵家ばかりが得をしてはダメだ。父上も偶には痛い目を見ないと」
「はぁ・・・後で公爵様に怒られても知りませんよ」
「これで怒るようでは、父上は領主の器ではない。ねぇ、オスカー兄上」
「まったくもって、その通り。クルト、成長したな」
「駄目だ、この兄弟・・・」
笑顔でエールの入ったジョッキをぶつけ合うクルトとオスカー。それお見て頭を抱えるマーシュ。
打ち上げは始まったばかりだ。
この世界の食事事情は悪くない。エールと一緒に出されるつまみは濃い味付けで酒によく合い食も酒も進む。考えてみると、この世界に来てから屋台で売られている朝食を買ったくらいで、店で食事をしたことはなかった。まだ知らないことが沢山あると気づかされる。
「師匠、飲んでいますか?」
「ああ、どれも美味いな。たまにはこういう機会も良いものだ」
冒険者達との会話に一段落ついたマーカスが俺達の席にやってくる。他の冒険者は俺達に遠慮しているのかあまり話しには来ない。
「おーい、誰か。師匠とサンセラ先輩のジョッキが空だ、御代わりを頼む」
マーカスが俺達のジョッキを下げている間に、女性冒険者がエールのジョッキを二杯持ってきてくれた。
「トキオさん、サンセラさん、どうぞ」
「ありがとう。君はたしか、回復役の魔法職で・・」
「はい、ルシアです。お二人の魔法には本当に感動しました」
ルシアからジョッキを受け取ると、ヘイダーが新しいつまみを持って俺達の席へやって来た。
「トキオ先生、サンセラさん、お疲れ様です。ルシアさんも一緒に食べましょう。大活躍は第三陣から見ていましたよ」
大活躍?今回のスタンピードで怪我人は殆どいなかったから回復役の活躍の場はあまりなかったと思うが・・・
「いやぁ、回復役のルシアさんが杖でゴブリンの頭を次々にぶん殴っていく姿は爽快でした。流石はA級冒険者達だ、回復役でも凄まじい攻撃力ですね」
「や、やめてくださいよ。トキオさん達の前で・・・恥ずかしい」
なるほど。A級ならそれなりのレベルだ。基本ステータスも高く、攻撃力があっても不思議はない。
「凄いですね、ルシアさん。回復役なのに攻撃参加もできるなんて」
「いいえ、そのせいでぶん殴りヒーラーなんて二つ名を付けられてしまって・・・これじゃあ、嫁の貰い手もありません」
少し照れながら自虐的に話すルシアさん。いや、おかしいだろ。攻撃参加できるヒーラーがパーティーにいてくれたら最高じゃないか。
「攻撃参加できるということは、ある程度自分の身も守れるということじゃないですか。そうなれば本来後衛のヒーラーが場合によっては前衛にも来られます。戦いながら味方を回復できる、これは凄い戦力ですよ。まさに戦うヒーラー、バトルヒーラーと言ったところでしょうか。俺なら重宝しますね」
「バトルヒーラー・・・かっこいい」
「えっ」
何か呟いたルシアさんが、いっきにジョッキの中のエールを飲み干す。すると先程までのモジモジした姿は無く、フスンと鼻息荒く椅子の上に立ち上がった。
「聞け―ぃ、皆の衆!」
酔っぱらっているのか、大声を張り上げて皆の注目を集める。
「今トキオさんより、今後の私が活躍できるヒントを頂いた。私は今日をもって、後衛の魔法職を引退する!」
何か面白そうなことが始まったと冒険者達が囃し立てる。それに気を良くしたのか、ヘイダーからジョッキをかっ攫うと、またもいっきに飲み干す。
「私は前衛で戦いながら味方の回復もする、戦うヒーラーとなる。今日より私の二つ名はバトルヒーラーだ。ぶん殴りヒーラーと呼んだ奴は、ぶん殴る!」
周りから歓声が上がる。「よっ、バトルヒーラールシア!」なんて声を掛けられると、益々調子に乗り椅子の上で両手を腰に当て高笑いを始めた。その高笑いがピタリと止まると次の瞬間、糸が切れたように力が抜け椅子から倒れこむ。慌ててヘイダーが受け止め、事なきを得た。
「おい、ルシアさん・・・駄目だ、完全に酔いつぶれている」
そのまま目を覚まさないルシアさんはギルドの空き部屋に強制送還となる。
お酒って怖いね・・・
ルシアさんと気さくに話していたのが良かったのか、その後は多くの冒険者と話すことができた。それぞれの陣で魔獣とどのような戦いがあったのかも詳しく聞け、クルトにも今後のスタンピード対策に俺の立てたろ過作戦を参考にしていくと感謝された。サンセラが冒険者達のリクエストに応え、俺とデビルロードの対決を我がことのように語り好評を得たり、オスカーも普段は接点のない冒険者達と色々な話をしながら有意義な時間を過ごした。
本当に店の酒を飲み干し、スタンピード同様マーカスが完全勝利宣言をして楽しい時間もそろそろとなる。
「トキオ、あんたが締めてくれ」
ウィルに指名され皆の前に立つ。ここで締めの挨拶を断るほど俺も野暮じゃない。
「今夜はみんなと飲めて楽しかった。感謝という訳ではないが、今後のために少しだけアドバイスを送らせて欲しい」
酔ってはいても、そこは戦いの場に身を置く者。俺の言葉を聞いた途端目つきが変わった。
「最初の一撃。俺やサンセラの魔法を見て、皆どう思った。自分とは次元が違う、人間業とは思えない、そう思ったのなら、それは間違いだ」
俺はきっぱりと否定する。
「戦う力が無い、魔法属性を持っていない、だったらわかる。しかし、ここに居る皆はそうじゃない。戦う力を持っている。そうでなければA級冒険者にまで到達などできない。正義を掲げクラン活動などできない。命を顧みず街を守る職になど就けない」
今回戦いに参加した者は皆、多かれ少なかれ修羅場を潜り抜けている。実績を積み上位冒険者となった者。裏から犯罪と戦ってきた者。幾度となくスタンピードを鎮圧してきた者。この世界において、彼等は既に強者の部類だ。
「俺やサンセラの魔法を見たことが無いのは、ただ単に皆が知らなかっただけだ。そして、既に皆は知った。その目で目撃した。今までの認識が間違っていたんだ」
皆が真剣な眼差しで俺の話を聞いてくれる。さらに上を目指そうとしているのが、こちらにも伝わてくる。
「世の中には俺なんかより凄い人間が居る。俺はそう思っている。ここが俺の限界ではないと信じている。固定観念を捨てろ。勝手に人の限界を決めるな。自分の限界を決めるな」
ここに居る全員が人間の可能性は自分達が考えていた遥か先にあると、俺やサンセラを通じて知った。
「この中の誰かがS級に昇格したら、このメンバーでもう一度宴会をしよう。また、店の酒を全部飲み干そう。その時は俺が奢らせてもらう。約束だ」
この時の光景はサンセラの脳裏に深く焼き付いた。粗暴な冒険者達が子供の様に瞳を輝かせ、まるで神を崇めるかのよう師の姿を見つめる光景を。サンセラにとってトキオは文字通り神に等しい存在だ。命を賭して仕えることのできる自分はなんと幸運なのだと、会ったことのない神に深く感謝した。
♢ ♢ ♢
サンセラと二人、月の明かりが夜道を照らす中帰路につく。慌てて帰るには惜しい夜なので、時々月を眺めながらゆっくりと歩いた。
「夜でも暖かくなってきたな」
「ええ、直ぐに夏がやってきます」
「夏と言えば、カミリッカさんの教会が完成するな」
「カミリッカ様ですか・・・」
以前、脅されて無理矢理俺の警備をさせられたことのあるサンセラは、カミリッカさんのことが苦手の様子だ。それも懐かしい。
「教会が出来る頃はちょうど夏休みだから、俺は挨拶に行ってくるよ」
「それなら私も連れて行ってください」
「ダメに決まっているだろ。俺の隠蔽アイテムが有るとはいえ、サンセラはいつ正体がバレるかわからないから留守番だ」
「えぇぇっ、そんなぁ・・・」
「トロンの街に来る前、そう約束しただろ」
「うぅぅ・・・」
サンセラは、どうして自分にもトキオやコタローのようなステータス偽装の能力を与えてくれなかったのかと、会ったことのない神を深く恨んだ。




