第十二話 妹よ、俺は今感慨にふけっています。
公爵邸への移動中、魔獣の大森林から戻ったコタローが俺の肩に着地する。
「どうだ、魔獣の行軍速度は?」
『当初の予定通りです』
「そうか、だったら準備には十分時間をとれるな」
『はい。んっ、サンセラ殿、何かあったのか。えらく機嫌を損ねているようだが?』
「何もありませんよ。そんなことよりコタロー様、折角我ら揃い踏みの初陣。少しは手ごたえのありそうな魔獣はおりましたか?」
『魔獣の大森林とはいえ、所詮は入って然程奥へも進んでおらん場所でかき集めた烏合の衆。最奥地で最強の一角だったサンセラ殿とまともにやり合える者など居るはずがなかろう』
サンセラクラスの敵なんて勘弁してくれ。そんな奴が居たら一から作戦の立て直しだ。
「でしょうね。少しは骨のある奴と戦いたい気分だったのですが、残念です」
『骨のある奴と言えば、ボーンドラゴンなら居たぞ』
「あんなの雑魚じゃないですか」
「ちょっと待て。そのボーンドラゴンってのは、ドラゴンの仲間なのか?」
「師匠、いくらドラゴンと付くとはいえ、あんな奴を同種にしないでください。あれは死霊系の魔獣でドラゴンとは全く関係ありません。魔素の多いところに死んだ魔獣の骨が集まると発生するのですが、見た目が強そうなドラゴンの姿をまねているだけのケチな野郎です。取り柄と言えば珍しいことぐらいの雑魚ですよ、雑魚」
シロアリみたいなものか。ちなみに、シロアリは蟻と付くが蟻ではなくゴキブリの仲間だ。
『・・・サンセラ殿、なにかあったのですか?』
「・・・今度教えてやる」
「お二方共、聞こえていますからね!」
さっさと機嫌直してくれよ。コタローもサンセラも案外根に持つところがあるんだよなぁ・・・
♢ ♢ ♢
公爵邸に着くと数人の部下を連れたクルトと冒険者ギルドに居なかったトロンの盾のメンバーが、すでに陣形の調整を終えたのか個々の細かい調整に入っていた。
「ヘイダー、問題はなかったか?」
「あっ、トキオ先生。はい、問題ありません。今はスタンピードの経験が豊富なクルト様や部下の方々に注意点を教えいただいているところです」
例年起こる千から二千規模のスタンピードはブロイ公爵軍が対応している。冒険者も駆り出されるが、今回のような強制依頼ではなく一般の依頼だ。あぶれた魔獣を狩るだけなので上位冒険者の参加はほとんどない。
「トキオ殿、スタンピードの行軍速度に変化はありませんか?」
「ええ、明日の早朝で間違いありません」
「夜の戦闘にならなくて良かった。これで最終ラインからも飛び道具が使えます」
この辺りが戦うことを職業にしているクルトとジャンセンのような素人との違いだ。人間にとって夜の戦闘がいかに不利かを魔獣の数しか考えていないジャンセンはわかっていない。
「兵の方々は?」
「今、食事と休息を取らせています。敵の来る時間がわかっているのなら、無駄に緊張状態を持続して疲弊する必要はありませんから。我々は民が寝静まる夜中に動き始める予定です」
住民への配慮も完璧だ。流石は本職、いい意味で戦い慣れしている。
「クルト殿、思うところはあったでしょが、今回は俺の作戦に協力していただき感謝いたします」
本職だからこそのプライドがある。今までトロンのスタンピードを退けてきたのは自分達だとの自負もある。規模が大きいこと、S級の魔獣が居る可能性があること、これらの要因で今回は俺が立てた作戦となったが、兵の中に不満を持っている者が居ても不思議ではない。しかし、俺の耳にそういった不満は聞こえてこなかった。作戦に関してクルトは俺に一言も口を出していない。ブロイ公爵軍と冒険者の中に俺とサンセラが入った合同作戦で、諍いが起きずここまで進めてこられたのはクルトが一歩引いてくれたことが大きい。
「そんなものは一切ありませんよ。例年の十倍以上が想定されるスタンピードを我々だけでは止められない。力を借りる以上はトキオ殿に従うのが当然です。勿論、我々はこの職に誇りを持っています。ですが、トロンの街を守るのに不必要なプライドは持っておりません。それが理解できない者は、我が軍に一人も居ないと自負しております」
ブロイ公爵は、なにかにつけて優秀だったオスカーが兄弟で争いが起きぬよう、跡取りを長男エリアス、軍部を三男クルトに譲ったと言った。そういった一面も全くなかった訳ではないだろうが、オスカーは見抜いていたのだろう。エリアスとクルトの人間性を。
今回だけでなく、ブロイ公爵家は常にトロンの平和維持を念頭に置き行動している。貴族だから、公爵だから、領主だからと高圧的な態度をとることもなく、有事の際に役立つと思えば平気で俺にも頭を下げる。トロンの平和維持を家業として取り組んでいるように感じる。
「やはり兄弟ですね。根っこの部分はオスカーとそっくりだ」
「それは私にとって最大の誉め言葉です。幼き頃より二人の兄を尊敬しておりますので。あっ、このこと、兄達には内緒ですよ」
一瞬綻んだ表情を直ぐ厳しいものに変え、クルトは部下に指示を出す。最終ラインの心配はなさそうだ。
ブロイ公爵に戦場へ向かう前最後の挨拶をしようと屋敷へ入る。いつもの部屋へ通されると、そこには夫人と長女フランの姿もあった。俺に気付いたフランが満面の笑みで駆け寄ってくる。
「お久しぶりです、トキオ先生!」
「久しぶりだね、フラン。元気そうでなによりだ」
少し遅れて夫人も俺達のもとへ。
「お久しぶりです、トキオ先生。今回もお力添え頂きありがとうございます」
「当然ですよ、俺もトロンの住民ですから。そうだ、お二人にも紹介しておきますね。学校建設を手伝ってくれたサンセラです」
名前を呼ばれると、サンセラはいつものように綺麗なお辞儀をしてから挨拶を始める。
「はじめまして。トキオ セラ様の一番弟子、サンセラと申します。現在はセラ学園で教師をしております」
「これはご丁寧に、ヘンリー フォン ブロイの妻、フィオナ フォン ブロイと申します」
「ブロイ公爵家長女、フランツェスカ フォン ブロイです」
流石は公爵家のお嬢様。フランの貴族然とした挨拶は、いつもの駆け寄ってくる姿からは想像できないほど所作が美しい。
しかし、お嬢様らしいのはここまで。頭をあげると、キラキラした瞳でサンセラに次々と質問をぶつけ始めた。
「サンセラ先生も魔法が得意なのですか?」
「ええ、師匠には敵いませんが、私も魔法は得意ですよ」
フランに目線を合わせる為、片膝をつくサンセラ。こいつも先生らしくなってきたな。
「学校では何を教えているのですか?」
「担当は物理ですね」
「サンセラ先生は、どうしてトキオ先生のお弟子さんになったのですか?」
「師匠から聞かせて頂ける話が、兎に角面白いからです」
「うわぁ、いいなー。私もトキオ先生に色々なお話を聞きたいです」
フランの無邪気な声が、戦いの前の殺伐とした空気を霧散していく。重苦しい雰囲気を感じてわざと無邪気に話しているなら大したものだが、まさかね・・・
「フラン、いつでも遊びに来ていいからね。そうだ、今度オスカーにフラン用の制服と必要な物一式を渡しておくよ。よかったら授業に参加してみるかい?」
「わたしが授業を受けてもいいのですか?」
「勿論。セラ学園は生徒を選ばない。学びたい子供は誰でも通えるんだ」
数秒沈黙の後、フランは夫人の手を取る。
「聞きましたか、お母様。トキオ先生がわたしも授業に参加していいと仰いました。わたしも学校へ行きたいです」
「でもフラン、あなたは来年から王都の学校が・・・」
「一年だけでもかましません。トキオ先生やサンセラ先生の授業を受けたいです。きっと王都の学校とは違ったことが学べます。お願い、お母様」
少し考えてから、夫人は笑顔を見せる。
「そうね、わかったわ。スタンピードが終わったら、私も一緒にお父様にお願いしてあげる」
「やったー!お母様の許可さえ頂ければ、お父様なんて楽勝です」
お父様なんてって・・・フランよ、君のお父さんはこの街で一番偉い人だぞ・・・
「トキオ先生、サンセラ先生、主人の許可を貰いましたら、娘のことよろしくお願いします」
「はい、きっとフランにも良い経験となるでしょう。フラン、学校で待っているよ」
「はい!」
大喜びのフランと夫人は、これ以上俺達の邪魔をしないよう一礼してその場を後にする。フランの期待を裏切らない為にも、先ずはスタンピードだ。
街道封鎖に出ているエリアスに変り事務方全体の指示を取っているブロイ公爵は、物資の搬入状況などを忙しそうに確認していた。
「ブロイ公爵、俺とサンセラは先に現場へ向かいます」
「トキオ殿、サンセラ殿、二人の力をあてにしてすまぬ」
ジャンセン達の脱獄から、ブロイ公爵は何かにつけ俺に負い目を感じている。ことが大規模なスタンピードにまで発展し、それはより顕著になってきた。
「お気遣いなく。ブロイ公爵は冒険者へ支払う依頼料のことでも考えていてください」
「ハハハッ、そのことなら安心してくれ、イレイズ銀行から取り上げた分がたんまりある。あと、娘を気にかけてくれたことも礼を言う」
「聞いておられましたか。フランツェスカ様のことはブロイ公爵の娘だからと特別扱いした訳ではありません。いずれは、トロンの街すべての子供に通ってもらうのが目標ですから」
「それは素晴らしいな。力になれることがあれば、いつでも相談に来て欲しい。トロンの子供達は、トロンの大人皆で育てるべきだ。金銭的な援助は惜しまん」
「ええ、その時はよろしくお願いします。とりあえず、スタンピードを片付けてまいりますね」
「ああ、トロンの未来を、頼む」
悲壮感漂うブロイ公爵に俺とサンセラは笑顔を返す。トロンの地なら、ブロイ公爵家となら、この世界初の義務教育も夢ではない。スタンピードごときで止まってなどいられない。
♢ ♢ ♢
肩にコタローを乗せ、サンセラと二人大通りを歩く。時刻は夜の十一時を回ったところ。スタンピードの予兆が発表されているためか、人通りはほとんど無い。綺麗に舗装された広い道。両側に並ぶ明かりの消えた商店。良い街だ。
偶然、マザーループの呼びかけに応え教会を開いた街。偶然、ブロイ公爵家が領主だった街。偶然、魔獣の大森林に隣接しており俺が最初に来た街。これらは本当に偶然なのだろうか。違うな。あの妹のことだ、偶然なんてあり得ない。
「・・・この街、良いよな」
思わず、呟きが漏れる。
『そうですね。特に武器屋のラインナップが秀逸です』
「私はまだ街を散策していないのでわかりませんが、そんなに品揃えが良いのですか?」
『なんだ、見ておらんのかサンセラ殿。この街の武器屋には忍者装束とまきびしが売っておるのだぞ!』
「なんと!給金を貰ったらすぐに買いに行かねば」
『サンセラ殿、その時は私の分も頼む』
「えぇぇ、私の給金で、ですか?コタロー様も自分の給金で買えばいいじゃないですか」
『ズ、ズルいぞ、サンセラ殿。私に給金がないことは知っておるくせに。裏切るのか!』
「わかりましたよー。その代わり、死んだら生き返らしてくださいね」
『お安い御用だ。何回でも生き返らせてやる』
「仕方がないなー。コタロー様の分も、私が買いましょう」
『約束だぞ、絶対だからな!』
「はいはい、約束です」
俺の感慨を返せ。戦場へ出る前にする会話としてはくだらな過ぎるだろ。生き返らしてもらう対価が粗悪品の忍者装束とまきびしって、それでいいのかコタロー・・・
月明りに照らされる閉められた門。その横には、槍を持ち職務を全うする門番の姿があった。
「行くのか?」
「はい」
潜戸の鍵を開け、「行け」と顎で促される。数か月ぶりにトロンの街を出ると、街の繁栄が嘘のように建物は一軒もない。
「トキオ・・・」
「はい」
「死んだら許さねえ!」
「わかりました。マイヤーさんが怖いので、必ず生きて戻ります」
にこりと笑い、大きく頷く門番。
妹よ、俺はこの街が大好きです。




