第九話 妹よ、俺は今作戦会議をしています。
ブロイ公爵邸に着いた時には完全に日が落ちきっていた。
今のところコタローからの念話はないが、悠長に構えている時間は無い。ジャンセン達は牢屋から着の身着のままで脱獄している。食料すら満足に入手できない状況で、事を起こすのにできるだけ時間はかけたくないだろう。
「お待たせしました」
学校の許可をもらいに来た時と同じ部屋に通されると、既に全員が待ち構えていた。ブロイ公爵を正面に、公爵家側にはエリアス、オスカー、クルト、対面にギルド長、マーカス、トロンの盾団長のヘイダーも参加している。冒険者側の末席に着こうとすると、ブロイ公爵が席を立った。
「トキオ殿、こちらへ」
そう言ってエリアスの隣に席を移動する。本来、家長であり最も位の高いブロイ公爵が座る席だが、緊急事態なので軽く頭を下げ正面の席を使わせてもらう。最後に冒険者側の末席にサンセラが座り緊急会議がスタートする。
「本日、オスカーの進言でオリバー男爵邸のマジックアイテムを「鑑定」に伺いましたが、一足違いでジャンセン達に侵入されました」
先ずはオリバー男爵邸での経緯を話す。ブロイ公爵は終始苛立った表情をしている。
「盗まれたマジックアイテムは三点。「隠密の指輪」「暴走の魔笛」もう一つは名称不明のペンダントでしたが、俺が見たところ悪魔召喚に用いるものと思われます」
我慢の限界に達したのか、ブロイ公爵の拳がテーブルを打つ。
「オリバーの奴、何故そんな危険なアイテムを・・・」
「落ち着いて下さい、ブロイ公爵。ここでオリバー男爵を責めたところで問題は解決しません」
「しかし・・・」
「オリバー男爵がマジックアイテム収集家だったのは偶然です。彼を追い込むべきではありません。悪いのはジャンセン達です」
「うむ・・・」
弟の不始末に腹を立ててしまう気持ちはわかるが、この緊急事態に生産性のない話で時間は取りたくない。
「ギルド長、「隠密の指輪」はどれ程の効果があるか知っていますか?」
「ああ、「隠密」レベル5相当だね。「鑑定」で使える「索敵」でも十分に突破できる」
「それならば問題ありませんね」
その程度なら地下に潜られない限り問題ない。ジャンセンの居場所がわからない事態にはならないだろう。
「もう一つ教えてください。名称でなんとなく想像はつきますが「暴走の魔笛」は魔獣を混乱状態にさせるアイテムという認識で間違いありませんか?」
「そうだね。まあ、本来の使い方はゴブリンの集落などが発見された時に、混乱状態にして統率をとらせない為のものだけどね」
なるほど、そういった使い方をするのか。毒にも薬にもなるマジックアイテムだな。
「トキオ君、私からもいいかい」
「どうぞ」
「その悪魔を召喚するペンダントだが、どのランクの悪魔を召喚できるんだい?」
「現物を見ていないのでそこまではわかりません。ですが、こういった場合は最悪を想定すべきかと。デビルロードが召喚されるものと思って対応します」
「デビルロードか、S級の魔獣だねぇ・・・」
魔獣のランクと冒険者のランクは同じではない。S級の魔獣とは、相性さえよければS級冒険者が接敵しても逃げることが可能な魔獣。A級冒険者では例え相性が良くても逃げるのは難しく、殺される可能性が高い。S級の魔獣を倒すには、S級冒険者が複数であたらなくては勝てないとされている。ちなみに、その上には特級も存在する。人間がまともに相手をしてはならない魔獣、戦うには大規模な作戦が必要になる。ドラゴンなどがそれだ。
「デビルロードを倒すだけなら、俺やサンセラでどうとでもなります。問題はデビルロードが使う「支配」と「暴走の魔笛」の組み合わせで起きるスタンピードです」
魔獣の大森林に隣接するトロンの街では毎年のようにスタンピードが発生する。その為、トロンの街には城塞都市でもないのに高い城壁があり、過去に幾度もなく魔獣の群れを跳ね返してきた。勿論、少なくない死傷者がでることもあるが、トロンの街にとってスタンピードとは、万全の対策をとりつつ付き合っていかなければならない、言わば天災のようなものだ。前世の日本でいう地震や台風に近い。
「問題は規模です。エリアス殿、近年に起きたスタンピードの規模はどれくらいですか?」
「千から二千といったところでしょうか」
この規模ならトロンの街は揺るがない。それはジャンセンも知っている。今回起こる可能性のあるスタンピードは自然発生ではなく人為的なもの。トロンの街が対応できる規模は当然超えてくる。
「先生はどれくらいの規模になるとお考えですか?」
皆が最も危惧するところを単刀直入にオスカーが質問する。ここで希望的観測を述べても仕方がないので、正直に俺の予想を語る。
「最低でも十倍。それ以上も考えられる」
「に、二万ですか!」
「そうだ。ジャンセンの狙いがトロンの崩壊なら、最低でもそれくらいは準備するだろう」
部屋全体に暗い空気が漂う。そんな中、ギルド長が疑問を呈する。
「悪魔系最上位種とはいえ、二万もの魔獣を「支配」できるとは思えないのだが・・・」
「すべてを「支配」する必要はありません。混乱状態の魔獣を先導できればいいのですから」
数百匹の魔獣で十分だろう。先頭を行く集団さえ「支配」で先導すれば、混乱状態の魔獣は本能で追いかける。スタンピードとはそういうものだ。
「たしかに・・・トキオ君、策はあるのかい?」
「はい」
間髪入れず答えるとブロイ公爵が目を見開く。
「トキオ殿、まことか?」
「はい。その為には皆さんの協力が必要になります」
「勿論、何でもする」
「では、これから作戦をお伝えします。と、言っても大した作戦ではありません。魔獣の大半は俺とサンセラで対応出来ます。皆さんにやってもらいたいのは俺とサンセラが取りこぼした魔獣の駆除です。あっ、勘違いされている方もいらっしゃるようですので先に言っておきますね。今回のスタンピードは悪意を持って人為的起こされるものです。人として許されざる行為です。こんなことでトロンの住民が一人でも命を落とすことがあってはならない。完全勝利以外は負けです。俺の作戦とはスタンピードで一人の犠牲も出さないための作戦です。死んだら許しません」
サンセラ以外の全員が口を半開きにして呆気にとられる。そんな中・・・
「プッ!」
噴き出したのはヘイダー。元ボスの口癖がツボに入ったようだ。
「ハハハッ、なんだかビビっていたのが馬鹿らしくなってきた。数万の魔獣より、死んでトキオ先生に叱られる方がよっぽど恐ろしいぜ」
ヘイダーの言葉を受け、マーカスも続く。
「まったくだ。魔獣が何匹来ようと、師匠やサンセラ先輩に適う筈がないのだから。心配するのは、自分に活躍の場があるかどうかだ」
最後にギルド長。
「頼もしいね、トロンの冒険者は。余程トップが有能なのだろうね」
一気に場が和む。ジャンセンの相手などそれくらいの気持ちでいい。それじゃあ、役割を振り分けるとしましょうかね。
「取り急ぎ手を付けたいのは街道の封鎖です。戦えない商人や旅人が現場に足を踏み入れないようにしないといけません。エリアス殿、頼めますか?」
「了解しました。トロンの民や往来する人々は良い意味でも悪い意味でもスタンピードに慣れていますので、街道封鎖はそれ程難しくありません。期間は?」
「長くても四日、俺は三日以内に決着すると予想しています」
俺の予想を聞いたギルド長が質問する。
「その予想は、何を根拠に?」
「現在ジャンセン達はスタンピードを起こす為、ジャコウの「発掘」で魔獣の大森林に向かい地中を移動しています。当然地上を移動するより速度は遅くなりますが、戦う術を持たない奴らは「隠密の指輪」を使って出来るだけ気配を消しながら地中を進むしか魔獣の大森林に入ることができません。「暴走の魔笛」をできるだけ魔獣の大森林の奥地で使いたくても、大森林で食料を確保する力すらない奴らが昼夜問わず移動できるのは、せいぜい二日が限界でしょう」
「先に悪魔を召喚してから移動するとは考えられないかなぁ?」
「それはあり得ません。ジャンセンにとっても悪魔の召喚は賭けです。悪魔との交渉が失敗すれば何もできないまま殺されます。では、牢屋から着の身着のままで脱獄したジャンセンは何を対価に交渉をおこなうと思いますか?」
いつも余裕を持ったギルド長が、珍しく眉間に皺をよせる。
「・・・ジャコウか」
「そうです。オリバー男爵邸で俺を足止めする為、ジャッジを切り捨てた男です。今度はジャコウを切り捨てます。最悪、悪魔との交渉が失敗すれば、殺されるまでの僅かな時間で「暴走の魔笛」を使えるだけ使ってスタンピードが起こるのに賭けるでしょう。先に悪魔を召喚して交渉に失敗すれば、何の怨みも晴らせず無駄死にして終わりです。ジャンセンには先に移動をするしか選択肢はありません」
「召喚した悪魔に護衛させて、さらに魔獣の大森林を奥へ進む可能性は?」
「そうなれば、こちらとしてはありがたいです。悪魔とジャンセンを見つけて処分するだけで済みますから。三日以内にスタンピードの兆候が無ければ、俺が魔獣の大森林に入って奴らを見つけます。俺の従魔なら、上位悪魔や俺に強い敵意を持つ人間など簡単に見つけてくれるので安心してください」
「理解した。話しの腰を折ってわるかったね」
俺とギルド長の会話で全員に状況を理解してもらえたようなので作戦の話に戻る。既にエリアスは部下を呼んで街道閉鎖の手配に入った。
「ギルド長、現在ブロイ公爵の領主特権で強制依頼を出せる冒険者は何人ほど居ますか?」
「そうだね、二十名前後は集められると思うよ」
「ブロイ公爵、強制依頼の発動をお願いします」
一つ頷くと、ブロイ公爵は即座に特権を発動した。
「マノア殿、現在トロンに居るA級以上の全冒険者に強制招集権を発動する。書類は追って届けさせる」
「詳しい作戦は後ほどマーカスに説明させますので、ギルド長は今すぐ冒険者の招集に動いて下さい。他の冒険者に知られると面倒なので秘密裏にお願いします」
「了解。じゃあ、私は行くよ」
役割が決まった者から即座に動いてくれる。実にやり易い。
「マーカス、ヘイダー、それとクルト殿、三人は実働部隊だ。戦ってもらう」
無言で頷く三人。もとよりこの三名は戦うつもりで会議に参加している。
「先程も話したように、最前線、第一陣は俺とサンセラが向かい、強い魔獣を中心に数を大幅に減らす。S級の魔獣も想定している以上マーカス、お前も連れていけない。理解してくれ」
「・・・わかりました」
悔しいだろうが、ここは我慢してもらう。今のマーカスではS級の魔獣は勿論、数万のスタンピードには対処できない。足手まといになるだけだ。
「第二陣は今ギルド長が招集しているA級以上の冒険者部隊だ。マーカス、お前がリーダーとなって指揮をとれ。弱い魔獣は取り逃してもかまわん。強そうな魔獣を優先して狩ってくれ」
「了解しました」
第二陣はA級以上の冒険者で固めたトロン最強の部隊。俺達が取り逃がした魔獣の駆除をしてもらう。
「第三陣はトロンの盾にやってもらう。第二陣と同じで弱い魔獣はうしろに任せ、強い魔獣の相手を頼む。マーカスと相談して、前後で同じ攻撃スタイルの者が重ならないよう注意しろ。けっして無理はするなよ」
「はい!」
第二陣に比べれば実力は落ちるが、トロンの盾が普段から連携と統率が取れているのは計算の授業で確認済み。B級はヘイダーとデュランしかいないが、今回の様な作戦ではチームワークが重要になる。横に広く伸びる戦線が想定されるので、リーダー格が二人いるのもありがたい。
「第四陣、最終ラインはクルト殿が率いるブロイ公爵軍にお願いします。兵は何人参加できますか?人間同士の戦争ではありませんので、志願兵も募集兵も必要ありません。訓練された職業軍人だけの人数を教えてください」
「約三百名です」
「では、その三百名を三つに分け、三重で城壁を囲んでください。最終ラインに取りこぼしは許されませんので、必ず殲滅してください」
「了解しました。トロンの街には一歩もたりとも踏み入れさせません」
最後に待ち構える正規の軍隊は、何度もスタンピードを経験している。トロンの盾がスルーした魔獣程度に押されることはまずないだろう。これで街の防衛は盤石だ。
名付けて「ろ過作戦」也。
正直、ほとんどの魔獣は俺とコタローとサンセラの三人で対処できると思うのだが、ほら、幼稚園や学校でも必ず列から離れちゃう子とか居るでしょ。今回は相当な数の魔獣が予想されるから、念には念を入れておかないと。
作戦が決定後、マーカス、ヘイダー、クルトの三人も直ぐに動き出した。部屋に残っているのはブロイ公爵、オスカー、サンセラ、俺の四人。
「ブロイ公爵、街には例年と変わりない規模のスタンピードが起きる予兆があるとでも発表しておいてください。無駄に住民の不安を煽る必要はありません。ほんの数日街の出入りが出来なくなるだけで、普段と変わりない生活を送っていただきたいのです。奴らが向けた悪意ごときで、トロンの街はびくともしない。そうでなければ完全勝利とは言えません」
「しかし、それでは街を救う為命を懸ける英雄の存在に報いることが・・」
「何を言っているのですか、ちゃんと冒険者達に依頼料は払っていただきますよ。相当な金額になると思いますので覚悟しておいてください。そういう意味では、今回の件で唯一の被害者はブロイ公爵ですね。ご愁傷様です」
「トキオ殿・・・」
──ブロイは思い出す。冒険者ギルドの長マノアが興奮して我が家を訪れた日のことを。途轍もない力を持った冒険者が現れた。有事の際は必ずやトロン防衛の最強戦力となる。普段は本心が読み辛く人を食ったところのあるマノアが、興奮で目を血走らせ報告に来たのは記憶に新しい。
まだ、スタンピードは起きていない。魔獣は一匹たりともトロンの城壁に辿りついていない。それなのにスタンピードが終わったような錯覚に陥る。トキオ セラ、彼が大丈夫だと言えば、それだけで問題は解決したかのように思えてしまう。
一つだけ悩みがある。誰でもいいから教えて欲しい。スタンピードが終結したのち、トロン領主として彼にどうやって報いればよいのかを。




