第二話 妹よ、俺は今忙しく働いています。
「止まるなー、走れー!」
「「「はいー」」」
今日から始まった冒険者志望組の特訓。魔獣の大森林で俺がやったのと同じように当分の間は体力づくりだ。
先頭を走るのはアルバ、二番手はノーラン、なぜか三番手にはミーコ、四番手にキャロ、これまたなぜか最後尾はミル。
「エリアヒール」
バテる前にエリアヒールで全員の体力を回復させる。とりあえず5分走。まだ子供なので俺がやったような一時間全力疾走はさせない。
「ノーラン、すぐ後ろにミーコが迫っているぞ!」
準備体操を終え、いざ走り始めると偶然通りがかったミーコが飛び入りで参加してきた。獣人族の性なのか、ただ単に走るのが好きなのかはわからないが、飛び入りで参加してくるだけあってミーコの足は速い。一つ年上のミルを一瞬で抜き去ると、四つも上のキャロも抵抗らしい抵抗も出来ず置いていかれ、遂にはノーランに並びかける。
「負けるか、ぬおぉぉぉぉぉぉ!」
抜かれまいと必死で足を動かすノーラン。キャロと然程かわりのない基本ステータスでミーコに対抗しようとしているが、根性だけではどうにもならないこともある。
「ノンちゃん、お先」
あっけなく抜かれてノーランの走る速度が少し緩む。この程度では「勇者」スキルにあった「不屈の闘志」は発動しないようだ。だが、俺は許さない。
「抜かれたからといって簡単にあきらめるな!お前達の冒険者になりたいという気持ちはその程度だったのか?もしそうなら到底俺の特訓には耐えられない。今すぐ将来の目標を他の職業に変えろ!」
俺の言葉が効いたのかノーランとキャロ、先頭を走っているアルバのスピードも上がる。初日から厳しく感じるだろうが、これが俺のやり方だ。なにせ師匠が鬼軍曹だったからな。
「エリアヒール。あと4分!」
先頭を走るアルバがミルを周回遅れにする。あっ、ミルが諦めた・・・流石にミルの体力では年長組にはついていけない。これはあくまで冒険者志望の生徒達の特訓であり、ミルの体力に合わせて回復魔法は使っていないから当然の結果だ。
アルバに抜かれた地点からトボトボと歩いて俺の横までくると、ミルはその場に倒れこむ。回復魔法で体力は回復している筈だから気持ちの問題だ。
「ハァ、ハァ・・・無理。さすがについていけない・・・」
「そりゃ、そうだろう。だから走る前に言ったじゃないか」
「うん。自分でもついていけないとは思ったけれど、実際に走って体感してみたかった」
「それで、体感してみてどうだった?」
「わたしは足の速さ以前に体力が足りない。トキオ先生が教えてくれたように、勉強だけじゃなくて運動も必要だと理解できた」
それはなによりだ。なんでも体験してみようとするミルの姿勢は素晴らしい。知的好奇心とは偉大なり。
「エリアヒール。あと3分!ノーラン、キャロ、何度でも回復魔法はかけてやるから、周回遅れにはなるなよー」
「やってやるぜ、うぉぉぉぉぉ!」
「声なんて出さなくていいから、走ることに集中しろ!」
「はいー!」
面白いもので、気付けばカミリッカさんと同じ言葉を使っている。子供達よ、恨むなら俺ではなく俺の師匠を恨め。
「「「ハァ、ハァ、ハァ・・・」」」
「はい、お疲れさん。3分休憩後、腕立て伏せな」
「「「・・・・・・・・・」」」
5分走を終えた直後の言葉に三人は絶句する。わかるよ、その気持ち。
「別に今日はここまででもいいぞ。お前達が冒険者になる日が遅くなるだけだから」
「「「や、やります!」」」
俺も修行を始めた当初はカミリッカさんが鬼に見えたが、今ならわかる。特訓中にこういった言葉をかけるのは、肉体と同時に精神を鍛えるのに必要なことだと。
「それにしてもミーコは足が速いな」
「ホント、嬉しい。でも、アル兄は抜けなかったよ」
褒められて嬉しくもあり、アルバに負けたのが悔しくもあるミーコの表情は微妙だ。
「それは仕方がないよ。体操着に運動靴のアルバに対して、ミーコは制服だったから。同じ格好ならアルバにも勝てたかもしれないぞ」
そう言って頭を撫でてやると、嬉しそうな表情で呟く。
「ヘヘヘッ、そっか・・・わたしって足速いんだ」
知らなかったんかーい!今まで友達と駆けっこすることがなかったのかもしれないな。これから知っていけばいい。得意なことも、不得意なことも。
「そうだぞ、ミーコ。今度からグラウンドを走る時は体操着に着替えてこいよ。パンツ丸見えだったぞ」
空気を読まないノーランの余計な一言に、女性陣の冷たい視線が突き刺さる。
「ノーラン、サイテー」
キャロが抑揚のない声音で言う。
「ノンちゃん、サイテー」
ミルは言葉とともに汚物でも見るかのように目を細める。
「だぁぁぁ!俺は注意をしてやっているんだ」
他意はないと慌てて声を荒げるノーラン。こういうとき、女性陣の団結力は凄まじい。
「ノンちゃん、パンツが好きなの?」
「なんで、そうなるんだよ!」
悪意がないだけにミーコの言葉が突き刺さる。仮にも将来の勇者候補、これ以上はやめてあげて・・・
♢ ♢ ♢
夜七時。教室に入ると無骨な大人達か一斉に姿勢を正す。
「なんだ、ヘイダーとデュラン以外は全員来たのか」
誰にともなく声をかけながら教壇まで移動すると、最前列中央に座っていた男がスッと立ち上がる。直後に残りの十五人が訓練された軍隊の如く同時に立ち上がった。
「よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
深々と頭を下げる男達。クランとして統率が取れているのは素晴らしいが、学校に来てまでそうする必要は無い。
「ああ、座ってくれ。今後、そのような挨拶は不要だ」
俺の言葉を聞くと全員が同時に着席する。今日は計算の授業だが、読み書きの日はマザーループが来るかしれない。良かれと思ってだろうが、こんな挨拶をされては腰を抜かしてしまう。
「リーダーはお前か?」
最初に立ち上がった男に問いかけると、もう一度立ち上がり俺の質問に答える。
「はい、スネルと申します」
「参加者は十六人だな」
「はい。中には読み書き計算をできる者もおりますが、一度トキオ先生に見てもらって生活する上で支障がないかの確認をしていただくよう団長から言われております」
自分は問題ないと思っていても一度は失敗したのだからしっかりと確認させるのはいいことだ。ヘイダーは良いリーダーだな。
「今日は皆の学力を知るつもりでテストを作ってきたから丁度いい。それじゃあ、テストを始める前に一人ずつ自己紹介をしてくれ」
端から一人ずつ立ち上がり名前を言っていく。今は俺が教える立場だが、普段の彼等には学校の衛兵として力を貸してもらわなければならない。いい機会なので顔と名前を暗記していく。
全員の自己紹介が終わってからテストを開始。問題は一桁から三桁の足し算引き算、一桁と二桁の掛け算割り算、それぞれ二問ずつの全二十問。計算の基礎ができていれば解ける問題であり、これができればこの世界では十分に社会人として通用する。
一桁の足し算引き算ができない者は一人も居なかったが二桁になると怪しい者が数名、掛け算割り算になるとさらにその人数は増える。掛け算割り算を根本的に理解していないのか白紙の者も数名。全問正解者は三名だった。
「スネル、チャップ、ウリアス、お前達は席を移動してもう一度テストだ」
全問正解した三人には問題を変えたテストをもう一度受けさせる。ここでも満点が取れれば計算の授業を受ける必要は無い。その間、他のメンバーにはこれから授業で使う教科書や計算ドリル、ノートや筆記用具を配布していく。
再テストを受けた三人は今回も満点だった。
「お前達三人の計算能力は社会生活を送るのに問題ない。俺から合格をもらったとヘイダーに伝えろ。クランが出来たばかりで収支報告や備品の買い入れなどの仕事もあるだろうから率先して手伝ってやれ」
「はい、ありがとうございます」
リーダーのスネルが快活な返事をすると、合格をもらった他の二人も誇らしげに微笑む。反対に他のメンバーは不安げな表情だ。
「安心しろ、お前達は計算能力が低い訳じゃない。計算の仕方を知らないだけだ。中には今日合格をもらった三人より計算能力に長けた者も居るかもしれない。慌てなくてもいいから確実に学べ。この程度の計算はすぐ出来るよう、俺が責任を持って教える」
「「「はい!」」」
実際、自己紹介の時に「上位鑑定」で調べても、著しく知能が低い者は一人も居なかった。数週間もすれば二桁の割り算程度は全員が出来るようになる。
「次は土曜日の読み書きの授業だな。読み書きも計算と同じで能力の問題ではなく、ただ単に知らないだけだ。今は出来なくても、お前達なら数週間で出来るようになるから心配するな。それでは、本日はここまで」
終了を告げ教室を出ようとすると一斉に全員が立ち上がる。
「「「ありがとうございました」」」
だから、ここは軍隊じゃないぞ!
「挨拶は必要ない。お前達に読み書きや計算を教えるのは、トロンの街の治安維持や学校の衛兵を引き受けてくれた礼だと思ってくれ。困ったときはお互い様だ」
それだけ言って教室を後にする。まったく、間違っても俺以外にあんな大声で挨拶をするんじゃないぞ。子供達が大きな声で挨拶するのと違って、ごついおっさんの大声の挨拶なんて需要無いからな!
♢ ♢ ♢
「お疲れ様です。今お茶を淹れますね」
職員室に戻ると夜の八時を過ぎているにもかかわらず、シスターパトリとオスカーが出迎えてくれた。
「どうぞ」
お茶を用意してくれたシスターパトリは、ニコニコして上機嫌だ。
「ありがとうございます。どうですか、年少組の様子は?」
「興奮で浮足立っている子はまだ数名いますが、だいぶ落ち着いてきました。小さな子は環境の変化に対応するのに多少の時間が必要だと思っていましたが、思いのほか早く順応しています。授業中に席を立ったり、大きな声をあげる子は居ませんよ」
年少組の担任をシスターパトリに任せたのは正解だった。落ち着きのない小さな子供達だが、担任が気心の知れたシスターパトリなら場所が学校に変っても今までの生活と大きくは変わらない。俺やオスカーではそうもいかなかっただろう。
「オスカー、年長組の様子は?」
「自分が何を学ばなければいけないのか、社会に出るには何が不足しているのか、皆、十分に理解しています。権力争いばかり考えている王都の学校より遥かに目的意識をはっきりと持って授業に取り組んでいます」
能力診断と将来の希望を聞いたのが良い方向に作用している。夢が目標に変われば、あとは努力次第で将来が開けてくる。年長組の子供達はそのことを十分に理解して日々を過ごしている。
「ところで二人共、どうしてこんな時間まで?」
バツが悪そうに、二人は俺の問いに答える。
「すみません。トキオさんやマザーには働き過ぎるなと言われていますが、準備しておきたいことが沢山あって、ついつい・・・」
「アハハッ、私もです。子供達に専門的なことを聞かれても出来る限りのアドバイスをしてあげるにはどうしても準備が・・・美術や音楽の方も早く教えてあげたいですし・・・」
気持ちはわかる。俺も出来ることは何でもしてあげたいし準備も万全に整えたい。しかしこのままではブラックな環境が出来上がってしまう・・・もう少し人員が必要なのだろうか?
まだ学校は始まったばかりだから、もう少し様子を見てもこの状態が改善しないようならマザーループと相談だな。
「二人共、プライベートな時間も確保してリフレッシュしないと長続きしませんよ」
今は主任として軽く注意しておくにとどめておこう。
シスターパトリが淹れてくれた紅茶を一気に煽り、明日以降の準備に取り掛かる。
「トキオさんこそ働き過ぎじゃありませんか?」
「まったくです。先生にだけは働き過ぎだと言われたくありませんよ」
ハッ!
本当だ。二人には偉そうに言っておきながら、俺自身は前世での長時間労働が身に付いてしまっている。いかん、改善せねば・・・
妹よ、俺はまだ前世の習慣が抜けません。




