第十八話 妹よ、俺は今日先生になります。
「上手だぞ、ミーコ」
「うん。もっとやる!」
バーベキューで焼く肉と野菜を串に刺しながら子供達の到着を待つ。初めは怯えていたミーコも俺とサンセラに挟まれながら楽しそうに手伝っている。
『トキオ様、あと十分程で到着します』
『わかった。問題は無かったか?』
『はい。途中、教会の移転に驚く住民はいましたが、マザーループとオスカーが丁寧に説明していましたので大きな問題にはなりっておりません。子供達もよく言うことを聞いて行動していましたので隊列が乱れることもありませんでした』
『そうか、あと少しだ。頼むぞ』
『御意』
問題が起きずなによりだ。マザーループに連れられた同じ制服の子供達を多くの住民が見てくれたことで教会の移転と新しい学校の宣伝にもなった。あとは教会跡地に立てておいた看板を見てもらえれば問題ないだろう。
「よし、俺は焼き始めるからサンセラとミーコはそのまま肉と野菜の串刺しを続けてくれ。ラーラさんは今ある肉と野菜が切り終わったら焼きの方を手伝ってください」
「「「はーい!」」」
十分後コタローが俺の肩に戻って来た。
『無事到着しました』
『ご苦労さん』
コタローが戻ってから数秒後に子供達の声が耳に入る。
「ラーラさん。子供達のところへ行ってきますので、ここはお願いします」
「はい、わかりました」
全員が正門を潜り点呼がおこなわれている。早くグラウンドへ駆けだしたい子供達は点呼が終わるのを今か今かと興奮しながら待っていた。
「全員無事到着しました」
シスターパトリが全員の無事をマザーループに伝えるのを聞いたと同時に、いち早く俺を発見したミルが駆けだす。
「トキオ先生!」
駆ける勢いのまま俺の足にしがみつくミル。
「トキオ先生・・・トキオ先生・・・学校が・・・学校が・・・トキオ先生・・・トキオ先生」
興奮を言葉に出来ないミルの頭に手を乗せると、感情が爆発したミルは大声で泣き始めた。ミルに続いて駆け寄った子供達に涙は伝染する。年中組以下の子供達が一斉に泣き始めて収拾がつかなくなった。小さな子を宥める年長組の瞳にも光るものがある。
「泣くなー!」
叫んだのはノーラン。子供達の視線がノーランに集まる。
「みんな見ろ。こんなに凄い学校を俺達の為にトキオ先生が作ってくれた。学校だけじゃない。他にも色々なものをトキオ先生は俺達に与えてくれた。その中でも一番は希望だ。トキオ先生は俺達に希望を与えてくれたんだ」
ノーランはさらに叫ぶ。「泣くな」と言った自分の瞳を濡らしながら。
「希望は与えてもらっても俺達自身で育てなきゃダメなんだ。どんなに凄い学校を建ててもらっても、そこで俺達が学ばなければ意味がない。泣いている暇なんてないぞ!」
ノーランの言葉に子供達が鼻を啜る。涙に抗おうと必死で。
「俺はこの学校で沢山学んで、将来は国一番の冒険者になる。そうしたら国中の人に言ってやる」
ノーランの言葉は子供達を引き付ける。流石は「勇者」だ。まだ子供でもその言葉には力がある。
「俺はセラ教の孤児院出身だ!俺はこの学校で学んだ!俺を育ててくれたのはマザーループとシスターパトリだ!俺はトキオ先生の教え子だ!」
もう泣いている子供はいない。ノーランの言葉にそれぞれが大志を抱く。未来の自分を想像する。
俺の足にしがみついていたミルがノーランの方へ駆けだす。ノーランの横に並んでみんなに叫ぶ。
「わたしは、この学校でいっぱい勉強して学者になる!学者になって、まだ誰も知らないこの世界の秘密を解き明かす。その時言うんだ!わたしの先生はトキオ先生だ!トキオ先生は超絶凄い先生だって」
ミルの叫びが子供達を触発する。「ぼくも」「わたしも」次々と子供達が叫びだす。気付けば俺の頬を涙が伝っていた。俺だけじゃない。マザーループも、シスターパトリも、オスカーも、マーカスも、トロンの盾のメンバーも。ドラゴンのサンセラまで目に涙を溜めている。
妹よ、俺はこの学校を作って本当に良かった。
肉と野菜がいい感じに焼けた頃、一旦新生活を送る寮の説明を受け荷物を片付けた子供達がグラウンドに戻ってきた。沢山歩いて沢山泣いた腹ペコの子供達が美味しそうな香りに群がりバーベキューがスタートする。
「ノンちゃん、野菜も食べないとアルバみたいに大きくなれないよ」
予告通りミルが野菜大盛りの皿をノーランに差し出す。
「おう、肉も野菜もジャンジャン持ってこい。俺はもう好き嫌いなんて言わない。なんでも食べて国一番の冒険者になるんだ」
予想外の反応に驚くミル。そんなことはお構いなしで野菜もどんどん胃袋に入れていくノーランを見てアルバとキャロが歓声をあげる。ノーランにつられて他の子供達も次々に肉や野菜に齧りつく。「勇者」スキルなんて関係なく、人を引き付けるのはノーランの生まれ持った資質のようだ。
バーベキューが盛り上がる中、心配そうな表情でカルナが俺に話し掛けてきた。
「トキオ先生、あの子は?」
視線の先にはラーラさんの背に隠れるミーコ。シオンの時もそうだった。優しいカルナは上手く溶け込めていない子を放っておけない。
「新しく寮母さんになってもらったラーラさんの娘さんで、学校にも通うことになったミーコだよ。ミーコは獣人族だからみんなに仲良くしてもらえるか心配しているんだ」
「なんで?友達になるのにそんなの関係ないよ」
マザーループとシスターパトリの下で育った孤児院の子供達に差別意識なんて無い。大人の俺だけでなく、ミーコには同じ世代の子供達にそれを伝えてもらいたい。
「カルナの言う通りだ。でもね、ここでは自分だけが違う種族だからミーコは心配しちゃうんだ。カルナはミーコと友達になりたい?」
「なりたい!わたし行ってくる」
カルナは一旦ミルとシオンを呼んで何やら相談を始めた。三人は寮へ駆けだし、しばらくすると隊列を組んでミーコに近付く。カルナのうしろにミルとシオンが隠れる形だ。
「初めまして、わたしはカルナ。9歳です」
「・・・ミーコ・・・8歳」
カルナに話し掛けられたミーコは怯えながらも勇気を振り絞ってなんとか挨拶を返す。
「8歳なら、わたしと同じ年中組だね」
「・・・うん」
人族の子供との会話に慣れていないミーコの受け答えはたどたどしい。そんな中、うしろに隠れていたミルとシオンが動く。手にパペットを装着して。
「わたしはミル。9歳」
「わたしはシオン。8歳」
「「わたし達と友達になろうよ」」
カルナの背から突然現れた女の子の人形に驚くミーコ。さらに人形は増えていく。
「一緒に遊ぼうよ」
「わたしも、わたしも」
次に現れたのはウサギと鳥。四体の人形に話し掛けられたミーコの表情が少し解ける。いつの間にかカルナも両手にパペットを装着してミーコは六体の人形に囲まれた。
「・・・わたしと友達になってくれるの?」
「「「うん。一緒に遊ぼう!」」」
カルナ、ミル、シオンの三人に囲まれて嬉しそうに話し始めるミーコ。孤児院の子供達がミーコを放っておかないのはわかっていた。それでも実際に子供達が率先してミーコの心を開こうとする姿を見ると嬉しくなる。心配そうに様子を見ていたラーラさんが鼻を啜っていた。
「トキオ先生―!」
しばらく四人で話してからミルが俺を呼ぶ。はいはい、わかっているよ。四人のところに行くとミルが予想通りのお願いをしてきた。
「ミーコにもパペット作ってあげてよ」
「了解。ちょっと待ってね」
マジックボックスから生地と糸を出すと、俺の魔法やスキルを知らないミーコは何が起こるのか不思議そうに窺う。
「創造」
目の前の生地と糸が光に包まれ、中からミーコにそっくりな人形が現れる。
「ウソ、凄い。魔法だ!」
正確には魔法じゃなくてスキルなんだけどね。
「もう一体は何がいい?」
嬉しそうに自分そっくりなパペットを抱えてミーコが考える。
「トキオ先生がいい」
「お、俺?」
「うん。トキオ先生のお人形がいい」
俺かよ・・・まあ、リクエストを聞いたのは俺だから仕方がない。
「創造」
「「「「おおー!」」」」
出来上がった俺のパペットを見て四人が歓声をあげる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
早速パペットを両手に嵌め口をパクパク動かすミーコ。それを見ていたミルが俺のズボンを引っ張る。
「わかしもトキオ先生のパペットが欲しい」
「ダメ。手は二つしかないから一人二体まで」
「えぇぇぇー・・・いいな、ミーコ」
あからさまに落ち込むミルを見てミーコが言う。
「遊ぶときはミルちゃんにもトキオ先生のお人形貸してあげる」
「本当!ありがとう、ミーコ」
嬉しさのあまりミーコに抱き付くミル。抱き付かれたミーコもまんざらではなさそうだ。四人はそれぞれのパペットを交換しながら遊びだした。
「みんな、遊ぶのもいいけどご飯が先だよ。カルナ、みんなにもミーコを紹介してあげてね」
「うん。みんなの所へ行こう!」
三人に引っ張られて子供達の中心に向かうミーコ。その先には大量の野菜と格闘しているノーラン。
「ノンちゃん、一緒に学校に通うミーコだよ」
「おう、ラーラさんの娘さんだな。俺はノーランだ。よろしく」
ノーランが差し出す手を恐る恐る握るミーコ。ミーコの不安など関係なしにノーランは話す。
「もうミーコはここに居る全員の友達だ。困ったことがあれば何でも相談しにこいよ。ただし、勉強でわからないことは俺じゃなくてあそこにいるネルかキャロに聞いてくれ」
「・・・うん。ありがとう、ノンちゃん」
ミーコにもノンちゃんと呼ばれて微妙な顔をするノーラン。視線はミル達の方へ。
「ミルやカルナが俺のことをノンちゃんなんて呼ぶから、みんなマネするじゃないか」
「ノンちゃんはノンちゃんだよ。ねえ、カルナ」
「うん。ノンちゃんはノンちゃん。それ以上でも以下でもない」
「・・・もういいよ。好きに呼んでくれ」
結局押し切られる。ノーラン、一度付けられたニックネームは簡単には変えられないぞ。
「みんなー、コップを持て。新しい仲間のミーコに乾杯だ」
「「「乾杯!」」」
ノーランの掛け声に皆がグラスを掲げる。ミーコの周りには輪ができてそれぞれが自己紹介をしていく。一気に三十五人も友達ができてミーコも大変だな。
「トキオ先生、ありがとうございます。あんなに楽しそうなミーコを見るのはいつ以来か・・・」
俺の隣に来たラーラさんが目を潤ませて頭を下げる。
「やめてくださいよ、俺は関係ありません。子供達がミーコと友達になりたかっただけです。そうだ、マザーループとシスターパトリにミーコも学校に通うことを伝えておかないと」
ラーラさんと共にマザーループとシスターパトリのもとへ。
「マザーループ、ミーコにも学校に通ってもらうことになりました。シスターパトリ、申し訳ありませんがミーコの分の制服をお願いします」
嬉しそうに微笑み頷き合うマザーループとシスターパトリ。するとシスターパトリがマジックバッグから新品の制服を取り出した。
「マザーからミーコのことは聞いていました。制服、鞄、靴、筆記用具やノート、すべて準備してあります」
学校に通う為必要な物一式をラーラさんに手渡すシスターパトリ。ラーラさんは驚きの表情で受け取る。
「す、すぐに代金を用意します。何卒、娘をよろしくお願いいたします」
頭を下げるラーラさんにマザーループは優しい声音で言う。
「お金など必要ありません。ミーコだけが特別なのではなく、この学校に通うすべての子供達は無料で学べます。それがこの学校の創設者が決めたルールです。代金など受け取っては私が創設者に叱られてしまいます」
そう言って視線を俺に移すマザーループ。ラーラさんもつられて俺に視線を移すと後頭部が見えるくらいの勢いで頭を下げる。
「ちょっと、やめてください。俺がマザーループを叱るなんて、ありえませんから」
「あら、そうでしたか。今迄に何度もお叱りをいただいて・・」
「ないです。一度もありません!」
「・・・そういうことにしておきましょう」
「フフフッ」
俺とマザーループのやり取りにシスターパトリが笑うとラーラさんも笑顔を見せる。
「今まで私とパトリだけでやってきたのですが、そのせいで教会の仕事が疎かになってしまいました。ラーラさん、私達に力を貸してください」
「はい。少しでも皆さんの御恩に報いられるよう頑張ります」
ラーラさんの言葉にマザーループはキョトンとした表情を見せる。
「パトリ、私達は何かラーラさんに恩義を感じられるようなことをしましたか?」
「いいえ、何も。私達の方がラーラさんに助けていただく立場です」
「そうですよね。ラーラさん、これからよろしくお願いします」
「・・・はい。一所懸命がんばります」
ラーラさん、この人達はこういった方々なのです。
子供達へ視線を移すと、一番背の高いアルバがミーコを持ち上げている。キャッキャ言いながら喜ぶミーコに皆が笑顔を見せる。
そこに種族の垣根など無い。
♢ ♢ ♢
「これより、セラ学園開校式及び今年度始業式を始めます。学園長、マザーループ挨拶」
静寂に包まれた講堂に司会を務めるシスターパトリの声が響き渡る。
教会移転から三日、遂にこの日を迎えた。揃いの制服を着た生徒達と正装の招待客が講堂を埋め尽くす。かくいう俺もこの世界に来てから初めての背広姿だ。アパレル関係への就職を希望しているビシェの勉強になればと制服をお願いした業者に前世から唯一持ってきた私物である礼服をモデルに仕立ててもらった。
壇上に上がるマザーループ。誰一人物音を立てずに彼女の言葉を待つ。
「二月ほど前、夢を見ました。夢の中で慈悲の女神チセセラ様は私にこう仰いました「明日、教会へ祈りを捧げにくる青年に助力せよ」と。翌日、一人の謙虚で礼儀正しい青年が教会に現れました。青年を一目見た瞬間、私は昨日の夢が神託だったのだと確信しました」
あれから二カ月も経ったのか。あっという間だった。
「当時、教会と孤児院は存続の危機に晒されていました。すべては私の力不足が原因です。それを知った青年は言ったのです「今日教会を訪れたのは、きっと偶然ではない。自分にまかせて欲しい」無力な私は青年の慈悲に縋るしかありませんでした」
そんなことはない。マザーループが声を上げれば多くの人が手を差し伸べただろう。清廉な魂を持つがあまり、マザーループには慈悲を与え続けることしか念頭になかった。誰かに助けてもらおうなどと考えもしていなかったのだ。
「教会と孤児院の現状を見た青年は「孤児院に学校を作らせてください」と私に懇願しました。それが実現するのならどんなに嬉しいことか、しかし教会には学校を作る資金はありませんでした」
子供達の生活を最優先にしてきた教会に蓄えは無かった。マザーループとシスターパトリは教会への寄付金は勿論、自らが治療活動で得た物もすべて子供達の生活費と孤児院存続に充てていた。
「資金面を知って尚、青年は学校を作らせて欲しいと言います。方法を聞いて驚きました。青年は「自分で造る」と言ったのです。普通に考えればそんなことは不可能でしょう。しかし私は知っていました。青年ならばそれが可能なことを。そして、ようやく慈悲の女神チセセラ様から下った神託「青年に助力せよ」の意味を知ったのです」
マザーループから学校の許可をもらった日こそ俺がこの世界に来た最大の目的、充実した人生を送るスタートが切れた日だ。
「抱えていた問題を清算し、多くの支援や協力を得て、今日を迎えることができました。すべての皆様に深い感謝を、そして青年を遣わせてくださった慈悲の女神チセセラ様に大いなる感謝を捧げます。皆様の慈悲によって出来たこの学園で学ぶ子供達が、次の世代へ慈悲を繋いでいく人物となっていくことを心より願います」
挨拶を終えたマザーループに万雷の拍手が送られる。名前こそ出していないが、ほとんど俺が褒め称えられているみたいだったのでなんだか照れ臭い。たしかに学校を造ったのは俺だが、この地に教会を開き何年もの間孤児の生活を支援し続けてきたマザーループとシスターパトリこそ称賛されるべきだ。まあ、そんなことは言わなくてもこの街の人達は知っている。
粛々と進行された式典も最後のプログラムを残すのみとなった。俺に目線を向けたシスターパトリが小さく頷く
「開校宣言。教師主任、トキオ セラ」
ゆっくりと壇上に上がると、整列した子供達の視線が俺に集中する。子供達のうしろには百人近い大人達。公爵家の方々やギルド長は勿論、マイヤーさんやヘイダーまで普段見慣れない正装だ。他にも面識はないがマザーループが招待状を送った街の有力者が数多く参列している。ここに居るすべての人が学校に希望を抱いている。
「生徒の皆さん、夢はありますか?まだ夢を見つけていない人も慌てる必要はありません。学校とは夢を見つけ目標に変える場であり、勉強はその手段に過ぎません。君達は可能性の塊です。よく遊び、よく食べ、よく眠り、よく学び、可能性を育んでください。さすれば、君達は何にだってなれるし何処にだって行ける」
一呼吸おいて、俺は力強く宣言する。
「本日、セラ学園を開校いたします!」




