第一話 妹よ、俺は今異世界に転生しました。
樹齢数百年はあるだろう巨木に囲まれたログハウス。大森林の中、そこだけがすっぽりと抉り取られたようで切り株一つない整地された足元に違和感を覚える。
ここは異世界なのか?
ゆっくりと一歩ずつ大地を踏みしめ、蘇った己の肉体感覚を確かめながらログハウスに近づくと扉が開く。現れたのは綺麗なお姉さん。
初めて会った異世界人は綺麗なお姉さんだった。
落ち着け、落ち着くんだ俺。第一印象が肝心だぞ。おたおたして怪しい人物だと思われないよう紳士的に、それでいてフレンドリーに話しやすい雰囲気で・・・
「へ、ヘロー」
「お待ちしておりましたトキオ セラ様。神界より異世界ナビゲーター兼戦闘指南役を仰せつかりましたカミリッカと申します」
「・・・・・」
ノォォォォォ!
なんで英語。なんで俺、英語で挨拶したの。しかも神界の人だし。第一異世界人じゃないし。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ。トキオ セラです。よろしくお願いしましゅっ」
「こちらこそよろしくお願いします。どうぞ建物の中へ」
「・・・はい」
噛んだ。盛大に嚙んだ。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
どうして状態異常無効化しないの。羞恥は状態異常じゃないのですか創造神様・・・失敗だ。やっぱり「思考加速」が正解だったか・・・やり直したい。
ログハウスに入り促されるがままソファーに腰を下ろすと、綺麗なお姉さん改めカミリッカさんがキャスター付きのホワイトボードをゴロゴロと引きずってくる。
今更かっこつけても仕方がないので自然体で行こう。何が紳士的でフレンドリーだ。紳士でもなければ綺麗なお姉さんと仲良くなった経験も無いのに。
転生して最初の教訓、慣れないことはするものじゃない。
「それでは、今後についてご説明させていただきます」
カミリッカさんが塾講師みたいでかっこいい。教えを乞う身として、ここは襟を正さねば。
「まず、当分の間トキオ セラ様には・・」
「あ、俺のことはトキオでいいですよ」
「かしこまりました。トキオ様には午前中この世界の常識や習慣を学んでいただきます。一通りカリキュラムを終えた後に魔法の座学に移行します」
様付けは止めないのですね・・・まあいいか、少しずつ仲良くなれば。何事も無理強いは良くない。十人十色、性格は人それぞれだ。
「午後からは戦闘訓練になりますが、当分の間は基本ステータスの底上げが中心になります。レベル1の間に基本ステータスを底上げておけば創造神様の加護、レベルアップ時の基本ステータス10倍が最大限に活かせますので。目標は体力、筋力、耐久力、俊敏がそれぞれ100といったところでしょうか」
なるほど。たしか基礎ステータスは、ステータス×レベルだからスタートが高いに越したことはない。俺の場合は創造神様の加護で一気にステータスが上がるからレベルが上がってからの基本ステータス強化は難しくなる。重さ10㎏の鉄アレイは簡単に準備できても1トンの鉄アレイなんて準備できないもんな。
「就寝前にトキオ様がお持ちのスキル「創造」を魔力枯渇ぎりぎりまで使っていただきます。これは魔力、知力、器用を上げるのに役立ちます」
これは定番だな。初めは限界がわからず気絶するまであるが、ラノベを散々読んできた俺はそんな初歩的なミスはしない。
「ここまでで質問はありますか」
「はい、カミリッカ先生。質問があります」
「トキオ様、私のことはカミリッカとお呼びください」
「わかりました。では、カミリッカさん。質問があります」
「カミリッカと呼び捨てでかまいません」
「嫌です」
「・・・わかりました。では、質問をどうぞ」
勝った。流石に初対面の綺麗なお姉さんを呼び捨てにするのは俺の精神が持たない。
「ここはどこですか?」
「明日の座学でご説明するつもりでしたが、トキオ様のご不安を考慮できず話を進めてしまい申し訳ございません」
「や、止めてください。こんなことで謝らないでください」
創造神様がVIP中のVIPなんて言うから気を使っているのかも。あまりへりくだられても居心地が悪いから早急に何とかせねば。
「ここは創造神様が創造された世界、トキオ様にとっては異世界になります。場所はどの国家にも属さない人類未開の地、魔獣の大森林の最奥地です」
「えっ、でもログハウスが建っていますよ」
「このログハウスは創造神様がトキオ様のため特別に準備した物で周りは結界で囲われています。間違っても許可なく一人で大森林に足を踏み入れないようお願い致します」
「わ、わかりました」
怖いんですけど・・・創造神様、なんでわざわざこんな場所にしたのですか・・・
「もう一つ質問いいですか」
「はい、どうぞ」
「訓練期間はどのくらいの予定なのでしょう」
「私がもう大丈夫だと判断するまでです」
なんと曖昧な。せめて判断基準を教えてください・・・
「早くても一年はかかるでしょう。勿論それ以上かかるかもしれませんが、それはトキオ様次第です」
「そ、そんなにですか」
「長い人生においては、たかが数年です。トキオ様の大切なお身体を預かった者として妥協は一切致しませんので頑張ってください」
「わかりました。前世では大学を中退したことに未練がありましたから、学ぶべき時にはしっかりと学ばせていただきます」
学びたくても学べないことを思えばこんなにありがたい環境は無い。折角無料で学べるのならば学ばなければ損だ。
「では、今日のところは時間も中途半端ですので、今現在トキオ様がお持ちであるスキルについておさらいし、能力を把握しておきましょう。トキオ様、ステータスを私にも見えるように開示してください」
「はい」
上位鑑定でステータスを表示するとカミリッカさんが俺の隣に腰かけ一緒に見る。
「トキオ様が現在お持ちの「料理」と「創造」は能力が追加されていくスキルではなく繰り返し使っていくことで熟練度が増しスキルレベルが上がっていきます」
両親が他界してからほぼ毎日自炊していたのに「料理」のレベルは2だったなぁ・・・節約のため似たような物ばかり作っていたせいかも。そのあたりもレベルと関係がありそうだ。
「出来ることが増えていくスキルは「自動翻訳」「鑑定」「交渉」です。それではステータスのスキルの欄から「自動翻訳」を開いてください」
「自動翻訳」レベル10
「自動言語翻訳」「自動文字翻訳」「自動暗号翻訳」「自動動物語翻訳」「自動魔獣語翻訳」
「カ、カ、カミリッカさん「自動動物語翻訳」というのがあるのですが。俺、動物と話せるのですか!」
知世が欲しがっていたスキルだ。まさか「自動翻訳」の中に含まれていたなんて、何たる僥倖。これはぜひ使っているところを知世に見せてやらねば。それ以前に俺も動物と話してみたい。
「残念ですが会話となると難しいです。動物には言葉を話す程の高い知能は備わっていませんので簡単な単語のやり取り程度が限界でしょう。しかしペットの飼い主がよく言う「うちの子の気持ちがわかる」などという確認の取りようが無い不確かなものではなく、確実な意思疎通ができます」
十分だ。この地に来てまだ一時間も経っていないが早速楽しみが出来た。充実した人生とはこういったことの積み重ねではないだろうか。
その後も「自動翻訳」の講義は続き、どれもが興味深いものだった。
例えば「自動動物語翻訳」と似ている「自動魔獣語翻訳」だが、魔物は動物より知能が高くレベルも高いので会話できる個体も多いらしい。中には何百年も生きてレベルも人間とは比べ物にならない個体がおり、そういった魔獣は自ら「自動翻訳」を取得して人語も話せるとか。
俺と妹が読んできた異世界ものでもドラゴンやフェンリルは人語で会話できるのが定番だったしな。いつかそんな魔獣に会って色々な話を聞いてみたいものだ。
なんだか物騒に聞こえる「自動暗号翻訳」も俺がイメージしていたスパイの暗号のようなものだけに使うのではないらしい。額面通りに受け取ってはいけない手紙の本当に伝えたいことや、弱みを握られたり脅されていて無理矢理思ってもいないことを言わされている人の本心なども解読できる優れたスキルとのこと。
ちなみに、普段は「自動言語翻訳」と「自動文字翻訳」以外はオフにしておくことを勧められた。特に「自動動物語翻訳」。
動物は基本的に人間を敵とみなしているのでそこら中から罵詈雑言を浴びせられるとか。
危ない、危ない、聞いておいた良かったー。
「トキオ様は復活されたばかりですので今日はこれくらいにしましょう。お部屋へご案内いたします」
「はい」
案内されたのは二階の玄関から見て一番左奥、ベッドと机があるだけのシンプルな部屋。
「必要なものがあればすぐに用意いたしますのでお申し付けください。それでは食事の準備が整いましたらお呼びします」
「俺も手伝います」
「いいえ、ここに居る間トキオ様の生活にかかわるすべては私にお任せください」
「そんなぁ、教えを乞う身でありながら生活の面倒まで見てもらうなんて出来ませんよ」
「トキオ様、勘違いなさらぬよう。あなた様はここに遊びに来たわけではありません。この世界の常識を知り、生き抜く力を身に着ける為に来たのです。一日も早く充実した人生のスタートを切るのに時間は有効活用しください」
「わかりました・・・でも、手伝ってほしいことがあれば遠慮なく言ってくださいね」
「はい、その時はお声かけさせていただきます」
甲斐甲斐しくドアの前で一礼して部屋を出ていくカミリッカさん。言葉とは裏腹に、何か手伝ってほしいなんて言いそうもない。
カミリッカさんが部屋を出て気付く。そういえば俺、何も持っていない。着替えとかってカミリッカさんに頼まなきゃいけないのかなぁ・・・
とりあえず食事までの時間で必要そうな物を書き出しておこう。カミリッカさんにお願いするかどうかは暫く様子見だ。
♢ ♢ ♢
「トキオ様、食事の用意が整いましたのでお越しください。食堂は一階です」
「はーい、すぐ行きまーす」
部屋を出ると良い匂いがした。異世界最初の食事にわくわくしながら、いざ食堂へ。
用意されていた食事はまさかの和食。しかもメインは俺の大好物サバの塩焼きだ。やっほー!
「いただきまーす」
なにこれ滅茶美味い。美味すぎて泣けるまである。
間違いなくカミリッカさんは料理スキルを持っているな。しかも相当なレベルだ。無理矢理手伝おうとしなくてよかったー。「料理」2の俺では逆に迷惑を掛けるところだった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。お口にあいましたか?」
「最高です」
「ありがとうございます。お風呂はいつでも入れるようにしてありますのでお好きな時間にどうぞ。着替えも用意してありますのでお使いください」
「何から何までありがとうございます」
「いいえ、今日は慣れぬ土地でお疲れでしょうから、ゆっくりお休みください」
「はい、そうさせていただきます」
あんなに美味いものを満腹になるまで食べたのはいつ以来だろう。両親が他界してから常に節約との戦いだったからなぁ。
さてと、後は風呂に入って寝るだけ・・・おっと、「創造」で魔力を枯渇ギリギリまで使わないと。
何を作ろうかな・・・今の魔力じゃたいした物は作れないだろうし、材料も必要だ。
うーん・・・そうだ、割り箸を作ろう。ここは森の中だから木はいくらでもあるし構造も単純だ。簡単すぎるかも知れないが無理して魔力枯渇するより先ずは安全第一。魔力が余るようならもう少し複雑な物か割り箸を複数作ればいい。
ログハウスの外で木の枝を何本か拾って部屋に戻り早速やってみる。
たしか構造をしっかり把握していないと出来ないんだったな。えーっと、長さは20cmくらいで幅は1.5cmくらい、厚みは5mmくらいか。先端から切れ目を入れて持ち手側1cmくらいは分離せず溝を入れるだけ。持ち手側から先端にむかって徐々に細くしていき二本に切り離した時、丁度先端が正方形になるくらいにするっと。
「よーし、創造」
手元から出る光が木の枝を包む。目には見えないが頭の中に割り箸が作られていく工程が映し出され、完成と同時に光が収まった。
「うぉぉぉ、割り箸だ。本当に出来た、ガハッ・・・」
次の瞬間、目の前が暗転し意識を失った。
誤字報告、ありがとうございました。