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充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~  作者: 中畑道
第四章 トロンの街編

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第十話 妹よ、俺は今従魔からの報告を受けています。


 男はひたすらに土を掘っていた。


 もう何時間も、睡眠はおろか休息を取ることもなく、ただひたすらに土を掘っている。掘り進んだ先に楽園が待っている訳ではない。それなのに、ひたすら掘り進む。何の為に、何故これ程必死に土を掘っているのか、男には既に理由を考える知能は残っていなかった。





 子供の頃、近所に大嫌いな奴がいた。自分も馬鹿なくせに俺のことを馬鹿だと罵り、気に入らないことがあれば直ぐに暴力を振るう。兎に角その男、バムのことが嫌いでならなかった。

 俺のことを見下しているくせに、何かと俺を遊びに誘ってくる。いつの頃からかバムの声が聞こえると、俺は近所のガキどもが誰も知らない洞窟に身を隠すようになった。洞窟には綺麗な石が沢山ある。バムの声が聞こえなくなるまで、綺麗な石を集めるのが俺の日課になった。


「おい、ジャコウ。俺と一緒に冒険者をやらないか?」


 やなこった。どうして大人になってまで、お前みたいな奴とつるまなきゃならない。俺は大人になったら、もっと沢山綺麗な石を集めるんだ。それで商売をして、おふくろに腹いっぱい飯を食わせてやる。

 そう決めていた筈なのに、気付けばバムと共に村を出ていた。


「ジャコウ、行くな!」


 うるさい。お前についてきても、結局冒険者にはなれなかったじゃないか。挙句には牢屋にぶち込まれて強制労働送りだ。お前に騙されるのは、もうまっぴらなんだよ。


「ジャコウ、戻れ!」


 うるさい。偉そうに指図するな。


「ジャコウ、これ以上あいつを敵に回すな!」


 うるさい。黙れよ。お前こそ、これ以上俺の人生に関わるな。


「ジャコウ、殺されるぞ!」


「うるせぇ、お前と一緒にいるくらいなら、殺された方がましだ!」


 ここを出て、もう一度やり直す。俺は、綺麗な石をいっぱい集めるんだ。





「そろそろいいだろう。ジャコウ、少し広めのスペースを作ってくれ」


「・・・・・・・・・」


 なんだこいつ、偉そうに指図しやがって。まあいい、俺も休息を取りたいから休むスペースは作ってやる。



男のくせにペンダントなんて握りしめて、何をブツブツ呟いてやがる。気持ち悪い奴だ。こんな奴は放っておいて寝よう。兎に角、今は眠い。



 えっ、なんだこいつ。やめろ、それは俺の腕だ。綺麗な石を掘る大切な商売道具だ。食うな。



「やめろ、助けてくれ、助けてくれ、バム・・・」



 俺は何処で間違えた?何時から間違っていた?脱獄した時か?教会を襲った時か?冒険者になる為、村を出た時か?綺麗な石を集めなくなった時か?それとも・・・お前に出会った時か?


 なあ、バム。教えてくれ・・・





「対価は得た。お前の願いを言え」


「どうしても殺したい人間が居る。ぶっ壊したい街がある」


「面白そうだな。その願い、叶えてやる」



♢ ♢ ♢



『トキオ様、動きがありました』


『そうか。魔獣の様子は?』


『既に大量の魔獣が集まっています』


『強い反応はあるか?』


『はい、召喚されたのはデビルロードで間違いないでしょう。直ぐ近くにはトキオ様に強い敵意を持つ人間も居ます。私が行ってデビルロード共々殺してきましょうか?』


『いや、既に魔獣が集まっているのなら、このまま纏めて連れてきてもらった方が対処しやすい。ばらけると駆除が大変そうだからな』


『確かに』


『トロンの街近郊まで来るのに、どれくらいかかりそうだ?』


『今の行軍速度ですと、明日の明朝といったところでしょうか』


『もう暫く監視して正確な到着時間がわかったら戻れ。明日は一緒に戦うぞ』


『それは楽しみですね。それでは、もう暫く監視してから戻ります』


『ああ、頼んだぞ』





「トキオ先生、どうかしたの?」


「何でもないよ、ミーコ」


 緊急会議から二日。大方の予想通りジャンセンが動き出す。


「緊急の用が入ったので残りの時間は自習にします。ガイン、頼んだぞ」


「わかりました」


 この二日間、スタンピードに備えて動くブロイ公爵家や冒険者組合と違い、俺は一切の生活スタイルを変えていない。教師として教壇に立ち続けている。


「えぇぇ、やっとわたしに試験の順番が回ってきたのに。九の段なんだよ。今日メダルがもらえると思ったのに」


「ごめんよ、ミーコ。ガインにメダルを預けておくから、俺の代わりに試験をしてもらうかい?」


「ダメだよ。トキオ先生にもらえるメダルだから嬉しいんだもん。ガンちゃんにもらっても嬉しくないよ」


 おい、ミーコさんや。楽しみにしてくれていたのは嬉しいが、そんなこと言っちゃあガインが落ち込むぞ。


「ミーコ、トキオ先生に迷惑かけちゃダメ!」


「ミルちゃん・・・わかった。ごめんなさい・・・」


 普段は声を荒げることのないミルに叱られて、ミーコが少し落ち込む。


「ごめんね、ミーコ。次の計算の授業で一番に試験をしてあげるから、それまで待っていてくれるかな?」


「うん。わがまま言ってごめんなさい」


 頭を撫でてあげると、いつものような笑顔を見せて席に戻る。


「それじゃあ、ガイン、マリシア、あとのことは頼むよ」


「「はい」」


 教壇を後にしようとするとミルが何かを察してか、叫ぶように声をあげた。


「トキオ先生。わたし明後日の理科の実験、楽しみにしているから!」


 ミルの鬼気迫る声にカルナも反応する。


「わたしも、わたしも楽しみ!」


 俺もまだまだだな・・・普段と変わりなくしているつもりだったが、何かを感じ取った子供達を不安にさせていたとは・・・


「期待していていいよ。面白い実験を用意してあるから」


 子供達の日常を脅かす、それは俺の充実した日々を邪魔しているのと同じだ。やはり、ジャンセンは許せんな。




 今日の門番だったトロンの盾のスネルに冒険者組合と公爵家へ伝言を頼み、俺達は教会の来客室に集合した。


「マザーループ、明日の朝スタンピードが発生します。これから俺とサンセラは対処に向かいますので、学校の方はよろしくお願いします」


「先生、私も・・」


「駄目だ」


 オリバー男爵邸でも戦う意思を見せようとしたオスカーの言葉を制止する。


「王都の学校で少し習った程度の剣術が実践で通用するとでも思っているのか。日々訓練に明け暮れるクルト達や、魔獣を狩ることで生計を立てる冒険者を甘く見るな。本格的に魔法を習い始めたばかりのお前では、戦力にならないどころか足手まといだ」


「・・・・・・・・・」


 戦う才能があったにも関わらず努力してこなかったのはオスカー自身だ。悔しかったら強くなれ。戦う準備をしてこなかったオスカーに、戦場に立つ資格はない。


 普段より厳しい俺の語り口調に、シスターパトリが心配そうな表情を見せる。彼女は学校が始まるのを子供達と同じく楽しみにしていた。シスターとの掛け持ちで年少組の担任という激務を、毎日笑顔でこなしている。何度も何度も孤児院の子供達が学校で学べることへの感謝を俺に伝え、自分自身も充実した日々を送れていると言ってくれる。

 素直で誠実、まっすぐな正義感と優しい心根、他人を妬むことなく努力を怠らない。少しズボラでドジなところもあるが、それもシスターパトリの魅力の一つだ。学園長のマザーループでも、学校を建てた俺でもない。シスターパトリこそがセラ学園の象徴であり、子供達には彼女のような人間を目指してほしい。


「シスターパトリ、心配しないでください。明日も、明後日も、今日と何も変わりません。子供達は元気に学校で学びます」


「・・・はい。トキオさんの言葉を信じます」


 そう言って、無理に作った笑顔を見せる。強い人だ。


「オスカー、明日未明にノーラン、アルバ、キャロの三人を連れて城壁に登れ。折角だ、冒険者希望の子供達に魔獣との実践を見せる。三人にはこれ以上ない社会見学だろ」


「わかりました」


 ここで話しておきたいことは全て伝え終えた。最終確認の打ち合わせに冒険者ギルドへ向かうべく席を立つ。


「行くぞ、サンセラ」


「はい、師匠」


 学校のことはこの人達に任せてられる。戦うのは俺達の仕事だ。


「トキオさん」


「はい」


 スタンピードの話をする間、一言も口を挟まなかったマザーループに呼び止められる。


「ご武運を」


「はい、行ってまいります」


 帰る場所がある。守るべき場所がある。大好きな場所がある。とても幸せなことだ。



♢ ♢ ♢



 トキオとサンセラを送り出した後、ループは直ぐに動いた。


「オスカーさん、ノーラン達のことお願いします」


 言葉とは別に、「パトリに話があるので部屋を出ていけ」との意味を受け取ったオスカーは一礼して部屋を出た。パトリもそう受け取る。



「トキオセラ様が教会へお戻りになるまで、子供達のことはパトリとラーラさんに任せます」


「マザー・・・私も・・」


「なりません。子供達の世話をラーラさん一人に押し付けるつもりですか」


「トキオセラ様は私達戦えない者の為に戦場へ赴いてくださいます。私も、何もせずにはいられません!」


「ならば尚更です。トキオセラ様が最も大切になされているのが何かを、わからないあなたではないでしょう」


 パトリは頷くしかなかった。




 数分後、冷水で身を清めたループは真新しい修道服に身を包み、聖堂へ続く扉の前に現れる。待ち構えていたパトリに水が半分だけ注がれたコップを渡されると、それをゆっくり三度に分けて口に運んだ。


「これより、トキオセラ様がこの地へお戻りになるまで、聖堂の扉に触れることを禁じます」


 ループはそう宣言すると、一人聖堂に入室して内側から鍵をかける。


 神託が下りトロンの地に教会を開くまでの日々。マイヤーから始まった孤児院。自分と同じく神託が下ったパトリが教会を訪れた日。幾度となく訪れた教会存続の危機。二度目の神託。トキオセラ様が教会を訪れた日。トキオセラ様から伺った慈悲の女神チセセラ様の前世。トキオセラ様が孤児院と教会の為に起こしてくださった数々の奇跡。トキオセラ様が建ててくださった学校。人生においての大きな出来事、大切な想い。信仰する慈悲の女神チセセラ様像の前へたどり着くまでに、頭の中からそれらを全て消し去る。


 ただ一つの願い。それだけで思考を埋め尽くし、一心に祈りを捧げるために。



──神よ、トキオセラ様をお守りください


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