第十八話 妹よ、俺は今魔法を教えています。
「・・くしちろくじゅうさん、くはななじゅうに、くくはちじゅういち」
言い終わると、不安そうに俺を見上げるミーコ。
「合格!」
「やったー!」
満面の笑みでメダルを受け取ると誇らしげに掲げながら席へ戻っていく。途中、仲良しのシオンとハイタッチを交わすシーンは見ていてほっこりした。
日常が帰ってきた。勉強を頑張る子供達を応援しているかのように、優しい日差しと涼やかな風が教室に入ってくる。問題集に苦戦している子、ミーコに負けじと九九の合格を目指す子。子供達が目の前の課題に取り組む姿を見ていると自然に口角が上がる。
全員が九九のテストに合格すれば、次は筆算を教える予定だ。どんどん知識を吸収していく子供達の将来が今から楽しみでならない。きっと教壇に立っていた俺の両親も、こんな気持ちだったのだろうな。
「トキオ先生、できました!」
「えっ、もう!?」
マジっすか・・・ミルさんや、それ前世の高校レベルですよ・・・
「うん。早く次の問題集を下さい」
「ちょっと待ってね、直ぐに作るから・・・」
俺の教師生活は、一人の天才児を除けば概ね順調だ。
午後からは冒険者希望組の特訓。と言っても、今日はグラウンドではない。折角社会見学の一環で本物の戦闘を見学したのだ。サンセラと相談した結果、戦闘で使う魔法を直に目撃した今が一番良いタイミングだということで、今日から魔法の講義を始める。
教室にはノーラン、アルバ、キャロの他に、回復魔法を身に付けたいネル、一緒に俺から回復魔法を学びたいとマザーループとシスターパトリも参加している。俺の方から魔法を学ぶことをすすめたオスカーとマーカスも当然参加。そして、何故か声を掛けてもいないミルが、当たり前のようにキャロの隣に座っている。
「ミル・・・ここは魔法を学ぶ教室だよ」
「うん、知っています。わたしも魔法を勉強したいので参加しました」
これは困ったぞ。いくら何でもまだ早すぎる。体も小さく魔力量も少ないミルが魔法を使うのはあまりにも危険だ。どう説得したものか・・・
「トキオ先生、わたしが魔法を使う年齢に達していないことはわかっています。わたしは魔法を使えるようになるために来たんじゃなくて、トキオ先生のような魔法を使う上で理解する必要のある物理や化学を勉強したくて来ました。絶対にトキオ先生の許可なく魔法を使ったりしません。慈悲の女神チセセラ様に誓います」
なるほどね。たしかにミルは俺に初めてあった時から、魔法というより物理や化学に興味を示していた。他の子供達と比べて知能の高いミルには、普通の授業だけでは物足りないのもわかる。しかしなぁ・・・うーん・・・
「師匠、少しよろしいでしょうか?」
んっ!サンセラが自分から子供達の教育に口を挟むなんて珍しいな。まあ、ここではサンセラも俺と同じ教える立場だ。話させてみるか。
「ああ、言ってくれ」
了承すると、サンセラはミルに向かって厳しい視線で問いかける。
「ミル、君は今慈悲の女神チセセラ様に誓いを立てたね。それでは不十分だ。君が誓いを破ると言っているのではないよ。まだ幼い君は、感情をコントロールする力が年長組の生徒程育っていない。意図せず覚えた魔法を使ってしまう可能性があるんだ。私たちはそれを危惧している。ここまではわかるね」
「・・・はい」
サンセラとミルは少し似たところがある。二人共学ぶことにどん欲だ。ミルの気持ちがサンセラには理解できるのだろう。それにしてもこいつ、俺やコタローの前ではおとぼけキャラのくせに、それ以外の時は本当に大人っぽく話すんだよなぁ・・・
「君は賢い。師匠から沢山のことを吸収したい気持ちも理解できる。そんな君を、私は学ばせてあげたいと思っている。それには先程説明した不安材料を払拭しなければならない。その方法を私は知っている」
「教えてください、サンセラ先生。お願いします!」
実に上手い話し方だ。ちゃんと理由を説明した上で、自分は味方だということも話の中に盛り込んでいる。これでサンセラが言う方法をミルは必ず実践する。俺もその方法が気になってきた。
「慈悲の女神チセセラ様だけでなく、今ここで師匠、いや、トキオ先生にも誓いを立てなさい。そうすれば、いかなる理由があろうと、例え無意識でも、許可なく魔法を発動した時点で君はトキオ先生を裏切ったことになる」
「わたしが、トキオ先生を裏切る・・・」
えぇぇっ、なんか思っていたのと違う。そんなの心の持ちようでしょ。本人にその気は無くても無意識に使っちゃうかもしれないから意味ないじゃん。
「私には君の気持ちがわかると言ったよね。私は師匠に弟子と認めてもらった時から、自らに誓いを立てている。この誓いは何にも勝る。たとえ命を落とそうとも、この誓いは必ず守ると決めている。君も同じじゃないのか?トキオ先生に立てた誓いは、君にとって何よりも大切だろ。無意識であっても、君ならトキオ先生との誓いを破ったりしないと思う私の考えは間違っているかい?」
サンセラは本当にこれを実践する。絶対に勝てない聖獣を相手にしても、俺との約束を守るため一歩も引かなかった。どんなにやめさせようとしても、きっとサンセラはやめない。それ程の決意がサンセラにはある。しかし、それをまだ幼いミルに求めるのは・・・
「誓います!」
あぁ、乗せられちゃったよ。まさかオスカーとマーカスに続く第三の被害者がミルになるとは・・・
何なの、サンセラのこの才能。こいつが悪徳宗教とか始めたら、マジで世界の大ピンチだよ。悪魔より質悪くない?
「許可なく魔法は使わないと、トキオ先生に誓います。トキオ先生に出会って、わたしの世界は変わりました。もう、トキオ先生無しの世界なんて考えられません。わたしは、トキオ先生に立てた誓いを、たとえ無意識であろうと絶対に破りません」
「よくぞ申した!ミル、君も立派な我らの同志だ!共に師匠の下学び、後の世に役立てようぞ!」
「はい、サンセラ先生!」
ミルとサンセラは熱い視線をぶつけ合いながら、同じタイミングで大きく頷く。そんな二人を見て急激に冷めていく俺が居る。
何、このノリ。ついていけないんですけど・・・もう、ミルもいっしょでいいからさ、魔法の講習始めていいですか?
色々あったが、結局ミルも含めた九名で魔法の講習を始める。
「オスカー、お前は少しなら魔法が使えたよな」
「はい」
「では、簡単な魔法を発動して見せてくれ」
「わかりました」
席を立ち、オスカーは詠唱を始める。
「耳を傾ければどこからともなく訪れる癒しの風よ、緩やかに我を包みたまえ。ウインド」
オスカーの周りに緩やかな風が発生する。回復魔法しか知らないネルやシスターパトリはそれだけで興奮気味だ。
「オスカー、今の魔法で魔力をどれだけ消費したかわかるか?」
「正確な数値まではわかりませんが、私が持つ魔力量の一割程度でしょうか」
数値はわからなくても、感覚で大体の魔力使用量はわかるようだ。まあ、そうだよな。それがわからないと「鑑定」を持っていなければ魔力枯渇が怖くて魔法が使えない。
「だいたい合っている。今の魔法で使用した魔力は30だ。ありがとう、座ってくれ」
自分の周りを緩やかな風で包む、たったそれだけで魔力を30も消費する。しかも詠唱のため発動に時間も有する。この世界で主流となっている詠唱魔法は燃費と速度の両方で効率が悪い。
「次は俺がオスカーと同じ魔法を使うので見ていてください。ウインド」
オスカーの魔法と同程度の風が俺の体を包む。
「もう一度やります。風」
次は魔法の名称を変えて同じ効果の魔法。
「もう一度」
パチンッ!
今度は言葉を使わず指を鳴らして同じ効果の魔法。
「もう一度」
最後は無言で同じ効果の魔法を発動した。
俺とサンセラを除き教室内が驚きで静寂に包まれる中、黒板に二つの数式を書く。
2-1=
32÷4×16÷64-13×12÷39÷4=
「皆さん、この二つの問題を解いてください。競争です。はじめ!」
皆が慌てて鉛筆を持つより早く、ミルが手をあげた。
「はい、ミル。では、上の問題の答えは?」
「1です」
「下は?」
「1です」
「二問とも正解」
二つの式に答えの1を書く。ミルの計算能力の凄さに、シスターパトリの口が半開きで少し面白い。
「この問題を逆に考えてください。答えが1になる数式を作れと出題されて皆さんはどちらの数式を答えますか。当然上の数式ですよね。下の数式も間違いではありませんが、1という簡単な答えを出すのにいくつもの数字を掛けたり割ったりして無駄が多くまわりくどい。これは先程俺とオスカーが使った魔法を例えたものです。この世界で主流となっている詠唱魔法は無駄だらけということです」
一度で全てを理解できなくてもいい。今知ってもらいたいのは、この世界の魔法には無駄が多いということ。
「それともう一つ。全員で問題を解いてもらったのは、個々に能力差があると知ってもらう為です。上位冒険者の魔法職と皆さんでは同じように魔法は使えません。俺から見れば上位冒険者も無駄が多くまわりくどい魔法を使っています。しかし上位冒険者はレベルを上げ、常に己の魔法を磨いているので皆さんよりは魔法に長けています。今回、ミルが圧倒的な速度で問題を解けたのも、計算の授業で俺がミル専用に作った問題集を解きまくっているからです。計算においてのミルは、魔法において上位冒険者のような立場になります。ここまでで質問のある方は居ますか?」
頭の整理が追いついていないのか、ミル、オスカー、マザーループの三人以外は皆一様に難しい顔をしている。比較的理解の速いマザーループが手をあげた。
「魔法の上達にレベル上げは必須なのでしょうか?」
いい質問だ。戦いの場に身を置くことのないマザーループにとって、レベル上げが必須なら今以上の魔法を使うことは事実上不可能になる。シスターパトリとネルも同じだ。
「いいえ。たしかに魔力量を飛躍的に増やしたければレベル上げ以外に方法はありません。大規模な魔法を必要とするであれば必須です。しかし、マザーループ、シスターパトリ、ネル、三人のように、目的が治療院での回復魔法であればそこまでの魔力量は必要ありません。魔法に必要な基本ステータスは魔力と知能です。その二つは魔法を使うことでも増やすことができます。レベル上げをしていない場合、基本ステータスは三十歳位まで年齢と同じく上がっていきます。そこから八倍前後にはあげられます。とはいえ、マザーループとシスターパトリに関しては長い年月治療院で回復魔法を使い続けていますので、既に成長限界まで達しています」
「それでは、私とパトリはもう・・」
「レベル上げをしない以上、基本ステータスの成長は見込めません。ただし、別の方法ならば成長が見込めます。先程のオスカーが使った魔法での消費した魔力は30と言いましたよね。それに対して俺が消費した魔力は、半分の15です。同じ現象でも使った魔力は半分です。その差は、風に対する理解力の差です。オスカーは風で何ができるかしか知りませんが、俺は風そのものを知っています。他の属性も同じで、何ができるのかではなく、火、水、土、そのものを知れば、詠唱など不要になる。光属性、その中でも回復魔法に特化しているのであれば、人体の理解を深めることで使用魔力を減らせます。それが俺やサンセラが使っている魔法です」
冒険者希望組には少し難し過ぎたかな。それ以外のミルと大人達は俺の話を聞き洩らさないよう必死に鉛筆を走らせている。
先ずは知らぬ間に身に付いてしまった固定観念を取り除くことからだ。その点、今は理解できなくても固定観念の少ない子供達は直ぐに追いつけるはず。
「今日はここまでにします。慌てず、少しずつでいいので理解を深めていきましょう。質問があれば俺かサンセラに聞いて下さい。くれぐれも、中途半端な知識で先に進もうとせず、ゆっくりでいいので確実に理解してから次に進んでください」
属性と魔力さえあれば、必ず魔法は使える。魔法が使えれば、必ず無詠唱魔法も使える。この場に居る全員、俺の魔法が使えるようになる。
魔法の講習を終え、職員室には戻らず丸太小屋へ帰る。オスカーやシスターパトリにあまり働き詰めの姿を見せるのもよくないと思い、残っている仕事は持って帰ることにした。
コン、コン!
「トキオさん、お客様がお見えになりました」
シスターパトリに声を掛けられ丸太小屋を出ると、そこには意外な組み合わせの二人が居た。
「よう、トキオ」
「ウィル。それにマチャさんも。冒険者ギルドで何かありましたか?」
トロンの街にマーカスが来るまで実質冒険者達のリーダー的存在だったウィルと、スタンピードでは連絡役として駆け回っていたマチャさんが笑顔を見せる。その表情から緊急性のある問題が起きたようには見えない。
「今晩、冒険者ギルドに併設された酒場でスタンピード鎮圧の打ち上げをするから、そのお誘いだ。サンセラさんと一緒に来てくれよ」
「打ち上げですか・・・」
酒か・・・そういえばこの世界へ来てから一度も飲んでいなかったなぁ。前世でも数えるほどしか飲んだことないけど・・・
「折角お誘いいただいているのですから、たまにはトキオさんもお酒を飲んで羽を伸ばされてはいかがですか。冒険者の方々もトキオさんやサンセラさんとお話したいのだと思いますよ」
シスターパトリもそう言ってくれているし、顔を出してくるか。俺が見ていない戦いがどうだったかも気になるし、経験豊富なA級冒険者達の話も聞いたみたい。
「わかりました。サンセラとお伺いします。あっ、そうだ、オスカーも連れて行っていいですか?」
「おう、ブロイ公爵のところのオスカー殿か。勿論、大歓迎だ。たしか、ここでトキオ達と一緒に先生をしているんだったな。それにしても立派な学校だ」
「本当に。マーカスから聞いていたけれど、ここまで立派な学校だとは思っていなかったわ。まあ、トキオ様やサンセラ様のお力を知った今なら不思議ではないけれど」
声をあげて学校の敷地内を見渡すウィルとマチャさん。学校が褒められるのは悪い気分じゃない。特に貴族のマチャさんにも立派な学校だと言ってもらえたのは素直に嬉しい。
「私マーカスを呼んでくる」
「マーカスさんなら教会の来客室ですよ。ご案内します」
マチャさんはシスターパトリとニコニコ話しながらマーカスのもとへ向かった。
「それじゃあ、夜六時開始予定だ。待っているぜ」
「はい」
酒は久しぶりだけど、創造神様から頂いた状態異常完全無効化があるから大丈夫だよね・・・




